風流踊

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風流踊(ふりゅうおどり)または風流(ふりゅう)とは、中世芸能のひとつで、太鼓など囃しものの器楽演奏小歌に合わせて様々な衣装を着た人びとが群舞する踊りである[1]室町時代に流行した。

概要

狩野長信『花下遊楽図屏風』左隻
安土桃山時代の風流踊のようすが描かれている。

華やかな衣装で着飾り、または仮装を身につけて、鉦(かね)や太鼓、笛などで囃し、歌い、おもに集団で踊る踊りである[1]。のちには、華麗な山車行列や、その周囲で踊った踊りを含めて「風流」と称した。疫神祭や、念仏田楽などに起源をもつ芸能と考えられている[1]文明9年(1477年)まで続いた応仁・文明の乱以降とくにさかんになり、踊りを中心に広まった。歴史的には、『豊国祭図屏風』に描写された慶長9年(1604年)の豊臣秀吉七回忌における豊国神社の風流踊がよく知られている。

後世、亡者慰霊のための念仏踊盆踊り雨乞踊虫送り太鼓踊浮立(ふりゅう)、剣舞(けんばい)、迎講仏舞 [要曖昧さ回避](ほとけのまい)、小歌踊願人踊(がんにんおどり)、綾踊奴踊花笠踊棒踊、祭礼囃子、太鼓打芸など、多くの民俗芸能、民俗行事の源流となった[1][注釈 1]

脚注

注釈

  1. ^ 東日本に散在する三匹獅子舞鹿踊(ししおどり)も風流踊に起源をもつ芸能であるといわれる。西角井(2004)

参照

  1. ^ a b c d 西角井(2004)

参考文献