上座部
上座部(じょうざぶ、パーリ語:थेरवाद theravaada、サンスクリット:स्थविरवाद sthaviravaada、タイ語:เถรวาด thěeráwa^at)は古代インド仏教の部派のひとつ。
根本分裂
釈迦の没後100年ほど後、十事の非法[1]・大天の五事などの「律」の解釈で意見が対立し、教団は保守的な上座部と進歩的な大衆部とに根本分裂した(部派仏教時代)。また別の意見として根本分裂は上座部と大衆部と分別説部に分かれたと言う説もある。[3]
代表的部派
教団は更に枝末分裂を繰り返した。
上座部系の代表的な部派は、
そのほか、
などである。
北伝20部派にも南伝18部派にも含まれない部派として[4]分別説部がある。現在の上座部仏教の源流とされている為、上座部系に含めて扱われる事も良くあるが、上座部の異端として扱われたり、そもそも上座部系では無いと言う指摘もある。[5]上座部仏教が分別説部の流れを汲む根拠としては、マハーワンサの5章に長老がスリランカ王に分別説部の教義を教えると告げる場面の記述が見られる。 [2]
上座部系は主として西方・北方インドに広まり、概して有力であった。