ヒッグス粒子

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ヒッグス粒子(ヒッグスりゅうし、Higgs boson)とは、素粒子質量を与える理由を説明するヒッグス場理論からうまれた、理論上の粒子である(素粒子論量子力学では、場の存在と粒子の存在は意味がほぼ同じである)。

ヒッグス場とは、1964年エディンバラ大学ピーター・ウェア・ヒッグスによって提唱された、素粒子質量獲得に関する理論に現れるについての仮説である。ヒッグス場によって質量を獲得するメカニズムをヒッグス機構と呼ぶ[1]

ジュネーブ郊外に建設されたCERNLHCの衝突実験で、およそ10兆回に1回しか生成されないと言われている。2011年12月、ヒッグス粒子が「垣間見られた」と発表された[2][3][4][5][6][7][8][9][10][11]

ヒッグス機構では、宇宙の初期の状態においてはすべての素粒子は自由に動きまわることができ質量がなかったが、自発的対称性の破れが生じて真空相転移が起こり、真空にヒッグス場の真空期待値が生じることによってほとんどの素粒子がそれに当たって抵抗を受けることになったとする。これが素粒子の動きにくさ、すなわち質量となる。質量の大きさとは宇宙全体に広がったヒッグス場と物質との相互作用の強さであり、ヒッグス場というプールの中に物質が沈んでいるから質量を獲得できると見なすのである。光子はヒッグス場からの抵抗を受けないため相転移後の宇宙でも自由に動きまわることができ質量がゼロであると考える。

ニュース等では「対称性の破れが起こるまでは質量という概念自体が存在しなかった」などと紹介される事があるが、正確ではない。電荷フレーバーカラーを持たない粒子、標準模型の範囲内ではヒッグス粒子それ自体および右巻きニュートリノはヒッグス機構と関係なく質量を持つことが出来る。また、重力と質量の関係・すなわち重力質量発生のしくみは空間の構造によって定められるものであり、標準模型の外部である一般相対性理論、もしくは量子重力理論において重力子の交換によって説明されると期待される。

ヒッグス粒子の存在が意味を持つのは、ビッグバン真空の相転移から物質の存在までを説明する標準理論の重要な一部を構成するからである。もしヒッグス粒子の存在が否定された場合、標準理論(および宇宙論)は大幅な改訂を迫られることになる。

解説

SU(2)Lによる表現 

ヒッグス場が存在すれば、ウィークボソンに質量があることを説明することができ、しかもヒッグス機構によるWボソンZボソンの質量比が実験結果と一致するため、素粒子の標準模型に組み入れられ、その検証を目指した実験が行われてきている。詳細はワインバーグ=サラム理論を参照。

ヒッグス場を量子化して得られるのがヒッグス粒子(ヒッグス・ボソン)であり、素粒子の標準模型の中でも最後まで未発見の粒子であり、その発見は高エネルギー加速器実験の最重要の目的のひとつとなっており、2008年より稼働したLHC加速器での発見が期待されていた。

2011年12月、CERNは、2つの研究グループが示したLHCの10月末までの実験データ中に、ヒッグス粒子の存在を示唆するデータがあることが分かり、12日、ヒッグス粒子は「glimpse(垣間見えた)」と発表した[2]。これは、「発見」の発表ではない。

  1. 発表の最後にCERNの所長は、「ヒッグス・ボゾンが発見されたかどうかを決定するにはより多くのデータが必要である。次の稼働期間(2012年11月のデータ収集期間)が終われば決定されるであろう」と語っている。
  2. 12月13日に、ATLAS実験グループとCMS実験グループはそれぞれ、ヒッグス・ボゾンが存在するとして95%の信頼性区間に対応する質量領域が 115-130 GeV/c2(ATLAS)、115-127 GeV/c2(CMS)と発表した。最も可能性の高い範囲は、3.6σ(σは1標準偏差)の統計レベルで 125-126 GeV/c2(ATLAS)、2.6σで124 GeV/c2(CMS)である[3][4][5][6][7][8][9][10][11]

高次の対称性が破れ低次の対称性に移る際、ワイン底型ポテンシャルの底の円周方向を動くモードは軽いが、ワイン底を昇るモードにはたくさんのエネルギーが必要である。そのうちの前者を南部ゴールドストンボソンと呼ぶ。対称性が保たれている状態においてヒッグズ場は複素スカラー2つで計4つの自由度を持つが、対称性の破れによって3つの南部・ゴールドストンボソンが生じ、3つのウィークボソンW+・W-・Zに、それぞれの一成分としてとりこまれる。実験検証の望まれているヒッグス粒子はワイン底を昇るほうのモードに対応するものである。

「神の粒子」

レオン・レーダーマンらによる本の題名[12]が元となり[13]、ヒッグス粒子はよくマスコミに「神の粒子」[14]として紹介される。レーダーマンは最初この粒子を「goddamn particle(いまいましい粒子)」として紹介しようとしたが、編集者の意向で却下されたものとされる。神の粒子という呼び方は素粒子物理学とLHCに対するマスコミの興味を引くことにはおそらく役に立った[13]が、物理学者の多くはこれを好ましいものと思っていない[15]。この異名は粒子の重要性を誇張しているが、この粒子が見つかっても量子色力学電弱相互作用と重力の統一理論を作る答えにはならないし、宇宙の究極の起源に対して答えを与えない。宗教とも関係がない[14]

イギリスの新聞ガーディアンの科学記者が実施した別名投票で、多くの候補の中から選ばれた最も妥当な名前は「シャンパン・ボトル・ボソン」である。シャンパン・ボトルの底はヒッグス・ポテンシャルの形であり、物理の講義でもよく説明に使われる。「神の粒子」というほどインパクトのある名前ではないが、覚えやすく、多くの物理学的議論に関連がある[16]。例えば、ハドロンに質量を与える南部理論(カイラル対称性の自発的破れ)に現れる。また、カイラル対称性の自発的破れのアイディアは、南部が超伝導の理論であるBCS理論に触発されたものだが、BCS理論に出てくるポテンシャルもシャンパン・ボトルの形である。

参考文献

  • S.W.Weinberg, The quantum theory of fields Vol.2, pp.295-354, Cambridge University Press 1996
  • P.アトキンス、斉藤隆央 訳、ガリレオの指 -現代科学を動かす10大理論-、pp.235-236、早川書房 2004(原書:P.Atkins, Galileo's Finger -The Ten Great Idea of Science, Oxford University Press 2003)

脚注

  1. ^ 同じようなメカニズムは、1964年にブリュッセル大学のロペール・ブルーとフランソワ・エングレールも独自に提唱していた。
  2. ^ a b Please update the statement according to ノート:ヒッグス粒子
  3. ^ a b “ATLAS experiment presents latest Higgs search status”. CERN. (2011年12月13日). http://www.atlas.ch/news/2011/status-report-dec-2011.html 2011年12月13日閲覧。 
  4. ^ a b “CMS search for the Standard Model Higgs Boson in LHC data from 2010 and 2011”. CERN. (2011年12月13日). http://cms.web.cern.ch/news/cms-search-standard-model-higgs-boson-lhc-data-2010-and-2011 2011年12月13日閲覧。 
  5. ^ a b “Detectors home in on Higgs boson”. Nature News. (2011年12月13日). http://www.nature.com/news/detectors-home-in-on-higgs-boson-1.9632 2011年12月13日閲覧。 
  6. ^ a b “LHC: Higgs boson 'may have been glimpsed'”. BBC. (2011年12月13日). http://www.bbc.co.uk/news/science-environment-16158374 2011年12月13日閲覧。 
  7. ^ a b “Higgs boson: LHC scientists to release best evidence(Updated)”. BBC. (2011-12-13(Updated)). http://www.bbc.co.uk/news/science-environment-16116230 2011年12月13日閲覧。 
  8. ^ a b “Have scientists at the LHC found the Higgs or not?”. BBC. (2011年12月12日). http://www.bbc.co.uk/news/science-environment-16111562 2011年12月12日閲覧。 
  9. ^ a b “Cern scientist expects 'first glimpse' of Higgs boson”. BBC. (2011年12月7日). http://www.bbc.co.uk/news/science-environment-16074411 2011年12月8日閲覧。 
  10. ^ a b “'Moment of truth' approaching in Higgs boson hunt”. BBC. (2011年12月1日). http://www.bbc.co.uk/news/science-environment-15991392 2011年12月8日閲覧。 
  11. ^ a b “Higgs particle could be found by Christmas”. BBC. (2011年9月1日). http://www.bbc.co.uk/news/science-environment-14731690 2011年9月2日閲覧。 
  12. ^ Leon M. Lederman and Dick Teresi (1993) (英語). The God Particle: If the Universe is the Answer, What is the Question. Houghton Mifflin Company 
  13. ^ a b Ian Sample (2009年3月3日). “Father of the God particle: Portrait of Peter Higgs unveiled”. London: The Guardian. http://www.guardian.co.uk/science/blog/2009/mar/02/god-particle-peter-higgs-portrait-lhc 2009年6月24日閲覧。 
  14. ^ a b Ian Sample (2009年5月29日). “Anything but the God particle”. London: The Guardian. http://www.guardian.co.uk/science/blog/2009/may/29/why-call-it-the-god-particle-higgs-boson-cern-lhc 2009年6月24日閲覧。 
  15. ^ The Higgs boson: Why scientists hate that you call it the ‘God particle’”. National Post (2011年12月14日). 2011年1月6日閲覧。
  16. ^ Ian Sample (2009年6月12日). “Higgs competition: Crack open the bubbly, the God particle is dead”. The Guardian (London). http://www.guardian.co.uk/science/blog/2009/jun/05/cern-lhc-god-particle-higgs-boson 2010年5月4日閲覧。 

関連項目