鳥取県立境高等学校

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鳥取県立境高等学校
過去の名称 組合立境高等家政女学校
境女子商業学校
鳥取県立境高等女学校
鳥取県立境第二高等学校
鳥取県立境中学校
鳥取県立境第一高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 鳥取県
学区 鳥取県内と松江市美保関町八束町
校訓 質実剛健 文武両道
設立年月日 1938年4月(境高等家政女学校)
1940年2月2日(境中学校)
創立記念日 2月2日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 単位制
設置学科 普通科
高校コード 31124D
所在地 684-8601
鳥取県境港市上道町3030番地
外部リンク 公式サイト
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鳥取県立境高等学校(とっとりけんりつ さかいこうとうがっこう)は、鳥取県境港市上道町にある県立高等学校

目次

[編集] 歴史

  • 1938年4月 - 組合立境高等家政女学校が開校。
  • 1940年2月2日 - 鳥取県立境中学校を設置。
  • 1944年4月 - 境高等家政女学校を境女子商業学校と改称する。
  • 1946年3月 - 境女子商業学校を境高等女学校と改称する。
  • 1948年4月1日 - 境中学校を鳥取県立境第一高等学校と、境高等女学校を鳥取県立境第二高等学校とそれぞれ改称する。
  • 1949年4月1日 - 境第一高等学校・境第二高等学校・余子水産高等学校が合併して鳥取県立境高等学校となる。
  • 1953年11月 - 水産科は鳥取県立境水産高等学校として分離・独立。
  • 2003年4月1日 - 家庭学科を鳥取県立境港総合技術高等学校(境港工業高等学校・境水産高等学校が合併)に移管。

[編集] 設置学科

  • 全日制
    • 普通科

[編集] 部活動

[編集] 硬式野球部

1946年創部。県西部の伝統校・米子中への対抗心からであった。のちに米子東で監督を務めた、2代目監督岡本利之の指導で急速に力をつけ、創部6年目の1952年に夏の大会初出場を果たしている。その後も米子東OBの貫名和久の指揮で1973年、春の選抜に初出場するなど、米子東OBの指導で力をつけた。

夏の甲子園出場回数は7回を数える。これは鳥取西・米子東に次ぐ県3位の出場回数である。甲子園初勝利は1974年の春の選抜だったが、夏の全国大会初勝利は遅く、初出場から38年を経た1990年のことだった。全国大会では、県大会で見せた力を発揮できないまま敗れることが多い。

全国高等学校野球選手権大会 夏通算成績1勝7敗

年度 出場回数 全国大会成績 対戦校
1952年(第34回大会 初出場  2回戦敗退 0-4 日大三(東京)
1979年(第61回大会 27年ぶり2回目 1回戦敗退 6-13 中京(愛知)
1982年(第64回大会 3年ぶり3回目 1回戦敗退 3-9 東海大甲府(山梨) 「ルールブックの盲点の1点」事件
1984年(第66回大会 2年ぶり4回目 1回戦敗退 0-1 法政一(西東京) 延長10回
1990年(第72回大会 6年ぶり5回目 2回戦敗退 3-2 八戸工大一(青森)
0-5 平安(京都)
1998年(第80回大会 8年ぶり6回目 1回戦敗退 6-7 滑川(西埼玉)
2007年(第89回大会 9年ぶり7回目 1回戦敗退 1-14 甲府商(山梨)
  • 1952年に初出場した時の投手は、のちに広島に入団した拝藤宣雄である。
  • 1984年の夏の大会では、初戦の法政一戦で、投手の安部伸一(三菱重工三原)が相手打線を無安打無得点に抑えながらも味方打線の援護がなく、延長10回裏に許した初安打がサヨナラ本塁打となって敗れた。

選抜高等学校野球大会 春通算成績1勝2敗

年度 出場回数 全国大会成績 対戦校
1973年(第45回大会 初出場 1回戦敗退 2-5 日大山形(山形)
1974年(第46回大会 2年連続2回目 2回戦敗退 8-1 長良(岐阜)
0-7 和歌山工(和歌山)
  • 1973年に初出場したチームはベンチ入りメンバーが11人で、「ひよっ子イレブン」として話題を集めた。前年秋の新チーム結成時は部員が5、6人しかいなかったが、そこから部員を集めての秋の快進撃だった。蔦文也監督の率いる池田(徳島)が「さわやかイレブン」として人気を集め、準優勝を飾る1年前のことである。この時対戦して敗れた日大山形は、これが山形県勢の選抜初出場であり、境は山形県勢に選抜初勝利を献上した形になった。

[編集] サッカー部

元米子東監督・池田洋二の監督就任で急速に力をつけ、米子北とともに県高校サッカー界を牽引している。現在は、米子東-早稲田大学-SC鳥取で活躍した廣川雄一監督の指導で、力を維持している。

全国高等学校サッカー選手権大会 通算成績 3勝8敗

年度 出場回数 全国大会成績 対戦校
1999年(第78回 初出場 1回戦敗退 0-2 秋田商(秋田)
2000年(第79回 2年連続2回目 1回戦敗退 0-1 各務原(岐阜)
2001年(第80回 3年連続3回目 1回戦敗退 1-1(PK5-6) 浦和南(埼玉)
2002年(第81回 4年連続4回目 2回戦敗退 0-1 北越(新潟)
2006年(第85回 4年ぶり5回目 3回戦敗退 1-0 帝京三(山梨)
0-0(PK2-3) 広島皆実(広島)
2007年(第86回 2年連続6回目 1回戦敗退 0-0(PK2-4) 室蘭大谷(北海道)
2008年(第87回 3年連続7回目 2回戦敗退 0-4 藤枝東(静岡)
2009年(第88回 4年連続8回目 3回戦敗退 1-0 東久留米総合(東京A)
2-0 四日市中央工(三重)
0-2 神村学園(鹿児島)

[編集] 出身者

[編集] 政治家

  • 中村勝治(境港市長)
  • 安田優子(鳥取県議会議員)。父は元境港市長の安田貞栄
  • 佐名木知信(境港市議会議員)

[編集] 実業家

[編集] 教育者・学者

[編集] 芸能人・文化人

[編集] スポーツ

野球

サッカー

[編集] その他

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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