陸軍経理学校

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陸軍経理学校(りくぐんけいりがっこう)は、日本陸軍軍学校の一つである。主計・監査・衣糧・建築を管掌する経理部将校[1]を養成した。陸経と略される場合がある。

沿革[編集]

明治19年(1886年)8月に設立された陸軍軍吏学舎が前身で、明治23年(1890年)11月に陸軍経理学校と改称する。1898年11月4日、生徒舎が東京市牛込区河田町士官学校分校跡に移転した[2]

始め東京市麹町区富士見にあった経理学校が明治33年(1900年)同市牛込区河田町に移り、昭和17年(1942年)生徒数の増加によって手狭になり再び東京都北多摩郡小平町、後の小平市に移転する。空襲の激化により、敗戦時には石川県金沢市に移転していた。

跡地は、戦後になって陸上自衛隊小平駐屯地関東管区警察学校となる。同駐屯地には陸上自衛隊小平学校が設けられている。陸軍の軍学校は夫々士官学校市ヶ谷台相武台予科士官学校振武台航空士官学校修武台の様に"台"がついた愛称が付けられ、その在校生や卒業者を"台上の人"と俗称したが、経理学校に於いても「若松台」と称された。もともとは河田町校舎の時に若松台と呼ばれたが、小平に移ってからも変わらず若松台と呼んだ。

経理部主計将校の養成は始め主計候補生と称する制度が用いられ、その後他兵科からの転科者を以って之に充当していたが、後に転科者が減少した事から昭和10年(1935年)制度を改め経理部士官候補生制度を設けた。教育内容は当然主計向けの内容ではあるが、概ね兵科士官候補生制度と同様であった。

関係法令
  • 陸軍経理学校令(昭和10年勅令第325号)

人事[編集]

歴代校長[編集]

※括弧内の代・扱・兼は夫々代理・事務取扱・兼職を表す。

軍吏学舎長[編集]

  • 川口武定 一等監督:明治19年8月7日 - 明治22年3月4日
  • 吉沢直行 一等監督:明治22年3月4日 - 明治22年10月7日
  • 清水光儀 一等監督:明治22年10月7日 - 明治22年12月5日
  • 間宮四郎 一等監督:明治22年12月5日 - 明治23年11月4日

経理学校長[編集]

  • 川口武定 一等監督:明治23年11月4日 - 明治24年5月30日
  • (心得)広虎一 二等監督:明治24年6月1日 - 明治26年12月18日
  • 広虎一 二等監督:明治26年12月18日 - 明治28年4月5日
  • (扱)島時中 三等監督:明治27年9月27日 - 明治28年6月10日
  • (扱)藤村盛義 三等監督:明治28年6月10日 - 明治28年8月17日
  • 坂田厳三 二等監督:明治28年8月17日 - 明治29年4月24日
  • 遠藤慎司 二等監督:明治29年4月24日 - 明治31年12月2日
  • 坂田厳三 一等監督:明治31年12月2日 - 明治32年10月4日
  • 広虎一 一等監督:明治32年10月4日 - 明治33年9月1日
  • 藤村盛義 二等監督:明治33年9月1日 - 明治34年2月1日
  • 遠藤慎司 一等監督:明治34年2月1日 - 明治36年5月1日
  • 辻村楠造 一等監督:明治36年5月1日 - 明治36年11月30日
  • (扱)隈徳三 二等主計正:明治36年11月30日 - 明治37年3月9日
  • (扱)藤村盛義 一等主計正:明治37年3月9日 - 明治37年5月4日
  • (扱)内海春震 一等主計正:明治37年5月4日 - 明治38年4月3日
  • 辻村楠造 一等主計正:不詳 - 明治39年2月2日
  • 大野賢一郎 一等主計正:明治39年2月2日 - 明治42年8月12日
  • 高山嵩 二等主計正:明治42年8月12日 - 明治43年11月30日
  • 田中政明 一等主計正:明治43年11月30日 - 大正元年9月28日
  • 木村重行 一等主計正:大正元年9月28日 - 大正8年4月23日
  • 広瀬正徳 主計監:大正8年4月23日 - 大正12年5月5日
  • 三井清一郎 主計監:大正12年5月5日 - 大正12年10月10日
  • 木村茂 主計総監:大正12年10月10日 - 大正15年3月2日
  • 佐野会輔 主計監:大正15年3月2日 - 昭和5年12月22日
  • 小野寺長治郎 主計監:昭和5年12月22日 - 昭和6年8月1日
  • (兼)小野寺長治郎 主計監:昭和6年8月1日 - 昭和6年10月1日(陸軍省経理局長の兼職)
  • 横田章 主計監:昭和6年10月1日 - 昭和9年6月28日
  • 平手勘次郎 主計総監:昭和9年6月28日 - 昭和9年8月1日
  • (兼)平手勘次郎 主計総監:昭和9年8月1日 - 昭和10年3月15日(陸軍省経理局長の兼職)
  • 石川半三郎 主計少将:昭和10年3月15日 - 昭和12年8月2日
  • 大内球三郎 主計少将:昭和12年8月2日 - 昭和14年8月1日
  • 大城戸仁輔 主計中将:昭和14年8月1日 - 昭和16年11月30日
  • 迫栄吉 主計中将:昭和16年12月1日 - 昭和20年4月6日
  • 森田親三 主計中将:昭和20年4月7日 - 昭和20年7月4日
  • 古野好武 主計中将:昭和20年7月5日 - 昭和20年11月26日

その他[編集]

生徒隊長
  • 羽鳥長四郎 中佐:昭和15年5月12日 - 昭和16年3月1日
  • 楠野豊重 大佐:昭和17年8月1日-昭和19年6月7日(補職は陸軍予科士官学校附)

主な卒業生[編集]

陸軍経理学校の士官候補生、1944年
主計候補生
  • 1期 1907年4月24日卒 76名
  • 2期 1908年5月24日卒 76名
  • 3期 1909年5月24日卒 38名
    • 主計少将:桂巽(優等)
  • 4期 1910年5月24日卒 59名
  • 5期 1911年5月16日卒 55名
  • 6期 1912年5月18日卒 56名
    • 主計中将:大塚彪雄(優等)
  • 7期 1913年5月19日卒 44名
    • 主計中将:多田勉吉(優等)
  • 8期 1914年5月21日卒 52名
  • 9期 1915年5月19日卒 55名
    • 主計中将:森田親三(優等)・井上議作(優等)
  • 10期 1916年5月20日卒 48名
    • 主計少将:滝川保之助(優等)・藤原藤治郎(優等)
  • 11期 1917年5月18日卒 42名
    • 主計少将:池本信巳(優等)
  • 12期 1918年5月20日卒 50名
  • 13期 1919年5月13日卒 49名
  • 14期 1920年5月20日卒 65名
  • 15期 1921年5月2日卒 64名
  • 16期 1922年5月1日卒 77名
経理部士官候補生
  • 1期 1939年9月23日卒 26名
  • 2期 1940年7月13日卒 59名
  • 3期 1941年3月15日卒 77名
  • 4期 1942年3月14日卒 93名
  • 5期 1943年3月20日卒 115名
  • 6期 1944年4月19日卒 147名
  • 7期 1945年6月16日卒 152名
  • 敗戦時

脚注[編集]

  1. ^ 1937年(昭和12年)2月14日までは「経理部将校相当官」と呼ばれた。
  2. ^ 『官報』第4611号、明治31年11月11日。

参考文献[編集]

関連項目[編集]