絢子女王
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| 絢子女王 | |
|---|---|
2012年一般参賀
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| 続柄 | 高円宮憲仁親王第三女子(大正天皇曾孫) |
| 身位 | 女王 |
| 敬称 | 殿下 Her Imperial Highness |
| お印 | 葛 |
| 出生 | 1990年9月15日(22歳) |
| 父親 | 高円宮憲仁親王 |
| 母親 | 憲仁親王妃久子 |
| 天皇と皇族 |
|---|
絢子女王(あやこじょおう、1990年(平成2年)9月15日 - )は、日本の皇族。高円宮憲仁親王と同妃久子の第三女子。姉に承子女王、典子女王がいる。身位は女王。皇室典範における敬称は殿下。お印は葛(くず)。栄典は宝冠牡丹章(旧制度での勲二等宝冠章に相当)。
目次 |
略歴 [編集]
1990年(平成2年)9月15日に高円宮夫妻の第3子(三女)として社会福祉法人恩賜財団母子愛育会総合母子保健センターの愛育病院で誕生した。母の久子妃は37歳の高齢出産であった。同年11月12日の即位の礼の際には、平成時代に最初に誕生した皇族で乳児だった絢子女王が写っている高円宮夫妻と3姉妹の一家全員の記念撮影があった。[1]松濤幼稚園に通い、学習院初等科、女子中等科を経て、2009年(平成21年)3月に学習院女子高等科を卒業した。
福祉分野に関心があったことから、同年4月に千葉県の城西国際大学福祉総合学部に進学した。子ども福祉コースを選択。大学卒業後は保育士の資格と社会福祉士の資格を取得。在学中にはカナダに海外研修に行き、カナダの福祉を学ぶために現地の高齢者施設やチャイルドケア施設を見学した。また、平成23年12月、東金市立東金幼稚園の園児40人をキャンパスに招いて「子どもクリスマスパーティー2011」を開催し寸劇にも参加された。高円宮邸を離れ、城西国際大学に近い千葉県東金市の住宅で共同生活をしている[2]。 また、サッカー部のマネージャーを務めている[3]。
平成25年3月、城西国際大学福祉総合学部を卒業。学部代表として学長より卒業証書を授与され、またサッカー部のマネージャーとしての活動が評価され理事長特別表彰も授与される。4月からは城西国際大学大学院 福祉総合研究科へ進学する。
系譜 [編集]
| 絢子女王 | 父: 憲仁親王(高円宮) |
祖父: 崇仁親王(三笠宮) |
曾祖父: 大正天皇 |
| 曾祖母: 貞明皇后 |
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| 祖母: 百合子 |
曾祖父: 高木正得 |
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| 曾祖母: 高木邦子 |
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| 母: 久子 |
祖父: 鳥取滋治郎 |
曾祖父: 鳥取為三郎[4] |
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| 曾祖母: 鳥取久壽[4](或は久嘉[5]) |
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| 祖母: 鳥取二三子 |
曾祖父: 友田二郎 |
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| 曾祖母: 友田盛子 |
脚注 [編集]
- ^ 『宮さまとの思い出』(扶桑社、2003年) ISBN 4594042481の最初の表紙の写真
- ^ MSN産経 「絢子さま、城西国際大にご入学」(写真あり)
- ^ 城西国際大学サッカー部 - チーム紹介
- ^ a b 『大衆人事録. 第12版 近畿・中国・四国・九州篇』香川五
- ^ 『人事興信録. 第11版』(昭和12年)下ト一〇一