琴平急行電鉄線

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琴平急行電鉄線
路線総延長 15.7 km
軌間 1067 mm
電圧 ? V直流
停車場・施設・接続路線(休止当時)
STRq
坂出駅 国鉄予讃本線
坂出駅前駅 琴参坂出線
exSTRlg
0.0 坂出駅
exBHF
0.8 女学校前駅
exBHF
1.8 川津駅
exBHF
3.5 津ノ郷駅
exBHF
4.7 池ノ下駅
exBHF
5.6 讃岐富士駅
exBHF
6.3 讃岐飯野駅
exBHF
7.2 川西駅
exBHF
8.4 郡家駅
exBHF
9.8 垂水駅
exBHF
10.8 妙見駅
exBHF
12.1 公文駅
exBHF
13.2 高篠駅
exBHF
14.3 榎井駅
exSTR STRrg STRq
琴電琴平線
STRq xKRZu
琴平駅 国鉄:土讃線
uSTRlg exSTR
琴参:琴平線
uSTR
琴電琴平駅
15.7 電鉄琴平駅
琴参琴平駅

琴平急行電鉄線(ことひらきゅうこうでんてつせん)は、1948年昭和23年)に琴平参宮電鉄(琴参)に吸収合併された琴平急行電鉄(琴急)が、1930年(昭和5年)から1944年(昭和19年)にかけて運営していた鉄道路線である。

概要[編集]

本路線は金刀比羅宮への参詣路線としては最後に開業した路線であった。起点である坂出は、当時隣の丸亀と並んで本州四国をつなぐ重要な港町であったことから、そこから古くより参拝者が多く訪れる金刀比羅宮への参宮路線の敷設は、多くの需要が見込めると考えられたのは当然のことであった。

しかし、同区間を結ぶ鉄道路線としては、既に琴平参宮電鉄路面電車)の坂出線・琴平線(1963年(昭和38年)に廃止)が存在していた。さらには鉄道省(後の国鉄予讃本線支線(現・四国旅客鉄道(JR四国)土讃線)や琴平電鉄(現・高松琴平電気鉄道琴平線)が、この地域の中核都市であり宇高連絡船の発着する高松市から琴平まで路線を先に延ばしていた。そのため、本路線を含め計4社の路線が琴平への輸送を争うような事態になり、さらに香川県の各地から琴平へはバスも多く運行されていたことから、当時の人口からしても明らかな過当競争路線であった。その上沿線は人口希薄地帯であり、営業は不振が続いた。

また当時、大阪神戸から瀬戸内海地方へ向かう大阪商船など、関西と四国を結ぶ重要な交通手段であった航路は坂出ではなく高松・多度津に寄港しており、それらの地域から列車電車を出している鉄道省土讃線・琴平電鉄・琴平参宮電鉄(多度津線)に対抗し得なかったことも、本路線の苦戦につながった。

なお社名の「急行」は、路面電車の琴平参宮電鉄や汽車の土讃線に比べて速いという意味であり、実際には全列車が各駅停車だった。

営業成績そのものは1940年(昭和15年)を境に改善の兆しを見せ、1942年(昭和17年)には単年度収支で黒字を計上するまでになった。しかし、前述のように本路線は土讃線や琴平参宮電鉄線との完全な並行路線であったことから、太平洋戦争激化に伴い1944年(昭和19年)1月に不要不急路線に指定され、各種設備を供出し営業を休止した。琴参合併後も路線免許は保持されていたが、1954年(昭和29年)9月に廃止申請がなされ、名実ともに廃止となった。なおバス事業を兼営していた[1]

路線データ[編集]

  • 路線距離:坂出駅 - 電鉄琴平駅間15.7km(琴参電鉄は丸亀経由のため同区間は20.6km、国鉄は多度津経由のため22.3km)
  • 軌間:1067mm
  • 電化区間:全線(直流電化
    • 高柳変電所、回転変流機(交流側445V直流側600V)直流側の出力250KW、常用1、予備1、製造所日立製作所[2]
  • 複線区間:なし(全線単線

上記は営業休止直前のデータである。

運行概要[編集]

  • 1930年(昭和5年)10月1日改正時
    • 運行本数:5時50分 - 22時30分の間おおむね25分間隔(琴参電鉄は日中15分・夜間30分間隔、国鉄は16往復)
    • 所要時間:全線41分(当時同区間を琴参電鉄では1時間10分、国鉄線は49 - 54分)
  • 1941年(昭和16年)8月1日改正時
    • 運行本数:6時から23時台まで終日30分間隔(琴参電鉄は20分間隔、国鉄は18往復)
    • 所要時間:全線36分(琴参電鉄は1時間3分、国鉄線は37 - 43分)

歴史[編集]

  • 1926年(大正15年)12月16日 鉄道免許状下付(綾歌郡坂出町-仲多度郡琴平町、綾歌郡法動寺村-同郡栗熊村間)[3]
  • 1928年(昭和3年)10月20日 琴平急行電鉄株式会社設立[4]
  • 1930年(昭和5年)4月7日 - 全線開業[5]
  • 1934年(昭和9年)3月29日鉄道免許失効(綾歌郡坂出町地内 指定ノ期限マテニ工事施工ノ認可申請ヲ為ササルタメ)[6]
  • 1935年(昭和10年)5月16日 鉄道免許取消(綾歌郡飯野村-同郡栗熊村間 指定ノ期限マテニ工事竣工ヲセサルタメ)[7]
  • 1944年(昭和19年)1月 - 不要不急線として休止。
  • 1948年(昭和23年)7月1日 - 会社が琴平参宮電鉄に合併。
  • 1954年(昭和29年)9月30日 - 旧琴平急行電鉄線を正式に廃止。

駅一覧[編集]

休線時(1944年1月時点)

坂出 - 女学校前 - 川津 - 津ノ郷 - 池ノ下 - 讃岐富士 - 讃岐飯野 - 川西 - 郡家 - 垂水 - 妙見 - 公文 - 高篠 - 榎井 - 電鉄琴平

坂出駅は、当初「坂出駅前」と称した。また榎井駅は高松琴平電気鉄道の榎井駅とは別駅。電鉄琴平駅は、琴平参宮電鉄琴参琴平駅と高松琴平電気鉄道琴電琴平駅の間(金倉川沿い、現・琴平郵便局)にあった。

接続路線[編集]

休線時(1944年1月時点)

  • 坂出駅:国鉄予讃本線(坂出駅)・琴平参宮電鉄坂出線(坂出駅前駅)
  • 電鉄琴平駅:国鉄土讃線(琴平駅)・高松琴平電気鉄道琴平線(琴電琴平駅)・琴平参宮電鉄琴平線(琴参琴平駅)

輸送・収支実績[編集]

年度 乗客(人) 営業収入(円) 営業費(円) 益金(円) その他益金(円) その他損金(円) 支払利子(円) 政府補助金(円)
1930 293,906 40,039 46,613 ▲ 6,574 減資差益金40,135 17,080
1931 472,787 53,544 82,909 ▲ 29,365 48,039
1932 453,468 48,646 71,974 ▲ 23,328 雑損1,000 49,024 17,060
1933 535,454 51,748 73,242 ▲ 21,494 減資差益金93,989 雑損823 48,341 38,317
1934 534,346 50,486 78,233 ▲ 27,747 雑損931 43,022 66,946
1935 570,246 54,703 83,658 ▲ 28,955 雑損5,469 40,400 66,874
1936 555,695 52,912 81,432 ▲ 28,520 雑損1,645 37,765 67,067
1937 637,592 63,948 79,368 ▲ 15,420 雑損6償却金9,586 34,992 60,224
1939 744,972 73,743 87,707 ▲ 13,964 償却金16,604 23,064 53,632
1941 867,576
  • 鉄道統計資料、鉄道統計各年度版

車両[編集]

  • デ1形
    開業に際してデ1 - 3・5 - 7の6両が1929年(昭和4年)に日本車輌製造で新製された。この6両が唯一の旅客車両であり、営業休止まで使用された後、1944年(昭和19年)3月に全車名古屋鉄道へ譲渡されている。

その他、詳細不明ながら電動貨車を1両保有していた。

主な廃線跡[編集]

丸亀市川西町北には川西駅があった面影が残っていた(JA川西支店付近)。ホーム部分であるコンクリート部分だけが残り、長年田畑と雑草に囲まれていたが、2009年(平成21年)に撤去された。

高松琴平電気鉄道琴平線は榎井 - 琴電琴平間で土讃線をアンダークロスするが、その北側に琴平急行電鉄が琴平線と並んで土讃線をくぐっていたガード跡が残っている。

坂出インター西を流れる大束川(だいそくがわ)付近に、橋台と築堤跡が残る。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 1934年時点『全国乗合自動車総覧』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  2. ^ 『広島逓信局管内電気事業要覧. 第12回』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  3. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1926年12月18日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. ^ 『日本全国諸会社役員録. . 第37回(昭和4年)』『地方鉄道及軌道一覧 : 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  5. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』19350年4月19日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  6. ^ 「鉄道免許一部失効」『官報』1934年3月29日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  7. ^ 「鉄道免許取消」『官報』1935年5月18日(国立国会図書館デジタルコレクション)

参考文献[編集]

  • 今尾恵介『日本鉄道旅行地図帳』11号 中国四国、新潮社、2009年 - 主に駅名・キロ程について