小田嶋隆

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おだじま たかし
小田嶋 隆
生誕 1956年11月12日(55歳)
日本の旗 日本 東京都
出身校 早稲田大学教育学部卒業
職業 コラムニスト
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小田嶋 隆(おだじま たかし、1956年昭和31年〉11月12日 - )は、日本コラムニスト、テクニカルライター。

目次

[編集] 人物

東京都北区赤羽に生まれる。東京都立小石川高校卒業(1975年)、早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒業(1980年)。

大学卒業後には味の素ゼネラルフーヅに就職したが、入社翌年の1981年(昭和56年)には退職し、小学校事務員見習い、ラジオ局AD(アシスタントディレクター)、ロックバンド座付き作詞家などを経て、テクニカルライターとなった。1988年(昭和63年)、コンピュータに関連する事項を軽妙に描いたコラム集 『我が心はICにあらず』以降はコンピュータ関係にとどまらず、様々な事物を辛口に論じるコラムニストとなった。高校時代のクラスメートだったCMプランナー、岡康道は小田嶋について、「(自分は)小田嶋には敵わないから文章で食べていくのを諦めた」と語っている[1]
かつて月刊誌 『噂の真相』において無資本主義商品論を連載していた。1997年(平成9年)、月刊誌諸君!で詩人・書道家の相田みつをを「便所の神様」と批評する記事[2]を書いたところ、書道家としての実績や兵役の有無といった来歴に事実誤認があるとして遺族から名誉毀損で訴えられた[3]2008年(平成20年)から日経ビジネスオンラインに連載を持ち、2009年平成21年)8月第45回衆議院議員総選挙における自民党の敗北について、ネットウヨクの主張を真に受けたことが最大の敗因との分析をおこなった[4]2011年(平成23年)、民主党代表選で野田佳彦が行った演説、いわゆる「ドジョウ演説」を批判して、相田みつをの政治利用に反対の意を表明した[5]

浦和レッズのサポーターである。

[編集] 著書

[編集] 単著

[編集] 共著

[編集] 訳著

[編集] 脚注

  1. ^ 岡康道 (2007年9月14日). “「文体模写」「他人日記」「柿」”. 日経ビジネスオンライン. 2010年7月25日閲覧。
  2. ^ 小田嶋隆、1997、「五百万信者が群がる相田みつをは「便所の神様」」、『諸君!』29巻11号(1997年11月号)、文藝春秋 pp. 164-171.
  3. ^ 相田一人、1999、「「相田みつをは『便所の神様』」に反論する」、『諸君!』31巻4号(1999年4月号)、文藝春秋 pp. 302-303.
  4. ^ 小田嶋隆 (2009年8月31日). “踊る阿呆の「祭り」のあとに”. 日経ビジネスオンライン. 2010年6月21日閲覧。
  5. ^ 小田嶋隆 (2011年9月2日). “政治家の演説口調が行き着く果て”. 日経ビジネスオンライン. 2011年9月2日閲覧。

[編集] 外部リンク

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