尊属殺

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尊属殺(そんぞくさつ、: parricide)とは、祖父母両親おじおばなど親等上、父母と同列以上にある血族(尊属)を殺害すること。狭義では特に、刑法の旧規定で特別の扱いがあった、自己または配偶者の祖父母・両親など直系の尊属の殺害を指すことが多い。

日本における尊属殺[編集]

かつて日本では、自己または配偶者の直系尊属を殺した者について、通常の殺人罪(刑法199条)とは別に尊属殺人罪(刑法200条)を設けていた。通常の殺人罪では三年以上~無期懲役、または死刑とされているのに対し、尊属殺人罪は無期懲役または死刑のみと、刑罰の下限が高く、より重いものになっていた。しかし、1973年4月4日最高裁によりこうした過度の加重規定は違憲であるとされ(尊属殺法定刑違憲事件)、それ以降は適用されなくなった。1995年の刑法改訂で削除されている。

尊属殺人罪はローマ法の殺親罪(parricidium)を祖として、以来、世界各国で広く認められていた。しかし、近年、尊属だからという理由のみで刑法上厚い保護を受けるべきとの思想はもはや時代にあっておらず、各国においても尊属殺人罪を規定する立法例はフランス刑法299条などのわずかな例をみるだけである[1]

重罰とした理由[編集]

そもそも尊属殺人が重罰規定となったのは、社会道徳を破壊する行為に対する防衛措置としてであった。律令における尊属殺人は、皇帝に対する反逆罪と同様とされ(十虐)、生きたまま身体を切り刻むという一般の殺人犯よりも非常に残虐な方法で処刑されていたという。また、これが長く歴史的に残されてきた事由は、人間本来の自然なる情に根差した「子は親を敬う」「親は子を慈しむ」という人間観に基づいていた。この人間観は、ヨーロッパ社会を象徴するローマにおいても、アジア社会を象徴する古代中国においても同様であったと言える。これを継受した日本の法制においても、大宝律令において八虐が定められて以来の刑事法の原則とされていた。

刑法では尊属殺人罪のほかに尊属傷害致死罪・尊属遺棄罪・尊属逮捕監禁罪という特別の条文を置いて通常の殺人罪・傷害致死罪遺棄罪逮捕監禁罪よりも重く罰していた(尊属加重規定)。

尊属加重規定の削除[編集]

尊属殺法定刑違憲事件は、実父からの長年の性的虐待に堪えかねて殺害に及んだ事件であり、被告人に特に酌量すべき事情があったが、尊属殺人罪を規定した刑法第200条を適用するならば、最大に減軽しても懲役3年6月となり、執行猶予を付すことができない。この点を問題として、最高裁判所は尊属殺の重罰規定を違憲としたのである。この判決の多数意見(15人中8人)は、尊属殺人罪の規定を置くことは合憲であるが、執行猶予が付けられないほどの重罰規定は法の下の平等憲法14条1項)に違反するとした。少数意見(6人)は尊属加重罪そのものを違憲とした。

最高裁判決の主旨に従うならば、尊属殺人罪の条文を丸ごと削除しなくても法定刑の下限を下げれば憲法違反の状態は解消するともいえる。しかし、最高裁判決後の政府の判断は多数意見と少数意見の対立を考慮し、尊属殺人罪の条文を削除または改正するよりも、法定刑の範囲が尊属殺人罪に比べて格段に広い通常の殺人罪の中で裁量的に判断する道を取り、以後は尊属殺を犯した被疑者に対しても通常の殺人罪を適用して裁くことにした。尊属殺人罪の条文は以後22年間にわたって死文化されたまま刑法の条文中に残った。

この間、尊属殺人罪と同様に尊属加重を定めた尊属傷害致死罪などに対しても違憲を訴える裁判が起こされたが、最高裁は「違憲とするほどの重罰規定ではない」として合憲判決を出している。

しかし、1995年に刑法が改正され、条文が文語体から口語体に変更されると同時に、尊属殺人罪だけではなく尊属傷害致死罪・尊属遺棄罪・尊属逮捕監禁罪も含めたすべての尊属加重規定が削除された。

脚注[編集]

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  1. ^ 刑法概説 各論 p16

参考文献[編集]

  • 大塚仁 『刑法概説(各論)改訂増補版』 有斐閣、1992年ISBN 4-641-04116-4

関連項目[編集]