伊勢うどん
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
伊勢うどん(いせうどん)は、三重県伊勢市を中心に食べられるうどん。最近では、三重県内の高速道路SA・PAでも食べられており[1]土産用の商品や東海地方のコンビニエンスストア[2]でも売られている。
目次 |
[編集] 特徴
軟らかく煮た極太の緬に、たまり醤油に鰹節やいりこ、昆布等の出汁を加えた、黒く濃厚なつゆ(タレ)を絡めて食べる。徹底的にコシをなくした極太麺と濃厚なタレは、コシの強さとさっぱりしたつゆが持ち味の讃岐うどんと対極にある。具をあまり載せないことも特徴である。麺を茹でる時間が非常に長く、通常のうどんが15分程度であるのに対して1時間弱ほど茹でる。
江戸時代以前からこの地の農民が食べていた、地味噌のたまりをつけたうどんを、食べやすく改良したものといわれる。よく誤解されるのはタレの味である。非常に濃いタレの色から醤油辛いと誤解されるが、本来のタレは甘みが強く、塩辛さはなく、濃い目の味ではあるが、後味はまろやかである。この濃いタレの色は、たまり醤油の色と、昆布から出た色である。そばつゆと同じものと勘違いされる傾向にあるが別物である。しかし、店によって味に違いがあり、本来の味とは違う場合も多く、評価が大きく分かれる。
讃岐うどんに代表される一般的なうどんとは、同じ「うどん」という名前がついてはいるが、およそかけ離れた食べ物であり、地元のうどんへのこだわりが強い香川県人や関西人には敬遠される傾向にある。ただし、うどんに対する固定観念がそれほど強くないその他地方の出身者には、味の良い店での評価は大方が良い。
[編集] 歴史
起源・始期は明らかではない。
もともと農民が自分たちの食事のために作っていたことから、できるだけ手間がかからず延ばす手間がいらない太い麺が、また安く済むネギだけの具といううどんが形作られたのではないかと考えられている。タレには、家庭で作った味噌からできるたまり醤油を使っていた。
浦田町橋本屋七代目である小倉小兵がお蔭参りの参詣客へと供するためにうどん屋を開業したのが、伊勢うどん屋としての最初と言われている。すぐに参拝客に提供できるよう、常に茹で続け必要量釜揚げ ていた為、茹で時間を気にしないでよいコシのないうどんが最適だったとの説がある。
伊勢うどんという名称は1960年代中期(昭和40年代)以降に名づけられ定着していったが、それまでは地元の家庭では特に他地域のうどんと違う点があると意識されることのない料理の一つであった。伊勢市麺類飲食業組合ではそれまで「並うどん」や「素うどん」と呼ばれていたものを、1972年に「伊勢うどん」に統一した。 この地方の小麦栽培では「農林61号」が主流であったが、地域産業振興の活動の中、低アミロース品種である「あやひかり」がこの伊勢うどんに向いていることが明らかとなり、2003年(平成15年)より奨励品種として採用されている。
なお、ベトナムのホイアンには「カオラウ」という小麦を原料とする太麺の料理があり、17世紀前半の朱印船貿易時代の伊勢商人が持ち込んだ伊勢うどんをルーツとする説がある。
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 伊勢うどん(伊勢市観光協会)

