中谷巌

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中谷 巌
(なかたに いわお)
人物情報
誕生 1942年1月22日(70歳)
日本の旗 日本 大阪府
国籍 日本の旗 日本
学問
研究分野 マクロ経済学
研究機関 大阪大学
一橋大学
ハーヴァード大学
多摩大学
母校 一橋大学(学部)
ハーヴァード大学(博士課程)
博士課程
指導教員
ケネス・アロー
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中谷 巌(なかたに いわお、1942年1月22日 - )は日本経済学者。専門はマクロ経済学三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長、多摩大学名誉学長一橋大学名誉教授、一般社団法人不識庵理事長、ハーヴァード大学経済学博士オーストラリア国立大学名誉法学博士[1]

目次

[編集] 人物

小渕内閣の首相諮問機関「経済戦略会議」に竹中平蔵らとともに参加し、議長代理を務めるなど政府の委員を多く務め、1990年代には、構造改革推進の立場から政策決定に大きな影響力を持った。その後、2008年に著書『資本主義はなぜ自壊したのか』で新自由主義市場原理主義との決別を表明し、その立場を一転させた。

社外取締役制の推進者として知られ、その先駆けとして1999年ソニーの社外取締役に就任した。この時、人事院国立大学教職員と企業役員との兼職を認めなかったため、一橋大学教授を辞職し波紋を呼んだ。2005年6月までソニーの社外取締役を務め、うち2003年6月から2005年6月までは取締役会議長も務めた。ほかにアスクルスカパーJSATホールディングスWDIの社外取締役を務めている。また、NPO全国社外取締役ネットワークの代表幹事として、社外取締役制の普及や支援にも取り組んでいる。

マクロ経済学の教科書として日本の大学で広く使われている『入門マクロ経済学』の著者として知られる。また、ワールドビジネスサテライトでは長くコメンテーターを務めた。

[編集] 経歴

大阪府出身。大阪府立住吉高等学校卒業。高校3年時に結核で入院し浪人1965年一橋大学経済学部卒業(小島清ゼミナール)。大学4年時に盲腸炎で入院し就職活動ができず大学の先輩の誘いで日産自動車に入社。入社同期の阪口大和(元ボストン・コンサルティング・グループ)と親しい。

1969年から会社を休職しハーヴァード大学大学院に留学。1971年日産自動車を退職、ハーヴァード大学経済学部助手に就任。1973年ハーヴァード大学で博士号(Ph.D.)を取得。指導教官はケネス・アロー

1973年ハーヴァード大学講師就任。一橋大学経済学部からの打診を断り、1974年大阪大学経済学部助教授に就任。1984年同教授。竹内弘高(経営学者、一橋大学教授)の誘いを受け、1991年一橋大学商学部教授に就任。

1999年から2005年までソニー取締役、うち2003年から2005年までは取締役会議長。1999年6月に一橋大学教授を辞職後、同年9月に多摩大学経営情報学部教授に就任、2001年9月から2008年3月まで学長、2008年名誉学長。2000年4月三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)理事長に就任。同年JSAT株式移転により現・スカパーJSATホールディングス)取締役、アスクル取締役に就任。2005年一橋大学名誉教授の称号を受ける。同年富士火災海上保険取締役に就任。論文「責任国家・日本への選択」で1988年石橋湛山賞

[編集] 新自由主義からの転向

著書『資本主義はなぜ自壊したのか〜「日本」再生への提言』(集英社、2008年、まえがき)や、論文「小泉改革の大罪と日本の不幸 格差社会無差別殺人─すべての元凶は「市場原理」だ』(『週刊現代」12月27日・01月03日号、2008年12月15日発売)の中で、過去に自分が行っていた言動(アメリカ流の新自由主義や市場原理主義、グローバル資本主義に対する礼賛言動、構造改革推進発言など)を自己批判し、180度転向したことを宣言した上で、小泉純一郎竹中平蔵奥田碩の三人組が実行した聖域なき構造改革を批判し、ベーシック・インカムの導入等の提言を行っている。労働市場についてはデンマーク・モデルを理想としている。

中谷と一橋大の同窓である経済学者の伊東光晴(京都大名誉教授)は、この『資本主義はなぜ自壊したのか』について、伊東や中谷がともに学んだ元一橋大教授の都留重人の言葉を引きながら基本的には支持を示しつつ、同時にアダム・スミス理解など、叙述においてやや正確さを欠いているとの指摘もしている。また同じく一橋大出身である経済学者の竹中平蔵慶應義塾大学教授、元総務大臣)と中谷の同質性についての示唆もしている[2]

一方、経済学者の池田信夫(上武大学教授、ブロガー、評論家)は『資本主義はなぜ自壊したのか』について、およそ経済学者が書いたものとは思えない初歩的な間違いが散見されるうえ、全体的な内容も目次から予想される以上のことが書いてないと述べ、自壊したのは資本主義ではなく中谷であると非難している[3]。また労働法政策研究者の濱口桂一郎(労働政策研究・研修機構統括研究員、元労働省課長補佐)も、本書について、内容に目新しい点がなく、どこかで読んだ内容ばかりであると述べている[4]

週刊ダイヤモンド2009年12月19日号の「経済学者・経営学者・エコノミスト142人が選んだ2009年の『ベスト経済書』」で中谷の『資本主義はなぜ自壊したのか』は5位に選ばれた。

[編集] 主な著書

[編集] 単著

  • 『入門マクロ経済学』(日本評論社、1981 ISBN 4535552010
  • 転換する日本企業 講談社現代新書、1987
  • ボーダーレス・エコノミー 鎖国国家日本への警鐘 日本経済新聞社 1987.10
  • ジャパン・プロブレムの原点 講談社現代新書、1990
  • <論壇から見た>激動の時代、日本の選択 PHP研究所 1991.5
  • 日本企業復活の条件 東洋経済新報社 1993.11
  • 日本経済の歴史的転換 東洋経済新報社 1996.4
  • 日本経済「混沌」からの出発 日本経済新聞社 1998.6
  • 『痛快!経済学 グローバル・スタンダード』(集英社、1999)のち文庫
  • eエコノミーの衝撃 東洋経済新報社 2000.5
  • にっぽんリセット 集英社 2001.3
  • 次世代リーダー学 小学館文庫 2003.1
  • 中谷巌の「プロになるならこれをやれ!」日本経済新聞社 2003.10 のち文庫
  • 痛快!経済学 2 集英社 2004.11
  • 『プロになるための経済学的思考法』日本経済新聞社、2005 ISBN 4532351480
  • 愚直に実行せよ! 人と組織を動かすリーダー論 PHPビジネス新書 2006.5
  • 『資本主義はなぜ自壊したのか~「日本」再生への提言』(集英社2008年ISBN 978-4797671841

[編集] 共著

  • 経済改革のビジョン 「平岩レポート」を超えて 大田弘子 東洋経済新報社 1994.3
  • ITパワー 日本経済・主役の交代 竹中平蔵 PHP研究所 2000.3
  • 若きサムライたちへ 自分を生きる10のメッセージ 田坂広志 PHP研究所 2001.11

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

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  1. ^ 三菱UFJリサーチ&コンサルティング|中谷巌のページ|略歴
  2. ^ 伊東光晴「書評」毎日新聞2009年2月8日号
  3. ^ - 池田信夫 blog2008-12-22。
  4. ^ EU労働法政策雑記帳: 中谷巌氏の転向と回心


先代:
グレゴリー・クラーク
多摩大学学長
第4代: 2001年-2008年
次代:
野田一夫(学長代行)
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