樋口廣太郎
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樋口 廣太郎(ひぐち ひろたろう、1926年1月25日 - )は日本の実業家。アサヒビール中興の祖。
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[編集] 来歴・人物
滋賀県出身。京都市立第二商業学校(廃校)、彦根経済専門学校を経て、京都大学経済学部卒業後、住友銀行に入行[1]。副頭取まで昇進した[1]。1986年、アサヒビールの社長に就任[1]。1987年、アサヒスーパードライを発売して大ヒットさせる。1995年から経団連の副会長も務め、1998年には当時の小渕恵三内閣総理大臣に請われて首相の諮問機関・経済戦略会議の議長に就任。敬虔なカトリック信徒としても有名であり、大学時代は同じ大学にいた本島等(元長崎市長)と仲が良かった。
ほかに、日本アメリカンフットボール協会コミッショナー、日本スペイン協会会長、東京現代美術館館長、日本ナスダック協会会長などの要職も歴任。
アサヒビールの社長に就任後、ロゴマークの変更に際し、社内の反対を押し切って売れ残っていた古いビールを全て店頭から回収・廃棄したことが結果的にアサヒ再興につながった話は有名である(外部リンク参照)。
[編集] 略歴
- 1949年 京都大学経済学部卒業、住友銀行入行
- 1973年 住友銀行取締役
- 1975年 同行・常務取締役
- 1979年 同行・代表取締役専務
- 1982年 同行・代表取締役副頭取
- 1986年 アサヒビール代表取締役社長[1]
- 1992年 同社・代表取締役会長
- 1999年 同社・取締役相談役名誉会長
[編集] 主な著書
- 『樋口廣太郎 わが経営と人生―私の履歴書―』(2003年・日本経済新聞社)
- 『挑めばチャンス逃げればピンチ』(2003年・PHP研究所)
- 『つきあい好きが道を開く』(2000年・日本経済新聞社)
- 『前例がない。だからやる!』(2002年・講談社)
- 『才能論』(2000年・講談社)
- 『人材論』(2002年・講談社)
- 『だいじょうぶ必ず流れは変わる』(2000年・講談社)

