リュック・ベッソン

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リュック・ベッソン
Luc Besson
ブリジット・フォンダとリュック・ベッソン(2001年、カンヌにて)
ブリジット・フォンダとリュック・ベッソン(2001年カンヌにて)
生年月日 1959年3月18日(50歳)
出生地 パリ
国籍 フランス
配偶者 アンヌ・パリロー
ミラ・ジョヴォヴィッチ (1997-1999)
ヴィルジニー・シラ (2004-)

リュック・ベッソンLuc Besson1959年3月18日 - )は、フランス映画監督脚本家プロデューサーパリ出身。

目次

[編集] 人物像

リュック・ベッソンは私生活について語ることが少なく、プライベートな面はほとんど知られていないが、両親はともにスキューバダイビングのインストラクターだった。彼もダイバーとして過ごしたが17歳のときに潜水事故に遭いスキューバダイビングが出来なくなっている[1]

幼少期から異彩を放ち、特に思春期には類まれな独創性を発揮して周囲を驚かせた。暇つぶしに書き始めた小説は後に『フィフス・エレメント』の作品世界として活かされている[2]

18歳のとき故郷のパリに戻り[1]、そこで彼は映画の雑用的な仕事をこなして映画製作のノウハウを学んだ。その後3年間アメリカへ移住、さらにフランスに戻って自身の映画プロダクション会社を興す。後に会社はLes Films de Dauphins(「イルカ映画社」とでも訳せるだろうか)と改名し、現在に至っている[1]

1980年代にベッソンはエリック・セラに出会い、自身初のショートフィルムである"L Avant dernier"の構成を依頼[3] 。それ以後ベッソンとセラはバンド仲間として、そして最も重要な創作上のパートナーとして数々の作品を共に手がけることになる。

1993年に、女優ウィンウィン・ル・ベスコとの間に1女をもうける。彼は1997年11月14日、女優のミラ・ジョヴォヴィッチと結婚したが、後に離婚。その前にも『ニキータ』の主演女優アンヌ・パリローと結婚していたが、作品完成後には離婚していた。現在は2004年8月18日に結婚したヴィルジニー・シラと共に暮らしている。

2001年1月に映画製作会社ヨーロッパ・コープ (EuropaCorp) を立ち上げた。また、同年9月にヨーロッパ・コープはアスミック・エースエンタテインメント角川書店住友商事、シネマゲートと共同出資してヨーロッパ・コープ ジャパンを設立した。

2005年の『アンジェラ』以降はプロデュース業や脚本執筆を中心に活動。しかしショートフィルムに関しては演出を手がけることもあり、日本車の宣伝用フィルムや2012年夏季オリンピック候補地であったパリのプレゼンテーション用のビデオも製作している。

監督業についてはかねてから10作品程度で引退することを公言していたが、2006年9月には『アーサーとミニモイの不思議な国』(3部作)をもって監督業を引退することを発表。同作の日本公開に伴うPR活動で2007年6月に来日した際も引退を宣言している[4][5]

[編集] 主な作品

[編集] 監督作品

[編集] プロデュースおよび脚本作品

[編集] プロデュース作品

[編集] ミュージックビデオ

[編集] CM

  • マツダアテンザ」 (2003) ※インターネットでショートフィルムも同時公開)

[編集] 脚注

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[編集] 外部リンク