フェルナンド・J・コルバト

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フェンルナンド・ホセ・コルバト
人物情報
生誕 1926年7月1日(87歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州オークランド
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身校 カリフォルニア工科大学
マサチューセッツ工科大学
学問
研究分野 計算機科学
研究機関 マサチューセッツ工科大学
主な業績 Multics
主な受賞歴 チューリング賞
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フェンルナンド・ホセ・コルバトFernando José Corbató1926年7月1日 - )は、アメリカ計算機科学者であり、タイムシェアリングオペレーティングシステムの先駆的開発で特に知られている。

業績[編集]

数々の賞を受賞しているが、1990年チューリング賞を授与された。受賞理由は「汎用大規模タイムシェアリング・リソース共有型コンピュータシステムのコンセプト構築と開発を導いた先駆的業績に対して」

彼が関わった最初のタイムシェアリングシステム MIT Compatible Time-Sharing System は、1961年にデモンストレーションを行った。この経験を生かした次のプロジェクト Multics にはハネウェルが参加した。Multics は商業的には成功したとは言えないが、ケン・トンプソンらに直接的な影響を与え UNIX の開発を導いた。UNIX はある意味で Multics の直接的な後継であり、世界中で使われ、他のオペレーティングシステムの設計にも影響を与えた。

経歴[編集]

カリフォルニア州オークランドで生まれる。1950年カリフォルニア工科大学を卒業。1956年マサチューセッツ工科大学物理学の博士号を取得した。卒業後 MIT 計算センターに勤務し、1965年に教授に就任。引退まで MIT にとどまった。

2012年、コンピュータ歴史博物館のフェローに選ばれた[1][2]

コルバトはコルバトの法則でも知られている。その内容は次のようなものである[3]

プログラマがある時間内に書くことができるコード行数は、使用する言語と無関係である。

2度結婚している。2人目の妻イザベルとの間に2人の娘をもうけた。また、妻の連れ子の息子が2人いる。

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Sweet, Carina (2012年1月19日). “The Computer History Museum Announces Its 2012 Fellow Award Honorees”. Computer History Museum. http://www.computerhistory.org/press/2012-fellows.html 2012年1月30日閲覧. "today announced its 2012 Fellow Award honorees: [...] Fernando J. Corbato, pioneer of timesharing and the Multics operating system." 
  2. ^ Fellow Awards - Fernando Corbato”. Computer History Museum. 2012年1月30日閲覧。
  3. ^ Originally from Corbató, F. J. (6 May 1969). “PL/I as a Tool for System Programming”. Datamation 15 (5): 68–76. オリジナルの6 February 2008時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20080206153039/http://home.nycap.rr.com/pflass/PLI/plisprg.html. "Regardless of whether one is dealing with assembly language or compiler language, the number of debugged lines of source code per day is about the same!" 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]