モーリス・ウィルクス

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モーリス・ウィルクス
Maurice Wilkes
人物情報
生誕 1913年6月26日
ウスターシャー ダドリー
死没 2010年11月29日(97歳)
ケンブリッジ
国籍 イギリスの旗 イギリス
出身校 ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジ
学問
研究分野 計算機科学
研究機関 TRE
ケンブリッジ大学数学研究所
英国コンピュータ協会
DEC
主な業績 マイクロプログラム方式
主な受賞歴 チューリング賞 (1967)
C&C賞 (1988)
京都賞先端技術部門 (1992)
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モーリス・ヴィンセント・ウィルクスMaurice Vincent Wilkes1913年6月26日 - 2010年11月29日[1]は、イギリス計算機科学者コンピューティング分野でいくつかの重要な開発を行った。亡くなった時点ではケンブリッジ大学の名誉教授だった。ナイト (knight bachelor)、英国コンピュータ学会特別フェロー、王立工学アカデミーのフェロー、王立協会フェローと様々な栄誉を受けている。

生い立ちから軍務時代まで[編集]

イングランドウスターシャー ダドリーに生まれ[2]ウェスト・ミッドランズのスタウアブリッジで育った。父はダドリー伯の地所で働いていた。スタウアブリッジの高校に通い、そこで化学の先生からアマチュア無線を教えてもらった[3]1931年から1934年までイギリスケンブリッジのセント・ジョンズ・カレッジで数学を学び、1936年には電離層での長波の伝播についての研究で物理学博士号を取得した[4]ケンブリッジ大学の教職員に任命され、それが後にコンピュータ研究所の設立に関わる元となる。

第二次世界大戦中は軍隊に召集され、Telecommunications Research Establishment (TRE) にてレーダーオペレーションズ・リサーチに関する仕事をした。

電子計算機の黎明期[編集]

1945年、ケンブリッジ大学数学研究所(後のコンピュータ研究所)の副所長に任命される[2]。ケンブリッジ研究所には当初から微分解析機などの様々な計算機器があった。そこで彼はENIACの後継としてジョン・エッカートジョン・モークリーが開発中だったコンピュータ、EDVACの、ジョン・フォン・ノイマンによる草稿を入手した。草稿はすぐに返す必要があり、当時はコピー機もなかったので徹夜で草稿を読んだという。彼はコンピュータの進むべき道はこれだと即座に理解し、そんな機械の設計製作に関わりたいと考えた。

1946年8月に船でアメリカまで行きムーアスクール・レクチャーを受講。ただし船の到着が遅れるなどしたため、受講できたのは最後の2週間だけだった。このアメリカ訪問ではアメリカでのコンピュータ研究に関連した場所を全て訪問し、しばらくモークリーの隣の部屋に宿泊して、ENIACについても熟知するようになった。

EDSAC[編集]

EDSACの水銀遅延線とウィルクス

研究所は自己資金を持っていたので、すぐに小型の実用機EDSACの開発に取り掛かった。より優れたコンピュータを作るのではなく、大学が即座に使える簡単なものを作ることを目標としていた。その手法は全くもって実用性重視のものであり、コンピュータの各部品を作るにも既知の手法だけが使われた。完成したコンピュータは当時計画されていた他のコンピュータと比較しても小規模で低性能なものだが、世界初の実用化されたプログラム内蔵式コンピュータとして、1949年5月に稼動開始したのである。

その他のコンピュータ開発[編集]

1951年、高速なROM上の小型で高度に特殊化されたコンピュータプログラムを使って、コンピュータの中央処理装置を制御するという考え方を発展させ、マイクロプログラム方式の概念を生み出した。この概念はCPU開発を大いに単純化することとなる。マイクロプログラム方式は1951年のマンチェスター大学でのコンピュータ会議で初めて公開され、1955年IEEE Spectrum誌(学会誌)でさらに発展した形で掲載された。この考え方を実装したのが EDSAC 2 であり[5]、そこには設計を単純化するための「ビットスライス」方式も採用されていた。プロセッサをビット単位に交換/置換可能な真空管回路ユニットで構成したのである。当時としてはこれは非常に先進的であった。

研究所の次のコンピュータは、フェランティ社との共同開発のTitanである。それはイギリスで初めてタイムシェアリングシステムをサポートしたコンピュータであり、ケンブリッジ大学内ではさらに広範囲に計算資源にアクセスできるようになった。その中には機械CADのためのタイムシェアリング式グラフィックスシステムも含まれる。Titan のオペレーティングシステムの特筆すべき設計上の特徴は、アクセス制御が従来はユーザー毎だったものを、プログラム毎にしたことである。また後にUNIXが導入したパスワードの暗号化も導入している。プログラミングシステムには初期のバージョン管理システムが導入されている。さらにシンボルによるラベルマクロサブルーチンライブラリといった概念も生み出した。これらはプログラミングを容易にする基本的な開発であり、高級言語へ続く道を示したものと言える。

後に初期のタイムシェアリングシステム(現在ではマルチユーザー・オペレーティングシステムと呼ばれる)や分散コンピューティングなどについても研究開発している。1960年代の終わりごろまで、権限ベースの情報処理(セキュリティを高める方式のひとつ)にも興味を持ち、研究所では特殊なコンピュータ Cambridge CAP を設置した。


栄誉と指導者として[編集]

「ウィルクス教授はEDSACの設計者および開発者として最も知られている。EDSACはプログラム内蔵式の世界初のコンピュータである。1949年に開発されたEDSACは水銀遅延線メモリを使った。彼は、1951年Preparation of Programs for Electronic Digital Computers の著者としても知られている(Wheeler、Gill と共著)。その中でプログラムライブラリという考え方が事実上初めて紹介された」

回想録に、以下のようなくだりがある:

(『ウィルクス自伝 ――コンピュータのパイオニアの回想』中村信江 中村明 共訳、丸善 (1992年) pp. 189-190)

一九四九年の六月までに、人々は正しくプログラムを動かすことが一時考えられたほど容易なものではないということに気付き始めた。この衝撃が初めて私自身に襲ってきたときのことを良く覚えている。EDSACは建物の最上階にあり、テープに穴を開けエディットする装置は一階下の微分解析機が設置されている部屋の回廊にあった。私は自分の初めての本格的なプログラムを動かそうとしていた。(略)。EDSACの部屋とパンチ装置の間を往復する旅の中の一つで、「階段の曲がり角で立ち止まった」ような気持が一度に襲った。私の残りの人生の良い部分が、自分のプログラムのエラーを探すのに費やされてしまうことを感じた。チューリングも会議では、「大規模ルーチンの検証」について話していたので、このことに気が付いていたのだろう。

(以下は略すが、プログラムの証明についての専門的な話など。チューリングが数を逆に書いたことにも触れている。(後者についてはチューリング賞講演にもある))

後世の幾万というプログラマが、デバッグという(時にスリリングなこともあるが、基本的には新しい何かを創り出す作業ではなく、非常にうんざりさせられる)作業に対して感じたであろうことだが、それを世界でごく初期に感じたということの、記録である。

著作物[編集]

  • The Preparation of Programs for an Electronic Digital Computer by Maurice Wilkes, David Wheeler, and Stanley Gill; (original 1951); reprinted with new introduction by Martin Campbell-Kelly; 198 pp.; illus; biblio; bios; index; ISBN 0-262-23118-2. Available through Charles Babbage Institute
  • Automatic Digital Computers. John Wiley & Sons, New York, 1956, 305 pages, QA76.W5 1956.
  • A Short Introduction to Numerical Analysis. Cambridge University Press, 1966, reprinted 1971. ISBN 0-521-09412-7 paperback; ISBN 0-521-06806-1 clothbound.
  • Time-sharing Computer Systems. Elsevier, 1975. ISBN 0-444-19525-4
  • 『ウィルクス自伝―コンピュータのパイオニアの回想』Memoirs of a Computer Pioneer(1985年)、丸善 1992年 ISBN 4-621-03743-9

脚注・出典[編集]

  1. ^ “BBC News - Father of British computing Sir Maurice Wilkes dies”. bbc.co.uk. http://www.bbc.co.uk/news/technology-11875821 2010年11月30日閲覧。 
  2. ^ a b c d CV for Maurice V. Wilkes
  3. ^ “Professor Sir Maurice Wilkes - Telegraph”. telegraph.co.uk. http://www.telegraph.co.uk/news/obituaries/technology-obituaries/8171435/Professor-Sir-Maurice-Wilkes.html 2010年12月1日閲覧。 
  4. ^ Maurice V. Wilkes - Short Biography”. cl.cam.ac.uk. 2010年11月30日閲覧。
  5. ^ Edsac 2”. portal.acm.org. 2010年11月30日閲覧。
  6. ^ Wilkes; Sir; Maurice Vincent” (英語). Library and Archive catalogue. The Royal Society. 2011年12月11日閲覧。

外部リンク[編集]