アイバン・サザランド
| アイバン・エドワード・サザランド | |
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サザランドの70回目の誕生日の祝いの場で
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| 生誕 | 1938年5月16日(73歳) |
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| 専門分野 | コンピュータサイエンス |
| 受賞歴 | チューリング賞 |
アイバン・エドワード・サザランド(Ivan Edward Sutherland, 1938年5月16日 - )はアメリカのコンピュータ科学者で、コンピュータグラフィックス、バーチャルリアリティの先駆者。
現在のカーネギーメロン大学であるカーネギー工科大学で電子工学学位を、カリフォルニア工科大学で修士学位を取得後、1963年 MITで博士の学位を取った。
1965年からハーバード大学準教授、1968年からユタ大学教授、1974年からカリフォルニア工科大学教授を務めた。
[編集] 業績
サザランドは革新的なインタフェースであるSketchpadを発明した。スケッチパッドはリンカーン研究所の TX-2 コンピュータで実現され、後にダグラス・エンゲルバートがNLSのGUIを開発するのに影響を与えた。一方、スケッチパッドはヴァネヴァー・ブッシュの有名な論文 "As We May Think" で言及された仮想的なmemex の影響を受けて作られた。サザランドはスケッチパッドの発明とこれに関連する功労で、1988年チューリング賞を受賞する。また、ACM SIGGRAPHからクーンズ賞(CG分野の最高峰)を受賞した。
1968年、サザランドは彼の学生ボブ・スプロール (Bob Sproull)の助けで最初のバーチャルリアリティ(Virtual Reality, VR)と拡張現実(Augmented Reality, AR)である、ヘッドマウントディスプレイ (HMD) システムを作り出す。この最初のシステムはユーザインタフェースや現実性の面では完成度が低かった。頭にかぶる HMDがとても重く、天井につないで支えなければならなかったし、バーチャルリアリティの環境は単純な線で成り立った空間に過ぎなかった。
友達で同僚の、デービッド・エバンスとともに、エバンスサザランド社を設立し、リアルタイム機器、アクセラレイテッド3Dグラフィック、プリンタ言語の分野で先駆的な業績をおさめた。
[編集] その他
エバンスサザランド社には後にアドビシステムズ社を創業したジョン・ワーノック(John Warnock)とシリコングラフィックス社を創業したジム・クラークが勤務していた。
ユタ大学時代の教え子には、ユタティーポットのマーティン・ニューウェルやジム・ブリンなどが名を連ねており、その功績は計り知れない。
サザランドは現在、サン・マイクロシステムズで働いており、二人の子供と四人の孫がいる。