ピエール・マーチン

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ピエール・マーチン
プロフィール
リングネーム ピエール・マーチン
フレンチ・マーチン
フレンチ・マーテル
ピエール・マーテル
マッドドッグ・マーチン
ドン・ガニア
本名 ジャン・ガニア
ニックネーム 殺人コンバット
身長 185cm - 188cm
体重 115kg - 120kg
誕生日 1950年5月25日(63歳)
出身地 カナダの旗 カナダ
ケベック州ケベック・シティー
デビュー 1971年
引退 1990年
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ピエール・マーチンPierre Martin、本名:Jean Gagné1950年5月25日 - )は、カナダの元プロレスラーケベック州ケベック・シティー出身のフランス系カナダ人。生年は1947年ともされる[1]

フレンチ・マーチンFrenchy Martin)またはフレンチ・マーテルFrenchy Martel)のリングネームでも知られ、スキンヘッドに髭面の悪相ヒールとしてカナダ各地やプエルトリコを主戦場に活動した。

来歴[編集]

1971年1968年説もあり[1])にデビューし、地元のケベックカルガリースタンピード・レスリングにてマイク・マーテルとのフランス傭兵ギミックタッグチームザ・マーセナリーズThe Mercenaries)で活動。シングルでは1975年3月1日、プエルトリコWWCカルロス・コロンから北米ヘビー級王座を奪取している[2]

日本へは1975年11月、ザ・コンバットThe Combat)のチーム名でマーテルと共に国際プロレス『ビッグ・ウインター・シリーズ』に初来日。11月3日の開幕戦でグレート草津&マイティ井上を破りIWA世界タッグ王座を獲得し[3]、11月21日のリターンマッチにも勝利して初防衛に成功。12月2日の横浜文化体育館での金網タッグデスマッチによる再度のリターンマッチで草津&井上に奪還されたものの、一時はタイトルの海外流出が危ぶまれた[4]。マーチンはシングルでの実績も評価され、シリーズ最終戦の12月4日にラッシャー木村IWA世界ヘビー級王座にも挑戦した。国際には翌1976年10月にもマーテルとのコンビで再来日し、王座返り咲きを狙って草津&井上に連続挑戦している。

1978年に相棒のマイク・マーテルが死去[5]してからは、1979年1月22日にマイクの弟リック・マーテルとのチームでWWC北米タッグ王座を獲得[6]。同年4月、マッドドッグ・マーチンMad Dog Martin)と名乗って全日本プロレスに来日しているが、"Mad Dog" とはマイク・マーテルの異名でもあった。1980年5月23日にはミスター・フジと組んでブルドッグ・ブラワー&ルーク・グラハムを破り、WWC北米タッグ王座への4度目の戴冠を果たしている[6]1981年1月の全日本プロレスへの再来日では、プエルトリコでの盟友アブドーラ・ザ・ブッチャーともタッグを組んだ。

1983年からはカナダのマリタイム地区モントリオールを主戦場に活動。1984年7月には、当時カナダとの外国人選手招聘ルートを持っていた旧UWFの『UWF無限大記念日』に、フレンチ・マーテルFrenchy Martel)のリングネームでレオ・バークらと共に来日。2日目(7月24日)の興行ではメインイベントで前田日明と対戦し、マーク・ルーインが外国人エースを務めた8月開幕の『ビクトリー・ウイークス』にも継続参戦した。

1986年より、モントリオールのインターナショナル・レスリング(Lutte Internationale)と提携していたWWFの興行に、フレンチ・マーチンFrenchy Martin)の名義でヒールのジョバーとして出場。WWFが同団体を買収した1988年からは、モントリオールのトップスターだったディノ・ブラボーマネージャーを担当[7]、当時の4大PPVレッスルマニア』『サマースラム』『サバイバー・シリーズ』『ロイヤルランブル』にもブラボーのセコンド役で登場した[8]

1990年の中盤にWWFを離れ、そのままレスリング・ビジネスから引退。以後は、1999年8月にモントリオールで開催された "International Wrestling 2000" のリチャード・チャーランド対キングコング・バンディ戦に、チャーランドのマネージャーとして登場[9]。同イベントはWWFを共にサーキットしたジャック・ルージョー・ジュニアらルージョー・ファミリーが主催し、ロニー・ガービンジミー・ガービンミシェル・デュボアなども出場した。

獲得タイトル[編集]

国際プロレス
WWC
  • WWCカリビアン・ヘビー級王座:2回
  • WWC北米ヘビー級王座:3回[2]
  • WWC北米タッグ王座:4回(w / マイク・マーテル、ジャン・マーテル、リック・マーテルミスター・フジ[6]
  • WWC世界タッグ王座:4回(w / ウラカン・カスティーヨ、ホセ・ゴンザレス、ジノ・デラ・セラ、グラン・アポロ)
イースタン・スポーツ・アソシエーション
  • ESAマリタイム・タッグ王座:2回(w / マイク・マーテル)[10]
スタンピード・レスリング
Lutte Internationale
  • インターナショナル・タッグ王座(モントリオール)版:2回(w / ピエール・ルフェーブル)

脚注[編集]

  1. ^ a b 『全日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P76(2002年、日本スポーツ出版社
  2. ^ a b WWC North American Heavyweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年12月18日閲覧。
  3. ^ a b IWA World Tag Team Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年12月18日閲覧。
  4. ^ DVD BOX『不滅の国際プロレス 1974-1981』DISC-2(2007年、ポニーキャニオン
  5. ^ Michel Martel: Forgotten great”. SLAM! Wrestling: October 11, 2004. 2011年12月21日閲覧。
  6. ^ a b c WWC North American Tag Team Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年12月18日閲覧。
  7. ^ Canadian Hall of Fame: Frenchy Martin”. SLAM! Wrestling. 2011年12月18日閲覧。
  8. ^ WWE Yearly Results 1989”. The History of WWE. 2011年12月27日閲覧。
  9. ^ Canadian Rougeaus to battle Garvins, Dubois”. SLAM! Wrestling: August 3, 1999. 2011年12月18日閲覧。
  10. ^ ESA Maritimes Tag Team Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年12月21日閲覧。
  11. ^ Stampede Wrestling North American Heavyweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2011年12月18日閲覧。

外部リンク[編集]