ニノミヤ
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ニノミヤ(Ninomiya)は、かつて大阪市浪速区に本社のあった家電量販店であり、本社のあった日本橋地域を中心に営業、ホビー商品も扱っていた。
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[編集] 概要
[編集] 日本橋の雄
同じ日本橋地区に本社を置く上新電機と肩を並べ「日本橋の雄」とも言われていたが、日本橋での営業に固執するあまり郊外や他地区への事業展開は大きく後れを取ることとなった。このため、店舗数は最盛期でも近畿各地と岡山県の20数店舗にとどまっていた。
[編集] バブル崩壊での転落・倒産
しかし、バブル経済崩壊後の消費不振や関東の大手家電量販店等の関西への出店により売り上げは低迷、遅ればせながら郊外や他地区への出店攻勢をかけたものの、出店費用により経営が悪化し、2005年1月に大口債権者であるモルガン信託銀行(現:JPモルガン信託銀行)が大阪地方裁判所に会社更生法を申請、負債総額は約280億円であった。
[編集] 再建・家電量販撤退
再建にあたっては郊外店を全て他社に譲渡する一方、米国の投資ファンド・ローンスターの支援を得て主力の日本橋地区(3店舗)に経営資源を集中。本店を改装してゆったりと商品を選べる環境を作ったが、売り上げは伸びず失敗に終わり、再出発から僅か1年弱で家電量販から撤退することとなった。ニノミヤの撤退は日本橋の凋落を一層印象づける結果となった。 なお、会社更生手続に際して、事業部門を「二宮興産」へ切り離し二宮興産は「ニノミヤ」へと商号を変更、旧ニノミヤは不動産管理会社となり「エヌ・プロパティーズ」へ商号を変更した。
[編集] 終焉・そして閉店へ
家電量販からの撤退後は日本橋本店1店舗のみを残し、ホビー商品販売店(HOBIX)と電子部品販売店を営業していたが、2007年5月16日にHOBIXが営業を終了した。その後、ニノミヤは「電子部品販売を2007年6月10日をもって営業終了する予定」と発表したが、実際には営業されず2007年5月16日が事実上の営業終了となり、2008年1月にニノミヤは法人解散となった。
[編集] 沿革
- 1945年 - 大阪の日本橋に電子パーツの卸商・二宮無線電機商会として創業。
- 1947年11月 - 株式会社二宮無線電機商会に法人改組。
- 1987年9月 - 株式会社ニノミヤに社名を変更。
- 2004年8月 - 主力銀行、同年10月副銀行が貸出債権を外資系に譲渡し、のちにモルガン信託銀行がニノミヤ債権を取得。
- 2005年1月 - モルガン信託銀行が提示した経営再建計画が、ニノミヤの会社・経営者双方に拒否されたため、銀行側が会社更生法を申請し倒産した。
- 2005年5月末頃 - 一部の店舗を除きエディオン(デオデオ、エイデン、ミドリ電化を運営する持ち株会社)、上新電機、ケーズデンキ、オー・エンターテイメント(オークワ)へ店舗を譲渡。
- 2005年10月 - 更生計画認可。日本橋地域の店舗を改装し再開店させる。
- 2006年7月23日 - 家電販売から撤退。電子部品、ホビー商品に特化する。それに伴い日本橋本店を閉店。
- 2006年7月30日 - 携帯電話販売(電話館)から撤退。残る電子部品とホビー商品は撤退した日本橋本店にて営業。
- 2006年9月25日 - 電子部品の販売を日本橋本店地下1階にて営業。えびす店は9月17日までの営業。
- 2006年10月 - ホビー商品の販売(HOBIX)を日本橋本店3・4階に移転し営業開始。
- 2007年5月16日 - HOBIXの営業を終了。
- 2007年6月10日 - 電子部品販売の営業終了。実際には5月16日以降の営業はなし。
[編集] 譲渡された店舗→譲渡後の店名
- 京都本店→ミドリ円町店
- 太子店→ミドリ太子店
- 堺インター店→ミドリ堺インター店
- 八尾店→ミドリ八尾太子堂店
- 紀ノ川店→ミドリ紀ノ川店
- 狭山店→ジョーシン狭山店
- 三田店→ジョーシン三田店
- 橿原店→ケーズデンキ橿原パワフル店
- 岡山南店→デオデオ岡南店
- 倉敷本店→デオデオ中庄店
- 連島店→デオデオ倉敷南店
- 児島店→デオデオ児島店
[編集] 補足
- 事業清算後、電子部品販売部門の元社員が日本橋に「パーツランド」という店舗をオープンさせている。オープンに当たってはニノミヤから在庫の多くを引継ぎ、什器等の店内設備も大半はニノミヤのものをそのまま流用している。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- ニノミヤ、事実上の自主廃業へ
- 会社営業時に存在したWebサイト(http://www.ninomiya.co.jp/)のドメイン名は、2008年9月より他企業が取得し運用。

