ニノミヤ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ニノミヤ日本橋本店の跡地。跡地にマンションが建築される為、建物は取壊され、看板だけが残る。(2008年9月6日撮影)

ニノミヤNinomiya)は、かつて大阪市浪速区に本社のあった家電量販店であり、本社のあった日本橋地域を中心に営業、ホビー商品も扱っていた。

目次

[編集] 概要

[編集] 日本橋の雄

同じ日本橋地区に本社を置く上新電機と肩を並べ「日本橋の雄」とも言われていたが、日本橋での営業に固執するあまり郊外や他地区への事業展開は大きく後れを取ることとなった。このため、店舗数は最盛期でも近畿各地岡山県の20数店舗にとどまっていた。

[編集] バブル崩壊での転落・倒産

しかし、バブル経済崩壊後の消費不振や関東の大手家電量販店等の関西への出店により売り上げは低迷、遅ればせながら郊外や他地区への出店攻勢をかけたものの、出店費用により経営が悪化し、2005年1月に大口債権者であるモルガン信託銀行(現:JPモルガン信託銀行)が大阪地方裁判所会社更生法を申請、負債総額は約280億円であった。

[編集] 再建・家電量販撤退

再建にあたっては郊外店を全て他社に譲渡する一方、米国の投資ファンド・ローンスターの支援を得て主力の日本橋地区(3店舗)に経営資源を集中。本店を改装してゆったりと商品を選べる環境を作ったが、売り上げは伸びず失敗に終わり、再出発から僅か1年弱で家電量販から撤退することとなった。ニノミヤの撤退は日本橋の凋落を一層印象づける結果となった。 なお、会社更生手続に際して、事業部門を「二宮興産」へ切り離し二宮興産は「ニノミヤ」へと商号を変更、旧ニノミヤは不動産管理会社となり「エヌ・プロパティーズ」へ商号を変更した。

[編集] 終焉・そして閉店へ

家電量販からの撤退後は日本橋本店1店舗のみを残し、ホビー商品販売店(HOBIX)と電子部品販売店を営業していたが、2007年5月16日にHOBIXが営業を終了した。その後、ニノミヤは「電子部品販売を2007年6月10日をもって営業終了する予定」と発表したが、実際には営業されず2007年5月16日が事実上の営業終了となり、2008年1月にニノミヤは法人解散となった。

[編集] 沿革

[編集] 譲渡された店舗→譲渡後の店名

  • 京都本店→ミドリ円町店
  • 太子店→ミドリ太子店
  • 堺インター店→ミドリ堺インター店
  • 八尾店→ミドリ八尾太子堂店
  • 紀ノ川店→ミドリ紀ノ川店
  • 狭山店→ジョーシン狭山店
  • 三田店→ジョーシン三田店
  • 橿原店→ケーズデンキ橿原パワフル店
  • 岡山南店→デオデオ岡南店
  • 倉敷本店→デオデオ中庄店
  • 連島店→デオデオ倉敷南店
  • 児島店→デオデオ児島店

[編集] 補足

  • 事業清算後、電子部品販売部門の元社員が日本橋に「パーツランド」という店舗をオープンさせている。オープンに当たってはニノミヤから在庫の多くを引継ぎ、什器等の店内設備も大半はニノミヤのものをそのまま流用している。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク