さくらや

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株式会社 さくらや
Sakuraya Co, Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 160-0022
東京都新宿区新宿2丁目3番10号
新宿御苑ビル
電話番号 03-5269-3377
設立 1963年昭和38年)9月4日
1946年3月創業)
業種 小売業
事業内容 デジタルカメラ・カメラ、パソコン・OA機器、AV機器、家電製品、時計、携帯電話、ゲーム機及びソフト、玩具・模型、CD・DVDソフト等の販売
代表者 代表取締役会長 深澤政和
代表取締役社長 真崎光晴
資本金 1億円
総資産 192億92百万円(2008年2月29日現在)
従業員数 669名(2008年2月29日現在)
決算期 2月末日
主要株主 株式会社ベスト電器 100%
外部リンク http://www.sakuraya.co.jp/
  

株式会社さくらやSAKURAYA CO., LTD)は、首都圏を中心に展開する家電量販店チェーン。

2007年度現在、使用されているコーポレートスローガンは『もっと、がたくさん!さくらや』。2009年6月現在、14店舗で営業中である。

目次

[編集] 概説

1946年、サクラ屋カメラ店として創業。その後1963年に、さくらや初の大型店舗となる「東口店」を新宿駅前に出店。その後も、新宿地区の商圏拡大に合わせて、新宿を地盤とした多店舗化を続ける。1970年代から老舗カメラ系量販チェーンとして、ヨドバシカメラビックカメラカメラのさくらや[1]での3カメなどと並び評され、TVCMなどのメディア宣伝戦略を駆使して知名度を上げつつ、駅前家電量販店として日本の高度経済成長期の家電の高機能化、消費者ニーズの高まりに合わせて成長を続けた。

[編集] 家電量販店の競争激化

1990年代から始まるデフレ現象、AV機器家電の販売単価下落、競合店とのポイントカードの利率アップ競争激化など家電量販店同士の消耗戦が始まることになる。さくらやは一時は他店のポイントカードサービスとは一線を画し、呈示しただけでその場で現金割引を行うキャッシュバックカード(年会費有料)を発行したが、他店との競争で不利になったためにポイントカード(年会費無料)とキャッシュバック・ポイント兼用カード(年会費2000円)に切り換えたが、1990年代末にポイントの利率をアップして実質的にポイントカードに移行させ、同時に年会費無料化も行った。

首都圏中心に展開していたさくらやは、家電量販店の競争激化に伴う売り上げの頭打ちを打破すべく、1997年東北地区初の「さくらや仙台西口駅前店」を出店した。すでに競合店のラオックス、ヨドバシカメラが巨艦店を仙台地区へ出店した後の参入であり、店舗面積も前記店舗の約半分(4000m²)と狭く、立地も駅からやや遠い利便性の悪さも重なり、売り上げ不振で約2年後に撤退となった。

東北地区への出店失敗は、その後のさくらや多店舗化にブレーキを掛けた。一例として、さくらやには静岡市(JR静岡駅南口駅前)への進出を計画していたが、その後計画を白紙撤回した。

このような「多店舗展開の見直し」がさくらやに及ぼした影響は小さくなく、他の競合店(ヨドバシ・ビックと、ロードサイド型店舗で躍進してきたコジマヤマダケーズ)などが新規出店=規模の拡大で取引メーカーとの販売数に応じた販売リベートの条件や、卸値価格を有利に進める中で新規出店をストップしたさくらやだけがリベート・卸値などの好条件を得られ難くなり、競合店舗が多い同社の主力店舗が密集する新宿地区では価格競争力を維持するため販売価格を値下げして薄利多売を続け経常利益は低下することになった。

[編集] 好感接客への取り組み

1990年代の業績の頭打ち、多店舗化の遅れで低迷する中で好感接客をキーワードとした他店との差別化を図った。接客重視をメディア・TVCMに宣伝、利用客へ余計な声かけはしないことをアピール、販売員の接客スキルアップ教育を重視してリピーター客を増やす戦略を取った。

利用客は販売員からの余計な声かけ・セールストークもなくじっくり品定めができた点は評価されたが、消費者の流れを取り込むまでは至らず、ヨドバシカメラ、ビックカメラのような積極的な声かけやセールストークの商品販売力の売り込みに関して強みが無く、弱いと評されていたさくらやは、更なる販売力鈍化に見舞われたため、後年この戦略は見直された。

[編集] 経営再建

かつての3カメ時代の勢いは失い、2000年代に入るとついに債務超過に陥る。首都圏から東北地方にかけての広域な店舗展開が仇となり経営危機に陥ったラオックスと同様に、早急な経営基盤の強化・事業の再構築が求められていた。2004年に日本の投資ファンドであるフェニックス・キャピタルから数十億円規模の出資を受け、同社の傘下となり経営再建に乗り出す。抜本的な資本体質の改善を目的として、2005年1月に経済産業省へ「事業再構築計画書」を提出、承認後フェニックス・キャピタルによる債務超過分を解消、自己資本回復を目的にする増資が行われた。

[編集] 近況

2005年3月には、自社ウェブサイト上のWebショッピングサイト部門(さくらやNets)を休止。以後、公式サイトは店舗案内サイトとして設営されている。

2005年5月頃からJALカードのショッピングマイルが倍付与となる「特約店」となり、ポスターを掲示するなど購買客へアピールしていたが、1年余りで契約を終了してしまった。

2006年12月1日ベスト電器に対する第三者割当増資を実施し、ベスト電器が40%の株式を引き受ける。ベスト電器専務取締役(当時)の深澤政和がさくらや社長を兼務する形で就任し[2]、ベスト電器グループ傘下となった。以後、同グループのネットワークを生かした共同仕入れを実施したコストダウンを進め、価格競争力の維持・経営再建を進めた。2007年には旧本店の新宿店が閉鎖、パソコン館は家電も扱う新宿3丁目店へ転換するなど店舗の統廃合や転換を主力の新宿地区で実施している(ベスト電器は2001年9月に新宿タカシマヤタイムズスクエア内に白物家電中心の新宿高島屋店を出店しており、こことの兼ね合いも今後注目される)。

2008年3月10日、ベスト電器がフェニックス・キャピタルから残る全株式(60%)を取得し、完全子会社化した。

2008年9月26日、川崎店のオープンから約5年ぶりとなる新店舗・越谷レイクタウン店をオープンさせた。その一方で、売上高で同社最大規模の店舗でありながら、近隣のヨドバシカメラ・ビックカメラ等との競争で収益力が低下していた新宿西口駅前店(新宿パレット)を2008年12月31日に閉店した[3]。跡地には2009年4月24日ユニクロ新宿西口店が入った。

2008年半数近くの店長・副店長が退社し、ノジマに転職した。 ある店舗では、15人の社員が1年あまりの間に退社した。[要出典]

[編集] 沿革

  • 1946年 東京・新宿にてサクラ屋カメラ店を創業。
  • 1948年 合資会社サクラ屋カメラ店として法人組織を設立。
  • 1963年 株式会社に組織変更商号株式会社カメラのさくらやへ改称。
  • 1963年 新宿東口駅前に地下1階、地上4階建の同社初の大型店舗新宿東口店を開設。
  • 1990年 カメラのさくらやから、現在の株式会社さくらやへ商号・社名を変更。
  • 2004年 フェニックス・キャピタル株式会社から出資を受け同社の傘下となる。
  • 2006年12月1日 さくらやは株式会社ベスト電器へ第三者割当増資を実施、同社の傘下となる。
  • 2008年3月10日 株式会社ベスト電器がさくらやの全株式を取得、同社の完全子会社となる。
  • 2008年12月15日 有限会社ベストパックサービスを吸収合併。

[編集] 主な店舗サービス

[編集] ポイントカード

名称は「SAKURAYA POINT CARD」。白濁リライト式の磁気カードで、保有ポイントや有効期限、前回利用店名などが表示されている。
現在の現金払いによるポイント基本還元率は10%で、一部のゲーム機本体は3~5%である。ヨドバシカメラ等他カメラ量販店がポイント還元率を20%まで引き上げたことから2005年以降、家電やパソコンなど高額商品を中心に20%まで引き上げるセールを週末を中心として不定期に実施した時期もあった。クレジットカード商品券ショッピングクレジットで支払った場合は還元ポイントから20%減算(10%→8%,20%→16%)される。

かつてはカードを提示すると5%程度の値引きを行う年会費税抜2000円の「キャッシュバック」カードもあったが、経営施策によりポイントカードへ一本化されている。

[編集] HOT安心保証

さくらやがあいおい損害保険(旧大東京火災海上保険)と総合動産損害保険を団体契約して提供している購入商品長期保証サービスで、1万円以上の製品を購入時に3~5%の掛け金を購入者が支払うことで、購入日から3~5年間、故障・事故(落下・水漏れ・火災等)で修理費用が補償(保険)で定められた金額(購入額の9割~2割)までカバーされる。実損額が補償金額を上回った場合は補償上限額迄を「さくらや商品券」で払い出し、店舗で差額を足して代替品を購入することとなる。
2000年代に家電量販店各社が開始した5年間などの延長保証サービスと異なり、補償上限額までは何度も適用され、自然故障以外の事故でも適用される点が利点となっている。

[編集] 店舗

  • 新宿東口駅前店
  • 新宿3丁目店
  • 新宿東口ホビー館 
テレビゲーム本体・ゲームソフト玩具模型工具塗料フィギュア食玩ガレージキットなど新宿では品揃え豊富な専門店に特化した店舗。

[編集] かつて存在した店舗

  • 新宿本店(カデン館、新宿店と名称変更後、2007年1月31日に閉店)
さくらやの新宿地区主力店舗の一つとして1984年から23年間営業を続けていた、さくらや新宿店(旧さくらや新宿本店)が閉店。
  • 新宿東口パソコン館
家電も取り扱う新宿3丁目店へ2007年4月27日に変更したため、さくらや唯一だったPC専門店は姿を消すことに。引き続き変更後の店舗でもPC関連は継続して販売する。
  • ウオッチKAN横浜(相鉄ジョイナス内)
  • 池袋サンシャイン60通り店 (現在の池袋店(旧池袋東口店)に吸収統合)
  • 荻窪店 (1971年7月、有限会社カメラのさくらやへ分社化・独立の為)
  • 仙台西口駅前店 (東北地方1号店。1997年11月28日開店、1999年9月20日閉店)
  • ゲーム館目黒
  • メガネKAN新宿西口
  • 新宿西口店(OA館、メガネKAN新宿西口と名称変更後、新宿西口駅前店に吸収統合により閉店)
  • 電器館(P-KANへ改装)
  • P-KAN(新宿東口パソコン館に名称変更、デンキKANからの改装の為、白物家電も取り扱っていた)
  • 旧カメラ館(移転後に写真専門館となり、後に閉店)
  • カメラ館(新宿東口駅前店前に移転後、まもなく閉店)
  • 旧メガネKAN新宿東口(移転)
  • メガネKAN吉祥寺
  • 御徒町
  • AV館(後にメガネKAN新宿東口 )
  • 浦和西口総合館(2001年4月に閉店した衣料品アストリアプレハブ2階建て店舗に建て替えて2001年10月オープン。大宮東口駅前店より広いフロアを活かして、同店では取り扱いの無い白物家電・生活家電を充実させていた。ラオックスだけしか競合店が無かったが、区画再開発事業を理由に2008年4月6日閉店となった。同社では越谷レイクタウン店への「移転」と位置付けている)
  • 新宿西口駅前店(2008年12月31日閉店。新宿パレットビル内。跡地にはユニクロ新宿西口店が入った)

[編集] CM

  • 1990年代前半迄は『さくらさくら』をベースにアレンジしたCMソングで知られた。それ以降「安さ爆発さくらや」をサウンドロゴにしたCMや店内放送が用いられていたが、実際には薄型テレビを筆頭に他の家電量販店との価格競争に追いつけなくなり、2005年以降は「好感接客」をキャッチコピーにしたCMを放送。2007年からは柳原可奈子を起用し、新キャラクター「サクレツ君」と共演した「オニ安 さくらや」をコピーとしたCMを放送中。
  • 『カメラのさくらや』時代の1978年に作られたCMソング(初代作詞:さがらよしあき、作編曲:小林亜星、初代歌唱:山川ユキ)は歌詞、アレンジ、歌唱を替えつつ1990年代まで使用された。
  • これらと別に1990年代から店内BGMで広く使用されている『ハートでさくらや』(作詞:伊藤アキラ、作曲者非公開)がある。

[編集] 番組提供

[編集] その他

  • フィル・コリンズ(Phil Collins)-Take Me Home(1985年全英19位・全米7位):この楽曲の為に制作されたPVに、さくらや新宿東口駅前店が映っている。同店前横断歩道でフィルが熱唱しているシーンが収められている。

[編集] 関連項目

東京都杉並区上荻(荻窪駅前)にあるカメラ専門店、「有限会社カメラのさくらや(通称:荻窪カメラのさくらや、おぎさく)」。上記のさくらやから分離独立した店であり、かつては旧新宿本店とは兄弟店という扱いになっていたが、両社の間には現在では資本関係・営業上の提携などはない。同社のロゴはさくらやの旧ロゴを使用している。

[編集] 脚注

  1. ^ かつては「カメラのさくらや」という屋号で展開していた。
  2. ^ ベスト電器グループ一覧
  3. ^ さくらや新宿西口駅前店 閉店のお知らせ さくらやニュース・2008年12月12日発表

[編集] 外部リンク