クロアチアのユーロビジョン・ソング・コンテスト
| クロアチア | |
|---|---|
| 加盟放送局 | クロアチア国営放送 |
| 国内選考大会 | HRTドラ |
| 出場 | |
| 出場回数 | 20 |
| 初出場 | 1993 |
| 最高順位 | 第4位(1996, 1999) |
| 最低順位 | 準決勝第16位(2007) |
| 外部リンク | |
| HRT page | |
| Eurovision.tvのクロアチアのページ | |
クロアチアのユーロビジョン・ソング・コンテストでは、クロアチアにおけるユーロビジョン・ソング・コンテストについて述べる。クロアチアは、1991年にユーゴスラビアから独立を果たし、1993年大会で初出場した。1993年から2009年まで、スウェーデンやモナコ等と並んで、クロアチアは毎年欠かすことなく大会に参加を続けている数少ない国となっている。また、初出場以降、長期間にわたってずっと出場を続けている国はスペインとクロアチアのみである。
1961年大会から1991年大会までの間、クロアチアはユーゴスラビアの一部として参加していた。この間にユーゴスラビア代表として大会に参加した26エントリのうち、半数の13エントリをクロアチアから出しており、ユーゴスラビア時代はその構成諸国の中でもっとも多くのユーゴスラビア代表を輩出している。ユーゴスラビア代表として唯一優勝を果たした、1989年大会に参加し「Rock Me」を歌ったリヴァ もクロアチア出身である。リヴァの勝利により、翌年の1990年大会はザグレブで開かれた。
1991年にユーゴスラビアが解体されると、クロアチアは独立国として1993年大会に初めて出場した。クロアチアの公共放送であるクロアチア国営放送は、その前の1992年大会のクロアチア代表を選ぶフェスティバルを催した。しかし当時、クロアチア国営放送は欧州放送連合に加盟しておらず、1992年大会への参加はかなわなかった。このとき、もしクロアチア国営放送が欧州放送連合に加盟していたら、初の参加はマガジンの「Aleluja」となる予定であった[1]。
クロアチアの初参加は1993年大会となった。クロアチア代表として大会に参加したのはプット(Put)の「Don't Ever Cry」で、この曲はタイトルは英語であるがクロアチア語で歌われた。2008年までの間に、クロアチアで最高の順位となったのは、1996年大会でのマヤ・ブラグダン(Maja Blagdan)の「Sveta ljubav」、および1999年大会のドリス・ドラゴヴィッチ(Doris Dragović)の「Marija Magdalena」で、ともに4位となった。
クロアチア代表を決める国内選考はHRTドラ(Dora)で、クロアチア国営放送によって毎年開催される。
目次 |
参加者 [編集]
投票履歴(1993年 - 2012年) [編集]
クロアチアから高得点が送られた国々:
| 順位 | 国 | 得点 |
|---|---|---|
| 1 | 144 | |
| 2 | 82 | |
| 3 | 64 | |
| 64 | ||
| 4 | 57 | |
| 5 | 50 |
クロアチアに高得点を送った国々:
| 順位 | 国 | 得点 |
|---|---|---|
| 1 | 105 | |
| 2 | 101 | |
| 3 | 62 | |
| 4 | 56 | |
| 5 | 50 |
注: 得点の合計は決勝のときのもののみであり、準決勝のものは含まない。
関連項目 [編集]
- クロアチア人歌手のテレザ・ケソヴィヤは、1966年大会ではモナコ代表、1972年大会ではユーゴスラビア代表として大会に参加した。
- ユーゴスラビアのユーロビジョン・ソング・コンテスト
外部リンク [編集]
参考文献 [編集]
- ^ Croatian Contest for the Eurovision Song Contest - Grand Prix '92
- ^ a b Webb, Glen (2009年2月28日). “Igor Cukrov takes the Croatian ticket to Moscow”. EBU. 2009年2月28日閲覧。
- ^ a b Webb, Glen (2010年3月6日). “Croatia: Feminnem calls for Eurovision again!”. European Broadcasting Union. 2010年3月6日閲覧。
- ^ a b Klier, Marcus (2010年3月6日). “Croatia sends Feminnem to the Eurovision Song Contest”. ESCToday. 2010年3月6日閲覧。
- ^ Ajdinović, Faruk (2012年1月9日). “Nina ide na Eurosong!”. eurosong.hr. 2012年1月9日閲覧。
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