アイルランドのユーロビジョン・ソング・コンテスト
| アイルランド | |
|---|---|
| 加盟放送局 | RTÉ |
| 国内選考大会 | National Song Contest Eurosong You're a Star (2003 - 2005) The Late Late Show (2006 - ) |
| 出場 | |
| 出場回数 | 46 |
| 初出場 | 1965 |
| 最高順位 | 優勝: 1970, 1980, 1987, 1992, 1993, 1994, 1996 |
| 最低順位 | 最下位: 2007 |
| 外部リンク | |
| RTÉ website | |
| Eurovision.tvのアイルランドのページ | |
アイルランドのユーロビジョン・ソング・コンテストでは、アイルランドにおけるユーロビジョン・ソング・コンテストについて述べる。アイルランドは、ナポリで行われた1965年大会で初めてユーロビジョンに参加した。その後2009年に至るまでに、参加しなかったのは2回のみであり、ミュンヘンで行われた1983年大会、タリンで行われた2002年大会に参加していない。アイルランド放送協会(Radio Telefís Éireann; RTÉ)は、大会のアイルランドでの業務を担当しており、アイルランド向けに大会を中継している。準決勝はRTÉ Twoにて、決勝はRTÉ Oneで放送される[1]。アイルランド代表として大会に参加した楽曲の歌詞は、1曲を除いて全て英語であり、1972年大会の「Ceol an Ghrá」のみがアイルランド語の歌詞であった。
アイルランドが初めて大会で優勝したのは1970年大会でのことであり、このときのアイルランド代表はDana Rosemary Scallonが「All Kinds of Everything」であった。2009年までの時点で、アイルランドは合計7回の優勝を果たしており、国別のユーロビジョンでの優勝回数は最多である。1990年代には、前例のない3連続優勝を含む4回の優勝を経験している他、2度は2位に入賞しており、最もユーロビジョンで成功を収めた国となっている。
アイルランドは過去に7回、ユーロビジョン大会を主催しており、うち1回を除いては首都のダブリンで開催された。この例外は1993年大会であり、前年の1992年大会でのLinda Martinの優勝によってアイルランドが主催権を獲得し、コーク州西部の人口1500人の町・ミルストリートで大会が行われた[2]。
目次 |
参加歴 [編集]
アイルランドは、1965年の初参加からほぼ切れ目なく参加を続けており、1983年と2002年のみ不参加となっている。1983年は、アイルランド放送協会でのストライキによって、大会に参加する資金が不足したためであり、アイルランドでは英国放送協会の実況による映像をそのまま放映した。2002年、アイルランドは前年の順位が低かったことにより、その年の大会参加は認められなかった。
アイルランドからの延べ41曲の大会参加のうち、優勝は7回、上位5位以内は18回に上る。アイルランドが大会参加を認められなかったのは1度であり、2001年にGary O'Shaughnessyの「Without Your Love」が21位に終わったため、翌年の参加は不可能となった。
2000年代にはアイルランドの大会での順位は低迷している。2007年大会、アイルランド代表で参加したのは民俗音楽グループのDervishによる楽曲「They Can't Stop The Spring」であり、前年順位によって自動的に決勝への進出が認められたものの、決勝ではアルバニアからの5得点を獲得するに留まり、最下位となった。2008年大会、Dustin the Turkeyの楽曲「Irelande Douze Pointe」は決勝に進むことはできず、準決勝で敗退した。2009年大会でもSinéad MulveyとBlack Daisyの楽曲は準決勝敗退に終わった[3]。
6つのアーティストが複数回にわたってアイルランド代表に選ばれており、ジョニー・ローガン(1980年大会、1987年大会)、Linda Martin(1984年大会、1992年大会)、Tommy and Jimmy Swarbrigg(1975年大会、1977年大会にはThe Swarbriggs Plus Twoの一部として)、Maxi(1973年大会にソロとして、1981年大会にSheebaの一員として)、Jedward(2011年大会、2012年大会)が複数回のアイルランド代表経験を持っている。また、Brendan Graham(1976年大会、1985年大会、1994年大会、1996年大会)、Johnny Logan(1984年大会、1987年大会、1992年大会)、Tommy and Jimmy Swarbrigg(1975年大会、1977年大会)、Liam Reilly(1990年大会、1991年大会)、Joe Burkett(1972年大会・作曲, 1981年大会・作詞)の6人が複数のアイルランド代表の楽曲の作詞や作曲に携わった経験を持っている[4]。
1998年大会以前のアイルランドの参加曲のほとんどで指揮を担当したのはNoel Kelehanである。この例外となるのは、1965年(Gianni Ferrio)、1970年(Dolf van der Linden)、1972年から1975年(Colman Pearce)、1979年(Proinnsias O'Duinn)、1994年(指揮者なし)、1997年(Frank McNamara)であった。
アイルランドは他国の楽曲作成にも関与しており、1997年に大会の司会を務めたローナン・キーティングはデンマークの2009年の参加曲を製作している[5]。
参加者 [編集]
投票履歴(1975年 - 2012年) [編集]
アイルランドは例年イギリスから多くの得点を得ている(2007年、2008年、2009年はいずれもイギリスからの得点はなく、そのうち後2者はアイルランドが参加する準決勝でイギリスは投票できなかったことによる)。アイルランドで電話投票が始まる前は、アイルランドの審査員がイギリスに与える得点は、およそ他国からイギリスへのものと同様であった。電話による視聴者投票が始まってからは、イギリスとアイルランドは他国よりも高い得点を相互に与え合っており、例年およそ8得点ほどを相互に付けている。
また近年ではアイルランドは、国内に住む移民の祖国(ラトビアやリトアニア、ポーランドなど)への投票傾向が高く、2008年にはアイルランドは8得点をイギリスに、10得点をポーランドに、12得点をラトビアに与えている。
統計的に、アイルランドは8番目に優勝の見込みの高い国であり(モンテネグロ、セルビア・モンテネグロ、オランダ、スイス、スウェーデン、ポーランド、ハンガリーに次ぐ)、現行の投票方式になってからの25回の参加大会では平均して8.56得点を優勝国に与えている。アイルランドが優勝国に1得点も与えなかったのは2003年大会のトルコに対してのみである[8]。
アイルランドから高得点が送られた国々:
| 順位 | 国 | 得点 |
|---|---|---|
| 1 | 176 | |
| 2 | 129 | |
| 3 | 127 | |
| 4 | 123 | |
| 5 | 117 |
アイルランドに高得点を送った国々:
| 順位 | 国 | 得点 |
|---|---|---|
| 1 | 236 | |
| 2 | 205 | |
| 3 | 156 | |
| 4 | 151 | |
| 5 | 146 |
得点の合計は決勝のときのもののみであり、準決勝のものは含まない。
主催 [編集]
アイルランドは、複数年にわたって連続して大会を主催した唯一の国であり、1993年から1995年まで3年連続で主催国となった。7回の主催のうち6回の首都のダブリンで開催され、うち3回はPoint Depotで、2回はRDSで、1回はGaiety Theatreで開催された。このほかに1993年大会はコーク州のミルストリート(Millstreet)で開催された。1994年大会では、舞踊団・リバーダンスが幕間の演技でデビューを飾った。
脚注 [編集]
- ^ RTÉ:Eurovision. RTÉ.ie. Retrieved on 5 September 2007.
- ^ Millstreet. Cork-Guide.ie. Retrieved on 5 September 2007.
- ^ “Ireland dumped out of Eurovision”. BBC (2009年5月15日). 2009年5月15日閲覧。
- ^ Diggiloo Thrush - Ireland
- ^ #2 BBC
- ^ a b Schacht, Andreas (2010年2月10日). “Ireland: Niamh Kavanagh back in national final”. European Broadcasting Union. 2010年2月10日閲覧。
- ^ a b Grillhofer, Florian (2010年3月5日). “Ireland sends Niamh Kavangh to Eurovision”. ESCToday. 2010年3月5日閲覧。
- ^ Statistics compiled and available here (scroll approximately halfway down the page)
|
|||||||||||