エノラ・ゲイ

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広島原爆投下に向け、出撃に際しエノラ・ゲイの機長席から手を振るポール・ティベッツ大佐
広島原爆投下に向け、出撃に際しエノラ・ゲイの機長席から手を振るポール・ティベッツ大佐
スティーブン・F・ウドヴァーヘイジー・センターに展示されているエノラゲイ
スティーブン・F・ウドヴァーヘイジー・センターに展示されているエノラゲイ
スティーブン・F・ウドヴァーヘイジー・センターに展示されているエノラゲイ
スティーブン・F・ウドヴァーヘイジー・センターに展示されているエノラゲイ
作戦実行した兵士、中央がティベッツ
作戦実行した兵士、中央がティベッツ

エノラ・ゲイ (Enola Gay) は、第二次世界大戦時に使用されたアメリカ軍B-29長距離通常爆撃機の機名。機体番号44-86292。

目次

[編集] 概要

1945年8月6日午前8時15分に広島県広島市原子爆弾リトルボーイを投下したことで知られる。また8月9日の長崎への原爆投下の際にも小倉市(現:北九州市)の天候観測機として参加している。

エノラ・ゲイの名は当時機長だったポール・ティベッツ大佐 (Paul Warfield Tibbets Jr.) の母親、エノラ・ゲイ・ティベッツ (Enola Gay Tibbets) の名前からとったもの。このことについて、本来の44-86292号機機長であったロバート・A・ルイス大尉(原爆投下任務時は副機長を務めた)は不快感を示したという。

エノラ・ゲイはB-29爆撃機の中で原爆投下用の改造(シルバープレート形態と呼ばれる)が施された15機のうちのひとつである。

[編集] スミソニアン博物館展示騒動

エノラ・ゲイは戦後退役し解体保存されていた。 1990年代半ば、スミソニアン航空宇宙博物館側が原爆被害や歴史的背景も含めてレストア中のエノラ・ゲイの展示を計画した。この情報が伝わると米退役軍人団体などから抗議の強い圧力がかけられ、その結果、展示は原爆被害や歴史的背景を省くこととなり規模が縮小された。この一連の騒動の責任を取り、館長は辞任した。

その後、レストアが完了し、スミソニアン航空宇宙博物館の別館となるスティーブン・F・ウドヴァーヘイジー・センター(ワシントン・ダレス国際空港近郊に位置)が完成したことにより現在はその中で公開されている。

前述したような事態が繰り返されるのを避ける目的で原爆被害や歴史的背景は一切説明されていないために、その展示方法には批判的な意見も存在する。

[編集] 乗組員

出撃当時の乗組員構成(全12名)

  • 機長・操縦士:ポール・ティベッツ Paul W. Tibbets, Jr.
  • 副操縦士:ロバート・ルイス Robert A. Lewis
  • 爆撃手:トーマス・フィヤビー Thomas Ferebee
  • レーダー士:ジェコブ・ビーザー Jacob Beser
  • 航法士:セオドア・バンカーク Theodore Van Kirk
  • 無線通信士:リチャード・ネルソン Richard M. Nelson
  • 原爆点火装置設定担当:ウィリアム・パーソンズ William S.Parsons
  • 電気回路制御・計測士:モリス・ジェプソン Morris R. Jeppson
  • 後尾機銃手・写真撮影係:ジョージ・キャロン George R. Caron
  • 胴下機銃手・電気士:ロバート・シューマード Robert H. Shumard
  • 航空機関士:ワイアット・ドゥゼンバリー Wyatt E. Duzenberry
  • レーダー技術士:ジョー・スティボリック Joe S. Stiborik

[編集] 関連項目