りあるキッズ

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りあるキッズ
メンバー: 安田善紀
長田融季
結成年: 1996年
事務所: よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期: 1996年-現在
出身: 輝く日本の星!
出会い: 輝く日本の星!
現在の活動状況: テレビ・ライブなど
芸種: 漫才
過去の代表番組: りあるデルフィン
同期: 品川庄司など
公式サイト: 公式プロフィール
受賞歴
1998年 今宮子供えびすマンザイ新人コンクール福笑い大賞
1999年 咲くやこの花賞大衆芸能部門
1999年 ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞
1999年 上方漫才大賞新人奨励賞
2000年 上方漫才コンテスト優秀賞
2003年 M-1グランプリ5位

りあるキッズ吉本興業大阪本部(厳密には子会社のよしもとクリエイティブ・エージェンシー)所属のお笑いコンビ1996年5月結成。

目次

[編集] プロフィール

奈良県橿原市出身。ボケ担当。立ち位置は左。血液型O型。身長178cm。体重47kg。
20歳になった頃から急激に声変わりが起こり声が低くなった。
極度のマイナス思考で、極度の怖がり。ちょっとしたことですぐ泣いてしまう。
2004年関西大学社会学部にAO入試で入学。2008年3月に卒業予定だったが、留年してしまった。
2008年5月17日放送(関東地区)のやりすぎコージーにてバイセクシュアルをカミングアウトした。好みの男性はティーアップの長谷川、NON STYLE石田明陣内智則。現在は8:2で男が好き[1]
2008年11月15日放送のマヨブラ流のB面芸グランプリで天津木村のエロ詩吟に対し、ゲイ詩吟を披露し優勝した。
オールザッツ漫才2008で番組に出ていないティーアップ長谷川に公共の電波を通じて、「宏、いやダーリン、一緒にカナダに行こう!!」とプロポーズした(カナダは同性の結婚が認められている)。
大阪府大阪市出身。ツッコミ担当。立ち位置は右。血液型O型。
だんじり祭に対する思い入れが深く、自らも祭りに参加している。
湘南乃風が大好きでジャマイカに行きたいと言っている。
趣味はゴルフとスノーボード。
阪神タイガースの熱烈なファンでもある。
昔から芸人をやっていて、ほとんど学校に行っていないため一般常識が全くなく、よく周りにいじられている。
子供の頃は長田の方が背が高かったが、だんだんと安田に追い抜かれて現在は縦ではなく横に伸びている。

[編集] 略歴

[編集] 特徴・エピソード

  • 子供のときから芸人をやっているため年上の後輩芸人が多い。当時中学生でありながら、まだ結成間もない頃のキングコングにお年玉をあげた事もある。
  • そのため後輩芸人は先輩なので敬語で話すが、彼らより売れている後輩(麒麟南海キャンディーズ等)からは本来年上ということもありタメ口や呼び捨てされることも多い(「やりすぎコージー」にて)。
  • 大阪NSC15~16期生・東京NSC1期生とほぼ同期にあたり、それ以外では同期にロザンすっちー(元ビッキーズ)などがいる。
  • baseよしもとのメンバーから漏れ、先輩芸人を参考に漫才スタイルを模索していた低迷期にシンクタンクのタンクから「君ら子供やのに何で子供らしい漫才せえへんの?(要旨)」と助言を受け、現在まで続く漫才スタイルを確立した。
  • 20歳になるまではお酒を飲むことが出来ず、年上の後輩たちを飲み屋に連れて行っても、本人たちはコーラしか飲めなかったと先輩・後輩たちに暴露されている。
  • 2004年にエンタの神様でネタの収録を行ったが、いまだに放送されていない。
  • 関西ローカルの歳末特番「オールザッツ漫才」(毎日放送)には彼らが深夜の生放送出演に対応できる2004年からの出演で、トーナメント組からネタ組に昇格ではなく、いきなりネタ組から始めさせられた数少ないコンビである。また2007年の回で披露したネタでは安田がパンツ一丁に包丁を持った姿で、過去の功績を活かしきれない自虐ネタを自ら行った。

[編集] 受賞歴

[編集] 出演

[編集] テレビ

第1回に出場、最初のオンエアとなる。ネタは「大阪と奈良」。現在も史上最年少出場・オンエア記録を守り続けている。
天津向指圧野郎とともに新生パラ軍団の一員として活動。安田は番組の中で泣き虫キャラが定着している。

[編集] ラジオ

[編集] CM

[編集] 出典

  1. ^ オールザッツ漫才2008より

[編集] 外部リンク