美章園駅

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美章園駅
東口(2021年5月)
びしょうえん
Bishōen
JR-R20 天王寺 (1.5 km)
(1.5 km) 南田辺 JR-R22
地図
所在地 大阪市阿倍野区美章園2丁目18番14号[1]
北緯34度38分17.04秒 東経135度31分26.27秒 / 北緯34.6380667度 東経135.5239639度 / 34.6380667; 135.5239639 (美章園駅)座標: 北緯34度38分17.04秒 東経135度31分26.27秒 / 北緯34.6380667度 東経135.5239639度 / 34.6380667; 135.5239639 (美章園駅)
駅番号 JR-R21
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 R 阪和線
キロ程 1.5 km(天王寺起点)
電報略号 ヒシ
駅構造 高架駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
4,677人/日(降車客含まず)
-2021年-
開業年月日 1931年昭和6年)6月3日
備考 業務委託駅[2]
みどりの券売機プラス設置駅
阪 大阪市内
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美章園駅(びしょうえんえき)は、大阪府大阪市阿倍野区美章園二丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)阪和線である。駅番号はJR-R21

概要[編集]

駅名は、大阪の財界人であり大阪商工会議所第8代会頭、大阪商船(現在の商船三井)や日本電力(現在は解散)の社長などを務めた山岡順太郎が、1921年(大正10年)に美章土地株式会社を設立し、住宅地「美章園」を建設するに加えて、美章園駅の建設費を寄付したことに由来する。なお、山岡順太郎の父の名前は山岡美章であった[3][4][5]

歴史[編集]

駅付近の高架線の被害
営業再開(1947年4月)
1956年(昭和31年)頃
(1956年発行『阿倍野区史』より)

空襲による当駅付近の被害[編集]

1945年(昭和20年)2月14日[14]午後8時過ぎ、アメリカ軍による空襲で、B29阿倍野区内だけに3発の爆弾を投下した。そのうち1トン爆弾1発が当駅構内に落下し阪和線の鉄筋コンクリート橋脚を粉砕、付近の民家20件ほどを破壊し死傷者30余名を出した。運悪く東和歌山方面行きの電車が発車した直後でホームに多くの人がいたため、多くの死者が出た[15]1951年(昭和26年)8月24日、駅東側に当時の駅職員によって「遭難供養之碑」が建てられた。

この時に明浄高等女学校(現・明浄学院高校)裏にも爆弾が落下し、同校生も犠牲になった[15]。近くの文の里公園に「慰霊塔」がある。それには大阪市最初の被爆地と書かれているが、実際には2月14日より前から大阪市内に空襲が行われている。

大阪市内で空襲慰霊碑のある駅としては、他に1945年8月14日京橋駅空襲で被害を受けた京橋駅大阪環状線片町線)がある。

駅構造[編集]

プラットホーム

相対式ホーム2面2線を持つ高架駅分岐器絶対信号機がない停留所に分類される。

通常使用される改札口は東側のみだが、平日の朝ラッシュ時には西側の改札口も利用できる。2008年3月にエレベーターが整備され、歩道と改札口の段差にもスロープが設置されるなど、バリアフリー化が進んでいる。

業務委託駅[2]、JRの特定都区市内制度における「大阪市内」に属する駅である。ICカード「ICOCA」を利用することができる(相互利用可能ICカードはICOCAの項を参照)。

のりば[編集]

のりば 路線 方向 行先
1 R 阪和線 下り 関西空港和歌山方面[16]
2 上り 天王寺方面[16]
  • 2013年9月までは、「鳳方面行き」「天王寺行き」に行先が固定された簡易型自動放送だった。

ダイヤ[編集]

当駅をはじめ、これより先和歌山方面の快速通過駅全駅共通で、日中時間帯は上下線とも1時間あたり4本の停車である。朝夕時間帯は本数が多くなる。

利用状況[編集]

付近に学校が多く、学生の利用者がかなりの部分を占める。

大阪府統計年鑑[17]によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。

年度 1日平均
乗車人員
1997年 6,429
1998年 6,336
1999年 6,163
2000年 6,032
2001年 5,684
2002年 5,293
2003年 5,225
2004年 5,065
2005年 4,830
2006年 4,842
2007年 4,762
2008年 4,773
2009年 4,804
2010年 4,784
2011年 4,824
2012年 4,842
2013年 5,145
2014年 5,227
2015年 5,362
2016年 5,365
2017年 5,290
2018年 5,271
2019年 5,265
2020年 4,511
2021年 4,677

駅周辺[編集]

駅の東側は古くからの商店や住宅が所狭しと軒を連ねている。阪和線の高架下には商店が軒を連ねている。周辺道路は交通量が多い上に歩道が狭い。

学校[編集]

その他[編集]

バス路線[編集]

「美章園」停留所にて、大阪シティバスの路線が発着する。

東行
西行

1990年代まで近鉄バスも、あべの橋と志紀車庫国分方面を結ぶ路線が停車していた。

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道(JR西日本)
R 阪和線
関空快速・紀州路快速・快速・直通快速・区間快速
通過
普通
天王寺駅 (JR-R20) - 美章園駅 (JR-R21) - 南田辺駅 (JR-R22)

脚注[編集]

  1. ^ 美章園駅 駅情報:JRおでかけネット”. JR西日本. 2022年9月27日閲覧。
  2. ^ a b 会社概要”. JR西日本交通サービス. 2022年3月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年3月2日閲覧。
  3. ^ 山岡順太郎と大阪住宅経営株式会社 和田 康由, 寺内 信 日本建築学会計画系論文集 1996年61巻486号 p.167-176
  4. ^ 山岡順太郎と住宅経営論 和田 康由, 寺内 信 日本建築学会計画系論文集 1996年61巻488号 p.187-194
  5. ^ 大阪市 阿倍野区 阿倍野区の地名・町名の由来 - 大阪市
  6. ^ a b 竹田辰男『阪和電気鉄道史』鉄道資料保存会、1989年、51頁。ISBN 978-4885400612 
  7. ^ a b c 曽根悟(監修) 著、朝日新聞出版分冊百科編集部 編『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 42号 阪和線・和歌山線・桜井線・湖西線・関西空港線、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2010年5月16日、12-13頁。 
  8. ^ a b c 天王寺鉄道管理局三十年写真史P275「駅の変せん」、年表
  9. ^ 『関西国電50年』(鉄道史資料保存会、1982年)年表
  10. ^ 石野哲(編)『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』(初版)JTB、1998年10月1日、365頁。ISBN 978-4-533-02980-6 
  11. ^ 天王寺鉄道管理局三十年写真史 P223年表
  12. ^ 「JR年表」『JR気動車客車編成表 '99年版』ジェー・アール・アール、1999年7月1日、185頁。ISBN 4-88283-120-1 
  13. ^ 「ICOCA」いよいよデビュー! 〜 平成15年11月1日(土)よりサービス開始いたします 〜(インターネット・アーカイブ) - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2003年8月30日
  14. ^ 天王寺鉄道管理局三十年写真史P177の年表では昭和20年3月11日となっているが、誤り。
  15. ^ a b 『阿倍野区史』(1956年)P334-337
  16. ^ a b 美章園駅|構内図:JRおでかけネット”. 西日本旅客鉄道. 2023年1月28日閲覧。
  17. ^ 大阪府統計年鑑 - 大阪府

関連項目[編集]

外部リンク[編集]