数学の線形代数学において、n次正方行列 A の余因子行列(よいんしぎょうれつ、英: adjugate matrix)あるいは古典随伴行列(こてんずいはんぎょうれつ、英: classical adjoint matrix)とは、(i, j)成分が (i, j)余因子である行列の転置行列のことであり[1]、記号で , , [2] などで表す。これはn次正方行列になる。
単に (i, j)成分が (i, j)余因子である行列(転置をしない)を「余因子行列」と呼ぶ場合もある。随伴行列や随伴作用素とは異なる。
余因子行列により、正則行列の逆行列を具体的に成分表示することができる。
可換環 R 上の n次正方行列 A = (ai,j) の余因子行列とは、(i, j)成分が (j, i)余因子である n次正方行列のことであり、記号で , [2] などで表す。
A の (i,j)小行列式を Mi,j で表すことにする。これは、A の第i行、第j列を除いてできる (n − 1)次小正方行列の行列式である:
A の (i,j)余因子を ~ai,j で表すと、
A を余因子展開は、A の余因子行列 ~A により、次のように表せる:
ここで I は単位行列である。
A が特に正則行列のとき、A の逆行列は余因子行列 ~A で表せる:
1次正方行列 A = (a) の余因子行列は、A が零行列でないときは、1次単位行列
である。 は慣習上 0 とする。
2次正方行列
の余因子行列は
なお、この 2次の場合は が成り立つ。
3次正方行列
の余因子行列を考える。(i, j)成分に (i, j)余因子を並べたものは、
ここで
である。余因子行列はこれの転置行列であるから、
例えば、実3次正方行列
の余因子行列は、
となる。実際、余因子行列の (2,3)成分は (3,2)余因子であり、それは (3,2)小行列式(第3行、第2列を除いた小行列の行列式)に符号を掛けたものに等しい:
A を n次正方行列とする。
- (O は零正方行列)
- (I は単位行列)
- (c はスカラー)
- (T は転置を表す)
- A が正則なら、
- これから次が導かれる:
- adj(A) は正則で、その逆行列は(det A)−1A
- adj(A−1) = adj(A)−1.
- adj(A) の各成分は A の成分の多項式である。特に、実数体または複素数体上では、adj(A) の各成分は、A の成分の滑らかな関数である。
複素数体上では、
- ( は複素共役を表す)
- (* は随伴行列を表す)
B をもう1つの n次正方行列とする。
この証明には、2つの方法がある。1つは、コーシー・ビネの公式により直接計算する方法である。もう1つの方法は、正方行列 A, B に余因子展開の等式を利用する方法である:
両辺を多項式として det AB で割ると ~AB = ~B~A を得る。(証明終)
これより、行列の冪乗について次が成り立つ:
- (k は 0 以上の整数)
- A が正則なら、この等式は k が負の整数の場合についても成り立つ。
- 等式
- から導かれる。
- rk(A) ≤ n − 2 のとき、adj(A) = O
- rk(A) = n − 1 のとき、rk(adj(A)) = 1
- (A のある小行列式は 0 でない、故に adj(A) は 0 でなく、したがって、階数は 1 以上である。等式 adj(A) A = 0 は、adj(A) の核の次元は n − 1 以上であることを意味する。故に、adj(A) の階数は 1 以下である。)
- このとき、adj(A) は次のように表せる:
- adj(A) = xyT(x, y は かつ を満たすベクトルである)
A の列ベクトル表示を
とし、b を n次列ベクトルとする。固定された 1 ≤ j ≤ n に対し、A の第 j列を b で置き換えた行列を次の記号で定義する:
この行列の行列式を第j列に関して余因子展開し、それらを集めてできる列ベクトルは、積 adj(A)b に等しくなる:
この等式は、具体的な結果を生む。線形方程式系
を考える。A を正則と仮定する。この方程式に左から adj(A) を掛け、det(A) (≠ 0) で割ると
ここでクラメルの公式を適用すると、
ここで xi は x の第i成分である。
A の固有多項式を
とすると、
p の第一差商は、n − 1次対称式になる:
sI − A の余因子行列積は、ケイリー・ハミルトンの定理 p(A) = O より、
特に、A の レゾルベントは次の式で定義される:
さらに上記の等式より、これは次の式に等しい:
行列式を微分すると、ヤコビの公式 (Jacobi's formula) により、余因子行列が現れる。A(t) は連続的微分可能なら、
これより、行列式の全微分は、余因子行列の転置になる:
pA(t) を線形変換 A の固有多項式とする。ケイリー・ハミルトンの定理とは、t を A に置き換えて得られる正方行列が零行列になることをいう:
定数項を分離し両辺に adj(A) を掛けることで、余因子行列は A と pA(t) の係数だけで表される。完全指数関数的ベル多項式を使うと、これらの係数はA の冪の跡の項で具体的に表せ、次のようになる:
ここで n は A の次数、総和 ∑ の s, 数列 kl ≥ 0 は次の 1次ディオファントス方程式を満たしながら取るものとする:
特に 2次の場合は、次のようになる:
3次の場合は
4次の場合は
上記の表示式は、A の固有多項式を効率良く求めることのできる、Faddeev–LeVerrier algorithmの最後の段階からも直接導出することができる。
余因子行列は、外積代数の抽象的な用語を使うことで表示することができる。V を n次元ベクトル空間とする。ベクトルの外積により双線形対が得られる:
ベクトルの外積は完全対である。それ故、それは同型写像を引き起こす:
明示すると、この対は、v ∈ V を に写す:
T : V → V を線形変換とする。T の(n − 1)次外冪による引き戻しは線形変換空間の射を作る。このとき T の余因子変換は次の合成で定義される:
V = Rn に 基底 (e1, …, en) が与えられていて、T のこの基底に関する表現行列は A であるとき、T の余因子変換は A の余因子行列である。何故正しいのか考えてみるに、 の基底を取る:
Rn の基底元 ei を固定する。ei の による像は、 の基底ベクトルの移る先を決定する:
この基底で、T の (n − 1)次外冪 は次のように表せる:
これらのそれぞれの項の による像は、k = i の項を除いて 0 になる。それ故、 の引き戻しは次の線形写像になる:
これは次に等しくなる:
の逆写像を適用することより、T の余因子変換は次の式で与えられる線形変換であると分かる:
故に、その表現行列は A の余因子行列である。
V に内積と体積形式が与えられていたら、この写像 φ はさらに分解される。この場合、φ はホッジ双対と双対化の合成ととらえることができる。特に、ω が体積形式のとき、それは内積とともに同型写像を引き起こす:
これは同型写像を引き起こす:
v ∈ Rn は次の線型汎函数に一致する:
ホッジ双対の定義により、この線型汎函数は *v と双対である。つまり、ω∨ ∘ φ は v ↦ *v∨ と見なせる。
A を n次正方行列とし、r ≥ 0 を固定する。A の r階余因子行列とは、次正方行列であり、adjr A で表す。その成分は {1, …, m} の r 個元からなる部分集合 I, J から番号を取るものとする。Ic, Jc はそれぞれ I, J の補集合を表すものとする。 は、行番号、列番号がそれぞれ Ic, Jc から取られる、A の小行列を表すとする。adjr A の (I, J) 成分は次の式で定義される:
ここで σ(I), σ(J) はそれぞれ I, J の元の総和を表すとする。
高階余因子行列の基本的な性質として以下がある:
- adj0(A) = det A
- adj1(A) = adj A
- adjn(A) = 1
- adjr(BA) = adjr(A) adjr(B)
- (Cr(A) は r次複合行列を表す)
高階余因子行列は通常の余因子行列と同様に、抽象代数学の言葉を用いても定義できる。, をそれぞれ , に置き換えることでできる。
正則行列 A について、余因子行列の反復合成を取ることにより、r次余因子行列を考えることができる:
例えば、
- Matrix Reference Manual
- Operation with matrices in R (determinant, track, inverse, adjoint, transpose) - © Rene Vapenik 2008 Compute Adjugate matrix up to order 8
- adjugate of { { a, b, c }, { d, e, f }, { g, h, i } } - Wolfram|Alpha