ジョルダン標準形(ジョルダンひょうじゅんけい、英: Jordan normal form)とは、代数的閉体(例えば複素数体)上の正方行列に対する標準形のことである。任意の正方行列は本質的にただ一つのジョルダン標準形と相似である。名前はカミーユ・ジョルダンにちなむ。
次のような n 次正方行列をジョルダン細胞という。

代数的閉体 K 成分の任意の正方行列 A に対して、適当な正則行列 P が存在し、

とすることができる。
このとき λi は A の固有値である。
この行列
のことを、行列 A のジョルダン標準形という。
線形変換[編集]
代数的閉体 K 上の有限次元線形空間を V とし、線形変換 ƒ : V → V をとる。
ƒ が半単純(semisimple)であるとは、線形空間 V が
と ƒ の固有値 λ ∈ K の固有空間 Vλ = { v ∈ V | ƒ(v) = λv } の直和として表せることである。
また ƒ が 冪零(nilpotent) であるとは、ある自然数 r が存在して fr = 0 となることである。
任意の線形変換 ƒ : V → V に対して、半単純線形変換 ƒs と冪零線形変換 ƒn で

を満たすものが一意的に存在する。このとき ƒ = ƒs + ƒn のことを(加法的)ジョルダン分解といい、
ƒs を ƒ の半単純成分、ƒn を ƒ の冪零成分という。
線形空間 V の基底
が線形変換 ƒ のジョルダン基底 であるとは、ei0 = 0 とおいたとき

が基底の任意の元 eij について成り立つことである。
ジョルダン基底に関する ƒ の表現行列がジョルダン標準形である。
特性多項式、最小多項式との関係[編集]
行列
のジョルダン標準形
と、特性多項式
、最小多項式
には次のような関係がある。
なお、最小多項式とは
となる多項式
のうち、次数が最小で、最高次係数が1のものを言う。
となる任意の多項式
は、多項式として
で割り切れる(多項式としての除算の余りがゼロとなる)という性質がある。ケーリー・ハミルトンの定理により
であり、
は多項式として
で割り切れる。
(1)
より、

(2)任意の多項式
について、
が言えるため、次が言える。
よって
は、多項式として
で割り切れる
よって
は、多項式として
で割り切れる
- 最小多項式は最高次係数が1のため

(3)特性多項式が
と因数分解(
は相異なる)される場合、
であり、
の対角線上には
が
個並ぶ。
(4)最小多項式が
と因数分解(
は相異なる)される場合、
の固有値
のジョルダン細胞の中で、次数が最大のものの次数は
である。
- 例1 特性多項式が
、最小多項式が
の場合、
- 例2 特性多項式が
、最小多項式が
の場合、
- 例3 特性多項式が
、最小多項式が
の場合、
- 例4 特性多項式が
、最小多項式が
の場合、
または
対角行列は次数が1のジョルダン細胞のみからなるジョルダン標準形である。
次の複素成分正方行列 A のジョルダン標準形は次のようになる。

また次で定めるベクトル u, v は Au = 3u と Av = 3v + u とを満たすので行列 A のジョルダン基底である。

この行列 A の半単純成分 S と冪零成分 N への分解は次のようになる。

この分解は N2 = 0 や SN = NS が成り立つので、
行列の指数関数や冪乗の計算に役立つ。


アルゴリズム[編集]
n 次正方行列 Aのジョルダン標準形は次のように計算できる。以下では I で n 次単位行列を表す。
- 入力
- n 次正方行列 A
- 出力
- P−1AP がジョルダン標準形となる n 次正則行列 P
- アルゴリズム
- 行列 A の相異なる固有値 λ1, …, λs を求める
- Ai = A − λi I とおく
- rank Ai ki = rank Ai ki+1 となる最小の自然数 ki を求める
- Wi,j = im Ai j ∩ ker Ai とおく
- 部分空間の増大列 Wi,ki−1 ⊂ … ⊂ Wi,1 ⊂ Wi,0 = ker Ai に沿って ker Ai の基底 bi,1, …, bi,ti を求める[5]
- bi,j ∈ Wi,di,j − Wi,di,j+1 となる自然数 di,j を求める
- 連立一次方程式 Ai di,j xi,j = bi,j の解 xi,j を求める
- ei,j = Ai j xi,j とおく
- Pi,j = [ei,di,j, …, ei,1, ei,0] とおく
- P = [P1,1, …, P1,t1, …, Ps,1, …, Ps,ts] を出力
標準形の存在証明[編集]
- 定理
- 任意の線形変換
に対しジョルダン基底は存在する。
証明は線形空間の次元
についての帰納法で、
ならすべての基底がジョルダン基底だからOK、
までOKとして、
とする。次の明らかな補題が証明の鍵である。
- 補題
-
が
のジョルダン基底なら、
のジョルダン基底でもある。ここで
は任意のスカラー。
この補題により
の場合に示せばよい。
このとき
とすると、帰納法の仮定で、
のジョルダン基底
がとれる。
番号を
、
なら
となるようにとる。
は
の元で線形独立だから、これらに
を加えて
の基底を作る。また
の元
を
となるようにとる。このとき
個のベクトル
が線形独立であることは容易にわかり、
これらは
の基底である。
と番号づけると、これが
のジョルダン基底となる。[証明終わり]
で
が行列
で表されるとき、
なら、
が線形独立としてよい。このとき
は行変形で
と簡約化される。
- 命題
- 上のとき、
は
の基底であるが、この基底に関する
の表現行列は
である。
命題の証明は略するが、これを用いると上のジョルダン基底の存在証明は、同時に行列のジョルダン標準形と変換行列を求めるアルゴリズムにもなっている。
- ^ つまり 1 ≤ d1 ≤ d2 ≤ … ≤ ti があって、Wi,ki−1 = ⟨ bi,1, …, bi,d1 ⟩, Wi,ki−2 = ⟨ bi,1, …, bi,d2 ⟩, …, Wi,0 = ⟨ bi,1, …, bi,ti ⟩となるように基底をとる
参考文献[編集]
関連項目[編集]