F-86D (航空機)

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F-86D セイバー

North American F-86D Sabre USAF.jpg

F-86Dは、アメリカ合衆国ノースアメリカン社が開発したジェット戦闘機F-86から派生した全天候要撃機愛称は原型機と同じくセイバーSabre)であるが、その機首形状と形式のDをかけてセイバードッグSabre Dog)とも呼ばれた。

概要[編集]

冷戦が始まると、アメリカでは脅威を増しつつあったソ連爆撃機に対抗できる要撃機を短期間かつ大量に製造する必要に迫られた。これに応じる形で1949年3月28日にNA-164として自主開発が開始された本機は、F-86Aをベースにしたことで僅か9か月足らずで初飛行に成功したが、大幅な設計変更で外見から性能まで異なる機体であり、部品の共通率も25%に留まった。このため当初はYF-95Aという名称で発注されたが、朝鮮戦争による財政悪化のため、F-86の派生型という名目で予算を確保し採用に至る。1951年に初めてアメリカ空軍に配備され、1954年半ばには防空軍団所属の総機数1,045機の内1,026機を占めるに至った。また、これとは別に能力低下型F-86KNATO諸国で使用された。

大きな特徴は、全天候型レーダーと連動するE-4 FCSを備えたために飛び出して鼻のように見えるレドームである。設計当初はレーダー操作員を同乗させる複座機として計画されていたが、機体性能の低下に加えて燃料容量が減少してしまうことから断念し、レーダー搭載ジェット戦闘機としては初の単座機となった。このため自動化された迎撃用FCSを新開発し搭載することとなり、これがE-4となった。

E-4は当時最先端の電子機器であったが、当初は開発遅延[1]と品質管理上の問題がつきまとい、また複雑な構造故に整備も難しかった。その上、自動化されているとはいえ操作が複雑な故にパイロットの負担が大きいことに変わりはなく、操縦とレーダー操作を一人で行わねばならず、外を見る暇がほとんどなかった程で、戦闘飛行はほぼ常に計器飛行であり「手が3本必要」とパイロットを嘆かせた[2]。アメリカ空軍も、パイロットにはB-47を含むどんな機種と比べても多くの飛行訓練が必要であることを認めざるを得なかった。

また、操縦の負担軽減のためエンジンの自動燃料コントロールシステムが搭載されたが、こちらも当初は故障が多く、就役して数か月の間には自動燃料コントロールシステムの不調が原因によるエンジン停止や火災事故が多発した。さらに生産途上でさまざまな改良を受けたことで、製造ブロックごとに整備方法が異なったのも運用を困難にする要因となった。一連の運用の問題点を解決するため1954年3月には「プロジェクト・プルアウト」という根本的な改修作業を約1,125機に対して実施したが、その後も整備の困難さは依然として付きまとった。

機体面ではエンジンにアフターバーナーが追加された他、全遊動式水平尾翼やドラッグシュートも装備している。これによってさらなる高速化を果たし、当時の全天候戦闘機の中では随一の性能を誇った[3]。胴体下部には唯一の兵装である「Mk4 FFAR マイティ・マウス」24連式空対空ロケット弾を装填する引き込み式ロケットパックが設置されている。マイティ・マウスは自機と高速で交差する爆撃機の撃墜を目的とし、機体のFCSが計算した唯一のタイミングに一斉発射される[4]空対空ミサイルが未発達だった当時は最も強力な空対空兵装であり、本機は機銃を廃止してロケット弾のみを主兵装とした最初の戦闘機となった。ただ、ロケットパック展開時は抵抗増大による機首下げモーメントが発生するため、自動的に水平尾翼が上げ舵になることで機首が上向きに補正されるようになっている。

本機は、より高性能の要撃機が登場してからは余剰機が他国へ広く輸出されたが、1970年代初頭までには概ね退役している。

なお、本機は速度記録を2回樹立している。まず1952年11月19日にアメリカ空軍のJ・スレイド・ナッシュ大尉が1,124.14km/hを達成した。翌年7月16日には同じくアメリカ空軍のウィリアム・F・バーンズ中佐が1,151.8km/hを達成し記録を更新した。いずれもカリフォルニア州ソルトン湖上空で記録されたもので、高温の環境と高気圧が記録達成に有利に働いたという。

バリエーション[編集]

展示されるオランダ空軍のF-86K
F-86D
基本型。細かな改良によってD-1、D-5、D-10、D-15、D-20、D-25、D-30、D-35、D-40、D-45、D-50、D-55、D-60のサブタイプがあり、D-5~D-40型は当初装備していなかったドラッグシュートを追加装備したことでD-6~D-41と番号が1ずつ繰り上げられている。2,504機製造。
F-86G
J47-GE-33エンジンを搭載したもの。406機が生産されたが、後に前述のD-60型に改称された。
F-86K
D型のFCSを軍事機密上の理由からダウングレード型のMG-4に、武装を空対空ロケット弾ではなくM24A1 20mm機関砲4門に変更したNATO諸国向け。イタリアフィアット社がノースアメリカン社から提供された部品で221機を製造したが、同社の生産能力が追い付かなかったことから、ノースアメリカン社でも120機が製造された。
F-86L
「フォローオン」プロジェクトによって、D型にSAGEと連動するデータリンクシステムなどを始めとする電子装置の追加やF-40型相当への主翼の改良などを行った機体。981機がD型から改造された。対象となったのはD-11~D-41、D-45~D-60で、当初はD-12~D-42、D-46~D-61と番号をさらに繰り上げて呼称されていた。SAGEと連動した最初の戦闘機であり、またアメリカ空軍で第一線運用された最後のF-86となった。

採用国[編集]

フィリピン空軍のF-86D
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
イタリアの旗 イタリア
オランダの旗 オランダ
オランダ空軍がF-86Kを運用。
大韓民国の旗 韓国
ギリシャの旗 ギリシャ
タイ王国の旗 タイ
アメリカ以外でF-86Lを導入した唯一の国で、20機を運用。
 台湾
F-86Dを18機運用。
トルコの旗 トルコ
西ドイツの旗 西ドイツ
F-86Kを運用。
 ノルウェー
1955年にF-86Kを取得。
 デンマーク
1958年に59機のF-86Dを導入。
フィリピンの旗 フィリピン
20機のF-86Dを運用。
フランスの旗 フランス
フランス空軍が1956年からF-86Kを62機取得した。ミラージュIIIの配備に伴い退役。
ベネズエラの旗 ベネズエラ
西ドイツ空軍からF-86Kを取得。
ホンジュラスの旗 ホンジュラス
ベネズエラ空軍からF-86Kを数機取得。
ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア
取得したF-86Dの一部はロケットパックをカメラに換装した偵察機に改造しIF-86D[5]と呼称した。
日本の旗 日本
航空自衛隊が初めて得た全天候戦闘機であるF-86Dは1958年(昭和33年)から供与が始まり、同年8月1日第101飛行隊を編成後、1962年までに第102第103第105の計4個飛行隊[6][7]が編成、計122機(内24機は部品取用[7])が配備された。配備された122機のほとんどが、F-102への機材変更で不要になった在日米軍の中古機体を供与されたものであった。なお、自衛隊内での愛称はF-86Fと異なり「月光」である。
電子機器に使用された真空管は湿度の高い日本で故障を繰り返し、航空自衛隊へのF-104配備や部品の枯渇による稼働率低下もあって、F-86Dを配備していた部隊は徐々に姿を消していった。最後まで残った第103飛行隊も1968年(昭和43年)10月に解散し、F-86Dの運用は10年程度の短い期間に留まることとなった。ただ、本機の運用実績から、全天候戦闘機運用のノウハウを得る事ができたため、航空自衛隊にとっては極めて意義が高かったと言える。

スペック(F-86D)[編集]

North American F-86DL Sabre line drawings.svg
  • 全幅:11.3m
  • 全長:12.29m
  • 全高:4.57m
  • 主翼面積:27.76m2
  • 空虚重量:5,656kg
  • 最大離陸重量:7,756kg
  • エンジン:J47-GE-17Bまたは-33
  • 推力:33.35kN(アフターバーナー使用時)
  • 最高速度:1,138km/h=M0.92(海面高度)
  • 実用上昇限度:16,640m
  • 航続距離:1,344km
  • 武装
  • 乗員:1名

登場作品[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ このため、37機製造された初期ロットのD-1型には簡素化したE-3が代わりに搭載されている。E-4を搭載したD-5型以降の配備が進むと、これらはTF-86Dと改称され訓練用となった。
  2. ^ 後に同様のFCSを搭載したF-89DF-94Cは、複座機であるため操作面で大きな問題は起きなかった。
  3. ^ 重い電子機器を搭載したことで機動性はA型より低下していたが、元より要撃機は機動性よりも速力が重視されるため、要撃機としての性能は総じて向上したと言える。
  4. ^ 『月刊モデルアート』2003年12月号p30
  5. ^ Iはセルビア語で「偵察」を意味する「Izvidacki」の頭文字。
  6. ^ 第104飛行隊が存在しないのは、F-104Jとの混同を避けるため。
  7. ^ a b 『月刊モデルアート』2003年12月号p29

参考文献[編集]

  • 『週刊 ワールドエアクラフト』各号 デアゴスティーニ社
  • 『世界の傑作機No.93 ノースアメリカンF-86セイバー』 文林堂

関連項目[編集]