P-63 (航空機)

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P-63 キングコブラ

P-63 キングコブラは 、第二次世界大戦時にアメリカ合衆国ベル・エアクラフトが開発した戦闘機アメリカ陸軍航空軍をはじめ、連合国側で運用された。

概要[編集]

ベル・エアクラフト社によって開発されたP-39は、胴体中央(操縦席の後)に液冷式のレシプロエンジンを置き、プロペラ軸を通った大口径機関砲を機首に装備するという野心的な設計だった。しかし、高高度性能が貧弱だったため戦闘機としては苦戦を強いられた。この後継機として、同じレイアウトで高度による性能低下問題を解決した発展型が本機である。

XP-63は1941年6月27日に試作機の発注を受けた。初飛行は1942年12月7日。高々度性能を改善するため2段過給器を備えたアリソン V-1710エンジンを搭載し翼の形を変更した。また、機体全体を若干P-39よりもスケールアップさせており、全長は0.75m伸びている。基本的なスタイルはP-39を踏襲しているが、パーツは全て新規設計となっている。なお、量産決定は初飛行前の1942年9月に下されている。

性能的にはかなり向上したものの、P-47,P-51と比較すると低速で上昇力も劣っていた。更にP-39の半分以下という著しく短い航続距離が決定打となり、陸軍では P-63の一部を国内の練習部隊に配備した以外は、約 2400 機を、ソ連へのレンドリース機として輸出した。ソ連では 迎撃戦闘機として利用された。また、戦後フランスにも供与され、インドシナ紛争時には対地攻撃で使用された。総生産機数は3,305機。

派生型[編集]

派生型の内最も有名なのは有人標的機RP-63「ピンボール」である。これは爆撃機旋回銃手の実射演習用に開発されたもので、武装・オリジナル装甲を撤去した代わりに外板全面をジュラルミン厚板で貼り直し、全面オレンジに塗装して、風防には防弾ガラスをはめ込んでいた。そして爆撃機の銃手が専用の演習弾(鉛とベークライトで製造)で本機を射ち、命中した弾頭が砕け散って機体に衝撃が伝わるとスピナ先端の赤ランプが点滅するという面白い仕組みを持っていて、300機以上生産された。

要目[編集]

  • 乗員:1 名
  • 全幅:11.68m
  • 全長:9.96m
  • 全高:3.84m
  • 重量:2,892Kg
  • 全備重量:3,992Kg
  • 発動機:アリソン V-1710-93 液冷12気筒 1,325hp
  • 最高速度:660Km/h (高度 7,620m)
  • 実用上昇限度:13,106m
  • 航続距離:724Km
  • 武装

各型[編集]

XP-63
試作機。
P-63A
初期量産型。
P-63B
パッカードマーリン V-1650-5エンジン搭載型。計画のみ。
P-63C
V-1710-117エンジン搭載。
P-63D
キャノピーを涙滴型に変更、主翼を拡大。V-1710-109エンジン搭載。1機のみ製造。
P-63E
自動車型キャノピー搭載、主翼を拡大。V-1710-109エンジン搭載。2,930機発注、13機製造。
P-63F
エンジン換装。尾翼を縦に拡張。

現存する機体[編集]

参考 現存軍用機一覧

型名    機体写真    国名 保存施設/管理者 公開状況 状態 備考
P-63A-1-BE 2015年5月@Chino Airport アメリカ パームスプリングス航空博物館 公開 動態展示 USAAF S/N 42-68864。[1][2]
「Pretty Polly」。
飛行登録ナンバーはN163BP。
P-63A-6-BE アメリカ 記念空軍(CAF) 公開 動態展示 USAAF S/N 42-68941。[3]
飛行登録ナンバーはN191H。
You Tube
「P-63A Flies After 40 Years!」
という動画で紹介されている。
P-63A アメリカ John K. Bagley 公開 動態展示 USAAF S/N 42-69021。飛行登録ナンバーはN163FS。[4]昔から飛行可能状態だったが、部品の劣化により途中で43-11223号機[5]を用いて修復された。
P-63A アメリカ ヤンクス航空博物館 公開 静態展示 USAAF S/N 42-69080。[6][7]
「Fatal Fang」。
飛行登録ナンバーはN94501。
P-63A Bell P-63A Kingcobra 269775 91 white (9705741870).jpg ロシア 空軍中央博物館 公開 静態展示 USAAF S/N 42-69775。[8]
RP-63A アメリカ 国立航空宇宙博物館
ポール・ガーバー施設
公開 静態展示 USAAF S/N 42-70255。
「Edyth Louise」。
P-63A アメリカ 軍事航空博物館 公開 静態展示 USAAF S/N 42-70609。[9]ロシアで発見、修復されてからアメリカのフライング・ファクトリー[1]へ移され、そこでも修復された後、アメリカ軍事航空博物館へ移された。
RP-63C Bell P-63 Kingcobra, Sun'N Fun airshow, Florida.jpg アメリカ ファンタジー・オブ・フライト 公開 動態展示 USAAF S/N 43-11117。飛行登録ナンバーはN91448。
P-63C イギリス ウィングスミュージアム 公開 静態展示 USAAF S/N 43-11137。[10]
P-63C Bell P-63 Kingcobra on display in Victory Park, Moscow. Photo taken in June 2004.jpg ロシア 大祖国戦争博物館[11] 公開 静態展示 USAAF S/N 44-4001。[12]
P-63C P-63 Kingcobra Pyhsma.JPG ロシア ウラル戦争・兵器博物館[13] 公開 静態展示 米陸軍 S/N 44-4144。[14][15]
P-63C アメリカ ヤンキー・エア・コープス 公開 静態展示 米陸軍 S/N 44-4181。飛行登録ナンバーはN9009。かつてレーサーとして各地のレースに出場
していたが、1972年の試験飛行時に墜落し、後にヤンキー・エア・コープスで44-4126
(P-63C、飛行登録ナンバーはN63231、こちらもかつてのレーサー)を使って修復された。[16]
RP-63C Soviet's Bell P-63 Kingcobra イギリス ダックスフォード帝国戦争博物館 公開 動態展示 USAAF S/N 44-4393。
飛行登録ナンバーはNL62822。
P-63E アメリカ ピマ航空宇宙博物館 公開 静態展示 USAAF S/N 43-11727。飛行登録ナンバーはN9003R。
P-63E 2015年7月撮影 アメリカ 国立アメリカ空軍博物館 公開 静態展示 USAAF S/N 43-11728。[17]飛行登録ナンバーはNX41964。
「ピンボール」と呼ばれた
有人標的機型のRP-63の
塗装がされている。
P-63E ホンジュラス トンコンティン国際空港航空博物館 公開 静態展示 USAAF S/N 43-11730。[18]飛行登録ナンバーはN9001R。
P-63F アメリカ 記念空軍(CAF) 公開 動態展示 USAAF S/N 43-11719。[19][20]
飛行登録ナンバーはN6763。
RP-63G
QF-63G
アメリカ ラックランド空軍基地エアパーク 公開 静態展示 USAAF S/N 45-57295。[21]

その他

型名 機体写真 国名 保存施設/管理者 公開状況 状態 備考
P-63A Bell P-63A Kingcobra AN1224060.jpg アメリカ? ---- ---- ---- USAAF S/N 42-69097。
「Trust Me」。
飛行登録ナンバーはNX52113。
2001年6月3日、英国Biggin Hill
Air Fairで墜落により
破壊され、破棄された。墜落時の様子は、
You Tube
「P-63 Kingcobra Crash」
という動画で紹介されている。

登場作品[編集]

小説[編集]

『大日本帝国欧州電撃作戦』
先に供与されたP39と同様に日本陸軍航空隊襲撃機部隊に配属され、地上攻撃に猛威を振るって味方から「神様、仏様、鰹節様」と有り難がれる。

ゲーム[編集]

War Thunder
アメリカ通常ツリーにA-5型、A-10型、C-5型、ソ連課金枠に数種類がプレイヤーの操縦できる機体として登場。

脚注[編集]

外部リンク[編集]