B-47 (航空機)

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B-47 ストラトジェット

B-47A ストラトジェット

B-47A ストラトジェット

B-47 ストラトジェットは、アメリカ空軍が運用したボーイング製のジェット推進戦略爆撃機。愛称はストラトジェット(Stratojet)。

概要[編集]

配備されたB-47E
飛行中のB-47E

B-29 スーパーフォートレスB-36 ピースメーカーの後継機として戦略航空軍団(SAC)が導入した戦略爆撃機。35度の後退角を持った主翼、安定性増強装置(SAS)など、当時最新の技術が盛り込まれた。そのスマートなフォルムは、それまでのものと比べると革新的であった。

開発は第二次世界大戦中の1944年から開始されている。開発当初は直線翼であったものの、1945年5月に連合国軍に敗北したドイツ航空機研究者から後退翼の情報が手に入ったことにより設計を変更した。早くも6月より後退角を持つ設計案、モデル450のモックアップ製作が開始された。さらに1946年5月に試作機XB-47が2機発注されている。初飛行は1947年12月17日に行われ、1948年より量産型B-47Aの部隊配備が開始されている。

後退翼の主翼にポッド式にジェットエンジンを搭載している。左右内側パイロンに各2基、外側パイロンに各1基であり、計6基のエンジンを持つ。主翼は肩翼配置で、大重量の核爆弾搭載を考慮し胴体前後に主脚を持つ自転車式の降着装置で、着陸時にドラッグシュートも使用する。

兵装搭載量から言って「戦略爆撃機」と呼ぶには能力不足の感があったものの、朝鮮戦争でB-29がジェット戦闘機MiG-15 ファゴットを相手に苦戦した事や、冷戦の初期であり、航空機による核を含めた「爆撃」がなお主流であった[1]事などからSACは配備を積極的に進め、同盟国や友好国への供与は行われなかった上に、朝鮮戦争にも投入されなかったにもかかわらず、当時としては異例の2,032機が生産された。また、B-47のエンジンをパワーアップとして4発機とするB-56計画もあったが、1952年に中止された。

レシプロからジェットへのつなぎ」的存在であったB-47は、より高性能のB-52 ストラトフォートレスB-58 ハスラーの就役・配備が進むにつれて順次退役し、爆撃機としての実戦投入はないままにベトナム戦争初期の1965年に最終機が退役した。なお、偵察機型のRB-47はソビエト連邦などの東側諸国への偵察任務に使用された。

1955年4月17日にRB-47がカムチャツカ半島でソ連のMiG-15に撃墜された。
1960年7月1日にRB-47Hがバレンツ海でソ連のMiG-19 ファーマーに撃墜された。
1963年にもRB-47がソ連のMiG-19に撃墜された。
1965年4月28日にERB-47Hが日本海北朝鮮MiG-17 フレスコに攻撃を受け、撃破されたが、横田基地にかろうじて帰投している。


仕様[編集]

B-47A 3-View line art.svg
  • 乗員:3名(機長副操縦士、航法/爆撃手)
  • 全長:32.9m
  • 全幅:35.4m
  • 最大離陸重量:56,700kg
  • エンジン:GEJ35×6(後にJ47
  • 推力:16.7kN×6
  • 最大速度:945km/h
  • 航続距離:6,437km
  • ペイロード(兵装搭載量):標準:4,540kg、最大:9,980kg
  • 固定武装:12.7mm重機関銃×2


主な生産型[編集]

B-47A。アスペクト比の大きな細長いは、高速飛行時にエルロン・リバーサルという問題に直面した
RB-47E
B-47A
初期生産型。
B-47B
空中給油装置の付与など。
B-47B-II
B型のE型相当への改良。
RB-47B
偵察機型。
TB-47B
練習機型。
WB-47B
気象観測機型。
YB-47C
エンジンの換装。計画のみ。
B-47D
エンジンのうち4基をターボプロップ2基に換装。B型より2機改造。
B-47E
エンジンの換装など。
RB-47E
偵察機型。
RB-47K
偵察機型。
RB-47H
電子偵察機

脚注[編集]

  1. ^ AGM-28やAGM-69などの空対地(核)ミサイルが登場するのは1960年代になってからである

関連項目[編集]

外部リンク[編集]