SB2A (航空機)

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SB2A

SB2A-4

SB2A-4

SB2A第二次世界大戦の初期にブルースター・エアロノーティカル[1]が開発した艦上爆撃機である。愛称はバッカニア(Buccaneer)[2]

アメリカ海軍の他イギリスとオランダでも採用されたが、生産が大幅に遅延し、量産されたものの実戦部隊への納入が遅れ、量産機は実戦に出ることなく訓練や標的曳航、一部の機体は地上教材としてのみ利用された。英国に供給されたものも含め、最終的には1945年の初頭には大半がスクラップとして処分された。

このSB2Aがブルースター社が自社で開発し制式採用されて生産した最後の航空機となった。

開発・運用[編集]

アメリカ海軍1938年、新型艦上偵察爆撃機に関する要求をまとめ、国内各社に提示した[3]。ブルースター社はこれに応えBrewster Model 340(B-340)の社内名称を付けた設計案を提出、前作SBA(SBN)の性能が高かったこともあり、1939年4月4日、海軍当局はB-340を採用した。

試作型 XSB2A

Model340の細部を改修した試作機は1940年12月24日XSB2Aの名称で発注された。試作機は1941年6月17日に初飛行し、前作SBA(SBN)を上回る性能を示し、これを受けてSB2Aとして制式化された。アメリカ海軍の他にアメリカ陸軍でも急降下爆撃機として採用し、A-34の制式番号も与えられたが、陸軍向けの生産が本格的に開始される直前に発注が取り消され、計画のみで終わった。

この他、イギリス空軍から750機、さらにイギリス海軍でも艦上爆撃機として4機、標的曳航機として1機を導入して評価テストが行われたが、採用はなされなかった[4]。オーストラリア空軍では1941年に240機を発注し、同年中にまず11機が引き渡される予定であったが、生産の遅延と量産機への低評価から、1941年11月には発注がキャンセルされている[5][6]カナダ空軍でも3機を試験用に発注した。なお、イギリスおよびカナダ軍では本機はバーミューダ(Bermuda)と命名された[7]

この他オランダより東インド軍航空隊(英語版)向けに162機の発注があった[5]

これらアメリカ海軍への制式採用とイギリス及びオランダからの発注を受け、ブルースター社では量産型への改修作業と本格的な生産の準備に入ったが、試作機から量産型に改修するにあたり爆弾搭載量を500ポンドから1,000ポンドに倍増、固定武装を強化して装甲を改良・強化したことにより全体的に大型化し、機体重量は1,000kg以上も増加した。これに対処するために動力銃座を廃止するなどして重量軽減と空力性能の向上に務めたが、総重量に対してエンジンの出力が不足しており、量産機は試作機に比べて大幅に性能が低下する結果となった。

会社の規模が小さいために工場の規模も小さかったブルースター社は、本機の大量受注に成功したことに対応するため、生産能力を拡充すべく、大規模な新工場の建設を進めたが、アメリカの第二次世界大戦への参戦を見越して大手航空機メーカーがのきなみ工場を増設・拡張したために、小規模企業であるブルースター社は工場用地の獲得に難渋し、1941年にようやくペンシルベニア州ウォーミンスターに用地が確保された新工場[8]の完成は大幅に遅れる結果になった。更に、急激に航空工の需要が増大したために工員の確保にも苦労し、資本力が小さいために好条件を提示できないブルースター社では技量の高い工員を確保できず、これらの問題から生産は遅延し、イギリス向けの最初の生産機が完成したのは1942年6月のことであった。オランダ向けの生産機は生産が遅延しているうちにオランダが降服してしまったため、1943年8月にアメリカ海兵隊航空隊向けの練習機、SB2A-4として完成して納入された。主発注者のアメリカ海軍に生産機が全て納入されたのは、契約から実に1年半以上遅れた1944年5月である。この時には既にカーチス社の生産したSB2Cが大量に生産されて納入されており、SB2Aの必要性はほぼ全くなくなっていた。イギリス軍および英連邦軍においても既に一世代旧式のバーミューダを急降下爆撃機として使う必要性はなく、引き渡された機体はすべて訓練用とされた。

このため、SB2Aはアメリカ海兵隊初の夜間戦闘機部隊で訓練機として使用されたことを始め、練習機としてのみ運用されたが、練習機としても幾つかの問題点を指摘され、以後はアメリカ軍、英連邦軍共に標的曳航機もしくは地上教材としてのみ使用されたが、それらの用途にしても既存の機体が十分な数あり、実際にはほとんど使われなかった。

製造されたSB2Aは1945年の初頭には大半がスクラップとして処分された。末期の生産機は工場の生産ラインからロールアウト後そのままスクラップとされ、英国に供給されたものも含め、実際に引き渡された機体は771機である。生産工場では引き渡されなかったものを含めると1,052機を製造した[4]

評価[編集]

SB2Aは練習機・訓練支援機としてのみ用いられ、実戦で使用されなかったため、実戦機としての評価はない。

試作機の性能は高かったものの、量産型への改修で大幅に性能が低下しており、同じ要求仕様に応募して競作機となったXSB2C(SB2C ヘルダイヴァー)に比べ最大兵装搭載量が半分しかなく、最高速度・航続距離共に見劣りしており、仮に実戦配備されても高い評価は得られなかったであろうと推測される。練習機としても、エンジンの馬力不足から来る機動性の不足、更には剛性や安定性が不足しているため、技量の未熟な訓練生の扱う機体としては不適格であることが指摘され、以後は標的曳航機として使用された[9]

しかし、本機の競作機であったSB2Cも、大量生産されて前線に配備されたにも関わらず、試作機から量産機に変更するにあたって強引な設計変更を行ったために安定性が大幅に低下、操縦性や離着艦性能に問題を生じ、操縦士たちから“Son of a Bitch 2nd Class”(二流のロクデナシ)と呼ばれるなど、実用機としては問題が多く、SB2Cに比べて本機の航空機としての性能は特段に低いものではなかった。SB2Aが実戦で活躍できなかった原因は、ひとえに製造メーカーの生産能力の乏しさによる生産/配備遅延によるものである。

航空機評論家の岡部いさくは、「岡部ださく」名義で執筆した著書、『世界の駄っ作機 1』の中で「アメリカ海軍なら、バッカニアでも日本軍に勝っていただろう[10]世が世であれば(中略)エセックス級空母に積まれて日本の戦艦を沈めまくったのかもしれない」[11]と評している。

ブルースター社は次に手がけたアメリカ陸軍向けの機体であるXA-32の開発に失敗し、以降はチャンスヴォート F4U コルセアの請負生産に専念したが、これも大幅に生産が遅延して問題となり、アメリカ海軍からの援助が打ち切られ、1946年に倒産した。

現存機[編集]

国立海軍航空博物館に展示されているSB2A(A-34/R340)

2016年現在、SB2Aは2機が現存しており、アメリカ合衆国フロリダ州ペンサコーラにある国立海軍航空博物館に復元機が展示されている[9]他、アリゾナ州ツーソンにあるピマ航空宇宙博物館英語版で機体の一部が保管されている[12]

このうち、国立海軍航空博物館の展示機は元々陸軍向けのA-34、改めイギリス軍向け地上教材のR340として製造(s/n 462-860)され、戦後放置されていたものが1970年代半ばにコレクターのDave Talluchetによりテネシー州のウィリアム・ノーザン・フィールド(William Northern Field)(現:タラホーマ地域空港英語版)の旧滑走路跡地の沼から発見されて1978年に引き揚げられ、2004年に修復が完成して2007年よりSB2Aとして展示されているものである。

各型[編集]

XSB2A-1
社内名称 Model 340-7。試作型。1機製作。
SB2A-2 バッカニア
社内名称 Model 340-20。武装等を改修した初期量産型。主翼の折り畳み機構が装備されていない地上型。80機生産。
SB2A-3
社内名称 Model 340-26。主翼の折り畳み機構と着艦フックを装備した艦上機型。60機生産。
SB2A-4
社内名称 Model 340-17。オランダ空軍向け生産型。オランダの降伏により米海兵隊向けとして納入される。162機生産。
A-34
アメリカ陸軍向け地上型。本格生産開始前に発注が取り消され、イギリス向けレンドリースのために発注が切り替えられた[13]ものの、A-34としては実際の生産はなされなかった。
R340
A-34のうちイギリス軍向け地上教材として転用されたもの。1機が生産された段階で発注がキャンセルされたため、アメリカ陸軍に納入されて地上教材として使用された。後年発掘され修復されて博物館でSB2Aとして展示されている(前述「#現存機」の項参照)。
バーミューダ Mk.1
社内名称 Model 340-14。イギリス軍向け生産型。750機が発注されたが、実際に生産されて引き渡された機体は468機に留まる[13]。うち3機がカナダ空軍に引き渡され、評価試験後に1機が地上教材として使用された。

スペック[編集]

Brewster SB2A Bucaneer.svg

*スペックはSB2A-2のもの

  • 全長:11.94 m
  • 全幅:14.33 m
  • 全高:4.70 m
  • 全備重量:5,754 kg
  • エンジン:ライト R-2600-8 空冷星型14気筒 1,700hp×1
  • 最大速度:441 km/h
  • 実用上限高度:7,590 m
  • 航続距離:1,160 km
  • 武装
    • 爆弾 最大 1,000ポンド(452 kg)
    • 7.62mm機関銃 4門(翼内 X2、後部機銃架 連装 1基)
    • 12.7mm機関銃 2門
  • 乗員 2名

脚注・出典[編集]

  1. ^ : Brewster」の原語における発音は“[brúːstɚ]”であり、日本語のカタカナ表記でなら“ブルースター”が適切であるが、日本では慣例的に「ブリュースター」と発音されることが通例となっており、こちらでの表記も多い。
  2. ^ 国家による許可を得て海賊行為を行う私掠船の意。
  3. ^ これに応じてカーチス・ライト社が応募した機体が、XSB2C、後のSB2C ヘルダイヴァーである
  4. ^ a b FLEET AIR ARMS ARCHIVE 1939-1945>INDEX OF NAVAL AIRCRAFT>Brewster Bermuda (Brewster SB2A Buccaneer) ※2017年8月6日閲覧
  5. ^ a b adf-serials.com>"Brewster Bermuda: Almost in Australian Service" (PDF) ※2017年8月6日閲覧
  6. ^ オーストラリア空軍はSB2Aの発注分をヴァルティー A-31に切り替え、“ヴァルティー・ヴェンジャンス”(実戦部隊でのニックネームは“ヴァルチャー”(Vulture, ハゲワシの意)として導入した。
  7. ^ イギリス海軍は1961年から同じ愛称を持つブラックバーン バッカニアを配備している。
  8. ^ なお、この新工場(ジョンズヴィル工場)は1943年にブルースター社からアメリカ海軍に譲渡されて海軍航空隊の施設となり、1952年に「ウォーミンスター海軍航空開発センター英語版(Naval Air Warfare Center Warminster)」と改名された後、1996年まで存続していた。
  9. ^ a b National Museum of Naval Aviation>Browse Aircraft & Exhibits>SB2A Buccaneer ※2017年8月6日閲覧
  10. ^ 『世界の駄っ作機 1』p.60
  11. ^ 『世界の駄っ作機 1』p.63
  12. ^ Pima Air & Space Museum>Aircraft List>BERMUDA ※2017年8月6日閲覧
  13. ^ a b Factsheet: Brewster A-34 Archived 2008年1月23日, at the Wayback Machine.(英語版)により"National Museum of the USAF>Fact Sheets>Brewster A-3"よりアーカイブ。

参考文献・参照元[編集]

p.59-63「File No.9 駄メーカー、3作目もだめ~か~? ブリュースターSB2Aバッカニア

関連項目[編集]