BMW・Z1

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BMW・Z1
E30
BMWZ1.jpg
BMW Z1 rear 20071105.jpg
BMW Z1 DSC07154.JPG
販売期間 1989 - 1991年
デザイン ハーム・ラガーイ
乗車定員 2人
ボディタイプ 2ドア・ロードスター
エンジン 2.5LL6SOHC BMW M20B25 ガソリン
駆動方式 FR
変速機 5速MT
全長 3,921mm
全幅 1,690mm
全高 1,227mm
ホイールベース 2,447mm
車両重量 1,250kg(乾燥)
1,460kg
生産台数 8,000台
後継 BMW・Z3
-自動車のスペック表-

Z1(ゼットワン)は、BMW・フォルシュング&テヒニーク(BMW Forschung und Technik GmbH )で開発され、1989年3月[1]から1991年6月まで製造された2座席ロードスターである。Z1は通常のドアのように外側やガルウィングドアのように上方に開く代わりに下方のドアシル(ドアの下部、前輪と後輪の間にある梁)内に収納されるドアを持っていた。わずか8,000台しか製造されなかった。

歴史[編集]

1986年BMWから初めてZ1がマスメディアに公表され、後の1987年フランクフルトモーターショーで公式に発表された。当初の人気は凄まじいものでBMWは生産前に5,000台の注文を受け、1988年にBMWは35,000台分のZ1を受注していると発表していたが、その後人気は急落して1991年には生産は終了した。この人気の下降はメルセデス・ベンツ・SLの市場への導入[2]によるものと、当初の人気は投機目的の過熱によるものであったと推測される[3]

Z1は3年以上かけて社内事業部のBMW・フォルシュング&テヒニークで設計された。開発はウルリッヒ・ベッツ (Dr. Ulrich Bez) の功績によるものであるが、彼の開発メンバーの中心となったBMWテヒニークの人々 (Alexander Pregl, Rudolf Müller, Lutz Janssen, Wolf-Henryk Menke, Dieter Schaffner, Klaus Faust, Sabine Zemelka, Stephan Stark) の貢献も大きなものであった。1988年10月にベッツがポルシェに移籍すると、開発の指揮はクラウス・ファウスト (Dr. Klaus Faust) に引き継がれた。

BMWは四輪駆動モデルの製造も考えていたが、後にこれは断念された[2]

Z1のためにいくつかの新しい機構が開発され、それが搭載された。Z1のデザイナーハーム・ラガーイは、Z1の生産がBMWのディスチャージランプ、格納式ロールバー、ドア開閉機構やアンダートレー型床構造の特許技術を生み出す役に立ったと述べた。

車名の由来[編集]

Z1のZは元々「Zukunft」(ドイツ語で「未来」)を意味し、後にZ3Z4Z8に使用された。これらの車種はZ1を含めてすべて2座のロードスターである。

構造[編集]

シャーシ[編集]

BMW・Z1

シャーシはZ1用の特別設計で、着脱式ボディパネル、連続亜鉛シーム溶接複合材製アンダートレー型床構造、そして異色の昇降式ドアといった幾つかの革新的な機構を備えていた。車の部品のいくつか(エンジン、トランスミッション、前輪サスペンションを含む)はE30の325iからの流用品であったが、Z1は大部分が独自の製品であった。

ボディは3つ(または5つ、情報源により異なる)の異なる種類のプラスチック製で、シャーシから完全に取り外すことができた。側面パネルとドアはゼネラル・エレクトリック製の熱可塑性プラスチック (thermoplastic) のゼノイ (XENOY) 製で、ボンネットとトランク、屋根カバーはゼガー+ホフマン社 (Seger + Hoffman AG) 製のGRP部品であった。Z1はAKZOコーティングとBMWテヒニクが共同開発した特製の柔軟ラッカーで塗装されていた。

Z1が発表されたとき、BMWは時に応じてボディの色を替えられるように、予備のボディパネルを購入することをオーナーに勧めていた。Z1は実際にポンティアック・フィエロ (Pontiac Fiero) のように全てのボディパネルを取り外した状態でも走行することができた。BMWは40分以内に全てのボディパネルを交換することが可能であるとしていたが、Z1のオーナー側ではこれは楽観的な数値であるとみていた[4]

車体全体は空力を考慮して設計されていた。特にアンダートレー型床構造全体が完全に平滑に整形され、マフラーと後部の遮風板は乱流と後輪の持ち上がりを防ぐように空力特性を考慮して設計されていた。車体前端は高圧域がちょうど前輪の真上になり、接地圧を高める形状になっていた[5]。幌を上げているときの抗力係数(Cd値)は0.36で、幌を下ろしているときは0.43であった。

フロントフェンダーは取付ボルト穴を起点にクラックが発生する事例が多くみられる。

ドア[編集]

Z1の最も興味深い装備の1つは通常とは異なるドアであった。このドアは外側や上側に開く替わりにボディ内部に垂直に引き込まれた。このドアの発想は、ずっと古風なロードスターが持っていた脱着式の金属製や布製のドアから来ていた。BMWデザインの目標と脱着式のドアは相容れないものであったので、替わりに引き込み式ドアが採用された。

背の高いドアシルを持つボディのためドアの有無とは関係ない対衝突性能が確保されており、Z1はドアを上げても下げても両方の状態で合法かつ安全な走行ができたが、アメリカ合衆国ではドアを下げた状態で走行することは違法となった。

ドア窓はドアの位置とは独立して操作ができたが、ドアが収納位置にあるときには自動的に下がった。ドア窓とドアは双方ともにコグドベルトを介して電動モーターで動作したが、緊急時には手動でも操作できた[6]

駆動系[編集]

上で触れたようにエンジン (BMW M20B25) とゲトラグ製260/5型5速マニュアルトランスミッションはE30の325iからの流用品であった。2.5 L (2,494cc) 12バルブ SOHCエンジンは低いボンネットの下に収めるために20度右に傾けて搭載されていた[7]。このエンジンは素の状態で170英馬力(127kW)/5,800rpmの出力と222N·m(164ft·lbf)のトルクを発生したが、何社かのチューナーが改良やエンジン換装(下記の改造を参照)を施し性能向上を行っていた。共通した不満点はトランスミッションがエンジンと車のスポーツ性に合致していないことであった[8]

サスペンション[編集]

Zアクスル」と呼ばれる後輪サスペンションはZ1用に特別に設計された[9]。これはBMW車が装着した最初のマルチリンク式サスペンションであった[10]。 このサスペンションは後に、「セントラルアーム式・リアアクスル」と呼ばれるようになった。 直径15in(381mm)、幅7in(178mm)のホイールに前後とも205/55VR-15のタイヤを履いている[11]

テクニカルデータ[編集]

内装[編集]

BMW Z1 Tür.jpg

特徴的なドアは革新的であったが、多くのユーザーからは背の高いドアシルが乗降しにくいと指摘され、加えて手作業で組み立てられた内装は時間が経ると破れたり裂けたりしがちであった[13]

Z1の計器盤はオートバイのような形状で、他の計器が白い指針であったことに対し回転計のみは赤い指針であった。

生産[編集]

ほとんどの情報源では総生産数を8,000台とするが、BMWは1986年1987年に12台を製造し総生産台数は8,012台であるともいう[14][15]

8,000台のうち6,443台はBMWの本拠地であるドイツで販売された[16]。2番目に大きな市場はイタリアで、全生産数の7%弱が販売された。BMWは日産10から20台以上のZ1は製造不可能であったといわれている[17]。当初は北アメリカでは販売されなかったが、発売されてから何台かが並行輸入された。また日本でも正規輸入はされていなかったが、アルピナ版の「アルピナロードスター リミテッドエディション」は正規輸入されている。

8,000台のうち4,091台が1990年モデルイヤーで製造された。78台が試験用車両として使用されたといわれるが、その多くが後に保証なしで安価に販売された。

Z1は6色の外装色と4色の内装色が選択できたがその大部分(6,177台)は濃灰色の内装と赤、黒、緑の組み合わせであった[15]。明るい黄色(ドイツ語でfun-gelb, 英語でfun yellow:133台製造)の外装色と赤い内装色(38台製造)がZ1で最も希少な色である。Z1の開発に携わったベッツとラガーイのために「スイミングプール・ブルー」(swimming pool blue) と「オーソー・オレンジ」(oh-so-orange )の塗色のZ1が別途製造された。

1,101台のZ1が工場ではカーオーディオを装着されなかったといわれており、これらの車はBMWS AGが後付けのソニー製カーオーディオを装着した。

エア・コンディショナーは装着されなかった。Z1のダッシュボードは非常に小さく、その中にヒーターと冷房ユニットの両方を収納する空間はなかったためである。何台かにはBMW E30の部品を流用してエア・コンディショナーを装着したものがあったが、その場合は暖房関連部品は取り外されたといわれる。

フランスに正規に輸入されたZ1には透明のヘッドライトの代わりに黄色のヘッドライトが装着された[18]。これは当時の現地の法規に合わせたものであった。

価格[編集]

新車のZ1は83,000から89,000ドイツマルク[17][19]、または42,000から45,500ユーロで販売された。2001年時点では中古のZ1が19.6%の付加価値税込みで125,000から250,000フラン(19,000から38,000ユーロ)で販売されていた[20]。ボーナム (Bonhams) の2004年のオリンピア・オークションでは1台のZ1が20,000UKポンド強で落札された[3]2006年にZ1はフランスでは20,000から25,000ユーロで入手でき、低走行距離で完全な状態の車は30,000ユーロに達する価格になっている。[要出典]

チューナー・モデル[編集]

ドイツのチューナーのアルピナ、ハーマン・モータースポーツ (Hamann-Motorsport)、シュニッツァー (Schnitzer)、ケレナース (Kelleners) はZ1用のチューンアップを用意していた[10]。ハーマンのチューンは220英馬力の2.7Lかターボチャージャー付き245英馬力2.5Lエンジンであった。シュニッツァーのものは200英馬力(150kW)の2.7Lエンジンに大きなブレーキと独自のレンシュポルト・ホイールを装着していた。ケレナースは3.0L、286 - 330英馬力のエンジンも用意していた。

アルピナはBMW・Z1を "RLE" (Roadster Limited Edition) に仕立て上げた。アルピナは66台を製造したとしているがBMWは82台をアルピナを通して送り出したとしている。RLEは200英馬力2.7Lに増強したエンジン、スポーツマフラー、タイヤ、オーダーメイドの銘板とストライプを備えていた。0–100 km/hの加速は8.4秒から7.1秒に短縮され、最高速度は228km/hへ上がった。価格は11万6,000マルクであった[17]

少なくとも1台のZ1にBMW・5シリーズM5の330仏馬力(325英馬力/243kW)エンジンが搭載された[21]

関連商品と情報[編集]

ミニチャンプス、シャバク (Schabak)、レベルヘルパがZ1のダイキャスト製やプラスチック製モデルを製造していた。フランスでは1万6,000枚(1万枚は1992年2月に、6,000枚は1997年11月に)のテレフォンカードにZ1の図柄が採用された[22]

BMW・Z1はジャッキー・チェン主演の映画『プロジェクト・イーグル』にも登場している[23]

出典[編集]

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参考文献[編集]

  • Brossaud, Frederic (2001). "BMW Z1." Accessed on January 2, 2005.
  • Kittler, Eberhard (1996). Essential Bmw Roadsters & Cabriolets: The Cars and Their Story from 328 to Z3. Bay View Books. ISBN 1-870979-77-X (paperback). 
  • Zeichner, Walter; BMW (1998). Typenkompaß BMW Personenwagen seit 1952 Erstauflage. Motorbuch Verlag. ISBN 3-613-01873-X (paperback). 
  • Mueller, Thomas G.; BMW | DIE GROSSE BMW Z1 CHRONIK Erstauflage | publisher = www.edition-weiss-blau.de | year = 2002 |

外部リンク[編集]