雲揚 (砲艦)

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Unyogunboat.jpg
艦歴
建造所 ハル社(イギリスアバディーン
起工
進水 1868年
竣工 1868年
就役 明治3年1月(1870年2月)長州藩が購入
明治4年5月18日(1871年7月4日)献納
喪失 1876年10月31日
除籍
その後 1877年5月14日売却
要目
排水量 245トン
全長 長さ:37.0m
全幅 幅:7.5m
吃水
機関 106馬力
速力
航続距離
燃料
乗員
兵装

雲揚(うんよう)は、日本海軍軍艦。元長州藩の砲艦で江華島事件のきっかけとなった艦。

艦名の意味は「雲の高く揚がるように勢い盛んなさま」[1]

艦歴[編集]

鳳翔」と同じく長州藩がイギリスから購入した小型砲艦。「鳳翔」の排水量は300トン強に対し、本艦は排水量245トンで同じ大きさの木造汽船だった。明治3年1月(1870年2月)に購入し、「雲揚丸」と命名した。翌明治4年5月18日(1871年7月4日)に明治政府に献納、6月8日(1871年7月25日)に領収された。それにより兵部省所管となり、「雲揚艦」と改名された。

1874年(明治7年)には佐賀の乱鎮圧のため出動している。

1875年(明治8年)、朝鮮との外交交渉を有利に進めるために「雲揚」は5月10日に品川沖を出港、25日に釜山に到着した。9月20日より陸上砲台と交戦し、一時砲台を占領した(江華島事件)。この時の艦長は井上良馨だった。

1876年(明治9年)に萩の乱が勃発し、その鎮圧の為に回航中、10月31日に紀州阿田浦で座礁し沈没、翌年に売却された。

艦長[編集]

※『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」に基づく。

  • 相浦紀道 少佐:1872年3月3日 - 1872年4月14日
  • 井上良馨 少佐:1874年10月20日 - 1875年10月15日
  • 瀧野直俊 少佐:1875年10月17日 - 1877年2月28日

参考文献[編集]

  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
  • 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』光人社、1993年。ISBN 4-7698-0386-9

脚注[編集]

  1. ^ 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』p190。

関連項目[編集]

江華島での戦闘錦絵