日進 (スループ)

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NisshinWarship.jpg
艦歴
発注 1867年にオランダのギプス社に発注。
起工 1868年1月23日
進水 1869年2月20日
就役 1869年4月12日
除籍 1892年5月30日
廃船 1893年4月29日
前級
次級 金剛型コルベット
性能諸元
排水量 常備:1,468トン
全長 62.0m
全幅 9.7m
吃水 4.9 m
機関 形式不明石炭専焼角型缶4基
+横置き型レシプロ機関1基1軸推進
最大出力 4,710馬力
帆走設備 3牆バーク型帆走装置
最大速力 9.0ノット(機関航行時)
乗員 250名
兵装 就役時
アームストロング 17.8cm前装式ライフル砲単装1基
オランダ製 16cm前装式単装砲6基
4ポンド単装砲2基
12cm臼砲1基

1877年
アームストロング 17.8cm前装式ライフル砲単装1基
クルップ 16cm後装填式単装砲6基
4ポンド単装砲2基
12cm臼砲1基
その他 信号符字:GQBH(1886年〜)[1]

日進(にっしん)は、幕末に佐賀藩が購入したスループで同型艦はない。後に明治初期に旧日本海軍に移籍した。

概要[編集]

慶応3年(1867年)、佐賀藩佐野常民バーク式帆走型の3本マストを持つ蒸気スクーナーとしてオランダのギプス社に発注、明治2年(1869年)3月1日に完成後、明治3年(1870年)3月に長崎に回航され、日進丸と命名されたが、6月に海軍籍となり日進艦と改名した。

日本海軍草創期の主力艦として活躍し、台湾出兵西南戦争などに参加した。

略歴[編集]

  • 慶応3年(1867年)12月29日 オランダで起工
  • 慶応4年(1868年)1月10日 進水式
  • 明治2年(1869年)3月1日 竣工
  • 明治3年(1870年
    • 3月3日 長崎に回航し佐賀藩が受領、日進丸と命名。
    • 6月22日 海軍に編入し、日進艦と改名。
  • 1874年(明治7年)4月9日 - 12月18日 台湾出兵に参加。
  • 1875年(明治8年)8月19日 - 11月14日 千島・樺太交換条約調印でカムチャツカ半島派遣。
  • 1877年(明治10年)2月26日 - 8月28日 西南戦争に参加。
  • 1882年(明治15年)7月31日~ 壬午事変により朝鮮半島で警備。
  • 1883年(明治16年) 巡洋艦
  • 1884年(明治17年)2月28日~ 甲申政変により朝鮮半島で警備。
  • 1885年(明治18年)12月25日 航海術練習艦
  • 1888年(明治21年)9月21日 軍艦
  • 1892年(明治25年)5月30日 海軍除籍、第五種船。
  • 1893年(明治26年)4月29日 廃船
    • 8月31日 売却

艦長[編集]

※『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。

  • 真木長義:明治3年6月22日 - 明治4年4月15日
  • 真木長義 少佐:明治4年4月15日 - 明治4年5月8日
  • 福島敬典 少佐:明治5年(1872年)4月 - 1873年3月3日
  • 伊東祐亨 少佐:1875年11月10日 - 1876年11月29日
  • 伊東祐亨 中佐:1877年2月19日 - 1878年5月11日
  • 山崎景則 中佐:1881年7月7日 - 1881年12月27日
  • 有地品之允 中佐:1881年12月27日 - 1882年7月7日
  • 坪井航三 中佐:1882年7月7日 - 1883年8月16日
  • 尾形惟善 少佐:1884年1月21日 - 1885年6月22日
  • 新井有貫 少佐(のち大佐):1885年6月22日 - 1886年7月14日
  • (心得)窪田祐章 大尉:1886年4月12日 - 6月23日[2]
  • 窪田祐章 少佐:1886年6月23日[2] - 1890年1月10日
  • 町田実隆 少佐:1890年1月10日 - 1890年9月24日
  • 横尾道昱 少佐:1890年9月24日 - 1891年2月18日
  • 小田亨 少佐:1891年2月18日 - 1891年7月23日
  • 舟木錬太郎 少佐:1891年7月23日 - 1891年12月14日
  • 藤田幸右衛門 少佐:1891年12月14日 - 1892年5月30日

脚注[編集]

  1. ^ #公文類聚10編33巻 画像1『二月十八日 逓信省海軍艦船及西洋形商船ニ信号符字ヲ點付ス 逓信省達 第八号本年一月中海軍艦船及ヒ西洋形商船左ノ通信号符字ヲ點付ス十九年二月十八日 海軍艦船ノ部 信号符字 艦名 砲數 GCEC 龍驤Ru-jo 六 GQBF 筑波Tsuku-ba 八 GQBJ 春日Kasuga 五 GQBL 鳳翔 Hosyo 四 GQBN 富士山 Fujiyama 十二 GQBR 孟春Mo-shun 四 信號符字 艦名 砲數 GQBU 東Aduma 三 GQBH 日進Nisshin 七 GQBK 雷電Raiden 四 GQBM 石川Ishi-kawa 二 GQBP 天城Ama-ki 六 GQBS 清輝Sei-ki 六』
  2. ^ a b 『官報』第895号、明治19年6月26日。

参考文献[編集]

関連項目[編集]