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難波宏明

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
難波 宏明
名前
愛称 ナンちゃん
カタカナ ナンバ ヒロアキ
ラテン文字 NAMBA Hiroaki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1982-12-09) 1982年12月9日(43歳)
出身地 岡山県
身長 173cm
体重 68kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
ユース
1998-2000 日本の旗 笠岡工業高校
2003-2006 日本の旗 流通経済大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001 日本の旗 ヴィッセル神戸 0 (0)
2002 日本の旗 栃木SC 14 (2)
2004-2006 日本の旗 流通経済大学 9 (0)
2006-2013 日本の旗 横浜FC 154 (30)
2013 日本の旗 水戸ホーリーホック 26 (1)
2014-2018 日本の旗 FC岐阜 159 (37)
通算 362 (70)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

難波 宏明(なんば ひろあき、1982年12月9日 - )は、岡山県出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはフォワード(FW)。

来歴

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高校卒業後、2001年にJリーグ1部(J1)のヴィッセル神戸に入団するが、1年で戦力外とされた[注 1]

2002年は日本フットボールリーグ(JFL)の栃木SCに所属し[注 2] 出場機会を得たが、難波は進学を希望して栃木を退団し、関東大学サッカー連盟に所属する流通経済大学に入学。2006年の関東大学リーグ1部での同校初優勝に貢献し、MVPを受賞した。

また、JFLにも参加している同大学の選手として2005年と2006年の2シーズンにわたりJFLに出場した他、2006年にはJリーグ公式戦にも出場できる特別指定選手として当時Jリーグ2部(J2)の横浜FCに登録された。9月27日ベガルタ仙台とのゲームでは後半35分に出場し[注 3]、難波にとって神戸入団から6シーズン目でのJリーグデビュー戦となった。同試合の後半38分にはJリーグ初ゴールも記録した。

2007年にはJ1に昇格した横浜FCに正式加入し、再びプロ選手となった。横浜FCは1シーズンでJ1から降格し、その後はJ2でのプレーが続いているが、難波は2007年[注 4] と2009年にチーム内得点王、2008年も2位タイと、横浜FCの中では安定した成績を残すFWとして起用され続けた。

2013年水戸ホーリーホック期限付き移籍[1]

2014年、横浜、水戸ともに契約満了となり、FC岐阜に完全移籍[2]。同年5月3日国立霞ヶ丘競技場陸上競技場で行われたJ2第11節東京ヴェルディ1969戦で決勝ゴールを挙げ、これが同競技場におけるサッカー公式戦の、閉場前最後のゴールとなった。この年は31歳にして自己最多となる12得点を記録した。

2015年には第7節東京V戦では前半27分にハットトリックを達成し[3][注 5] Jリーグ最速記録を更新。この年も12得点を挙げる。

2016年は3得点に留まったが、2017年はジョーカーとしての起用が増え9得点と復活した。

2018年11月22日、2018シーズン限りでの現役引退を発表した[4]

2019年1月、FC岐阜クラブアンバサダーに就任した[5]

2019年4月、岐阜聖徳学園大学サッカー部の監督に就任した[6]

人物・エピソード

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所属クラブ

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個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2001神戸27J100000000
2002栃木18JFL142-00142
2004流経大---1010
200540/43JFL20--20
2006247010-80
2006横浜FC31J211--11
200719J11835010243
2008J2257-10267
2009428-224410
2010305-21316
20119296-10306
201290-20110
2013水戸261-10271
2014岐阜243412-103512
20153812-103912
2016203-00203
2017379-20419
2018301-10311
通算日本J1 1835010243
日本J2 32165-14333568
日本JFL 232-10242
日本 --1010
総通算 362705017338473

指導歴

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脚注

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注釈
  1. Jリーグの各クラブでは、高卒選手を1年で戦力外にする例は多くない。
  2. 当時の栃木は教員選手を主力としたアマチュアクラブで、難波もアマチュア選手として登録された。その後栃木はプロ化して2009年にJ2へ参入し、難波は横浜FCの先発メンバーとして同年に3試合あった栃木戦の全試合に出場したが、無得点に終わった。
  3. 神戸でも先輩だった三浦との交代だった。
  4. 他に三浦など3人。3ゴールの選手がチーム得点王となった同年の横浜FCは、1993年からのJリーグ1部・2部を通じて「チーム得点王ゴール数」の最少記録を作った。
  5. なおこの試合は、難波のハットトリックで83分経過の時点までFC岐阜が3-0とリードしていながら、その後東京Vが立て続けに4点を奪い、岐阜は3-4の逆転負けを喫している。
出典

関連項目

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外部リンク

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