花〜すべての人の心に花を〜

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花〜すべての人の心に花を〜」(はな すべてのひとのこころにはなを)は、沖縄県出身の音楽家(歌手作詞家作曲家)であり平和運動家、政治家でもある喜納昌吉の代表的な楽曲。

概要[編集]

オリジナル・バージョンは、1980年に喜納昌吉&チャンプルーズの2枚目のアルバム『BLOOD LINE』に収録されている。ここでは、喜納友子(喜納昌吉の前妻)がボーカル、ゲストのライ・クーダーギタースライド・ギターマンドリンを担当している。オリジナルの曲名は「すべての人の心に花を」だが、レコード会社がつけた「花」という副題も浸透している。

日本国内はもちろん、台湾タイベトナムアルゼンチンをはじめ世界60か国以上で、多数のアーティストにカバーされている。それらのカバーの中にはヒットしたものも多い。タイでは1985年にバンド、カラワンがカバーしてヒットしたのをきっかけにアイドル歌手が相次いでカバー、1987年には、マリ・バンドというグループが八週連続ヒットチャート1位を独占する大ヒットとなる。1991年のダヌポン・ケオカンのバージョンもヒットしている。1990年におおたか静流が歌うバージョンがAXIACMに使われ話題になったり、1995年に石嶺聡子によるカバーがヒットしている。台湾の周華健(エミール・チョウ)が1993年にカバーした「花心」は全中華圏を席巻するメガヒットとなった。1999年の読売新聞調べによると、全世界で3000万枚を売り上げたという[1]

2006年、文化庁により日本の歌百選に選定されている。

「すべての人の心に花を」というフレーズは1964年東京五輪のアナウンサーの実況がもとになっている。東京オリンピックの閉会式では、選手たちは各国入り乱れ、肩を組み、肩車をし、踊りを踊り、笑うものあり、泣くものあり、そして互いに祝福しあいながら入場行進を行った。そこには国境や人種といった人類の垣根を越えた「平和の祭典」の姿がたち現れていたが、テレビの中継でこの模様を見た喜納は涙がこみ上げる感動を覚えたという。実況のアナウンサーの、「泣いています・・・笑っています」という言葉とともに、この日の感銘が歳月の中で喜納の中で発酵して生まれたという[2]

この曲をカバーしたアーティスト[編集]

国内[編集]

国外[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 喜納昌吉と笠木 透──個立無限
  2. ^ [読売新聞2013年6月6日「編集手帳」]