木山裕策

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木山裕策
基本情報
出生 1968年10月3日(45歳)
血液型 A型
出身地 日本の旗 大阪府大阪市京橋
ジャンル J-POP
職業 歌手会社員
活動期間 2008年 -
レーベル tearbridge records
事務所 tearbridge production
共同作業者 多胡邦夫
公式サイト tearbridge.com/kiyama

ビリー・ジョエル

木山 裕策(きやま ゆうさく、1968年10月3日 - )は、日本の歌手会社員大阪府大阪市出身。血液型A型。

人物[編集]

2008年2月に歌手活動を開始する。広告関連の出版社に勤める会社員を本業としており、歌手活動は本業の休日に行う。会社での役職は課長[1]。妻と4男がいる。憧れの歌手は平井堅

小説家薬丸岳とは、日本脚本家連盟ライターズスクールの同期生で、偶然隣の席になったことから親しくなり、現在も親交が続いている[2]

略歴[編集]

1968年高校教師の父と美容師の母の間に生まれる。父親は広島の出身[3]大阪府立大手前高等学校を経て、大阪外国語大学外国語学部スペイン語専攻(現・大阪大学外国語学部)に入学し、大学時代にバンドを結成し、ボーカルを担当。ビリー・ジョエルを好んで歌った。プロ志望を断念し、シナリオライターを目指しながらアルバイト生活をするも挫折し、その後会社員となる。

2004年頃、左側の甲状腺悪性腫瘍が見つかり、全摘出手術を受ける。手術の際に声帯と繋がる神経(反回神経)を傷つけてしまう可能性があり、もし無事に手術が終わり、声が出るように回復すれば、歌手という夢へ挑戦することを決意する。その後、手術は無事成功し、奇跡的に声は残った。手術後、リハビリによって歌を歌えるまでに回復し、自分の声をCDに残して子供たちに聞かせたいと熱望するようになる。

2007年日本テレビ系『歌スタ!!』に出演し、平井堅の「瞳をとじて」、さらに追試でビリー・ジョエルの「Piano Man」を歌唱し、番組においてウタイビトハンター(審査員)として参加していた多胡邦夫の目に留まる。後に楽曲「home」を制作し、番組内で最終プレゼンテーションを行うが、不合格に。その時点でメジャーへの道を諦めようとするも、多胡の説得を受け、フルコーラスで仕上げた2度目のプレゼンテーションによってデビューが決定する。

2008年2月6日にシングル「home」でデビュー。同年12月31日の『第59回NHK紅白歌合戦』に初出場する。

現在は東京に在住。歌手活動は週末のみで平日は会社員として働いている[4]。2010年秋に「子供と過す時間を増やしたい」理由で残業の少ない会社に転職をしている[4]

作品[編集]

シングル
  1. home2008年2月6日発売)
  2. I believe/永遠2009年8月26日発売)
アルバム
ミニアルバム
その他
  • 童子-T「RAP X COVER」(2012年12月5日発売)
    • 7.HOME feat 木山裕策
カセットテープ
  • home(2008年4月16日発売)
書籍
  • home 家族と歌が僕を守ってくれた(2008年7月24日発売、光文社刊)

出演番組[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 文化放送大竹まこと ゴールデンラジオ!」<2009年10月9日
  2. ^ 野性時代』(角川書店)2009年9月号 薬丸岳『悪党』刊行記念ロングインタビューより
  3. ^ 木山裕策オフィシャルブログ <2008年5月4日>
  4. ^ a b 2011年9月24日朝日新聞be (朝日新聞) on Saturday」赤e2 「うたの旅人 木山裕策 Home」より。

外部リンク[編集]