AXIA

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富士ブランドとAXIAブランドのCカセットテープ
デジタルカメラAXIA eyeplate
AXIAの音楽用CD-R

AXIA(アクシア)は、富士フイルムグループがかつて販売していた、Cカセットテープを初めとする製品のブランドである。

名前の意味はギリシャ語で「価値(あるもの)」。のちにブランドロゴの下に「Active eXciting innovator All for you」と併記された。

日本国内のみのローカルブランドであり、欧米市場ではFUJIブランドで商品を展開していた。

主な製品[編集]

主にコンパクトカセットテープやミニディスク、録音用CD-R / RWなどといった音響メディアを発売したが、ビデオテープDATデジタルコンパクトカセットデジタルカメラオーディオ機器なども発売された。

ブランド導入と歴史[編集]

AXIA以前[編集]

富士フイルムは日本国内で初めてビデオテープの製造に成功するなど、磁気テープのパイオニア的存在である。1960年9月、東芝と提携し、オープンリールテープ「東芝―富士フイルムサウンドテープ(S-100)」を発売する。その後、自社開発となり、1968年9月に富士フイルム出資で「富士オーディオ」を設立、1969年に「富士フイルムカセットテープ」でカセットテープ市場に進出する。1979年12月に「富士オーディオ」から「富士マグネテープ」に社名変更。「FUJI CASSETTE」ブランドとなりテレビコマーシャルにYMOを起用したり、1983年にカセットハーフに耐熱樹脂を使用した世界初のカーステレオ専用カセットテープ「FUJI GT-I」を発売するなど、話題を呼んだこともあったが、先行する大手3社(TDKソニー日立マクセル)と比べ、カセットハーフ(紙ラベルを全面に貼り付け等)やパッケージのデザインなどで後れを取り、販売は低迷を続けていた。

AXIAの誕生[編集]

同社の市場調査の結果、オーディオマニアやカセットテープユーザーの「FUJI」カセットテープへの評価やイメージは低く、ブランドイメージの再興や上位3社からの切り替えは困難と見られた。そこで「FUJI」ブランドを止め、新しいブランド「AXIA」に切り替えての再出発を決断し、1985年に最初の商品を発売した。当初のラインアップは主力の「PS」(Player's Spirits)、FUJIブランドでも好評だったカーステレオ用「GT」、低価格商品の「JP」(Junior Player) の3種類だった。ターゲットをオーディオテープを使い出す(ブランド志向がまだ薄い)中高生に絞り、徹底したユーザー調査を実施。全体が半透明のシースルー・カセットハーフや軽快なパッケージ等を採用したり、イメージキャラクターにデビュー間もない斉藤由貴を起用したのも、当時の中高生からの高い支持による。これらの効果により、それまで5パーセント前後であった市場シェアが20パーセント台にまで向上、他社と肩を並べるまでに成長した。

1989年9月に、高度な樹脂成形技術を用いて従来のケースよりも外寸の厚みを約20パーセント薄くした「スリムケース」を開発し「PS」シリーズに採用。当時ヘッドホンステレオとカセットテープを持ち歩いて使用していたユーザーニーズを掴み爆発的なヒットを記録した。競合他社も一部の高級商品を除き、同等の薄さのケースを独自に開発して追従。数年で標準的なカセットケースのサイズがこのスリムケースサイズに置き換わった。「AXIA」のスリムケースは当初、それまでのケースとは反対にヘッドタッチ部分を外側にして収納する構造だったため、出し入れ時にテープに直接指が触れてしまう恐れがあったが、1996年に「どっちでもIN」のキャッチフレーズがついたイージー・イン・スリムケースを開発することで解消した。

1989年、ビデオテープにも「AXIA」ブランドを導入(「DCシリーズ」。「FUJI」ブランドと併用)。映像記録に適した特性を持つ磁性体を上層に、音声記録に適した磁性体を下層に塗り重ねる「ダブルコーティング」技術を開発。「AXIA」ブランドのコンパクトカセット、および「FUJI」ブランドのビデオテープやコンパクトカセットにも転用した。コンパクトカセットの場合は中・低域に適した磁性体と高域に適した磁性体を重ねていた。なお、ビデオテープのCMにはロック歌手矢沢永吉を起用した(一方、「FUJI」ブランドのビデオテープのCMにはお笑いコンビのとんねるずが起用されていた)。こうしたAXIAダブルコーティングビデオカセットはバンダイビジュアルの映像ソフト(主にテレビシリーズのうる星やつらめぞん一刻等)に採用されていた。

1993年10月に「富士マグネテープ」から「富士フイルムアクシア」に社名変更。

カメラへの進出[編集]

2002年4月に発売した低価格デジタルカメラ「eyeplate」は当時、価格競争が激しくなりつつあったとは言え、数万円以上はしたデジタルカメラ市場にあって、実売価格が約一万円と言う値段設定で話題を呼び、後継機種「eyeplate mega」も販売された。

同時期、富士フイルムバッテリーと合併、富士フイルムアクシアを存続会社とした。

終焉[編集]

2004年10月に富士フイルムイメージングに吸収された後は新製品の投入が一切無く、2006年12月に全製品の生産を完了した。現在、富士フイルムイメージングも富士フイルムに吸収され、日本国内での家庭用磁気記録メディア市場からは「FUJI」ブランドを含め、すべて撤退している。

オーディション[編集]

富士フイルムアクシアは、AXIAミュージックオーディション(後年はAXIAアーティストオーディション)を何度か行っていた。クレヨン社福山芳樹槇原敬之SURFACEなどがこのオーディションに応募し、メジャーデビューするきっかけとなった。

CMキャラクター[編集]

参考文献[編集]