細胞培養

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
培養されている上皮細胞

細胞培養(さいぼうばいよう、: cell culture)は、多細胞生物から細胞を分離し、体外で増殖、維持すること。生体外で培養されている細胞のことを培養細胞と呼ぶ。生体から分離し、最初の植え替えを行うまでを初代培養、既存の培養細胞を新たな培養容器へと移し替えて増殖、維持することを継代培養と呼ぶ。細胞を培養するために用いられる組織間液を模した液体を培地と呼ぶ。一般に、間葉系細胞は培養が容易であるのに対して、上皮系組織の細胞の培養は困難である。また、正常細胞に比較して癌細胞は容易に培養することができる。細胞培養における存在形態により培養細胞は接着培養系細胞と浮遊培養系細胞に分類することができる。接着培養系細胞は培養容器に付着し増殖する培養細胞であり、継代には培地交換を行う。浮遊培養系細胞は培地内で浮遊状態で増殖する培養細胞であり、継代の際には培地交換は行わず、希釈培養を行う。特殊な培養法として三次元培養がある。細胞培養において培養を目的としている生物因子以外の生物因子の混入をコンタミネーションと呼び(混入したものが細胞の場合はクロスコンタミネーションと呼ばれる)、細胞の増殖や機能、実験結果に影響を及ぼすため、細胞培養の際は無菌操作が行われる。細胞は生体の一部であるため、培養細胞の研究を介して生命現象の解析をすることができる。また、モノクローナル抗体などのようにある種の物質の生産手段としても細胞培養は利用される。

歴史的背景[編集]

19世紀イギリス人生理学者シドニー・リンガーは、動物の体から取り出した心臓の拍動の維持に適した、塩化ナトリウム塩化カリウム塩化カルシウム塩化マグネシウムを含むリンゲル液を開発した[1]。1885年に、ウィルヘルム・ルーはニワトリの胚から髄板部分を切除し、温めた生理食塩水中で数日間維持して、組織培養の原理を確立した[2]。1907年から1910年にかけて、ロス・グランビル・ハリソンはジョンズ・ホプキンス大学薬学部とイェール大学における実験結果を発表し、組織培養の方法論を確立した。

1940年代から50年代にかけて細胞培養の技術は格段に進歩し、ウイルス学の研究を支えた。培養細胞中でのウイルスの増殖により、ワクチン製造に用いる精製ウイルスの調製が可能になった。ジョナス・ソークが開発したポリオワクチンの注射剤は、細胞培養技術によって大量生産された初期の例である。このワクチンはジョン・フランクリン・エンダーストーマス・ハックル・ウェーラーフレデリック・チャップマン・ロビンスの細胞培養研究によって製造可能となった。3人は、サルの腎臓細胞培養によりウイルスを生産する方法を発見した功績によりノーベル賞を受賞した。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 許南浩編 『細胞培養なるほどQ&A』 羊土社 2004年 ISBN 4897068789
  1. ^ Whonamedit - Ringer's solution”. whonamedit.com. 2015年7月14日閲覧。
  2. ^ Animals and alternatives in testing”. 2006年2月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月14日閲覧。