竹生島
| 竹生島 | |
|---|---|
| 座標 | 北緯35度25分23.8415秒 東経136度08分37.8616秒 / 北緯35.423289306度 東経136.143850444度座標: 北緯35度25分23.8415秒 東経136度08分37.8616秒 / 北緯35.423289306度 東経136.143850444度[1] |
| 面積 | 0.14 km² |
| 海岸線長 | 2 km |
| 最高標高 | 197.27[1] m |
| 所在海域 | 琵琶湖 |
| 所属国・地域 | |
| 地図 | |
竹生島(ちくぶしま)は、琵琶湖の北部に浮かぶ島。全域が滋賀県長浜市の早崎町に属する。琵琶湖国定公園特別保護地区、国の名勝および史跡に指定されている。
目次
地理的概要[編集]
葛籠尾崎(つづらおざき)の南約2kmに位置し、琵琶湖では沖島に次いで大きい島。島全体が花崗岩の一枚岩からなり、切り立った岩壁で囲まれているのが特徴である[2]。針葉樹で覆われた中に寺社が点在する風景の美しさで古来知られ、琵琶湖八景(1950)に「深緑 竹生島の沈影(ちんえい)」として撰ばれている。島周辺の湖底は深く、西側付近は琵琶湖最深部 (104.1m) である。最後部附近には三等三角点(基準点名 竹生島、標高 197.27)が置かれている[1]。
島の南側に港が1箇所あり、湖東側の長浜港及び湖西側の今津港(高島市)と定期船(竹生島クルーズ)が就航している[3]。自社と数軒の土産物店は港の近くにある。寺社関係者ならびに店舗従業員はいずれも島外から通っており、夜間は無人島となっている。
2015年(平成27年)12月18日、滋賀県教育委員会は竹生島のタブノキ林を滋賀県天然記念物に指定した[4]。
湖底遺跡[編集]
北側の対岸である葛籠尾崎の沿岸や竹生島との間には湖底遺跡(葛籠尾崎湖底遺跡)がある。最大で水深70mほどの湖底から、漁師の網に引っ掛かるなどして約140点もの土師器・須恵器や土器が、ほぼ原形をとどめたまま引き揚げられている。これらの製作年代は縄文時代早期から弥生時代、さらに中世まで幅広い時代に及ぶと考えられている。遺跡の形成過程については、津波などで集落が水没した、船が沈んだ、祭祀として沈められたーーなど諸説ある。水深や水流に阻まれ人間による潜水調査には限界があるため、ロボットによる探査が計画されている[5]。このような遺跡は世界でも類がなく、沈積原因は今なお大きな謎に包まれている[6]。
歴史[編集]
古来、信仰の対象となった島で神の棲む島とも言われ、奈良時代に行基上人が四天王像を安置したのが竹生島信仰の始まりと伝わる[7]。南部には都久夫須麻神社(竹生島神社)、宝厳寺(西国三十三所三十番)がある。竹生島神社は、明治の神仏分離令に際して弁才天社から改称した。竹生島は神仏一体の聖地であったことから、分離の際には少なからず混乱があったようである。ちなみに、竹生島弁才天は江島神社 (神奈川県 江の島)・ 厳島神社 (広島県 厳島)と並んで日本三大弁天のひとつに数えられる。
戦国期には、近江国小谷城主であった浅井久政(浅井長政の父)が、長政への家督委譲を目論む家臣団によって一時的にこの島に幽閉され、隠居生活を強要された。琵琶湖沿岸を本拠地とした織田信長が参詣したことが記録されているほか、宝厳寺は豊臣秀吉とのゆかりが深い。
近代には宗教家の大石凝真素美が琵琶湖の竹生島は人類発祥の地であると主張した(『大石凝真素美全集』1923年、国華社)。
竹生島に関する伝承[編集]
多多美比古命(伊吹山の神)が、姪で浅井岳(現在の金糞岳)の神である浅井姫命と高さを競い、負けた多多美比古命が怒って浅井姫命の首を切り落とした。その首が琵琶湖に落ちて竹生島が生まれたという。金糞岳(標高1,317m)は滋賀県2位の高峰で、最高峰の伊吹山(標高1,377m)は、竹生島の高さを差し引くと本当は2番目だったというわけである。竹生島神社には浅井姫命も祀られている。
中世には竹生島は西日本の地震に関する聖地とされていた。『渓嵐拾葉集』によれば、竹生島は大地の最も深い場所である金輪際から生え出た金剛宝石の柱であり、仏陀が正覚した時に座していた金剛座である。故に、この地の本来の地主権現は釈迦如来である、としている[8]。また、島には弁の岩屋と呼ばれる龍穴があり、そこから現れる竹生明神という魚龍(大鯰)が島を7巡りするようにとぐろを巻き、尾をくわえて島を鎮めているという[8]。
中世には水晶輪の島とされ『平家物語』や『源平盛衰記』などに登場する。『渓嵐拾葉集』では、船で近寄ると「りゃんりゃんと響く」島とされている。
文化[編集]
竹生島は古くから信仰の対象とされた事から、能の演目や平曲や近世邦楽の楽曲でも取り上げられている。
芸能・音楽[編集]
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アオサギの群れ
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2016年(平成28年)4月25日、文化庁は日本遺産「琵琶湖とその水辺景観−祈りと暮らしの水遺産」(水の文化)の構成要素として他5件を、それぞれ追加認定した[9]。
カワウによる糞害[編集]
人が往来する場所は島の南の一部に限られており、それも定期船が発着する港と、そこからすぐの所にある数店の土産物店と寺社に集中している。終日無人の北部にはカワウ(河鵜、川鵜、 Phalacrocorax carbo)の大規模なコロニーが形成されている。その数は約2万羽にも達し、糞害[10] により木々のほとんどを枯死させるという景観被害を及ぼしている。今日では「緑樹陰沈んで」と謡曲で謡われた在りし日の竹生島の姿を見ることはできない。水質の汚染も北側で特に顕著。近年では南側にも糞害の影響は及び始めている。
このような深刻な状況に滋賀県も対策に乗り出し、営巣妨害のために樹木にロープを張ったり、爆音機や目玉風船による威嚇といったことがなされ始めた。また、2004年度からは有害鳥獣駆除が実施され、もうひとつの滋賀県内での主要なカワウ営巣地である近江八幡市の伊崎半島地区と合わせて年間1万羽以上が駆除されている。
2007年6月2日には、安倍晋三総理大臣が嘉田由紀子県知事らとともに長浜港より竹生島へ向かい、カワウの被害を視察している。
2008年度、滋賀県は銃器による駆除を見合わせたが、その結果、生息数が約6万羽に激増。2009年には駆除の再開を余儀なくされた。
交通アクセス[編集]
この他、オーミマリンが海津大崎より不定期便(事前予約があった場合のみ運航)を就航
脚注[編集]
- ^ a b c “基準点成果等閲覧サービス”. 国土地理院. 2014年6月24日閲覧。 “基準点コード TR35336110101, 等級種別 三等三角点, 基準点名 竹生島, 北緯 35°25′23″.8415, 東経 136°08′37″.8616, 標高 197.27m”
- ^ “広報きゃんせ長浜 (PDF)”. 長浜市. pp. 2-3 (2006年8月). 2016年5月13日閲覧。
- ^ “竹生島クルーズ”. 琵琶湖汽船ホームページ. 2017年7月18日閲覧。
- ^ “竹生島のタブノキ林、滋賀県指定天然記念物に 学術的価値高く・珍しい大規模群生”. 産経新聞. (2015年12月19日)
- ^ 湖底遺跡の謎探れ 小型ロボ、深層スイスイ - 『日本経済新聞』電子版2017年7月17日
- ^ 文化庁文化財保護部記念物課 (平成12年3月). “遺跡保存方法の検討 -水中遺跡-”. 文化庁. 2016年5月13日閲覧。
- ^ 滋賀県教育委員会埋蔵文化財センター (2009年3月). “近江水の宝 竹生島 (PDF)”. 滋賀県. 2016年5月13日閲覧。
- ^ a b 黒田 2003, pp. 189-194.
- ^ 北出昭 (2016年4月26日). “文化庁、「水の文化」構成要素で竹生島など5件追加認定”. 毎日新聞
- ^ 鳥の糞は水に溶けにくい尿酸からなり、雨によって流されないので植物の表面を覆い光合成を妨害してしまう。
参考文献[編集]
- 黒田日出男 『龍の棲む日本』 岩波書店〈岩波新書〉、2003年。ISBN 4004308313。
関連項目[編集]
- 宝厳寺
- 琵琶湖
- 沖島
- 多景島
- 矢橋帰帆島
- 沖の白石
- 日本の秘境100選
- 竹生島流
- 滋賀県道319号竹生島線 - 島内の参道の一部が滋賀県道となっている。
- 偉大なる、しゅららぼん - 万城目学の小説。琵琶湖の神から特殊能力を授けられた湖の民の話。湖の民にとって重要な場所として幾度となく登場する。
- 要石
外部リンク[編集]
- 地図閲覧サービス2万5千分1地形図名:南浜(岐阜)
- 竹生島神社(都久夫須麻神社)
- 宝厳寺(西国三十三箇所三十番)
- オーミマリン
- 琵琶湖汽船
- 竹生島 - 国指定文化財等データベース(文化庁)