「対角化」の版間の差分

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'''対角化'''(たいかくか、diagonalization<ref>{{Cite book|1 =和書|author =[[文部省]]|coauthors =[[日本物理学会]]編|title =[[学術用語集]] 物理学編|url =http://sciterm.nii.ac.jp/cgi-bin/reference.cgi|year =1990|publisher =[[培風館]]|isbn =4-563-02195-4|page =}}{{リンク切れ|date=2017年10月 |bot=InternetArchiveBot }}</ref>)とは、[[正方行列]]を適当な[[線形変換]]によりもとの[[行列]]と[[行列の相似|相似]]な[[対角行列]]に変形することを言う。あるいは、[[ベクトル空間]]の[[線形写像]]に対し、[[空間]]の[[基底]]を取り替え、その作用が常にある方向([[固有値|固有空間]])への[[スカラー]]倍([[固有値]])として現れるようにすること。対角化により変換において本質的には無駄な計算を省くことで計算量を大幅に減らすことが出来る。
'''対角化'''(たいかくか、diagonalization<ref>{{Cite book|1 =和書|author =[[文部省]]|coauthors =[[日本物理学会]]編|title =[[学術用語集]] 物理学編|url =http://sciterm.nii.ac.jp/cgi-bin/reference.cgi|year =1990|publisher =[[培風館]]|isbn =4-563-02195-4|page =}}{{リンク切れ|date=2017年10月 |bot=InternetArchiveBot }}</ref>)、または'''[[:en:Eigendecomposition of a matrix|行列の固有値分解]]'''(英:Eigendecomposition of a matrix)とは、[[正方行列]]を適当な[[線形変換]]によりもとの[[行列]]と[[行列の相似|相似]]な[[対角行列]]に変形することを言う。あるいは、[[ベクトル空間]]の[[線形写像]]に対し、[[空間]]の[[基底]]を取り替え、その作用が常にある方向([[固有値|固有空間]])への[[スカラー]]倍([[固有値]])として現れるようにすること。対角化により変換において本質的には無駄な計算を省くことで計算量を大幅に減らすことが出来る。


== 概要 ==
== 概要 ==
''n'' 次正方行列 ''A'' に対して、 ''n'' 次対角行列 ''D'' と ''n'' 次[[正則行列]] ''P'' が存在して、
''n'' 次正方行列 ''A'' に対して、 ''n'' 次対角行列 ''D'' と ''n'' 次[[正則行列]] ''P'' が存在して、
: <math> P^{-1} A P = D </math>
: <math> P^{-1} A P = D </math>
とできるとき、行列 ''A'' は'''対角化可能'''であるという。このとき、<math> AP = PD </math> であるから、 ''D'' の対角成分には ''A'' の固有値がならび、その他の非対角成分はすべて 0 となる
とできるとき、行列 ''A'' は'''[[:en:Diagonalizable_matrix|対角化可能]]'''(英:diagonalizable)であるという。


''A'' の固有値を重複を許さず、<math>\lambda_{i}, i=1,\cdots,r, </math> とするとき、''A'' が対角化可能であるための必要十分条件は、
== 対角化可能であるための必要十分条件 ==
定義式を成分で表示すると、
: <math>P^{-1}AP = \begin{bmatrix}
\lambda_1 & 0 & \dots & 0 \\
0 & \lambda_2 & \dots & 0 \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
0 & 0 & \dots & \lambda_n
\end{bmatrix}</math>

両辺に左から''P''を掛けると:

: <math>AP = P\begin{bmatrix}
\lambda_1 & 0 & \dots & 0 \\
0 & \lambda_2 & \dots & 0 \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
0 & 0 & \dots & \lambda_n
\end{bmatrix}</math>

ここで、''P''を列ベクトル <math>\vec{\alpha}_{i}</math> を並べて表記すると

:<math>P = \begin{bmatrix}\vec{\alpha}_1 & \vec{\alpha}_2 & \cdots & \vec{\alpha}_n\end{bmatrix}</math>

上式は、次のように書き直せる

:<math>A\vec{\alpha}_i = \lambda_i\vec{\alpha}_i\qquad(i=1,2,\cdots,n)</math>

つまり、''P'' の構成する各列ベクトルは ''A''の[[固有ベクトル]]であり、対応する対角成分はその固有ベクトルに対応する[[固有値]]になっている。行列 ''P'' が正則であることは、これらの固有ベクトルが[[線形独立]]である(= ''n''次元ベクトル空間の[[基底]]になっている)ことを意味する。

ここまでの議論は完全に逆向きにたどることができる。つまり、 '''行列''A''の固有ベクトルだけで ''n'' 次元ベクトル空間の基底が構成できる'''ならば、それら縦ベクトルを横に並べた行列 ''P'' は正則行列となり、
: <math> P^{-1} A P = D </math>
が成り立ち、 ''D'' の対角成分には ''A'' の固有値が並ぶ。

以上が行列が対角化できるための必要十分条件である。またこれは、実際に対角化を行うための手順にもなっている。

他にも同値な条件がいくつか知られている。

* <small>(ここでは固有方程式が(重解を持つ場合も許容して)1次式の積に分解できることを前提とする。固有値・固有ベクトルが複素数でもよいのならこれはいつでも正しい([[代数学の基本定理]])が、実数だけで考えている場合は固有方程式の左辺が因数分解できないこともあり得る。)</small>
:''A'' の固有値を <math>\lambda_{i}, i=1,\cdots,r, </math> とするとき、''A'' が対角化可能であるための必要十分条件は、次の等式が成り立つことである:
: <math> \sum_{i=1}^{r}\dim\ker(\lambda_{i}I_{n} - A) = n, </math>
: <math> \sum_{i=1}^{r}\dim\ker(\lambda_{i}I_{n} - A) = n, </math>
かつ、各項が各固有値の重複度と等しいことである。ここで、<math>I_{n}</math> は ''n'' 次単位行列を表す。<math>\ker(\lambda_{i}I_{n}-A)</math> は固有値 <math>\lambda_{i}</math> の固有空間であるから、この条件はベクトル空間の基底として ''A'' の固有ベクトルが取れることを意味している。
:ここで、<math>I_{n}</math> は ''n'' 次単位行列を表す。<math>\ker(\lambda_{i}I_{n}-A)</math> は固有値 <math>\lambda_{i}</math> の固有空間であるから、この条件はベクトル空間の基底として ''A'' の固有ベクトルが取れることを意味している。
* 上の条件は、<math> \sum_{i=1}^{r}\dim\ker(\lambda_{i}I_{n} - A) </math> の各項が<math> \lambda_{i} </math>の重複度と一致する、とも言い換えられる。一致しない場合はその固有空間の次元は<math> \lambda_{i} </math>を下回り、総計が ''n'' には成り得ないからである。詳しくは固有空間の次元を参照。
また行列 ''A'' が対角化可能であるための他の必要十分条件には、その[[最小多項式 (線型代数学)|最小多項式]]が重根をもたないことある{{sfn|斎藤|1996|loc=系3.4}}。
* '''行列 ''A'' の[[最小多項式 (線型代数学)|最小多項式]]が重根をもたないこと'''も対角化可能であるための必要十分条件である{{sfn|斎藤|1996|loc=系3.4}}。


''A'' が実[[対称行列]]のとき、''A'' は常に対角化可能であり、''P'' として[[直交行列]]を取ることができる。また ''A'' が[[ユニタリー行列]] ''U'' を用いて対角化できるためには、 ''A'' が[[正規行列]]であることが[[同値|必要十分]]である。正規行列の中で応用上重要なクラスとして、対称行列と[[エルミート行列]]がある。
''A'' が実[[対称行列]]のとき、''A'' は常に対角化可能であり、''P'' として[[直交行列]]を取ることができる。また ''A'' が[[ユニタリー行列]] ''U'' を用いて対角化できるためには、 ''A'' が[[正規行列]]であることが[[同値|必要十分]]である。正規行列の中で応用上重要なクラスとして、対称行列と[[エルミート行列]]がある。
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\end{bmatrix}
\end{bmatrix}
</math>
</math>


3次正方行列について、具体的な数値で計算を行ってみる。

次の行列は対角化可能かどうか判断し、可能な場合は対角化せよ:
:<math>A=\begin{bmatrix}
1& 2 & 0 \\
0 & 3 & 0 \\
2 & -4 & 2 \end{bmatrix}</math>

固有値と固有ベクトルを計算すると、

:<math> \lambda_1 = 3, \quad \lambda_2 = 2, \quad \lambda_3= 1 </math>
:<math>v_1 = \begin{bmatrix} -1 \\ -1 \\ 2 \end{bmatrix}, \quad v_2 = \begin{bmatrix} 0 \\ 0 \\ 1 \end{bmatrix}, \quad v_3 = \begin{bmatrix} -1 \\ 0 \\ 2 \end{bmatrix}</math>

固有ベクトルを並べた

:<math>P= \begin{bmatrix}
-1 & 0 & -1 \\
-1 & 0 & 0 \\
2 & 1 & 2 \end{bmatrix}</math>

の行列式は0でないため、これを使って対角化できる。

:<math>P^{-1}AP =
\begin{bmatrix}
0 & -1 & 0 \\
2 & 0 & 1 \\
-1 & 1 & 0 \end{bmatrix}
\begin{bmatrix}
1 & 2 & 0 \\
0 & 3 & 0 \\
2 & -4 & 2 \end{bmatrix}
\begin{bmatrix}
-1 & 0 & -1 \\
-1 & 0 & 0 \\
2 & 1 & 2 \end{bmatrix}</math>
:<math>=\begin{bmatrix}
3 & 0 & 0 \\
0 & 2 & 0 \\
0 & 0 & 1\end{bmatrix}</math>


== 脚注 ==
== 脚注 ==

2018年11月28日 (水) 16:42時点における版

対角化(たいかくか、diagonalization[1])、または行列の固有値分解(英:Eigendecomposition of a matrix)とは、正方行列を適当な線形変換によりもとの行列相似対角行列に変形することを言う。あるいは、ベクトル空間線形写像に対し、空間基底を取り替え、その作用が常にある方向(固有空間)へのスカラー倍(固有値)として現れるようにすること。対角化により変換において本質的には無駄な計算を省くことで計算量を大幅に減らすことが出来る。

概要

n 次正方行列 A に対して、 n 次対角行列 Dn正則行列 P が存在して、

とできるとき、行列 A対角化可能(英:diagonalizable)であるという。

対角化可能であるための必要十分条件

定義式を成分で表示すると、

両辺に左からPを掛けると:

ここで、Pを列ベクトル を並べて表記すると

上式は、次のように書き直せる

つまり、P の構成する各列ベクトルは A固有ベクトルであり、対応する対角成分はその固有ベクトルに対応する固有値になっている。行列 P が正則であることは、これらの固有ベクトルが線形独立である(= n次元ベクトル空間の基底になっている)ことを意味する。

ここまでの議論は完全に逆向きにたどることができる。つまり、 行列Aの固有ベクトルだけで n 次元ベクトル空間の基底が構成できるならば、それら縦ベクトルを横に並べた行列 P は正則行列となり、

が成り立ち、 D の対角成分には A の固有値が並ぶ。

以上が行列が対角化できるための必要十分条件である。またこれは、実際に対角化を行うための手順にもなっている。

他にも同値な条件がいくつか知られている。

  • (ここでは固有方程式が(重解を持つ場合も許容して)1次式の積に分解できることを前提とする。固有値・固有ベクトルが複素数でもよいのならこれはいつでも正しい(代数学の基本定理)が、実数だけで考えている場合は固有方程式の左辺が因数分解できないこともあり得る。)
A の固有値を とするとき、A が対角化可能であるための必要十分条件は、次の等式が成り立つことである:
ここで、n 次単位行列を表す。 は固有値 の固有空間であるから、この条件はベクトル空間の基底として A の固有ベクトルが取れることを意味している。
  • 上の条件は、 の各項がの重複度と一致する、とも言い換えられる。一致しない場合はその固有空間の次元はを下回り、総計が n には成り得ないからである。詳しくは固有空間の次元を参照。
  • 行列 A最小多項式が重根をもたないことも対角化可能であるための必要十分条件である[2]

A が実対称行列のとき、A は常に対角化可能であり、P として直交行列を取ることができる。また Aユニタリー行列 U を用いて対角化できるためには、 A正規行列であることが必要十分である。正規行列の中で応用上重要なクラスとして、対称行列とエルミート行列がある。

次の 2 次実正方行列 A は固有値 abia + bi をもち、たとえば以下の正則行列 P で対角化される。

一方、次の行列 B は対角化可能ではない。


3次正方行列について、具体的な数値で計算を行ってみる。

次の行列は対角化可能かどうか判断し、可能な場合は対角化せよ:

固有値と固有ベクトルを計算すると、

固有ベクトルを並べた

の行列式は0でないため、これを使って対角化できる。

脚注

  1. ^ 文部省日本物理学会編『学術用語集 物理学編』培風館、1990年。ISBN 4-563-02195-4http://sciterm.nii.ac.jp/cgi-bin/reference.cgi [リンク切れ]
  2. ^ 斎藤 1996, 系3.4.

参考文献

関連項目