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'''気体'''(きたい、Gas)は[[物質]]の[[三態]]の一つ<ref>{{Harvnb|McPherson|Henderson|1917|pp=104–10}}</ref>。'''気相'''である物質の状態を指す。[[絶対零度]]付近では、物質は[[固体]]として存在する。そこに熱を加えると[[融点]]で融解([[相転移]])して[[液体]]となり、[[沸点]]で気体となる。さらに熱を十分加えると[[プラズマ]]となって気体内の原子から[[電子]]が高エネルギー状態となって離れた状態になる。純粋な気体を構成する粒子は、原子の場合([[ネオン]]などの[[第18族元素|希ガス]])、同一種類の原子から構成される[[元素]]分子の場合([[酸素]]など)、複数種類の原子から成る[[化合物]]分子の場合([[二酸化炭素]]など)がある。[[混合物|混合]]気体は複数の純粋な気体が混じりあったもので、[[地球の大気|空気]]もそれにあたる。液体や固体との大きな違いは、気体を構成する粒子間の距離が大きい点である。従って気体は非常に希薄であり、色のない気体は人間の目には見えない。気体粒子の相互作用は[[電場]]や[[重力場]]のある状態では無視できる程度であり、右図のようにそれぞれの粒子が一定の速度ベクトルを持つ。
'''気体'''(きたい、Gas)は[[物質]]の[[三態]]の一つ。'''気相'''である物質の状態を指す。

気相は液相とプラズマ相の中間にあり<ref>American Chemical Society, Faraday Society, Chemical Society (Great Britain)'s ''The Journal of physical chemistry, Volume 11'' (Cornell – 1907), page 137.</ref>、プラズマへと転移する温度が気体の存在する上限温度となる。極低温で存在する量子縮退気体<ref>{{cite journal|journal=Physics|title=84Sr—just right for forming a Bose-Einstein condensate|author=Tanya Zelevinsky|url= http://physics.aps.org/articles/v2/94|volume= 2|page=94|year=2009}}</ref>が近年注目を集めている<ref>[http://www.sciencedaily.com/releases/2009/11/091104140812.htm Quantum Gas Microscope Offers Glimpse Of Quirky Ultracold Atoms] ScienceDaily 4 November 2009 - [[ボース=アインシュタイン凝縮]]についてのリンクを提供</ref>。高密度の原子気体を極低温に冷却したものは、[[ボース気体]]または[[フェルミ気体]]と呼ばれる統計的振る舞いを示す。詳しくは[[ボース=アインシュタイン凝縮]]を参照。

[[ファイル:Gas particle movement.svg|right|thumb|気相の粒子([[原子]]、[[分子]]、[[イオン]])は、[[電場]]などがない限り自由に運動する。]]

== 概要 ==
[[液体]]とともに、[[流体]]であるが、分子の熱運動が分子間力を上回って、液体の状態と比べ、より自由に[[原子]]または[[分子]]が自由に動ける状態。[[固体]]、液体より粒子間の距離がはるかに大きいのが普通で、そのため密度は最も小さくなる。また、圧力や温度による体積の変化が激しい。構成粒子間でのやりとりが少ないので、熱の伝導は低い。
[[液体]]とともに、[[流体]]であるが、分子の熱運動が分子間力を上回って、液体の状態と比べ、より自由に[[原子]]または[[分子]]が自由に動ける状態。[[固体]]、液体より粒子間の距離がはるかに大きいのが普通で、そのため密度は最も小さくなる。また、圧力や温度による体積の変化が激しい。構成粒子間でのやりとりが少ないので、熱の伝導は低い。


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[[臨界点|臨界温度]]以下の気相のことを[[蒸気]]と呼ぶ。臨界温度以下で気体を圧縮していくと液体へ[[相転移]](一次転移)する。また、ある臨界圧力以下の[[圧力]]が物質の飽和蒸気圧と等しくなる点が[[沸点]]である。
[[臨界点|臨界温度]]以下の気相のことを[[蒸気]]と呼ぶ。臨界温度以下で気体を圧縮していくと液体へ[[相転移]](一次転移)する。また、ある臨界圧力以下の[[圧力]]が物質の飽和蒸気圧と等しくなる点が[[沸点]]である。


==気体の単離==
=== 気体の単離 ===
我々は[[空気]]中で生活しているため、化学の分野など、気体を成分に分けて扱おうとすると、周囲の空気と混じってしまいやすいため、特別な工夫を必要とする。
我々は[[空気]]中で生活しているため、化学の分野など、気体を成分に分けて扱おうとすると、周囲の空気と混じってしまいやすいため、特別な工夫を必要とする。
*水溶性で空気より軽い[[上方置換]]で集める
* 水溶性で空気より軽い場合は、[[上方置換]]で集める(例: [[アンモニア]])。
* 水溶性で空気より重い場合は、[[下方置換]]で集める(例: [[二酸化硫黄]]、[[塩化水素]]、[[塩素]]、[[二酸化窒素]])。
:[[アンモニア]]
*水溶性で空気より重い-[[下方置換]]で集める
*水溶性の場合は、[[水上置換]]で集める(例: [[一酸化窒素]]、[[窒素]]、[[酸素]]、[[水素]])。
:[[二酸化硫黄]] - [[塩化水素]] - [[塩素]] - [[二酸化窒素]]
*非水溶性-[[水上置換]]で集める
:[[一酸化窒素]] - [[窒素]] - [[酸素]] - [[水素]]


== 利用 ==
=== 利用 ===
流体なので形を定めることが出来ない。しかし、固体の容器に閉じこめることで利用する例もある。柔らかな素材に閉じこめれば、体積が[[弾性]]的に変形するので、衝撃吸収の可能な素材となる。また熱伝導度が低いため、[[断熱]]の効果もある。[[発泡スチロール]]では多数の細かい泡のような形で気体を含んでおり、これらの性質を強く示す。
流体なので形を定めることが出来ない。しかし、固体の容器に閉じこめることで利用する例もある。柔らかな素材に閉じこめれば、体積が[[弾性]]的に変形するので、衝撃吸収の可能な素材となる。また熱伝導度が低いため、[[断熱]]の効果もある。[[発泡スチロール]]では多数の細かい泡のような形で気体を含んでおり、これらの性質を強く示す。

== 物理的性質 ==
[[ファイル:Purplesmoke.jpg|right|thumb|border|text-bottom|upright=1.1|[[煙]]が漂う様子から、周囲の気体の動きがある程度わかる。]]
ほとんどの気体は人間の知覚では観察が難しいため、[[圧力]]・体積・[[温度]]といった[[物性|物理的性質]]と粒子数([[物質量]])といった[[微視的]]性質で表す。これら4つの特性を様々な気体の様々な設定で計測したのが、[[ロバート・ボイル]]、[[ジャック・シャルル]]、[[ジョン・ドルトン]]、[[ジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサック]]、[[アメデオ・アヴォガドロ]]といった人々である。彼らの研究によって最終的にそれらの特性間の数学的関係が明らかとなり、[[理想気体の状態方程式]]となって結実した。

気体粒子は互いに十分離れているため、液体や固体ほど隣接する粒子に影響を及ぼすことはない。そのような影響([[分子間力]])は気体粒子の持つ[[電荷]]に由来する。同じ電荷は反発しあい、逆の電荷は引き付け合う。[[イオン]]でできた気体には恒久的な電荷があり、化合物の気体には[[極性分子|極性]]共有結合がある。極性共有結合の場合、化合物全体としては中性であっても、分子内に電荷の集中する部分が生じる。分子間の[[共有結合]]には一時的な電荷もあり、それを[[ファンデルワールス力]]と呼ぶ。このような分子間力の相互作用はそれぞれの気体を構成する物質の物理特性によって異なる<ref>''The Journal of physical chemistry, Volume 11'' (Cornell – 1907) pp. 164–5.</ref><ref>このような物理特性の例外として、[[マイケル・ファラデー]]は1833年、氷に電気伝導性がないことを発見した。詳しくは、John Tyndall's ''Faraday as a Discoverer'' (1868), p.45</ref>。例えば、イオン結合の化合物と共有結合の化合物の「[[沸点]]」を比べるとその違いが明らかとなる<ref>{{cite book|author=John S. Hutchinson|url= http://cnx.org/content/col10264/latest/|title=Concept Development Studies in Chemistry|year=2008|page=67}}</ref>。右の写真のようにただよう煙は、低圧の気体がどのように振る舞っているかという洞察を与えてくれる。

気体は他の状態の物質と比較すると、[[密度]]と[[粘度]]が極めて低い。気体の粒子の運動は[[圧力]]と[[温度]]に影響される。粒子間の距離と速度の変化は[[圧縮率]]で表される。その粒子の距離と速度は[[屈折率]]で表される気体の光学特性にも影響する。気体は容器全体に一様に分布するように[[拡散]]する。

== 巨視的性質 ==
[[ファイル:CFD Shuttle.jpg|right|thumb|right|スペースシャトルの大気圏突入のシミュレーション画像]]
気体を観察する場合、基準となる範囲や長さを指定するのが一般的である。より大きなスケールは、気体の[[巨視的]]観点に対応する。その場合、体積の面でも十分な量の気体粒子を標本化できる大きさでなければならない。このような大きさで統計的分析を行うことで、その範囲内のあらゆる気体粒子の'''平均的'''動き(すなわち、速度、温度、圧力)を観測できる。対照的に、[[微視的]]または粒子単位の観察を行う方法もある。

巨視的観点で観測される気体の性質には、気体粒子そのものに由来するもの(速度、圧力、温度)とそれらの環境によるもの(体積)がある。例えば[[ロバート・ボイル]]は一時期、[[気体化学]]を研究していた。彼は気体の圧力と体積の関係について巨視的観点で実験を行った。その実験でJの字形の[[試験管]]のような[[圧力測定#液柱|マノメーター]]を使い、その管の一端に一定粒子数で一定温度の不活性気体を入れ、さらに[[水銀]]を入れて密封した。そして、水銀の量を増やして気体にかかる圧力を増すと気体の体積が小さくなることを見出し、数学的には[[反比例]]の関係にあることを発見した。つまり、体積と圧力の積が常に一定になることをつきとめた。ボイルは様々な気体でこれが成り立つことを確かめ、[[ボイルの法則]] (PV=k) が生まれた。

気体物性の分析に使用する様々な数学的ツールがある。理想流体については[[オイラー方程式 (流体力学)|オイラー方程式]]があるが、極限条件の気体では数学的ツールもやや複雑化し、粘性の効果を完全に考慮した[[ナビエ-ストークス方程式]]がなどが使われる<ref>{{Harvnb|Anderson|1984|p=501}}</ref>。このような方程式は対象とする気体の特定の条件を満たすよう仕立てられている。ボイルの実験装置は[[代数学]]を使って分析結果を得ることを可能にした。ボイルが結果を得られたのは、彼が扱っていた気体が比較的低圧で「理想」的な振る舞いをする状況だったからである。そういった理想的関係は、一般的な条件の計算には十分である。今日の最先端テクノロジーにおいては、気体が「理想」的な振る舞いをしない条件下での実験を可能とする各種装置が設計されている。[[統計学]]や[[多変量解析]]といった数学が、宇宙船の大気圏再突入のような複雑な状況の解を求めることを可能にしている。例えば、図にあるように[[スペースシャトル]]の大気圏再突入の際の負荷が材料や構造の限界を超えていないことを確認する分析などがある。そのような状況では、気体は理想的には振る舞わない。

=== 圧力 ===
{{Main|圧力}}
方程式にて圧力を表す記号として '''"p"''' または '''"P"''' を使う。SI単位は[[パスカル]]である。

気体が何らかの容器に入っているとき、[[圧力]]とは気体が容器表面に及ぼす平均的な力である。その容積の中で気体粒子は直線的に運動していて、容器に衝突して力を及ぼしていると考えれば理解しやすい。その衝突の際に気体粒子から容器に与えられた力の分だけ粒子の[[運動量]]が変化する。[[古典力学]]では、運動量は質量と速度の積と定義されている<ref>{{cite book|pages=319–20|author=J. Clerk Maxwell|title=Theory of Heat|year=1904|isbn=0486417352|publisher=Dover Publications|location=Mineola}}</ref>。衝突に際して、粒子の速度の壁と垂直な成分だけが変化する。壁に平行な方向に進む粒子の運動量は変化しない。したがって、粒子の衝突によって容器表面にかかる力の平均は、気体粒子の衝突による[[運動量|線運動量]]の変化の平均に他ならない。より正確には、粒子が容器表面に衝突した際の力の垂直成分の合計を表面積で割った値が圧力となる。

=== 温度 ===
[[ファイル:Nitrogen.ogg|thumb|液体窒素に触れると風船がしぼむ様子(動画)]]
{{Main|熱力学温度}}
方程式で温度を表す記号として ''T'' を使う。SI単位は[[ケルビン]]である。

気体粒子の速度は、その[[熱力学温度]]に比例する。右の動画は、風船内に捕らわれた気体粒子が極低温の窒素に触れることでその速度が遅くなり、風船が縮む様子を示している。任意の[[系 (自然科学)|物理系]]の温度はその系(気体)を構成する粒子(原子、分子)の運動と関連している<ref>See pages 137–8 of Society (Cornell – 1907).</ref>。[[統計力学]]では、温度とは粒子内に蓄えられた運動エネルギーの平均を示す測度である。このエネルギーを蓄える方法は、粒子自身の[[自由度]]([[エネルギー準位#分子|エネルギーモード]])で表される。気体粒子が運動エネルギーを蓄えるのは([[吸熱反応|吸熱]]過程)、衝突によって直線運動、回転運動、振動といった運動エネルギーを得たときである。対照的に固体内の分子に熱を加えても振動モードでしかエネルギーを蓄えられず、直線運動や回転運動は結晶構造によって妨げられる。熱せられた気体粒子は粒子同士が一定の割合で衝突することで速度が広範囲に変化しうる。速度の範囲は[[マクスウェル分布]]で表される。なお、この分布を想定するということは、その系が[[熱力学的平衡]]付近の[[理想気体]]だと仮定することを暗に示している。

=== 比体積 ===
[[ファイル:Convair B-58 Ejection Capsule standard seat ejection on Aug. 7, 1957 061101-F-1234P-013.jpg|right|thumb|膨張ガスは比体積の変化に関係する。]]
方程式で比体積を表す記号として '''"v"''' を使う。SI単位は立方メートル毎キログラムである。方程式で体積を表す記号として '''"V"''' を使う。SI単位は立方メートルである。

[[熱力学]]解析においては、示強属性と示量属性を扱うのが一般的である。気体の量に依存する属性(質量や体積)を示量属性、気体の量に依存しない属性を示強属性と呼ぶ。'''比体積'''は単位質量の気体が占める体積の比であり、あらゆる平衡系の気体にわたって同一であるため示強属性の例である<ref>{{cite book|page=12|author=Kenneth Wark|title=Thermodynamics|edition=3|publisher=McGraw-Hill|year=1977|isbn=0-07-068280-1}}</ref>。[[プロトアクチニウム]]の原子1000個がある温度と圧力で占める体積は、他の任意の原子1000個が同じ温度と圧力で占める体積と同じである。気体に比べて[[圧縮率|圧縮性]]のない固体の[[鉄]]を思い浮かべればわかりやすい。右の写真にあるような[[射出座席]]はロケットで推進するが、ロケットは質量を保持しつつ膨張するガスを噴射しており、この際に比体積が増加する。気体はそれを取り囲むどのような容器であっても全体を満たす性質があり、体積は示量属性である。

=== 密度 ===
{{Main|密度}}
方程式で密度を表す記号として '''ρ'''(ロー)を使う。SI単位はキログラム毎立方メートルである。これは、比体積の[[逆数]]である。

気体粒子は容器内を自由に動けるため、その質量は一般に'''密度'''によって特徴付けられる。密度は質量を体積で割った値であり、比体積の逆数である。気体の圧力または体積の一方を一定としたとき、密度は広範囲にわたって変化する。この密度の変化の度合いを[[圧縮率]]と呼ぶ。圧力や温度と同様、密度は気体の状態変数の1つであり、任意の過程における密度の変化は熱力学の法則に従う。[[流体静力学|静止気体]]においては、密度は容器全体で均一である。つまり密度は[[スカラー]]量であり、大きさはあるが方向のない単純な物理量である。[[気体分子運動論]]によれば、気体の質量が一定のとき密度は容器の大きさすなわち体積に反比例する。すなわち、質量が一定であれば密度の減少とともに体積が増大する。

== 微視的性質 ==
極めて高倍率の顕微鏡で気体を観察できるとすれば、様々な粒子(分子、原子、イオン、電子など)が決まった形や塊を形成せずに無作為に動いている様子が観察できるだろう。そういった中性の気体粒子が運動の向きを変えるのは、別の粒子と衝突したときか容器の壁と衝突したときだけである。そういった衝突が完全に弾性的だと仮定すると、その気体は理想気体だということになる。このような粒子レベルの[[微視的]]観点は[[気体分子運動論]]で扱われる。

=== 気体分子運動論 ===
{{Main|気体分子運動論}}
'''気体分子運動論'''は、気体の巨視的性質を分子構成と分子運動によって説明する。[[運動量]]と[[運動エネルギー]]の定義を出発点として<ref>{{Harv|McPherson|Henderson|1917|pp=60–61}}</ref>、[[運動量保存の法則]]と立方体の幾何学的関係を使い、系の巨視的性質である温度と圧力を分子ごとの運動エネルギーという微視的属性に対応付ける。この理論によって温度と圧力という2つの属性の平均値が得られる。

この理論はまた、気体系が変化に対してどう反応するかを説明している。例えば、理論上完全に静止した気体が絶対零度から熱せられるとき、その[[内部エネルギー]](温度)が増大する。気体を熱すると、その粒子が速度を増し、温度が上昇する。高温になると粒子速度が上がって単位時間あたりに容器内で発生する粒子の衝突が増える。単位時間あたりの容器表面での粒子衝突回数が増えると、それに比例して圧力も上昇する。

=== ブラウン運動 ===
{{Main|ブラウン運動}}
ブラウン運動は、流体内に浮遊する粒子の無作為運動を説明する数理モデルである。気体の拡散は気体分子運動論で説明することもできるし、[[素粒子物理学]]でも説明できる。

気体の個々の粒子(原子や分子)を観察するテクノロジーには今のところ限界があり、それらが実際にどのように動いているのかについて理論的計算でしか示せないが、その動きはブラウン運動とは異なる。ブラウン運動では気体分子が問題の粒子と何度も衝突することで頻繁に粒子の向きが変わる。この粒子は一般に原子数百万個から数十億個の大きさであるために衝突しやすく頻繁に向きを変えるのであって、気体分子そのものはそれほど頻繁に衝突しないと考えられる。

=== 分子間力 ===
[[ファイル:3D model hydrogen bonds in water.jpg|left|thumb|border|text-top|upright=0.8|気体が圧縮されると、このような分子間力がより強く働くようになる。]]
{{Main|ファンデルワールス力|分子間力}}
粒子間には[[引力と斥力]]が働いており、それが気体の力学に影響を及ぼす。[[物理化学]]ではこの力を[[ファンデルワールス力]]と呼ぶ。この力は[[粘度]]や[[流量]]といった気体の[[物性]]を決定する重要な因子となる。ある条件下でそれらの力を無視することで、[[実在気体]]を[[理想気体]]のように扱うことができる。そのような仮定の下では[[理想気体の状態方程式]]を使い、解に至る経路を大幅に単純化できる。

そういった気体の関係を正しく把握するには、[[気体分子運動論]]を再度考慮する必要がある。気体粒子が電荷や[[分子間力]]を持つとき、粒子同士の距離が近いほど互いに影響を及ぼしやすくなる(図のような水素結合もその一例である)。電荷がない場合、気体粒子間の距離が極めて近くなれば、粒子同士の衝突が避けられなくなる。気体粒子間の衝突が増大する別の場合として、体積が一定の気体を熱した場合があり、粒子の速度が高速になる。つまり理想気体の状態方程式は、圧縮によって極めて高圧になった状態や高温によってイオン化した状態では適切な結果を示せない。このとき除外された条件では、気体系内でのエネルギー伝達が発生することに注意が必要である。エネルギー伝達がないことは理想条件などと飛ばれ、その場合エネルギー伝達は系の境界でしか発生しない。実在気体は粒子間の衝突や分子間力を一部考慮する。粒子間の衝突が統計的に無視できる程度なら、理想気体の状態方程式の結果は妥当といえる。一方、気体を極限まで圧縮すると[[液体]]のように振る舞い、[[流体力学]]で扱うのが妥当となる。

== 単純化モデル ==
{{Main|状態方程式 (化学)|理想気体}}
気体の状態方程式は、気体の状態特性を大まかに表し予測するための[[数理モデル]]である。あらゆる気体のあらゆる条件下の振る舞いを正確に予測できる単一の状態方程式は今のところ存在しない。従って、特定の温度や圧力の範囲での気体のために多数の状態方程式が生み出されてきた。最もよく論じられている気体のモデルは「完全気体」、「理想気体」、「実在気体」である。これらのモデルは、与えられた熱力学系の分析を容易にするために、それぞれ固有の仮定群を有している<ref>{{Harvnb|Anderson|1984|pp=289–291}}</ref>。なお、完全気体よりも理想気体、理想気体よりも実在気体の方が対応可能な温度の範囲が広い。右の写真にある[[ライト兄弟]]の1903年の初飛行において、気体の状態方程式が設計に重要な役割を果たした。最近では、2009年に初飛行した太陽光発電飛行機[[ソーラー・インパルス]]や、商用機としては初めて[[複合材料]]を使った[[ボーイング787]]も設計に気体の状態方程式を活用している。
[[ファイル:Wrightflyer.jpg|right|thumb|border|text-bottom|upright=1.2|[[ライト兄弟]]の初飛行]]

=== 完全気体 ===
'''完全気体'''は、分子同士の距離が十分大きいため分子間力が無視でき、かつ分子同士の衝突は弾性的だと仮定したものである。完全気体の状態方程式では、記号 ''n'' は[[モル]]あたりの物質を構成する粒子数、すなわち[[物理量]]である。それ以外の記号は全て上述してきたものが使われる。この関係式は絶対温度と絶対圧力を使ったときのみ成り立つ。

* '''化学の場合''': ''PV = nRT''
* '''気体力学の場合''': ''P = ρRT''

[[気体定数]] ''R'' は、単位が両者で異なる。化学の場合は ''n'' に対応した単位になっており、気体力学では密度 ρ に対応した単位になっている。

完全気体はさらに2種類に分類されるが、両者を区別しない教科書も多い。以下、その2つを簡単に説明する。

==== 熱量的完全 ====
熱量的 (calorically) 完全気体は、温度の観点からは最も制限がきついモデルであり<ref>{{Harvnb|Anderson|1984|p=291}}</ref>、[[比熱容量]]が一定という条件が加えられている(1000K未満では多くの気体でほぼ成り立つ)。
:''u = C<sub>v</sub>T, h = C<sub>p</sub>T''
ここで ''u'' は[[内部エネルギー]]、''h'' は[[エンタルピー]] である。''C'' は[[比熱容量]]であり、''C<sub>v</sub>'' は定積比熱、''C<sub>p</sub>'' は定圧比熱である。

温度の観点からは最も制限がきついが、制限内では十分正確な予測が可能である。[[軸流式圧縮機]]の挙動を ''C<sub>p</sub>'' を可変として計算した場合と ''C<sub>p</sub>'' を一定として計算した場合では、その差は非常に小さい。実際、軸流式圧縮機の動作では他の要因が支配的に働き、''C<sub>p</sub>'' が可変かどうかよりも最終的な計算結果に与える影響が大きい。それは例えば、圧縮機の先端の隙間の大きさ、境界層、磨耗による損失などである。

==== 熱的完全 ====
熱的 (thermally) 完全気体は、[[熱力学的平衡]]状態にあり、化学反応を起こしておらず(化学的[[平衡]])、次の式が成り立つと仮定したモデルである。
: ''C''<sub>p</sub> – ''C''<sub>v</sub> = ''R''

この式は比熱容量が温度によって変化したとしても成り立ちうる。さらにもう1つの条件として、[[内部エネルギー]]、[[エンタルピー]]、[[比熱容量]]は温度によってのみ変化する(温度の関数)と仮定する。

: ''u = u(T), h = h(T), du = C<sub>v</sub>dT, dh = C<sub>p</sub>dT''

例えば[[タービン]]では温度はそれほど急激に変動しないため、熱的完全気体モデルが十分活用可能である。比熱容量は変動するが温度に対応して変化するだけであり、分子同士の相互作用は考慮しない<ref>このときの温度の上限は 1500 K とされている。詳しくは{{Harv|John|1984|p=256}}</ref>。

=== 理想気体 ===
{{Main|理想気体}}
理想気体は完全気体を単純化したもので、[[圧縮率因子]] ''Z'' が常に1であると仮定する。圧縮率因子を1と仮定することで[[理想気体の状態方程式]]が成り立つ。

この近似モデルは工学分野に適しているが、さらに大まかな解の範囲を知るためにもっと単純化したモデルを使うこともある。理想気体の近似モデルが有効な例として、[[ジェットエンジン]]の燃焼室の内部状態の計算がある<ref>{{Harvnb|John|1984|p=205}}</ref>。分子の[[解離 (化学)|解離]]や[[素反応]]による[[排出ガス]]の計算にも適用可能である。

=== 実在気体 ===
[[ファイル:MountRedoubtEruption.jpg|thumb|1990年4月21日、[[アラスカ州|アラスカ]]の[[リダウト山]]の噴火。実在気体が熱力学的平衡にないことを示す例。]]
{{Main|実在気体}}
実在気体は、以下のようなことを考慮することで気体の振る舞いをさらに広範囲にわたって説明するモデルである。
* [[圧縮率因子]] ''Z'' は 1 以外の値に変化しうる。
* [[比熱容量]]は温度によって変化する。
* ファンデルワールス力
* 非平衡熱力学的効果
* 様々な構成の分子の[[解離 (化学)|解離]]や[[素反応]]を考慮する。

これらを考慮すると問題の解法が複雑化する。気体の密度が圧力に比例して大きくなると分子間力も気体の挙動に影響を与えるようになり、理想気体モデルでは妥当な結果が得られなくなる。[[内燃機関]]の温度の上限あたり(1300K)では、複雑な燃料の分子が振動や回転の形で内部エネルギーを蓄え、その比熱容量は単純な二原子分子や希ガスのそれとは大きく異なる値になる。さらにその2倍の温度になると、電子の励起と気体粒子の解離が起きはじめ、粒子数が増えることで圧力にも影響が出る(気体から[[プラズマ]]への相転移)<ref>{{Harvnb|John|1984|pp=247–56}}</ref>。最終的にあらゆる熱力学的過程は、ある確率分布に従った速度をもつ一様な気体として解釈される。非平衡状態を扱うということは、解を求められるような形で流れの場を扱うことを意味している。理想気体の法則を拡張しようとする最初の試みの1つは、状態方程式を ''pV<sup>n</sup> = 定数'' と変形し、''n'' を[[比熱比]] ''γ'' などに依存した変数とした。

多くの場合、実在気体モデルを使った分析は過大である。実在気体モデルが分析に役立った例としては、極めて高温高圧になる[[スペースシャトル]]の[[大気圏再突入]]や、1990年に噴火したリダウト山でのガス発生のシミュレーションなどがある。


==気体の法則==
==気体の法則==
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:n,P = 一定のとき、<math>\tfrac{V_1}{T_1} = \tfrac{V_2}{T_2}</math>
:n,P = 一定のとき、<math>\tfrac{V_1}{T_1} = \tfrac{V_2}{T_2}</math>
:n,v = 一定のとき、<math>\tfrac{P_1}{T_1} = \tfrac{P_2}{T_2}</math>
:n,v = 一定のとき、<math>\tfrac{P_1}{T_1} = \tfrac{P_2}{T_2}</math>

==注釈==
=== ボイルの法則 ===
<references/>
[[ファイル:Boyle air pump.jpg|right|thumb|border|text-top|upright=0.9|ボイルの実験装置]]
{{Main|ボイルの法則}}
[[ボイルの法則]]は気体の状態を表した最初の公式である。1662年、[[ロバート・ボイル]]は一端が閉じてあるJの字形の試験官を使った一連の実験を行った。一定量の空気を閉じてある短いほうの端に詰め、水銀で蓋をする。閉じ込めた気体の体積を注意深く計測し、さらに水銀を追加する。気体の圧力は水銀の両端の水位の差から計測できる。このような実験からボイルは「気体の体積は圧力と反比例する」と結論付けた<ref>{{Harvnb|McPherson|Henderson|1917|pp=52–55}}</ref>。ボイルの実験装置の図には、ボイルが気体の研究に使った珍しい器具が描かれている。

=== シャルルの法則 ===
{{Main|シャルルの法則}}
1787年、フランスの物理学者で気球で知られる[[ジャック・シャルル]]は、酸素、窒素、水素、二酸化炭素、空気といった気体が80ケルビンの温度差で体積が等しく膨張することを発見した。

1802年、[[ジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサック]]はより広範囲の実験を行って同様の結果を得、気体の体積と温度に正比例の関係があることを発表した。ゲイ=リュサックはシャルルの業績を引用し、その法則にシャルルの名を付けた<ref>{{Harvnb|McPherson|Henderson|1917|pp=55–60}}</ref>。なお、その前年に[[ジョン・ドルトン]]が[[分圧]]に関する[[ドルトンの法則]]を発表している。

=== アボガドロの法則 ===
{{Main|アボガドロの法則}}
1811年、[[アメデオ・アボガドロ]]は体積の等しい純粋な気体は同じ個数の粒子を含んでいることを発見した。その理論はしばらく受け入れられなかったが、1858年にイタリアの化学者[[スタニズラオ・カニッツァーロ]]がアボガドロの理論を使って理想的でない例外状態を説明したことから受け入れられるようになっていった。[[アボガドロの法則]]の発見から約1世紀後、12グラムの <sup>12</sup>C を構成する原子数 (6.022×10<sup>23</sup> mol<sup>−1</sup>) を[[アボガドロ定数]]と呼ぶようになった。この量の気体はある温度と圧力の下で22.40リットルの体積を占め、これを[[モル体積]]と呼ぶ。

=== ドルトンの法則 ===
[[ファイル:Daltons symbols.gif|thumb|border|text-top|[[ジョン・ドルトン|ドルトン]]の記法]]
{{Main|ドルトンの法則}}
1801年、[[ジョン・ドルトン]]は理想気体の[[分圧]]に関する[[ドルトンの法則]]を発表した。すなわち、混合気体の圧力はそれを構成する個々の気体の圧力の総和だという法則である。''n'' 種の気体があるとしたとき、この法則は次の式で表される。

:'''''Pressure<sub>total</sub> = Pressure<sub>1</sub> + Pressure<sub>2</sub> + ... + Pressure<sub>n</sub>'''''

右の図はドルトンが実験を記録する際に使った記号群を示している。ドルトンの論文には不活性の「弾性流体」(気体)の混合について次のような記述がある<ref>{{cite book|pages=72, 77–78|author=John P. Millington|title=John Dalton|year=1906}}</ref>。
* 液体とは異なり、重い気体であっても混合の際に下に溜まるということがない。
* 気体の粒子の違いは最終的な圧力に対して全く影響しない(個々の粒子の大きさや質量は無視できるかのように振る舞う)。

== その他 ==
==== 圧縮率 ====
[[ファイル:Compressibility Factor of Air 75-200 K.png|right|thumb|空気の圧縮率因子]]
{{Main|圧縮率因子}}
熱力学ではこの因子 (''Z'') を使って理想気体の方程式を圧縮率を考慮した実在気体のそれに変換する。この因子は現実の比体積と理想気体の比体積の比で表される。「ファッジ係数」の一種ともされ、理想気体の法則を実際の設計などに応用できる範囲を広げる役目を持つ。通常(常温、常圧)、''Z'' の値はほぼ1である。z線図は、極低温の範囲でのZの変化を示したグラフである。

==== レイノルズ数 ====
{{Main|レイノルズ数}}
流体力学では、レイノルズ数は慣性力 (''v<sub>s</sub>ρ'') と粘性力 (''μ/L'') の比である。流体力学における重要な無次元数の1つであり、他の無次元数と組み合わせて使い、力学的類似性を決定する基準を提供する。そのため、設計の際の模型での結果と実物大の実際の条件との関係をレイノルズ数だけで表すことができる。また、流れの特性値としても使うことができる。

==== 粘度 ====
[[ファイル:Schlierenfoto Mach 17 Delta - NASA.jpg|thumb|風洞でのデルタ翼の実験。翼の先端で気体が圧縮されることで屈折率が変化するため、このような影の形になる。]]
{{Main|粘度}}
粘度は物性の一種であり、隣接する分子が互いにくっつきあう程度を表す。固体は分子間の粘性が極めて強いため、せん断力に耐えることができる。液体は同様に力を加えられたとき常に流動する。気体の粘度は液体よりさらに低い。気体が全く粘度も持たない場合、翼の表面に全く固着することがなく、[[境界層]]を形成できないだろう。[[デルタ翼]]の研究において[[シュリーレン写真]]を使い、気体粒子が互いにくっつきあう現象があることが確認された。

==== 乱流 ====
[[ファイル:Vortex-street-1.jpg|thumb|[[ファン・フェルナンデス諸島]]付近を衛星から撮影した雲のパターン(1999年9月15日)。「[[カルマン渦]]」と呼ばれる独特の乱流パターンとなっている。]]
{{Main|乱流}}
流体力学において'''乱流'''とは、無秩序かつ確率的に変化する特性を持つ流れの状態である。乱流は運動量の拡散が小さく伝達量が大きく、流れの圧力や速度が時間や空間と共に急激に変化する。[[ファン・フェルナンデス諸島]]のロビンソン・クルーソー島付近の衛星写真(右)はその一例である。

==== 境界層 ====
{{Main|境界層}}
気体粒子は気体中を移動する物体の表面にくっつく性質を持つ。そのような粒子の層を'''境界層'''と呼ぶ。物体表面に粒子がくっつくのは基本的には摩擦が原因である。すると、物体と境界層を合わせた部分が一緒に気体内を移動する形状を形成する。境界層を物体表面からはがすには、形状を変化させ流れの経路を完全に変えればよい。古典的例として、航空機の[[失速]]は境界層の剥離が原因である。右上のデルタ翼の写真では、右から左に気体が流れるのに伴って境界層が翼の先端に沿って厚くなっていく様子が見られる。

==== 最大エントロピー原理 ====
{{Main|最大エントロピー原理}}
自由度が無限大に近づくにつれて、系は極めて多様性が高い「巨視的状態 (macrostate)」となる。例えば、冷凍した金属棒の表面の温度を観測し、サーモグラフィ映像で表面の温度分布を見てみればよい。ある時点の温度分布観測によって「微視的状態 (microstate)」が得られ、時間をおいて何度も温度分布を観測することで一連の微視的状態が得られる。この微視的状態の履歴から、それらを全て1つの分類に属する巨視的状態を選ぶことが可能である。

==== 熱力学的平衡 ====
{{Main|熱力学的平衡}}
ある系でエネルギー伝達がなくなるとき、その状態を[[熱力学的平衡]]と呼ぶ。通常、この状態では系とその周辺は同じ温度となっていることを前提としており、[[熱]]の移動が起きない。さらに外部からの力も釣り合いがとれており(体積が変化しない)、系内の全ての化学反応も完了している。温度、外力、化学反応というこれらの条件がどういう順番で成立するかは系によって様々である。氷を入れた容器を室温の中に置くと氷が融けきるのに数時間かかるが、半導体においてデバイスにかかる電源をON/OFFすることで発生する熱伝達は数ナノ秒のオーダーで変化するかもしれない。

== 語源 ==
ガス (gas) という言葉は[[ヤン・ファン・ヘルモント]]が考案したもので、"chaos"([[カオス]]) の[[オランダ語]]読みを改めて文字にしたものと見られている<ref>[http://www.etymonline.com/index.php?term=Gas Online Etymology Dictionary]</ref>。

== 脚注・出典 ==
{{Reflist}}

== 参考文献 ==
* {{Citation |last=Anderson |first=John D. |title=Fundamentals of Aerodynamics |year=1984 |isbn=0070016569 |publisher=McGraw-Hill Higher Education}}
* {{Citation |last=John |first=James |title= Gas Dynamics|year=1984|publisher=Allyn and Bacon|isbn=0-205-08014-6}}
* {{Citation |last=McPherson |first=William |last2=Henderson |first2=William |title=An Elementary study of chemistry|year=1917}}
* Philip Hill and Carl Peterson. ''Mechanics and Thermodynamics of Propulsion: Second Edition'' Addison-Wesley, 1992. ISBN 0-201-14659-2

== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
{{Wiktionary|気体}}
{{Wiktionary|気体}}
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* [[相転移]] - [[融点]] - [[沸点]] - [[臨界点]] - [[昇華 (化学)|昇華]]
* [[相転移]] - [[融点]] - [[沸点]] - [[臨界点]] - [[昇華 (化学)|昇華]]
* [[気化熱]] - [[融解熱]]
* [[気化熱]] - [[融解熱]]
* [[ヘンリー・キャヴェンディッシュ]] - [[アントワーヌ・ラヴォアジエ]] - [[ジョゼフ・プリーストリー]] - [[ウィリアム・ラムゼー]]
* [[化学]] - [[物理学]] - [[物性物理]] - [[流体力学]]
* [[炎色反応]] - [[電気分解]]
* [[アルゴン]] - [[二酸化炭素]] - [[塩素]] - [[窒素]] - [[酸素]]
* [[大気圏]] - [[対流圏]] - [[気象]] - [[風]] - [[雲]] - [[雷]]
* [[鞴]] - [[凧]] - [[パラシュート]] - [[セーリング]] - [[風車]] - [[空気調和設備]] - [[風力原動機]] - [[タービン]] - [[照明]] - [[調理]]
* [[呼吸]] - [[肺]]
* [[悪臭]]
* [[火山ガス]]

== 外部リンク ==
* National Aeronautics and Space Administration (NASA). [http://www.grc.nasa.gov/WWW/K-12/airplane/Animation/frglab.html Animated Gas Lab]. Accessed February, 2008.
* Georgia State University. [http://hyperphysics.phy-astr.gsu.edu/hbase/hframe.html HyperPhysics]. Accessed February, 2008.
* Antony Lewis [http://www.wordwebonline.com/en/GASEOUSSTATE WordWeb]. Accessed February, 2008.
* Northwestern Michigan College [http://www.nmc.edu/~bberthelsen/c9n03.htm The Gaseous State]. Accessed February, 2008.


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2010年11月27日 (土) 12:59時点における版

気体(きたい、Gas)は物質三態の一つ[1]気相である物質の状態を指す。絶対零度付近では、物質は固体として存在する。そこに熱を加えると融点で融解(相転移)して液体となり、沸点で気体となる。さらに熱を十分加えるとプラズマとなって気体内の原子から電子が高エネルギー状態となって離れた状態になる。純粋な気体を構成する粒子は、原子の場合(ネオンなどの希ガス)、同一種類の原子から構成される元素分子の場合(酸素など)、複数種類の原子から成る化合物分子の場合(二酸化炭素など)がある。混合気体は複数の純粋な気体が混じりあったもので、空気もそれにあたる。液体や固体との大きな違いは、気体を構成する粒子間の距離が大きい点である。従って気体は非常に希薄であり、色のない気体は人間の目には見えない。気体粒子の相互作用は電場重力場のある状態では無視できる程度であり、右図のようにそれぞれの粒子が一定の速度ベクトルを持つ。

気相は液相とプラズマ相の中間にあり[2]、プラズマへと転移する温度が気体の存在する上限温度となる。極低温で存在する量子縮退気体[3]が近年注目を集めている[4]。高密度の原子気体を極低温に冷却したものは、ボース気体またはフェルミ気体と呼ばれる統計的振る舞いを示す。詳しくはボース=アインシュタイン凝縮を参照。

気相の粒子(原子分子イオン)は、電場などがない限り自由に運動する。

概要

液体とともに、流体であるが、分子の熱運動が分子間力を上回って、液体の状態と比べ、より自由に原子または分子が自由に動ける状態。固体、液体より粒子間の距離がはるかに大きいのが普通で、そのため密度は最も小さくなる。また、圧力や温度による体積の変化が激しい。構成粒子間でのやりとりが少ないので、熱の伝導は低い。

気体状態では、原子、分子は自由かつランダムに動く熱運動をしている。また、それを構成する粒子間の引力(分子間力)は働かない。さらにその粒子の大きさ、質量共に気体の体積に比べてはるかに小さい。このために気体の状態では物質の種類を問わずに共通の性質が表れやすい。たとえば同一温度、同一気圧の下では、気体の種類を問わず同一体積中に含まれる分子数は一定である。これをアボガドロの法則という。気体分子の大きさと質量を存在しないものとした仮想の気体のモデル理想気体といい、気体の基本的性質を示すために扱われる。

臨界温度以下の気相のことを蒸気と呼ぶ。臨界温度以下で気体を圧縮していくと液体へ相転移(一次転移)する。また、ある臨界圧力以下の圧力が物質の飽和蒸気圧と等しくなる点が沸点である。

気体の単離

我々は空気中で生活しているため、化学の分野など、気体を成分に分けて扱おうとすると、周囲の空気と混じってしまいやすいため、特別な工夫を必要とする。

利用

流体なので形を定めることが出来ない。しかし、固体の容器に閉じこめることで利用する例もある。柔らかな素材に閉じこめれば、体積が弾性的に変形するので、衝撃吸収の可能な素材となる。また熱伝導度が低いため、断熱の効果もある。発泡スチロールでは多数の細かい泡のような形で気体を含んでおり、これらの性質を強く示す。

物理的性質

が漂う様子から、周囲の気体の動きがある程度わかる。

ほとんどの気体は人間の知覚では観察が難しいため、圧力・体積・温度といった物理的性質と粒子数(物質量)といった微視的性質で表す。これら4つの特性を様々な気体の様々な設定で計測したのが、ロバート・ボイルジャック・シャルルジョン・ドルトンジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサックアメデオ・アヴォガドロといった人々である。彼らの研究によって最終的にそれらの特性間の数学的関係が明らかとなり、理想気体の状態方程式となって結実した。

気体粒子は互いに十分離れているため、液体や固体ほど隣接する粒子に影響を及ぼすことはない。そのような影響(分子間力)は気体粒子の持つ電荷に由来する。同じ電荷は反発しあい、逆の電荷は引き付け合う。イオンでできた気体には恒久的な電荷があり、化合物の気体には極性共有結合がある。極性共有結合の場合、化合物全体としては中性であっても、分子内に電荷の集中する部分が生じる。分子間の共有結合には一時的な電荷もあり、それをファンデルワールス力と呼ぶ。このような分子間力の相互作用はそれぞれの気体を構成する物質の物理特性によって異なる[5][6]。例えば、イオン結合の化合物と共有結合の化合物の「沸点」を比べるとその違いが明らかとなる[7]。右の写真のようにただよう煙は、低圧の気体がどのように振る舞っているかという洞察を与えてくれる。

気体は他の状態の物質と比較すると、密度粘度が極めて低い。気体の粒子の運動は圧力温度に影響される。粒子間の距離と速度の変化は圧縮率で表される。その粒子の距離と速度は屈折率で表される気体の光学特性にも影響する。気体は容器全体に一様に分布するように拡散する。

巨視的性質

スペースシャトルの大気圏突入のシミュレーション画像

気体を観察する場合、基準となる範囲や長さを指定するのが一般的である。より大きなスケールは、気体の巨視的観点に対応する。その場合、体積の面でも十分な量の気体粒子を標本化できる大きさでなければならない。このような大きさで統計的分析を行うことで、その範囲内のあらゆる気体粒子の平均的動き(すなわち、速度、温度、圧力)を観測できる。対照的に、微視的または粒子単位の観察を行う方法もある。

巨視的観点で観測される気体の性質には、気体粒子そのものに由来するもの(速度、圧力、温度)とそれらの環境によるもの(体積)がある。例えばロバート・ボイルは一時期、気体化学を研究していた。彼は気体の圧力と体積の関係について巨視的観点で実験を行った。その実験でJの字形の試験管のようなマノメーターを使い、その管の一端に一定粒子数で一定温度の不活性気体を入れ、さらに水銀を入れて密封した。そして、水銀の量を増やして気体にかかる圧力を増すと気体の体積が小さくなることを見出し、数学的には反比例の関係にあることを発見した。つまり、体積と圧力の積が常に一定になることをつきとめた。ボイルは様々な気体でこれが成り立つことを確かめ、ボイルの法則 (PV=k) が生まれた。

気体物性の分析に使用する様々な数学的ツールがある。理想流体についてはオイラー方程式があるが、極限条件の気体では数学的ツールもやや複雑化し、粘性の効果を完全に考慮したナビエ-ストークス方程式がなどが使われる[8]。このような方程式は対象とする気体の特定の条件を満たすよう仕立てられている。ボイルの実験装置は代数学を使って分析結果を得ることを可能にした。ボイルが結果を得られたのは、彼が扱っていた気体が比較的低圧で「理想」的な振る舞いをする状況だったからである。そういった理想的関係は、一般的な条件の計算には十分である。今日の最先端テクノロジーにおいては、気体が「理想」的な振る舞いをしない条件下での実験を可能とする各種装置が設計されている。統計学多変量解析といった数学が、宇宙船の大気圏再突入のような複雑な状況の解を求めることを可能にしている。例えば、図にあるようにスペースシャトルの大気圏再突入の際の負荷が材料や構造の限界を超えていないことを確認する分析などがある。そのような状況では、気体は理想的には振る舞わない。

圧力

方程式にて圧力を表す記号として "p" または "P" を使う。SI単位はパスカルである。

気体が何らかの容器に入っているとき、圧力とは気体が容器表面に及ぼす平均的な力である。その容積の中で気体粒子は直線的に運動していて、容器に衝突して力を及ぼしていると考えれば理解しやすい。その衝突の際に気体粒子から容器に与えられた力の分だけ粒子の運動量が変化する。古典力学では、運動量は質量と速度の積と定義されている[9]。衝突に際して、粒子の速度の壁と垂直な成分だけが変化する。壁に平行な方向に進む粒子の運動量は変化しない。したがって、粒子の衝突によって容器表面にかかる力の平均は、気体粒子の衝突による線運動量の変化の平均に他ならない。より正確には、粒子が容器表面に衝突した際の力の垂直成分の合計を表面積で割った値が圧力となる。

温度

液体窒素に触れると風船がしぼむ様子(動画)

方程式で温度を表す記号として T を使う。SI単位はケルビンである。

気体粒子の速度は、その熱力学温度に比例する。右の動画は、風船内に捕らわれた気体粒子が極低温の窒素に触れることでその速度が遅くなり、風船が縮む様子を示している。任意の物理系の温度はその系(気体)を構成する粒子(原子、分子)の運動と関連している[10]統計力学では、温度とは粒子内に蓄えられた運動エネルギーの平均を示す測度である。このエネルギーを蓄える方法は、粒子自身の自由度エネルギーモード)で表される。気体粒子が運動エネルギーを蓄えるのは(吸熱過程)、衝突によって直線運動、回転運動、振動といった運動エネルギーを得たときである。対照的に固体内の分子に熱を加えても振動モードでしかエネルギーを蓄えられず、直線運動や回転運動は結晶構造によって妨げられる。熱せられた気体粒子は粒子同士が一定の割合で衝突することで速度が広範囲に変化しうる。速度の範囲はマクスウェル分布で表される。なお、この分布を想定するということは、その系が熱力学的平衡付近の理想気体だと仮定することを暗に示している。

比体積

膨張ガスは比体積の変化に関係する。

方程式で比体積を表す記号として "v" を使う。SI単位は立方メートル毎キログラムである。方程式で体積を表す記号として "V" を使う。SI単位は立方メートルである。

熱力学解析においては、示強属性と示量属性を扱うのが一般的である。気体の量に依存する属性(質量や体積)を示量属性、気体の量に依存しない属性を示強属性と呼ぶ。比体積は単位質量の気体が占める体積の比であり、あらゆる平衡系の気体にわたって同一であるため示強属性の例である[11]プロトアクチニウムの原子1000個がある温度と圧力で占める体積は、他の任意の原子1000個が同じ温度と圧力で占める体積と同じである。気体に比べて圧縮性のない固体のを思い浮かべればわかりやすい。右の写真にあるような射出座席はロケットで推進するが、ロケットは質量を保持しつつ膨張するガスを噴射しており、この際に比体積が増加する。気体はそれを取り囲むどのような容器であっても全体を満たす性質があり、体積は示量属性である。

密度

方程式で密度を表す記号として ρ(ロー)を使う。SI単位はキログラム毎立方メートルである。これは、比体積の逆数である。

気体粒子は容器内を自由に動けるため、その質量は一般に密度によって特徴付けられる。密度は質量を体積で割った値であり、比体積の逆数である。気体の圧力または体積の一方を一定としたとき、密度は広範囲にわたって変化する。この密度の変化の度合いを圧縮率と呼ぶ。圧力や温度と同様、密度は気体の状態変数の1つであり、任意の過程における密度の変化は熱力学の法則に従う。静止気体においては、密度は容器全体で均一である。つまり密度はスカラー量であり、大きさはあるが方向のない単純な物理量である。気体分子運動論によれば、気体の質量が一定のとき密度は容器の大きさすなわち体積に反比例する。すなわち、質量が一定であれば密度の減少とともに体積が増大する。

微視的性質

極めて高倍率の顕微鏡で気体を観察できるとすれば、様々な粒子(分子、原子、イオン、電子など)が決まった形や塊を形成せずに無作為に動いている様子が観察できるだろう。そういった中性の気体粒子が運動の向きを変えるのは、別の粒子と衝突したときか容器の壁と衝突したときだけである。そういった衝突が完全に弾性的だと仮定すると、その気体は理想気体だということになる。このような粒子レベルの微視的観点は気体分子運動論で扱われる。

気体分子運動論

気体分子運動論は、気体の巨視的性質を分子構成と分子運動によって説明する。運動量運動エネルギーの定義を出発点として[12]運動量保存の法則と立方体の幾何学的関係を使い、系の巨視的性質である温度と圧力を分子ごとの運動エネルギーという微視的属性に対応付ける。この理論によって温度と圧力という2つの属性の平均値が得られる。

この理論はまた、気体系が変化に対してどう反応するかを説明している。例えば、理論上完全に静止した気体が絶対零度から熱せられるとき、その内部エネルギー(温度)が増大する。気体を熱すると、その粒子が速度を増し、温度が上昇する。高温になると粒子速度が上がって単位時間あたりに容器内で発生する粒子の衝突が増える。単位時間あたりの容器表面での粒子衝突回数が増えると、それに比例して圧力も上昇する。

ブラウン運動

ブラウン運動は、流体内に浮遊する粒子の無作為運動を説明する数理モデルである。気体の拡散は気体分子運動論で説明することもできるし、素粒子物理学でも説明できる。

気体の個々の粒子(原子や分子)を観察するテクノロジーには今のところ限界があり、それらが実際にどのように動いているのかについて理論的計算でしか示せないが、その動きはブラウン運動とは異なる。ブラウン運動では気体分子が問題の粒子と何度も衝突することで頻繁に粒子の向きが変わる。この粒子は一般に原子数百万個から数十億個の大きさであるために衝突しやすく頻繁に向きを変えるのであって、気体分子そのものはそれほど頻繁に衝突しないと考えられる。

分子間力

気体が圧縮されると、このような分子間力がより強く働くようになる。

粒子間には引力と斥力が働いており、それが気体の力学に影響を及ぼす。物理化学ではこの力をファンデルワールス力と呼ぶ。この力は粘度流量といった気体の物性を決定する重要な因子となる。ある条件下でそれらの力を無視することで、実在気体理想気体のように扱うことができる。そのような仮定の下では理想気体の状態方程式を使い、解に至る経路を大幅に単純化できる。

そういった気体の関係を正しく把握するには、気体分子運動論を再度考慮する必要がある。気体粒子が電荷や分子間力を持つとき、粒子同士の距離が近いほど互いに影響を及ぼしやすくなる(図のような水素結合もその一例である)。電荷がない場合、気体粒子間の距離が極めて近くなれば、粒子同士の衝突が避けられなくなる。気体粒子間の衝突が増大する別の場合として、体積が一定の気体を熱した場合があり、粒子の速度が高速になる。つまり理想気体の状態方程式は、圧縮によって極めて高圧になった状態や高温によってイオン化した状態では適切な結果を示せない。このとき除外された条件では、気体系内でのエネルギー伝達が発生することに注意が必要である。エネルギー伝達がないことは理想条件などと飛ばれ、その場合エネルギー伝達は系の境界でしか発生しない。実在気体は粒子間の衝突や分子間力を一部考慮する。粒子間の衝突が統計的に無視できる程度なら、理想気体の状態方程式の結果は妥当といえる。一方、気体を極限まで圧縮すると液体のように振る舞い、流体力学で扱うのが妥当となる。

単純化モデル

気体の状態方程式は、気体の状態特性を大まかに表し予測するための数理モデルである。あらゆる気体のあらゆる条件下の振る舞いを正確に予測できる単一の状態方程式は今のところ存在しない。従って、特定の温度や圧力の範囲での気体のために多数の状態方程式が生み出されてきた。最もよく論じられている気体のモデルは「完全気体」、「理想気体」、「実在気体」である。これらのモデルは、与えられた熱力学系の分析を容易にするために、それぞれ固有の仮定群を有している[13]。なお、完全気体よりも理想気体、理想気体よりも実在気体の方が対応可能な温度の範囲が広い。右の写真にあるライト兄弟の1903年の初飛行において、気体の状態方程式が設計に重要な役割を果たした。最近では、2009年に初飛行した太陽光発電飛行機ソーラー・インパルスや、商用機としては初めて複合材料を使ったボーイング787も設計に気体の状態方程式を活用している。

ライト兄弟の初飛行

完全気体

完全気体は、分子同士の距離が十分大きいため分子間力が無視でき、かつ分子同士の衝突は弾性的だと仮定したものである。完全気体の状態方程式では、記号 nモルあたりの物質を構成する粒子数、すなわち物理量である。それ以外の記号は全て上述してきたものが使われる。この関係式は絶対温度と絶対圧力を使ったときのみ成り立つ。

  • 化学の場合: PV = nRT
  • 気体力学の場合: P = ρRT

気体定数 R は、単位が両者で異なる。化学の場合は n に対応した単位になっており、気体力学では密度 ρ に対応した単位になっている。

完全気体はさらに2種類に分類されるが、両者を区別しない教科書も多い。以下、その2つを簡単に説明する。

熱量的完全

熱量的 (calorically) 完全気体は、温度の観点からは最も制限がきついモデルであり[14]比熱容量が一定という条件が加えられている(1000K未満では多くの気体でほぼ成り立つ)。

u = CvT, h = CpT

ここで u内部エネルギーhエンタルピー である。C比熱容量であり、Cv は定積比熱、Cp は定圧比熱である。

温度の観点からは最も制限がきついが、制限内では十分正確な予測が可能である。軸流式圧縮機の挙動を Cp を可変として計算した場合と Cp を一定として計算した場合では、その差は非常に小さい。実際、軸流式圧縮機の動作では他の要因が支配的に働き、Cp が可変かどうかよりも最終的な計算結果に与える影響が大きい。それは例えば、圧縮機の先端の隙間の大きさ、境界層、磨耗による損失などである。

熱的完全

熱的 (thermally) 完全気体は、熱力学的平衡状態にあり、化学反応を起こしておらず(化学的平衡)、次の式が成り立つと仮定したモデルである。

CpCv = R

この式は比熱容量が温度によって変化したとしても成り立ちうる。さらにもう1つの条件として、内部エネルギーエンタルピー比熱容量は温度によってのみ変化する(温度の関数)と仮定する。

u = u(T), h = h(T), du = CvdT, dh = CpdT

例えばタービンでは温度はそれほど急激に変動しないため、熱的完全気体モデルが十分活用可能である。比熱容量は変動するが温度に対応して変化するだけであり、分子同士の相互作用は考慮しない[15]

理想気体

理想気体は完全気体を単純化したもので、圧縮率因子 Z が常に1であると仮定する。圧縮率因子を1と仮定することで理想気体の状態方程式が成り立つ。

この近似モデルは工学分野に適しているが、さらに大まかな解の範囲を知るためにもっと単純化したモデルを使うこともある。理想気体の近似モデルが有効な例として、ジェットエンジンの燃焼室の内部状態の計算がある[16]。分子の解離素反応による排出ガスの計算にも適用可能である。

実在気体

1990年4月21日、アラスカリダウト山の噴火。実在気体が熱力学的平衡にないことを示す例。

実在気体は、以下のようなことを考慮することで気体の振る舞いをさらに広範囲にわたって説明するモデルである。

  • 圧縮率因子 Z は 1 以外の値に変化しうる。
  • 比熱容量は温度によって変化する。
  • ファンデルワールス力
  • 非平衡熱力学的効果
  • 様々な構成の分子の解離素反応を考慮する。

これらを考慮すると問題の解法が複雑化する。気体の密度が圧力に比例して大きくなると分子間力も気体の挙動に影響を与えるようになり、理想気体モデルでは妥当な結果が得られなくなる。内燃機関の温度の上限あたり(1300K)では、複雑な燃料の分子が振動や回転の形で内部エネルギーを蓄え、その比熱容量は単純な二原子分子や希ガスのそれとは大きく異なる値になる。さらにその2倍の温度になると、電子の励起と気体粒子の解離が起きはじめ、粒子数が増えることで圧力にも影響が出る(気体からプラズマへの相転移)[17]。最終的にあらゆる熱力学的過程は、ある確率分布に従った速度をもつ一様な気体として解釈される。非平衡状態を扱うということは、解を求められるような形で流れの場を扱うことを意味している。理想気体の法則を拡張しようとする最初の試みの1つは、状態方程式を pVn = 定数 と変形し、n比熱比 γ などに依存した変数とした。

多くの場合、実在気体モデルを使った分析は過大である。実在気体モデルが分析に役立った例としては、極めて高温高圧になるスペースシャトル大気圏再突入や、1990年に噴火したリダウト山でのガス発生のシミュレーションなどがある。

気体の法則

気体についての法則は、それが理想気体であるか実在気体であるかによって分けられる。

  • 理想気体
  1. ボイルの法則

温度一定ではある量の気体の体積(V)が圧力(P)に反比例する。

PV = 一定

ある温度でVに対してPをプロットすると等温曲線として示された双曲線が現れる。ボイルの法則は体積が変化する際の気体の圧力の予測あるいは逆の場合に使用される。PもVも状態量であるから圧力と体積の初期値をp1およびv1、最終値をP2およびV2とすると これは気体の物質量と温度が一定の場合に成り立つ。

  1. シャルルの法則(ゲイリュサックの法則)

一定圧力下では、ある量の気体の体積は温度に比例する。1℃上昇するごとに、0℃のときの体積のずつ体積が増加する。0℃、t【℃】のときの体積をそれぞれとすると

ある圧力では、温度-体積のプロットは直線を与える。上式を見てわかるように、この直線を体積0まで延長すると、-273.15度で温度軸と交わることがわかる。圧力を変えれば、体積ー温度プロットについて別の直線を得るが、どの直線も体積0の温度軸との交点はまったく同じ-273.15度になる[18]。 この現象の重要性ゆえに、-273.15度は絶対零度と名づけられ、絶対温度を開始点とする温度の目盛である絶対温度目盛が設定された[19]。現在ではケルビン温度目盛といわれ、単位をK(ケルビン)とされる。1Kは大きさとしては1℃に等しい。ケルビン温度目盛とセルシウス目盛の唯一の違いが0点位置が移動していることである。二つの目盛の関係は次式のとおりである。

二つの目盛を関係付ける項として、273.15の代わりに273を使うことが多い。慣習的に、絶対(ケルビン)温度を記述する場合にはTを、セルシウス温度を指す場合にはtを用いる。

絶対零度の理論的重要性は絶対零度のページで詳述するが、気体の法則の問題や熱力学の計算においては必ずセルシウス温度ではなく絶対温度を用いることが決められている。

一定圧力下では、ある量の気体の体積は絶対温度に正比例する。

一定 *1

シャルルの法則を別の形で表すと、一定体積下のある量の気体の圧力と温度との間を関係付けることができる。

一定 *2

*1および*2によって、次式のように、状態1および状態2の気体の体積ー温度と圧力ー温度の値を関係付けることができる。

n,P = 一定のとき、
n,v = 一定のとき、

ボイルの法則

ボイルの実験装置

ボイルの法則は気体の状態を表した最初の公式である。1662年、ロバート・ボイルは一端が閉じてあるJの字形の試験官を使った一連の実験を行った。一定量の空気を閉じてある短いほうの端に詰め、水銀で蓋をする。閉じ込めた気体の体積を注意深く計測し、さらに水銀を追加する。気体の圧力は水銀の両端の水位の差から計測できる。このような実験からボイルは「気体の体積は圧力と反比例する」と結論付けた[20]。ボイルの実験装置の図には、ボイルが気体の研究に使った珍しい器具が描かれている。

シャルルの法則

1787年、フランスの物理学者で気球で知られるジャック・シャルルは、酸素、窒素、水素、二酸化炭素、空気といった気体が80ケルビンの温度差で体積が等しく膨張することを発見した。

1802年、ジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサックはより広範囲の実験を行って同様の結果を得、気体の体積と温度に正比例の関係があることを発表した。ゲイ=リュサックはシャルルの業績を引用し、その法則にシャルルの名を付けた[21]。なお、その前年にジョン・ドルトン分圧に関するドルトンの法則を発表している。

アボガドロの法則

1811年、アメデオ・アボガドロは体積の等しい純粋な気体は同じ個数の粒子を含んでいることを発見した。その理論はしばらく受け入れられなかったが、1858年にイタリアの化学者スタニズラオ・カニッツァーロがアボガドロの理論を使って理想的でない例外状態を説明したことから受け入れられるようになっていった。アボガドロの法則の発見から約1世紀後、12グラムの 12C を構成する原子数 (6.022×1023 mol−1) をアボガドロ定数と呼ぶようになった。この量の気体はある温度と圧力の下で22.40リットルの体積を占め、これをモル体積と呼ぶ。

ドルトンの法則

ドルトンの記法

1801年、ジョン・ドルトンは理想気体の分圧に関するドルトンの法則を発表した。すなわち、混合気体の圧力はそれを構成する個々の気体の圧力の総和だという法則である。n 種の気体があるとしたとき、この法則は次の式で表される。

Pressuretotal = Pressure1 + Pressure2 + ... + Pressuren

右の図はドルトンが実験を記録する際に使った記号群を示している。ドルトンの論文には不活性の「弾性流体」(気体)の混合について次のような記述がある[22]

  • 液体とは異なり、重い気体であっても混合の際に下に溜まるということがない。
  • 気体の粒子の違いは最終的な圧力に対して全く影響しない(個々の粒子の大きさや質量は無視できるかのように振る舞う)。

その他

圧縮率

空気の圧縮率因子

熱力学ではこの因子 (Z) を使って理想気体の方程式を圧縮率を考慮した実在気体のそれに変換する。この因子は現実の比体積と理想気体の比体積の比で表される。「ファッジ係数」の一種ともされ、理想気体の法則を実際の設計などに応用できる範囲を広げる役目を持つ。通常(常温、常圧)、Z の値はほぼ1である。z線図は、極低温の範囲でのZの変化を示したグラフである。

レイノルズ数

流体力学では、レイノルズ数は慣性力 (vsρ) と粘性力 (μ/L) の比である。流体力学における重要な無次元数の1つであり、他の無次元数と組み合わせて使い、力学的類似性を決定する基準を提供する。そのため、設計の際の模型での結果と実物大の実際の条件との関係をレイノルズ数だけで表すことができる。また、流れの特性値としても使うことができる。

粘度

風洞でのデルタ翼の実験。翼の先端で気体が圧縮されることで屈折率が変化するため、このような影の形になる。

粘度は物性の一種であり、隣接する分子が互いにくっつきあう程度を表す。固体は分子間の粘性が極めて強いため、せん断力に耐えることができる。液体は同様に力を加えられたとき常に流動する。気体の粘度は液体よりさらに低い。気体が全く粘度も持たない場合、翼の表面に全く固着することがなく、境界層を形成できないだろう。デルタ翼の研究においてシュリーレン写真を使い、気体粒子が互いにくっつきあう現象があることが確認された。

乱流

ファン・フェルナンデス諸島付近を衛星から撮影した雲のパターン(1999年9月15日)。「カルマン渦」と呼ばれる独特の乱流パターンとなっている。

流体力学において乱流とは、無秩序かつ確率的に変化する特性を持つ流れの状態である。乱流は運動量の拡散が小さく伝達量が大きく、流れの圧力や速度が時間や空間と共に急激に変化する。ファン・フェルナンデス諸島のロビンソン・クルーソー島付近の衛星写真(右)はその一例である。

境界層

気体粒子は気体中を移動する物体の表面にくっつく性質を持つ。そのような粒子の層を境界層と呼ぶ。物体表面に粒子がくっつくのは基本的には摩擦が原因である。すると、物体と境界層を合わせた部分が一緒に気体内を移動する形状を形成する。境界層を物体表面からはがすには、形状を変化させ流れの経路を完全に変えればよい。古典的例として、航空機の失速は境界層の剥離が原因である。右上のデルタ翼の写真では、右から左に気体が流れるのに伴って境界層が翼の先端に沿って厚くなっていく様子が見られる。

最大エントロピー原理

自由度が無限大に近づくにつれて、系は極めて多様性が高い「巨視的状態 (macrostate)」となる。例えば、冷凍した金属棒の表面の温度を観測し、サーモグラフィ映像で表面の温度分布を見てみればよい。ある時点の温度分布観測によって「微視的状態 (microstate)」が得られ、時間をおいて何度も温度分布を観測することで一連の微視的状態が得られる。この微視的状態の履歴から、それらを全て1つの分類に属する巨視的状態を選ぶことが可能である。

熱力学的平衡

ある系でエネルギー伝達がなくなるとき、その状態を熱力学的平衡と呼ぶ。通常、この状態では系とその周辺は同じ温度となっていることを前提としており、の移動が起きない。さらに外部からの力も釣り合いがとれており(体積が変化しない)、系内の全ての化学反応も完了している。温度、外力、化学反応というこれらの条件がどういう順番で成立するかは系によって様々である。氷を入れた容器を室温の中に置くと氷が融けきるのに数時間かかるが、半導体においてデバイスにかかる電源をON/OFFすることで発生する熱伝達は数ナノ秒のオーダーで変化するかもしれない。

語源

ガス (gas) という言葉はヤン・ファン・ヘルモントが考案したもので、"chaos"(カオス) のオランダ語読みを改めて文字にしたものと見られている[23]

脚注・出典

  1. ^ McPherson & Henderson 1917, pp. 104–10
  2. ^ American Chemical Society, Faraday Society, Chemical Society (Great Britain)'s The Journal of physical chemistry, Volume 11 (Cornell – 1907), page 137.
  3. ^ Tanya Zelevinsky (2009). “84Sr—just right for forming a Bose-Einstein condensate”. Physics 2: 94. http://physics.aps.org/articles/v2/94. 
  4. ^ Quantum Gas Microscope Offers Glimpse Of Quirky Ultracold Atoms ScienceDaily 4 November 2009 - ボース=アインシュタイン凝縮についてのリンクを提供
  5. ^ The Journal of physical chemistry, Volume 11 (Cornell – 1907) pp. 164–5.
  6. ^ このような物理特性の例外として、マイケル・ファラデーは1833年、氷に電気伝導性がないことを発見した。詳しくは、John Tyndall's Faraday as a Discoverer (1868), p.45
  7. ^ John S. Hutchinson (2008). Concept Development Studies in Chemistry. p. 67. http://cnx.org/content/col10264/latest/ 
  8. ^ Anderson 1984, p. 501
  9. ^ J. Clerk Maxwell (1904). Theory of Heat. Mineola: Dover Publications. pp. 319–20. ISBN 0486417352 
  10. ^ See pages 137–8 of Society (Cornell – 1907).
  11. ^ Kenneth Wark (1977). Thermodynamics (3 ed.). McGraw-Hill. p. 12. ISBN 0-07-068280-1 
  12. ^ (McPherson & Henderson 1917, pp. 60–61)
  13. ^ Anderson 1984, pp. 289–291
  14. ^ Anderson 1984, p. 291
  15. ^ このときの温度の上限は 1500 K とされている。詳しくは(John 1984, p. 256)
  16. ^ John 1984, p. 205
  17. ^ John 1984, pp. 247–56
  18. ^ 現実的には、気体はすべて低温では凝縮して液体になるため、限定された温度範囲でしか気体の体積を測定することができない
  19. ^ 1848年にスコットランドの数学者、物理学者William Thomson
  20. ^ McPherson & Henderson 1917, pp. 52–55
  21. ^ McPherson & Henderson 1917, pp. 55–60
  22. ^ John P. Millington (1906). John Dalton. pp. 72, 77–78 
  23. ^ Online Etymology Dictionary

参考文献

  • Anderson, John D. (1984), Fundamentals of Aerodynamics, McGraw-Hill Higher Education, ISBN 0070016569 
  • John, James (1984), Gas Dynamics, Allyn and Bacon, ISBN 0-205-08014-6 
  • McPherson, William; Henderson, William (1917), An Elementary study of chemistry 
  • Philip Hill and Carl Peterson. Mechanics and Thermodynamics of Propulsion: Second Edition Addison-Wesley, 1992. ISBN 0-201-14659-2

関連項目

外部リンク

  • National Aeronautics and Space Administration (NASA). Animated Gas Lab. Accessed February, 2008.
  • Georgia State University. HyperPhysics. Accessed February, 2008.
  • Antony Lewis WordWeb. Accessed February, 2008.
  • Northwestern Michigan College The Gaseous State. Accessed February, 2008.