湯檜曽駅

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湯檜曽駅*
JR Joetsu Line Yubiso Station building.jpg
駅舎(2021年7月)
ゆびそ
Yubiso
水上 (3.6 km)
(6.6 km) 土合
所在地 群馬県利根郡みなかみ町湯檜曽18-2
北緯36度48分9.9秒 東経138度59分10.4秒 / 北緯36.802750度 東経138.986222度 / 36.802750; 138.986222 (湯檜曽駅*)座標: 北緯36度48分9.9秒 東経138度59分10.4秒 / 北緯36.802750度 東経138.986222度 / 36.802750; 138.986222 (湯檜曽駅*)
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 上越線
キロ程 62.7 km(高崎起点)
電報略号 ユヒ
駅構造 地上駅
ホーム 計2面2線(上下別)
開業年月日 1931年昭和6年)9月1日
備考 無人駅
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湯檜曽駅(ゆびそえき)は、群馬県利根郡みなかみ町湯檜曽にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)上越線である。本節では現駅の所在地付近にかつて存在した大穴仮乗降場(おおあなかりじょうこうじょう)、新湯檜曽信号場(しんゆびそしんごうじょう)、旧駅跡地に設置されていた北湯檜曽信号場(きたゆびそしんごうじょう)についても述べる。

歴史[編集]

  • 1931年昭和6年)9月1日:上越線水上 - 越後湯沢間開通と共に開業[1]
    • 当時の駅は施設キロで大宮起点140.73 km地点[2][注釈 1]、第2湯檜曽トンネルと第3湯檜曽トンネルの間(現在の上り線ループの入口手前)にあった。
    • もともと閉塞駅としての意味合いが強かったことと、現駅付近の勾配の関係からこの場所となったとされている[1]
  • 1949年(昭和24年)12月20日:現駅付近に大穴仮乗降場を新設[1]。冬季スキー客向けに12月20日 - 3月10日の運営。
  • 1963年(昭和38年)
    • 3月10日:上越線複線化工事に伴う当駅の移転のため、大穴仮乗降場を廃止[1]
    • 12月5日:現駅舎付近に新湯檜曽信号場を新設[1]。水上駅 - 新湯檜曾信号場間を複線化[3]
  • 1967年(昭和42年)
    • 7月:駅舎が竣工。
    • 9月28日新清水トンネル開通により、次のように変更[1][4]
      • 新湯檜曽信号場 - 土樽駅間を複線化。
      • 新湯檜曽信号場を廃止し当地に湯檜曽駅を移転。
    • 10月1日:旧湯檜曽駅に北湯檜曽信号場を新設[1]
  • 1984年(昭和59年)11月8日:北湯檜曽信号場を廃止[1]
  • 1985年(昭和60年)3月14日:無人化。その後、特別改札で駅業務を継続。
  • 1987年(昭和62年)4月1日国鉄分割民営化に伴い、JR東日本の駅となる。
  • 1998年平成10年)8月29日:集中豪雨による土砂崩れで上り線構内が被災。復旧作業のため約1ヶ月に渡り、水上 - 土樽間で下り線を使用した単線運行を実施。
  • 2003年(平成15年)12月1日:管理駅である水上駅からの駅員派遣廃止、無人化。
  • 2009年(平成21年)10月:旧駅舎解体。
  • 2010年(平成22年)1月:新駅舎供用開始。

駅構造[編集]

地上駅であるが、ホームは上下線で別である。上りホームは駅舎より一段高い築堤上にある単式ホーム1面1線で、駅舎とは階段で連絡している。上りホームからは北側にはループ線の一部が望める[注釈 2]ほか、高崎方先端付近が新清水トンネルの入口と並んでいる。下りホームは、新清水トンネル内に入ってすぐの場所にある単式1面1線で、駅舎とは上り線の築堤をくぐる地下通路で連絡しており、階段はない。

水上駅管理の無人駅。旧駅舎は2009年10月に解体撤去され、現在は打放しコンクリートの駅舎となっている。旧駅舎はスキー場のロッジのようなデザインで、駅舎内には天井からシャンデリア風の蛍光灯照明が吊されたコンコースやコインロッカー・出札窓口・手小荷物窓口・待合室などがあった。無人化されて久しく、末期には待合室は閉鎖されたままになっていた。

のりば[編集]

ホーム 路線 方向 行先
地上ホーム 上越線 上り 水上高崎上野方面
地下ホーム 下り 土合・湯沢・長岡方面

(出典:JR東日本:駅構内図

※案内上ののりば番号は設定されていない。

旧駅(北湯檜曽信号場)[編集]

旧駅は島式ホーム1面2線の構造で、信号場化後は旧上り線を副本線とし、上り列車の追い抜きが可能な構造としていた[1][4]

駅舎は駅前広場と線路の間の急斜面の中腹に張りつくような形で設けられ、駅前広場から駅舎・ホームへはまず上屋つきの狭く長い階段を通り、駅舎を経て地中の階段を通ってホームに上がる構造になっていた。ホームと駅舎の連絡にはエレベーターを用いていた時期もあった[1]

跡地は現在も架線柱の幅が広くなっているほか、階段も現存しており保線作業用の通路として利用されている。

利用状況[編集]

群馬県統計年鑑によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。

年度 一日平均
乗車人員
1986年 133
2000年 25
2001年 24
2002年 27
2003年 22
2004年 21
2005年 17
2006年 18
2007年 17
2008年 19
2009年 18
2010年 20
2011年 21
2012年 27

駅周辺[編集]

駅前には郵便局や企業の保養施設などいくつかの建物しかないが、国道291号線を利根川の支流湯檜曽川に沿って北上すると湯檜曽温泉の温泉街がある。

隣の駅[編集]

東日本旅客鉄道(JR東日本)
上越線
水上駅 - 湯檜曽駅 - 土合駅

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 上越線の施設キロはすべて高崎線と通算で大宮起点とされている。高崎起点ではおよそ65.99 km地点に相当。
  2. ^ 逆に、ループ線を走行する上り列車の進行方向右側の窓からは当駅を望むことができる。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j 星晃・石川尹巳 (2017-08-01). “単線時代の湯檜曽界隈”. 鉄道ピクトリアル (電気車研究会) No.934: pp.34 - 35. 
  2. ^ 土屋幸正 (2017-08-01). “上越線 電気機関車乗務の回想”. 鉄道ピクトリアル (電気車研究会) No.934: pp.34 - 35. 
  3. ^ 祖田圭介 (2017-08-01). “上越線の線路をたどる”. 鉄道ピクトリアル (電気車研究会) No.934: pp.49 - 67. 
  4. ^ a b 祖田圭介 (2017-08-01). “上越線の線路をたどる”. 鉄道ピクトリアル (電気車研究会) No.934: pp.49 - 67. 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]