コンテンツにスキップ

東京大学大学院情報学環・学際情報学府

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

東京大学大学院情報学環(とうきょうだいがくだいがくいんじょうほうがっかん、英称:Interfaculty Initiative in Information Studies、略称:III)および東京大学大学院学際情報学府(とうきょうだいがくだいがくいんがくさいじょうほうがくふ、英称:Graduate School of Interdisciplinary Information Studies)は、東京大学に設置されている研究科以外の教育研究上の基本組織の一つである。

概要

[編集]
情報学環・福武ホール

教員のみが所属する研究組織である「情報学環」と、学生(大学院生)が所属する教育組織である「学際情報学府」と教育部研究生(正規課程の学生)が所属する教育機関である「大学院情報学環教育部」からなる。情報学環の基幹教員だけでなく、他部局から数年の期間で情報学環に移動する流動教員によって構成されているのが特徴である。

沿革

[編集]

情報学環・学際情報学府は2000年4月に文理融合の情報学を研究する組織として発足した。2004年4月1日に社会情報研究所を統合し、より学際的な情報学を研究する組織となった[1]

社会情報研究所

[編集]

1929年10月1日文学部に設置された新聞研究室が、1949年5月31日に東京大学の研究教育組織として、新聞研究所 研究部と教育部が発足した。この新聞研究所を1992年4月1日に改組して設立されたのが社会情報研究所 研究部と教育部である。2004年4月1日に大学院情報学環・学際情報学府と統合した。同研究所の教育部は情報学環教育部に受け継がれている。

新聞研究所、社会情報研究所、大学院情報学環・学際情報学府という三つの研究所名の変遷は、単なる名称の変更ではなく、社会におけるメディアとその研究内容の変化・拡張に沿うものであった[2]。なお、新聞研究所、社会情報研究所には大学院の名は冠されていないものの、いずれも教育部研究生のほか大学院の学生が在籍する研究所であった[3]

日本の太平洋戦争敗戦に伴うパージの対象者としては帝国陸海軍の軍関係者に限られ、民間人がパージされることは少なかった。しかし、太平洋戦争を激しく煽った各新聞がまったく無罪放免というわけにもいかず(ドイツでは全紙廃刊)、ごく一部のトップ経営陣が禊ぎ辞任することでGHQと妥協がなった。辞任した元新聞人たちは自民党の代議士などに転身をはかったが、朝日新聞編集局長であった小野秀雄らの受入先となるために設立されたのが東大新聞研究所である(それまではただの新聞整理室)。[4]

組織

[編集]

情報学環

[編集]

「学際情報学圏」と「社会情報学圏」の2つの学圏で構成されている。

  • 学際情報学圏
    • 情報生命・思想学域
    • 情報システム・言語学域
    • 情報表現・造形学域
    • 情報環境・認知学域
    • 情報社会・制度学域
  • 社会情報学圏
    • ジャーナリズム・メディア学域
    • 情報行動・機能学域
    • 情報法・政策学域
    • 情報経済・産業学域
    • 情報文化・歴史学域

情報学環教育部

[編集]

学際情報学府とは別に、旧:社会情報研究所教育部を引き継いだ情報学環教育部が設置されている。

学際情報学府

[編集]

学際情報学専攻1専攻の中に5つのコースが置かれている。2008年10月に新設されたアジア情報社会コースは、「現代アジアの諸社会や国際関係に関する基礎素養を持つ海外の学生」を主対象としており、講義等をすべて英語で行い、学年は10月開始となっている。

  • 学際情報学専攻
    • 文化・人間情報学コース
    • 社会情報学コース
    • 先端表現情報学コース(旧:学際理数情報学コース、2009年4月に名称変更)
    • 総合分析情報学コース
    • アジア情報社会コース
    • 生物統計情報学コース (2018年4月開設)

附属施設

[編集]
情報学環附属
  • 社会情報研究資料センター
  • 総合防災情報研究センター
  • ユビキタス情報社会基盤研究センター
  • 現代韓国研究センター

歴代学環長

[編集]

学環長は、学際情報学府長との兼任。

期間氏名備考
12000年平成12年)4月 - 2002年(平成14年)3月濱田純一
22002年(平成14年)4月 - 2004年(平成16年)3月原島博
32004年(平成16年)4月 - 2006年(平成18年)3月花田達朗
42006年(平成18年)4月 - 2009年(平成21年)3月吉見俊哉
52009年(平成21年)4月 - 2012年(平成24年)3月石田英敬
62012年(平成24年)4月 - 2015年(平成27年)3月須藤修
72015年(平成27年)4月 - 2018年(平成30年)3月佐倉統
82018年(平成30年)4月 - 2019年(平成31年)8月田中秀幸[5]
92019年(平成31年)8月30日 - 2021年(令和3年)3月越塚登[6]
102021年令和3年)4月 - 2024年(令和6年)3月山内祐平[7]
11 2024年(令和6年)4月‐現職 目黒公郎

施設

[編集]

本学府出身の有名人

[編集]

脚注

[編集]

出典

[編集]
  1. 沿革”. 東京大学大学院 情報学環・学際情報学府. 2022年1月13日閲覧。
  2. 東京大学大学院 情報学環・学際情報学府 沿革2023年3月31日閲覧。
  3. 東京大学学部研究科 情報学環・学際情報学府2023年3月31日閲覧。
  4. 朝日新聞の戦争責任 安田・石橋 太田出版 1995 朝日新聞は日本を戦争に引きずり込んだA級戦犯だ 池田信夫 2015
  5. 平成30年部局長の交代のお知らせ”. 東京大学. 2020年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年1月13日閲覧。
  6. 令和元年8月部局長の交代のお知らせ”. 東京大学. 2020年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年1月13日閲覧。
  7. 令和3年 部局長の交代のお知らせ”. 東京大学. 2022年1月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年1月13日閲覧。

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]