川崎あかね

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かわさき あかね
川崎 あかね
本名 奥野 ときゑ
生年月日 (1948-11-10) 1948年11月10日(70歳)
出生地 日本の旗 日本京都府京都市
ジャンル 女優
活動内容 映画テレビドラマ
著名な家族 川崎新太郎(父)
主な作品
映画
『蜘蛛の湯女』
『女生きてます 盛り場渡り鳥』

川崎 あかね(かわさき あかね、1948年11月10日[1][2] - )は、日本女優。本名、奥野 ときゑ[2]。旧姓名、川崎 ときゑ[1]。父親は撮影技師の川崎新太郎[1]

京都府[2]京都市出身[1]洛陽女子高等学校卒業[1][2]。八重子プロに所属していた[2]

来歴・人物[編集]

6歳より日本舞踊を学ぶ[1]

1967年に高校卒業と同時に大映に入社。1968年公開の『陸軍中野学校 開戦前夜』に端役で出演。同年の『妖怪大戦争』ではヒロイン役を演じて実質的なデビュー作となる。以後、『笹笛お紋』(1969年)などに出演[1]

1971年11月20日封切りの映画『蜘蛛の湯女』に主演。セミヌードが話題になるが、同月29日に大映が倒産したため、1972年1月、松竹へ移籍[1]。同年の映画『女生きてます 盛り場渡り鳥』に主演するが、1973年に退社してフリーとなる。この間、1972年に 京都市民映画祭新人賞を受賞した[1]

フリーとなってからは、『噂の刑事トミーとマツ』(TBS)などのテレビドラマを中心に活動[1]

特技は、日舞[2]三味線[2]

出演[編集]

映画[編集]

  • 陸軍中野学校 開戦前夜 (1968年、大映
  • 妖怪大戦争 (1968年、大映) - 千絵 ※実質デビュー
  • 笹笛お紋 (1969年、大映)
  • 秘録怪猫伝 (1969年、大映) - 早苗
  • 怪談累が渕 (1970年、大映) - お京
  • 十代の妊娠 (1970年、大映)
  • 喧嘩屋一代 どでかい奴 (1970年、大映) - ヒロミ
  • あゝ独身 (1970年、大映) - 弘子
  • ボクは五才 (1970年、大映) - バスガイド
  • 新女賭博師 壺ぐれ肌 (1971年、大映) - お蝶
  • 秘録 長崎おんな牢 (1971年、大映)
  • 穴場あらし (1971年、大映)
  • 若き日の講道館 (1971年、大映)
  • 蜘蛛の湯女 (1971年、大映)
  • 喜劇 怪談旅行 (1972年、松竹
  • 女生きてます 盛り場渡り鳥 (1972年、松竹) - 川上初子
  • 必殺仕掛人 (1973年、松竹) - お照
  • 帰って来た女必殺拳 (1975年、東映
  • 主婦の体験レポート おんなの四畳半 (1975年、日活
  • 主婦の体験レポート 続おんなの四畳半 (1975年、日活)
  • 金環蝕 (1975年、大映)
  • 子連れ殺人拳 (1976年、東映) - 志水銀子
  • 跋扈妖怪伝 牙吉 (2004年、牙吉製作委員会)

テレビドラマ[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j 『日本映画人名事典 女優篇 上巻』 キネマ旬報社1995年、500頁。
  2. ^ a b c d e f g 日本タレント名鑑2004』 VIPタイムズ社、2004年、514頁。ISBN 978-4990124229

外部リンク[編集]