嵯峨野観光鉄道嵯峨野観光線

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嵯峨野観光線
保津峡渓谷を走行する 嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車
保津峡渓谷を走行する
嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車
基本情報
日本の旗 日本
所在地 京都府京都市右京区亀岡市[1][2]
起点 トロッコ嵯峨駅[3]
終点 トロッコ亀岡駅[3]
駅数 4駅[4]
開業 1991年平成3年)4月27日[4]
所有者 西日本旅客鉄道第一種鉄道事業者[5]
運営者 嵯峨野観光鉄道第二種鉄道事業者[5]
使用車両  DE10形ディーゼル機関車
SK100形・SK200形・SK300形客車[6]
路線諸元
営業キロ 7.3 km[3]
軌間 1,067 mm[3]
線路数 単線[3]
電化方式 非電化[3]
閉塞方式 スタフ閉塞式[7]
保安装置 ATS[8]
テンプレートを表示
停車場・施設・接続路線
STR
山陰本線嵯峨野線
STR uSTR
京福嵐山本線
STR
嵐電嵯峨駅
嵯峨嵐山駅
STR
uSTR
0.0 トロッコ嵯峨駅
ABZg+l STRr uSTR
STR uKHSTe
嵐山駅
ABZgl
嵯峨野観光線
STR
山陰本線
STR BHF
1.0 トロッコ嵐山駅
TUNNEL1 TUNNEL1 WASSER+l
保津川
STR+l KRZo STRr WASSER
WASSER+l WBRÜCKE WBRÜCKE WASSERq WASSERr
保津川橋梁 84m
WASSER TUNNEL1 tSTRa
WASSER BHF tSTRe
3.4 トロッコ保津峡駅
WASSER STRl KRZo TUNNEL2q STR+r
WASSERl WASSERq WBRÜCKE WASSER+r STR
HST WASSER STR
保津峡駅
TUNNEL1 WASSER TUNNEL1
WASSER+l WASSERq WBRÜCKE WASSERr STR
WASSER TUNNEL1 TUNNEL1
WASSERl WASSERq WBRÜCKE WASSER+r STR
TUNNEL1 WASSER STR
WASSER+l WASSERq WBRÜCKE WASSERr STR
WASSER STR+l KRZo TUNNEL2q STRr
WASSER TUNNEL1 TUNNEL1
WASSER
STR
7.3 トロッコ亀岡駅
WASSER
eKRZ exSTR+r
WASSER
exHST
馬堀駅
WASSER eABZg+l exSTRr
山陰本線嵯峨野線

嵯峨野観光線(さがのかんこうせん)は、京都府京都市右京区トロッコ嵯峨駅[1]から京都府亀岡市トロッコ亀岡駅[2]までを結ぶ嵯峨野観光鉄道鉄道路線である[3]。日本初の観光専用鉄道である[9]

概要[編集]

1989年平成元年)3月に電化準備及び複線化のため新線に切り替えられて廃止された西日本旅客鉄道(JR西日本)山陰本線嵯峨駅 - 馬堀駅間の旧線を、1991年(平成3年)4月にトロッコ嵯峨駅トロッコ亀岡駅間の観光専用鉄道として再生した路線である[10]。JR西日本が線路を所有、JR西日本の子会社である嵯峨野観光鉄道が運営[5]し、無蓋貨車から改造した客車と、ディーゼル機関車動力とする列車で運転される[11][5]。両端駅に機関車を付け替える設備がないため、どちらの方向に運転される場合も機関車はトロッコ嵯峨駅寄りに連結され、機関車と反対側の先頭に連結される客車には機関車を遠隔制御する運転室がある[12]。開業前、年間輸送人員は22万人程度と予想されていたが、沿線が観光資源に恵まれていたことに加え、営業努力も実り、初年度は69万人を輸送[10]、その後も好調に推移し、2013年(平成25年)以降は年間輸送人員が100万人を超える人気路線となっている[13]

開業に至る経緯[編集]

1989年(平成元年)3月にJR西日本山陰本線嵯峨駅 - 馬堀駅間が電化準備及び複線化のため新線に切り替えられ、1899年明治32年)開業の旧線は廃線となった[10]。一方、JR西日本社内には経営基盤確立を目的とした線区別経営改善推進チームが1987年昭和62年)11月に設立されており、山陰本線については旧線を活用した活性化が検討されていた[14]。旧線は車窓景観が良かったことから、京都の新しい観光資源として復活の要望が京都府を中心に強く[13]、JR西日本社内で検討の結果、事業化に取り組むことが決定、1989年(平成元年)11月にJR西日本社内に嵯峨野線プロジェクトチームが発足し、運転再開に向けた準備が始まった[14]。運営母体となる嵯峨野観光鉄道がJR西日本の100 %子会社として[5]1990年(平成2年)11月に設立され[4]、同月末に鉄道事業免許が交付されている[7]。開業日が翌1991年(平成3年)4月に設定されたが、廃止以来使用されていなかった線路を短期間で整備するため、社員全員でレール枕木の交換、草刈りなどの作業が行われた[13]

開業後の利用状況[編集]

トロッコ嵯峨駅 - トロッコ亀岡駅間7.3 km[注釈 1]の運行は1991年(平成3年)4月27日に再開され[3]、年間利用者数は22万人程度と見込まれたが、開業初年度の利用者は予想の3倍となる69万人超を記録した[13]1992年(平成4年)から社員の手で沿線になどが植樹されたほか、酒呑童子に扮した社員が乗り込むパフォーマンスの実施[10]2005年(平成17年)からは紅葉の季節の最終便ではライトアップなどの集客策が採られている[16][10]。2013年(平成25年)には年間乗客数が100万人を突破、 2010年代以降は日本国外からの団体客の利用も目立ち、ツアーに組み込まれることも増えている[13]。観光シーズンには当日券が午前中に完売するほどの人気路線[17]となり、2015年(平成27年)には年間123万人を輸送[注釈 2]、乗客の1/3を日本人以外が占めている[18]。2015年(平成27年)12月から、冬季は3号車、4号車の座席を一部撤去し、ダルマストーブを設置したストーブ列車として運行されている[19]

路線データ[編集]

路線[編集]

路線はトロッコ嵯峨駅を起点とし、山陰本線を約900 m走行したのち、小倉山トンネル手前で分岐、トンネルに一部かかる形でもうけられたトロッコ嵐山駅から旧線に入る[14][11]。トロッコ嵯峨駅 - トロッコ嵐山駅間は駅構内をのぞきトロッコ嵯峨駅発、トロッコ亀岡駅発とも山陰本線の下り線を走行する[21][10]。旧線は保津川に沿って進み、2箇所のトンネル、1箇所の鉄橋を超えたところにトロッコ保津峡駅がある[14]。途中の保津川橋梁までは保津川左岸、以降は終点まで保津川右岸を走行する[14]。トロッコ保津峡駅から大小6箇所のトンネルを超え、山陰本線と合流する直前、馬堀駅から約500 mの地点が終点トロッコ亀岡駅である[14]。途中3箇所で山陰本線の下を通過する[14]。全区間がJR西日本山陰本線に属し、嵯峨野観光鉄道が第二種鉄道事業者として列車を運行している[5]

運行形態[編集]

トロッコ嵯峨駅 - トロッコ亀岡駅間の折り返し運転で、休日・行楽期除く水曜日と冬期は運休する[22]。トロッコ嵯峨駅 - トロッコ嵐山駅間は山陰本線の下り線を走行するため、開業から1994年(平成6年)までは一部列車はトロッコ嵐山駅 - トロッコ亀岡駅間の運転となっていた[10]。機関車1両と客車5両で運転されるが、両端駅に機関車を付け替える設備がないため、機関車は常にトロッコ嵯峨駅寄りに連結され[21]、機関車が最後部になる際は先頭となる客車に設けられた運転室から遠隔制御される[23]

運賃[編集]

運賃は均一制で、開業時は大人600円、小人300円だった[7]が、2014年(平成26年)4月以降は大人620円、小人310円となっている[24]。座席は全席指定で、乗車1か月前よりJR西日本の主な駅のみどりの窓口e5489、日本全国の主な旅行代理店で販売される[25]。座席に余裕がある場合は当日券が発売される[25]。5号車「ザ・リッチ」は荒天時には座席が濡れて乗車できないため、当日販売のみとなっている[19]。指定席が完売した場合は号車指定の立席券が枚数限定で発売される[25]乗車券の購入は、現金のほかに、窓口のみではあるが、ICOCAだけが利用できる。ICOCA電子マネーとして導入しているため、相互利用している交通系の電子マネーのうち、PiTaPaだけは利用できない[8]

車両[編集]

JR西日本から譲受し、塗装などを変更したDE10形ディーゼル機関車1104号機動力車とし、トキ25000形貨車を改造した客車5両が使用されている[11][5]。車両には平安ロマンをモチーフとした塗装を採用、平安の王朝色である緋色山吹色でまとめられ、客車の窓下にアールデコ風のの模様が入れられた[26]。冬期運休期間にJR西日本の車両基地や工場で検査が行われるため、JR線を走行することもある[10]。予備の機関車としてJR西日本所属のDE10 1156号機が1104号機と同塗装に変更されている[6]

歴史[編集]

接続路線[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 旧線時代の嵯峨駅 – 馬堀駅間の営業キロは9.4 kmであり、7.3 kmは新線経由の営業キロにあわせて設定されたものである[15]
  2. ^ 1列車の定員304人、1日8往復、年間300日運行、うち150日で臨時列車1往復が追加された場合の年間輸送力は150万人なので、乗車率は約80 %となる。

出典[編集]

  1. ^ a b c 『トロッコ嵯峨駅』
  2. ^ a b c 『トロッコ亀岡』
  3. ^ a b c d e f g h i j k l 『新車年鑑1992年版』p156
  4. ^ a b c d 『会社案内』
  5. ^ a b c d e f g h 『ローカル私鉄車輌20年』p72
  6. ^ a b 『歴史で巡る鉄道全路線 公営鉄道・私鉄04』p32
  7. ^ a b c d e f 『鉄道ピクトリアル』通巻544号p.69
  8. ^ a b c 『よくあるご質問』
  9. ^ 『知られざる鉄道』p12
  10. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t 『歴史で巡る鉄道全路線 公営鉄道・私鉄04』p17
  11. ^ a b c 『歴史で巡る鉄道全路線 公営鉄道・私鉄04』p16
  12. ^ 『鉄道ピクトリアル』通巻544号p.70
  13. ^ a b c d e 『外国人観光客の〝ドル箱〟ツアーになった京都・トロッコ列車 USJから流入…2年連続100万人突破の秘訣』
  14. ^ a b c d e f g h 『鉄道ピクトリアル』通巻544号p.68
  15. ^ 『新車年鑑1992年版』p101
  16. ^ 『2017年 秋 紅葉ライトアップと臨時列車運転』
  17. ^ 『京滋乗り物図鑑 嵯峨野トロッコ列車』
  18. ^ 『嵯峨野観光鉄道物語』
  19. ^ a b c 『嵯峨野トロッコ ストーブ列車2015』
  20. ^ 『アクセス』
  21. ^ a b 『知られざる鉄道』p13
  22. ^ 『運行スケジュール』
  23. ^ 『新車年鑑1992年版』p130
  24. ^ 『平成26年4月1日(火)からの消費税率引き上げに伴う旅客運賃の認可および改定について』
  25. ^ a b c 『乗車券について』
  26. ^ 『鉄道ピクトリアル』通巻544号p.80
  27. ^ 『「嵯峨野トロッコ列車」運転再開のお知らせについて』
  28. ^ 『トロッコ保津峡駅が再開 台風禍で損壊のつり橋復旧』
  29. ^ 『京の“底冷え”対策完了 京都・嵯峨野トロッコ列車に「だるまストーブ」あすから運行』
  30. ^ 『トロッコ嵯峨駅』

参考文献[編集]

書籍[編集]

  • けいてつ協會 『知られざる鉄道』 JTB1997年ISBN 4-533-02660-5
  • 寺田裕一 『ローカル私鉄車輌20年』 JTBパブリッシング2003年ISBN 4-533-04512-X
  • 『歴史で巡る鉄道全路線 公営鉄道・私鉄』通巻4号「京福電気鉄道・叡山電鉄・嵯峨野観光鉄道・京都市交通局」(2013年3月・朝日新聞出版)
    • 「嵯峨野観光鉄道」 pp. 16-17
    • 「嵯峨野観光鉄道 今を走る車両カタログ」 pp. 32

雑誌記事[編集]

  • 鉄道ピクトリアル』通巻544号(1991年6月・電気車研究会
    • 嵯峨野観光鉄道(株)運輸課長 杉野弘幸「嵯峨野観光鉄道の概要」 pp. 68-72
    • 「嵯峨野観光鉄道車両デザイン決定」 pp. 90
  • 『鉄道ピクトリアル』通巻582号「新車年鑑1992年版」(1992年5月・電気車研究会)
    • 藤井信夫、大幡哲海、岸上明彦「各社別車両情勢」 pp. 96-110
    • 鉄道ピクトリアル編集部「嵯峨野観光鉄道SK100・200形」 pp. 130
    • 「1991年度に開業した鉄道・軌道」 pp. 156

Web資料[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度1分1.3秒 東経135度38分0秒 / 北緯35.017028度 東経135.63333度 / 35.017028; 135.63333