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古谷敏郎

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ふるや としろう
古谷 敏郎
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 東京都の旗 東京八王子市
生年月日 (1965-04-06) 1965年4月6日(61歳)
血液型 O型
最終学歴 東京経済大学経営学部
勤務局 NHK甲府放送局
部署 コンテンツセンター
職歴 奈良(1989.6 - )→松山大阪( - 2000.3)→東京アナウンス室(2000.4 - 2006.3)→松山(2006.4 - 2010.3)→東京アナウンス室→日本語センター出向(2010.4 - 2016.3)→札幌(2016.4 - 2021.3)→東京アナウンス室(2021.4 - 2025.3)→甲府(2025.4 - )
活動期間 1989年 -
配偶者 あり
公式サイト NHK
出演番組・活動
出演中 本文参照
出演経歴 本文参照

古谷 敏郎(ふるや としろう、1965年4月6日 - )は、NHKエグゼクティブアナウンサー

人物

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佼成学園高等学校東京経済大学経営学部卒業後の1989年入局[1]奈良松山大阪に勤務。「スタジオパークからこんにちは」「0655」「ラジオあさいちばん」「音楽夢倶楽部」「ちきゅうラジオ」をはじめ、「芸術劇場」、「芸能花舞台」、「にっぽんの芸能」など、主に伝統芸能系の番組を担当してきた。NHK放送センターで11年間放送された「ひるまえ ほっと」最後のキャスターを務めたのち[2]、甲府局へ異動。

趣味は10歳から始めたマジック。2012年日本奇術協会からフェローシップ賞を受けた[3]

中学や佼成学園時代は、吹奏楽部やマジック慰問の活動をする一方、大学3年のときに国税専門官の試験に合格。しかし、大学の先輩であり、元NHKアナウンサーである相川浩から

テレビやラジオの番組作りとは、
スタッフみんなが一丸となり
情熱と愛情を傾けるという意味で、
学校でいえば、文化祭や学園祭のようなもの

言われたその一言が殺し文句となり、放送局受験を決意した[4]

現在の担当番組

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過去の担当番組

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奈良放送局時代(1989年度 - )
松山放送局時代(1度目)
大阪放送局時代( - 1999年度)
東京アナウンス室時代(1度目)(2000年度 - 2005年度)
  • スタジオパークからこんにちは(2000年3月 - 2002年3月・2003年4月)
    • 2000年3月13日 - 24日は『NHKニュース10』の番組打ち合わせで不在だった堀尾正明に代わりゲストトークの司会を務めた(代役出演1回目)。
    • 2000年4月 - 2001年3月は二時台の曜日別各コーナーの総合司会、2001年4月 - 2002年3月はゲストトークの司会を担当(レギュラー出演)。
    • 2003年4月24日・25日は盲腸炎で入院した小田切千に代わりゲストトークの司会を務めた(代役出演2回目)。
    • 上記の役割を担当中、いずれも「暮らしの中のニュース解説」の聞き手も兼任。
  • 芸術劇場
  • 芸能花舞台(2002年度 - 2005年度)
松山放送局時代(2度目)(2006年度 - 2009年度)
東京アナウンス室(2度目)・日本語センター時代(2010年度 - 2015年度)
札幌放送局時代(2016年度 - 2020年度)
東京アナウンス室時代(3度目)(2021年度 - 2024年度)
甲府放送局時代(2025年度 - )

他局番組の出演

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著書

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脚注

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  1. 同期入局のアナウンサー:岡野暁柴田祐規子細田史雄村上里和
  2. ▽ひるまえほっと最終回スペシャル!皆さまに支えられた11年”. NHK (2025年3月30日). 2024年3月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年4月11日閲覧。
  3. ラジオあさいちばん・番組紹介ページより。
  4. 「アナウンサー仕事の流儀」(2013年8月26日時点のアーカイブ)より
  5. nhk_koufuによるツイート (2025年3月24日). 2025年3月24日閲覧。
  6. 谷地健吾の代理

外部リンク

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