凡河内国造

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凡河内国造
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家紋不詳
本姓 凡河内氏
家祖 彦己曽保理命
種別 神別天孫
出身地 近江国野洲郡三上郷
主な根拠地 河内国
和泉国
摂津国
播磨国
著名な人物 大河内味張
凡河内躬恒
支流、分家 広峯氏社家
凡例 / Category:日本の氏族

凡河内国造(おおしこうちのくにのみやつこ・おおしこうちこくぞう・おおしかわちのみやつこ・おおしかわちのこくぞう)は、凡河内国を支配した国造

概要[編集]

表記[編集]

先代旧事本紀』「国造本紀」に凡河内国造とあり、その他凡川内国造大河内国造とも表記する。また都下国造の別名があるが[1]都祁国造とは別の国造である。。

祖先[編集]

氏族[編集]

凡河内氏(おおしかわちうじ、)。天武天皇12年(638年)にに、14年に忌寸になり、後には宿禰を与えられた者もいた。

凡河内国造の他に、山背国造菅田神社菅田首竹田神社近江蒲生氏(蒲生稲置)多度大社桑名首他多数の天津彦根命天之御影命後裔氏族は嫡流三上氏から別れた庶流氏族であるが、広義で三上氏に含む表記をする場合もある[2]

本拠[編集]

摂津国西部または河内国中部。

支配領域[編集]

国造の支配領域は当時凡河内国と呼ばれた地域、後の河内国和泉国摂津国に相当する。ただし同国内には三野県主茅渟県主猪名県主志幾県主紺口県主三嶋県主など複数の県が置かれており、支配領域が上記三国と全く同一ということではない。

現在の大阪湾を掌握していたため、渡来人を統率し、ヤマト政権においては外交に活躍していたと思われる。

氏神[編集]

河内国魂神社か。

関連神社[編集]

子孫[編集]

系譜[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 『國史大辭典』(吉川弘文館
  • 坂本太郎・平野邦雄『日本古代氏族人名辞典』(吉川弘文館)
  • 『日本古代人名辭典』(吉川弘文館)
  • 『日本史広辞典』(山川出版社
  • 『神道大辞典』(臨川書店)

関連項目[編集]