上田文雄

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上田文雄
うえだ ふみお
生年月日 (1948-06-11) 1948年6月11日(70歳)
出生地 北海道中川郡幕別町
出身校 中央大学法学部
前職 弁護士
所属政党 無所属
称号 法学士

当選回数 3回
在任期間 2003年6月9日 - 2015年5月1日
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上田 文雄(うえだ ふみお、1948年6月11日 - )は、日本政治家弁護士。前北海道札幌市長(3期)。

来歴・人物[編集]

北海道中川郡幕別町生まれ。北海道帯広三条高等学校中央大学法学部卒業。1975年、26歳で司法試験に合格し、司法修習第30期を修了。弁護士登録し、道央法律事務所に所属する(当時の同僚に後の北海道知事衆議院議長となる横路孝弘)。弁護士時代は主に少年事件医療事故訴訟、多重債務訴訟を扱い、旭川学力テスト事件も担当した。1994年、札幌弁護士会副会長に就任。2001年から日本弁護士連合会人権擁護委員会副委員長を務める。

2003年4月、札幌市長選挙に出馬し、全候補者中最多の票を獲得したものの、得票率が25パーセントを下回ったため、公職選挙法の規定により当選せず、異例の再選挙が実施される。6月に行われた、政令指定都市では史上初の再選挙に再び市民ネットワーク北海道推薦、民主社民支持で立候補し、自民保守新2党が推薦し、公明党が支持する元北海道放送キャスターの石崎岳、元参議院議員中尾則幸らを破り、初当選を果たした。

2004年、国民年金を27年2ヶ月に亘って未納し続けていたことが発覚。これは同時期に未納が発覚した全政治家の中でも最長であり、特に悪質なケースであるとされた。詳細は「政治家の年金未納問題」を参照。

2007年札幌市長選挙では、元国土交通官僚の清治真人らを破り再選。2011年札幌市長選挙では、民主党に強い逆風が吹き荒れる中、東日本大震災の影響による、選挙戦自粛ムードなども手伝って、元総務官僚の本間奈々を破り、3選を果たした。2015年札幌市長選挙には出馬せず、同年5月、市長任期は1ヶ月残っていたが再選挙に伴う任期ズレを解消するために退任した。

札幌市長[編集]

  • 全国市民オンブズマン連絡会議による全国の政令指定都市を対象にした全国情報公開度ランキングにおいて、上田が市長に就任した後の札幌市は2004年度は前年度(桂信雄市政下)の9位から大幅に順位を上げ全国1位[1]、2005年度は静岡市に次ぐ2位[2]、2006年度はまた1位に返り咲いた[3]
  • 2011年大阪市長選挙では、現職の平松邦夫の街頭演説に駆けつけ「平松さんは19政令市のリーダー」として持ち上げた[4]
  • 市のアイヌ施策課が、正規手続きを踏まずに特定業者に業務発注を繰り返したとされる官製談合疑惑が浮上した際、「市民の信頼を大きく損ね、深くおわびする」と謝罪するコメントを発表したが、辞職はしなかった[5]

家族[編集]

息女に弁護士の上田絵理がいる。

著書[編集]

  • 「医療はかく裁かれた - 患者の人権は護られているか」 クルーズ、2003年 ISBN 4905756197
  • 「札幌ちょっといい話 私が札幌を好きになった理由」 コア・アソシエイツ、2006年 ISBN 4902969386

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]