ランボルギーニ・ディアブロ

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ランボルギーニ・ディアブロ
Lamborghini-Diablo-New.jpg
ディアブロ
Lamborghini Diablo 1993 Dumb and Dumber RSideRear CECF 9April2011 (14577860666) (2).jpg
ディアブロの後部
概要
製造国 イタリアの旗 イタリア
販売期間 1990年2001年
ボディ
乗車定員 2名
ボディタイプ 2ドアクーペ
2ドアロードスター
駆動方式 ミッドシップ MR
ミッドシップ 4WD
パワートレイン
エンジン 5.7L:V12 DOHC
6.0L:V12 DOHC
最高出力 5.7L:492ps/7,000rpm
6.0L:550ps/7,100rpm
変速機 5速MT
車両寸法
ホイールベース 2,650mm
全長 VT 4,460mm
SV 4,470mm
GT 4,430mm
全幅 2,040mm
全高 VT・GT・6.0 1,105mm
SV 1,115mm
車両重量 SV 1,530kg
VT 1,625kg
GT 1,460kg
系譜
先代 カウンタック
後継 ムルシエラゴ
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ディアブロDiablo )は、イタリアの自動車メーカー、ランボルギーニ1990年から2001年まで製造していた2シーターのクーペ型乗用車(スーパーカー)である。車名のディアブロの意味は「悪魔」。伝説の闘牛の名前から取られた[1]

概要[編集]

ディアブロは世界中でヒットを博した1970年~1980年代の「カウンタック」の後継車種である。前期のモデルはカウンタック同様にリトラクタブル・ヘッドライトを採用したが、終日ヘッドライト点灯を義務づけた国や地域が出た事や、ヘッドライトの位置に関する法律が変わった国もあった為、1999年のフェイスリフトで日産・フェアレディZ(Z32)用のデンソー製(レンズはICHIKOH製)ヘッドライト部品をそっくり流用し、固定式ヘッドライトとなった。この仕様は、もともと日本のユーザーが私的な改造として行っていたものであり、それを見たランボルギーニの関係者によって正式採用された。なお、ヘッドライトユニットに刻印されているNISSANのロゴは、ライト上部を覆うアイライン状のモールで隠されている。

搭載エンジンについて、前期のモデルは5,709ccV12気筒DOHC48バルブであり、アウディ資本となった後期のモデルは5,992ccに拡大された。そのエンジンをミッドシップに縦置きするが、通常と逆に出力軸を前方としトランスミッションに接続、そこから動力を後方に折り返しドライブシャフトで(オイルパンを貫通し)デフに接続、後車軸を駆動するという、カウンタックと同様のコンパクト化手法で配置されている[2]。ホイールベース長は2,650mm、カウンタックの最終モデルである25thアニバーサリーに比べ150mm延長され、居住性の向上が図られた。フレームはカウンタック同様の マルチチューブラーフレームであるが、断面形状が、カウンタックの丸断面に対し、角断面に変更された。リヤサスペンションの開発に難航し、サンドロ・ムナーリがテストドライバーとして協力した[要出典]。初期型はメーターパネルが高くそびえる形で作られており、前方視界を遮る形となっていた。このため改造するチューナーが次々に現れたため、後期型ではメーターの配列やサイズを変更し、メーターパネル自体を低くして視界確保を改善する改良を実施している。

スタイリング[編集]

ボディデザインはマルチェロ・ガンディーニによる「P132プロトタイプ」に基づくが、当時ランボルギーニの親会社のクライスラーのデザイナーによって、空力や開口部の安全面で細部の角を落とし滑らかにする修正が加えられたため、デザイナーとしての名前を出すかどうか揉めたが、細部を修正することは契約に含まれているという理由でガンディーニも了承したという。カウンタックを踏襲したシザードアだが、カウンタックと違いドア先端はフロントフェンダーに沈まず開く。

ランボルギーニ社を所有する親会社が、クライスラーからメガテック、Vパワー、アウディと次々に代わっていった厳しい経営状態において、ディアブロは唯一の市販車種としてその経営を支え続けた。親会社がアウディになってからは、後継車種のプロトタイプ(カントとアコスタ)は採用せずに、レース用車両(GT2)で培った技術を市販モデルにフィードバックしつつ延命させ、正式な後継車種(ムルシエラゴ)につながる改良を続けた。

モデルとバリエーション[編集]

ディアブロ(標準)(1990年~2000年)

RWDモデル。5,707ccのV12エンジンを搭載し、最大出力492ps/7,000rpmを発生。最高速325km/h。前後のフェンダーとドアにはアルミ素材、バンパー、フロントフード、エンジンフード等にはランボルギーニが開発した「アウトクラーベ」という複合素材が使用され、ボディの軽量化がなされた。
当初のホイールサイズは前後共に17インチ。1998年にフェイスリフトし、前後のホイールサイズを18インチに拡大。
1999年からヘッドライトを固定式のものに仕様変更。

VT(1993年~2000年)

4WDモデル。ホイールサイズは前後共に17インチ。
1998年にフェイスリフトし、前後のホイールサイズを18インチに拡大。
1999年からヘッドライトを固定式のものに仕様変更。
ロードスター(1995年~1999年)
ディアブロ・ロードスター
通称:VT ロードスター
オープン4WDモデル。
ミレニアム・ロードスター(2000年)
2000年のデトロイト・ショーにおいて「6.0」と同時に発表された北米限定車[3]。専用色としてチタニウム・メタリックが設定された。

SE30(1993年~1995年)

ディアブロ SE30
30周年記念スペシャルエディションのRWDモデル。ホイールサイズは、フロントが17インチ、リアが18インチ。
150台限定とされたが、最終的に197台出荷。
SE30 イオタ
別名:SE30 コルサ
イオタ・キット(エア・インテーク、リプログラミングされた制御システム)を装着したSE30車両。約20台。

SV(1995年~1999年)

ディアブロ SV
RWDモデル。ホイールサイズは、フロントが17インチ、リアが18インチ。
1998年にフロント・ホイールサイズも(「VT」と共通の)18インチに拡大。
SE35(1998年)
SVをベースとした35周年アニバーサリーモデル。スイスのローランド・アフォルターがランボルギーニに発注した10台のみの限定生産。
SV ロードスター(1998年~1999年)
オープンRWDモデル。日本未導入であり、僅か6台のみの希少モデル。

GT(1999年~2000年)

アウディ資本のもとでレース用車両(GT2、排気量は5,992cc)を公道仕様にした世界限定80台のRWDモデル。
前後のトレッドを拡大。特に前のトレッドは110mmも拡大したため、オーバーフェンダーに収めることになった。

6.0(2000年)

4WDモデルのみ。5,992ccエンジンを搭載。アウディのルク・ドンカーヴォルケのもとでフェイスリフトされた。
6.0SE(2001年)
2001年3月、ジュネーブ・ショーにおいて発表された最終モデルであり、メカニズムに関しては6.0と明確な差異は無い[4]。2色の専用色(ゴールド系(オロ・エリオス)とブラウン系(マロン・エクリプス))が設定された。

レース用車両[編集]

VT ラリー(1994年)

1994年4月、オーストラリア「タルガ・タスマニア: (Targa Tasmania」において、ほぼノーマルの「VT」が総合3位に入賞した[5]

F1 セーフティカー(1995年)

1995年、F1カナダ・グランプリにおいてセーフティカーとして採用された[6]

イオタ(1994年)

別名:SE-J[7]
全日本GT選手権に参戦するために寺井エンジニアリング向けに3台が製作された初代レース用車両。その内の1台(P02)は公道用[8]

SV-R(1996年)

「SV」ベースのレース用車両。軽量化し、エキゾーストをストレートにするなどして540psのパワーを獲得した限定34台のワンメイクレースカー。

GT1(1997年)

1997年に2台が製作されたレース用車両。元AGSのミッシェル・コスタによって設計され、ランボルギーニファクトリー内で特別に製作された6リットルV12 DOHC 4バルブエンジンを搭載。シャシーはハンドメイド、ボディはすべてカーボンもしくはFRPなどの軽量素材で作られており、市販車とは別物である[9]。1台は、1998年の全日本GT選手権で9位入賞を果たし、2000年鈴鹿1000kmで3位表彰台を記録した。別の1台は公道用として存在している[10]

GT2(1998年、2002年)

ディアブロ GT2 エヴォリツォーネ
「SV-R」が成功したのち、1台にとどまったGT1レース車両の挑戦をふまえて、1998年にこれらとは別のレース用プロトタイプが製作された[11]。実際にレースに出走することは無かったが、翌年に市販されることになる「GT」のベースになった。
ランボルギーニミュージアム」には別の車両が「GT2 エヴォリツォーネ」として展示されており「6.0」をベースとして2002年に製作されたとされている[12]

GTR(1999年)

「GT」ベースのワンメイクレース用の車両[13]
ランボルギーニ工場により生産された数は30台であり、ナンバリングプレートがその証として与えられている。
生産者の国籍、国別仕様、車両の年号を示すVINの無いスペアフレーム(通称ホワイトボディ)がレース用の供給部品として10個が存在し、そのスペアフレームを所有または購入したレーシングチームがリビルトパーツ、スペアパーツ、市販車用のパーツを流用して数台のGTR仕様を組み立てた。(内2台のGTR仕様が日本へ輸入された。)[要出典]
VIN=Vehicle Identification Numberに基づいているものです。車両識別番号 車台番号
GTR-S(2000年)
「GTR」をベースにライター・エンジニアリング (Reiter Engineeringが開発した車両[14]
FIA GT選手権などに参戦していた[要出典]

JGT-1(2001年)

JLOCが全日本GT選手権に参戦するためにオーダーしたレース用車両。エンジンやミッションなどは「GT1」に使用していた物を流用しているが、シャシーや足回りなどは新しく開発された。始めはサイドラジエター方式を採用していたが、後にフロントに移された[15]

スペック[編集]

モデル名 全長 全幅 全高 ホイールベース 重量 排気量 最大トルク 最高出力 乗車定員 生産台数
(初代/標準) 4,460mm 2,040mm 1,105mm 2,650mm 1,650kg 5,707cc 59.1kgm/5,200rpm 492ps/7,000rpm 2名 887台
VT 4,460mm 2,040mm 1,105mm 2,650mm 1,625kg 5,707cc 59.1kgm/5,200rpm 492ps/7,000rpm 2名 880台
VT Roadster 4,470mm 2,040mm 1,115mm 2,650mm 1,625kg 5,707cc 59.1kgm/5,200rpm 492ps/7,000rpm 2名 465台
SE30 4,507mm 2,040mm 1,115mm 2,650mm 1,650kg 5,707cc 59.2kgm/5,900rpm 525ps/7,100rpm 2名 150台
SE30イオタ 4,507mm 2,040mm 2,650mm 5,707cc 65.1kgm 590ps 2名 約20台
SV 4,470mm 2,040mm 1,115mm 2,650mm 1,530kg 5,707cc 58.0kgm/5,200rpm 530ps/7,000rpm 2名 343台
SV Roadster 4,470mm 2,040mm 1,115mm 2,650mm 1,530kg 5,709cc 60.0kgm/5,500rpm 535ps/7,100rpm 2名 6台
GT 4,430mm 2,040mm 1,115mm 2,650mm 1,460kg 5,992cc 64.3kgm/5,500rpm 575ps/7,300rpm 2名 80台
6.0 4,470mm 2,040mm 1,105mm 2,650mm 1,625kg 5,992cc 63.3kgm/5,500rpm 550ps/7,100rpm 2名 334台
6.0SE 4,470mm 2,040mm 1,105mm 2,650mm 1,625kg 5,992cc 63.3kgm/5,500rpm 558ps/7,100rpm 2名 43台
イオタ 1,220kg 5,707cc 58.0kgm/5,700rpm 620ps/7,800rpm 2名 3台
SVR 1,380kg 5,707cc 2名 34台
GT1 4,705mm 2,040mm 1,040mm 2,695mm 1,050kg 5,994cc 70.0kgm/5,500rpm 600ps/7,000rpm 1名 2台
GT2 5,992cc 608ps 2台
GTR 4,300mm 2,040mm 1,115mm 2,650mm 1,385kg 5,992cc 65.3kgm/5,500rpm 590ps/7,300rpm 1名 正規

30台

GTR-S 4,300mm 2,040mm 1,115mm 2,650mm 5,992cc 1名 3台
JGT-1 2,695mm 1,050kg 5,994cc 655ps/7,500rpm 1名 1台

脚注[編集]

  1. ^ 当初は闘牛とは無関係に「ディアブロ」と名付けるつもりだったが、後に調べた所偶然にも闘牛の名前に同じものがあった事が発表前に明らかになったという。またこの名前については原理主義的なキリスト教関係者から反発の声が上がったという。
  2. ^ 多少珍しいが、他者等に類例が皆無の特殊な方式というわけでもない。レーシングカー設計者(デザイナー)Len Terry設計のスポーツカー「LT24」(試作のみで中止)、2003年以降のホンダ・NSXのGT500仕様が、順序は少し違うが同様の配置である(『レーシングカー : その設計の秘密』 p. 91)。
  3. ^ 「Diablo 6.0」『Lamborghini』ネコ・パブリッシング〈ROSSOスーパーカーインデックス〉、2003年、80頁。
  4. ^ 「Diablo 6.0SE」『DIABLO』ネコ・パブリッシング〈SUPERCAR ARCHIVES〉、2009年、68-73頁。
  5. ^ 「Racing Diablo」『Lamborghini』ネコ・パブリッシング〈ROSSOスーパーカーインデックス〉、2003年、95頁。
  6. ^ Top 10 F1 Safety cars”. Car Keys (2017年8月16日). 2018年12月16日閲覧。
  7. ^ 「Lamborghini Diabro SE-J "Noritake" - 1994」『ランボルギーニ・プロトタイプ・コンプリートファイル』ネコ・パブリッシング〈NEKO MOOK〉、2014年、152-153頁。
  8. ^ バックナンバー LAMBORGHINI DIABLO JOTA P02”. カーグラフィックTV. BS朝日 (2017年6月5日). 2018年10月8日閲覧。
  9. ^ Diablo GT-1”. JLOC. 2018年11月5日閲覧。
  10. ^ 1台のみ製造された公道モデル「ランボルギーニ・ディアブロGT1ストラダーレ」”. Carnnyマガジン (2017年1月17日). 2018年5月5日閲覧。
  11. ^ Mark Smeyers (2006年6月7日). “DIABLO GT2”. LamboCARS.com. 2018年10月15日閲覧。
  12. ^ Mark Smeyers (2006年6月20日). “DIABLO GT2 (2002)”. LamboCARS.com. 2018年10月15日閲覧。
  13. ^ Mark Smeyers (2005年3月5日). “Diablo GT-R”. LamboCARS.com. 2018年11月7日閲覧。
  14. ^ Lamborghini Diablo GTR-S 2000”. gtplanet (2015年3月21日). 2018年12月21日閲覧。
  15. ^ Diablo JGT-1”. JLOC. 2018年11月5日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]


ランボルギーニ S.p.A. ロードカータイムライン 1962-
タイプ 1960年代 1970年代 1980年代 1990年代 2000年代 2010年代
4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8
MR(含ミッドシップ4駆) V12 ミウラ カウンタック ディアブロ ムルシエラゴ アヴェンタドール アヴェンタドールS
イオタ レヴェントン ヴェネーノ チェンテナリオ
V8/V10 シルエット ジャルパ ガヤルド ウラカン
2+2 ウラッコ
FR GT 350GT
2+2 400GT イスレロ ハラマ
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試作レーシングカー: ランボルギーニ・イオタ(1969)、ランボルギーニ・ハラマRS(1973)、ランボルギーニ・ウラッコ・ラリー(1973)
コンセプトカー: ランボルギーニ・エストーケ(2008)、ランボルギーニ・エゴイスタ(2013)、ランボルギーニ・アステリオン(2014)、ランボルギーニ・テルツォ ミッレニオ(2017)
人物: フェルッチオ・ランボルギーニジャンパオロ・ダラーラマルチェロ・ガンディーニパオロ・スタンツァーニ
公式WEBサイト: Automobili Lamborghini Holding Spa