ノート:日本のヘイトスピーチ/過去ログ3

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「2015年7月2日 (木) 17:07‎ UTC」に124.103.250.150様が、加筆した内容について。花蝶風月雪月花警部様がRvし、Hyon Hyoro様が再Rvしています。出典にあるのかどうか以前に、この書き方はダメです。「一部の専門家からは」という書き出しは良いのですが、それが最後までかかっておらず、最後の方では事実のように書かれています。「指摘する声も多いが」や「国民全体から激しい反感を買っており」は、出典にそう書いてあったとしても、阪本氏や梶原氏の意見です。阪本は「指摘する声が多い」と述べている。梶原は「国民全体から激しい反感を買っいる」と評している。のように記述しなければいけません。--JapaneseA会話2015年7月3日 (金) 02:03 (UTC)

ならば、あなたの再Rv行為による全削除もおかしいでしょう。そのように記述しなければいけないのであればあなたがそのように記述すべきです。現状ではあなたが行っている行為は出典付き記述の削除に他なりません。--IP58xv会話2015年7月3日 (金) 02:56 (UTC)
ちなみにですが、私は花蝶風月雪月花警部さんが124.103.250.150さんの編集直後僅か10分で、「出典と異なる」旨を理由にリバートしたことについて疑義を差し挟んだまでです。124.103.250.150さんが示した2点の出典はいずれも、即座にはオンライン等で確認できず、仮に花蝶風月雪月花警部さんが法学畑のご出身ないし専門家等であるならば(事実、出典と異なるとして)納得もいくのですが、念のためよく精査していただきたい、ということです。--Hyon Hyoro会話2015年7月3日 (金) 04:05 (UTC)
IP58xv様へ。あれでは、出典に書いてあるのかどうかもわからないという事です。「出典」がついていれば、独自研究を認めて良いものではありません。記事を正しくするのは、記述を残したい側にあり、私にはその責はありません。貴方が残したいのであれば、貴方がその責を追って下さい。できないのなら「Rvするな」です。なお、124.103.250.150氏は人権擁護法案でリンク切れの出典の前に、記述をはさんでいます。この点からも信用できる編集とはいい難いです。--JapaneseA会話2015年7月3日 (金) 04:20 (UTC)
Hyon Hyoro様へ。Rvの理由はわかりました。一方、私がRvしたのは「貴方のRv理由がおかしかった」からではありません(むしろ、共感します)。上で述べたように出典の確認以前の問題です。--JapaneseA会話2015年7月3日 (金) 04:20 (UTC)
おそらくこのIPの方は編集にまだなれていないのではないでしょうかね。人権擁護法案でそのような編集を行ったというのであれば、それは即時リバートされても文句のいえない行為です。しかし、この編集では出典を付しています。である以上出典を確認すべきは除去を試みる側の責務であると考えます。このヘイトスピーチの記事においては方々に信用ならない記述があり、わたしはいくつかの記述を除去、もしくは修正しましたが、そのすべてについて出典を確認しています。反面、出典を確認できていないものについてはいくら怪しくとも基本的には手を付けていません。--IP58xv会話2015年7月3日 (金) 04:34 (UTC)

コメント 124.103.250.150氏提示の出典である「ヘイト・スピーチと「表現」の境界」梶原健祐(九大法学2007.2.26) (PDF) P.67,脚注10,PDF-P.20(「憲法理論Ⅲ」阪本昌成 成文堂1995,P.63についての言及もある)には加筆内容についての言及は皆無だった。当該IP氏は出典があるかのように装った加筆をおこなうこともあり、要注意利用者である。--花蝶風月雪月花警部会話2015年7月3日 (金) 04:59 (UTC)

コメント なお、阪本昌成「憲法理論III」(および菊池久一「憎悪表現とは何か」)は、呼称についての出典として既に使用されているが、これは梶原氏の論文(九大法学2007.2.26)の脚注10(pp.67-68)で触れられているものを、単独の出典として使用したもののようである。--花蝶風月雪月花警部会話2015年7月3日 (金) 05:50 (UTC)

コメント (花蝶風月雪月花警部様と編集競合したけどそのまま)IP58xv様へ。なるほど、貴方が寛大な事はわかりました(素直に敬意を表します)。しかし、正しい記述を加筆する責は加筆側・記事を残したい側にあります。梶原氏の論文「梶原健祐(九大法学2007.2.26)P.67,脚注10,PDF-P.20」を見つけました67から68ページ。PDFでは19から20ページ。少なくとも提示されたページには、「国民全体から激しい反感を買っており」のような熱い表現は書いてないですね。残るは、阪本氏の「憲法理論III」ですが、題名の割に、こんな熱い意見が載っているのでしょうか。是非拝見したいのですが、出典を確認できないのが残念です。繰り返しになりますが、このおかしな状態の記述を残しておくよりは、除去すべきだと主張します。なお、「出典を確認できていないものについてはいくら怪しくとも」という記述があれば、この場で御提示され、皆で除去の有無を審議すべきではないでしょうか(それこそ、貴方にその責はありませんが)。--JapaneseA会話2015年7月3日 (金) 05:10 (UTC)

なるほど、出典にない記述ということが証明されたと見ていいでしょう。このような編集を行う利用者は問題であるという点にも同意します。ただ、はじめからそのような姿勢でやっていただけていればここまで拗れることもなかったでしょう。あと、JapaneseAさんの一部感情論で論じている主張はよろしくないと思います。なお、怪しい記述の提示についてですが、今後行っていくかもしれませんのでその際はよろしくお願いします。--IP58xv会話2015年7月3日 (金) 05:52 (UTC)

出典が提示されているからと言っても、必ずしも検証可能性を満たしている(つまり、独自研究ではない)とは限らない。投稿者の不注意によるチェックミスや故意の捏造等も可能性としてゼロでは無いから。しかしながら、出典に疑念を抱き記事や投稿を除去しようとする場合に出典を精査して検証することは、除去を希望する側の責務なのは当然のこと。それが検証可能性ということです。結局、ウィキペディアに執筆してよいかどうかの基準は「真実であるかどうか」ではなく「検証可能かどうか」だからです。--153.204.85.36 2015年7月3日 (金) 06:39 (UTC)

153.204.85.36様へ。「出典を精査して検証することは、除去を希望する側の責務なのは当然」なのは、出典を確認しないと、おかしいかどうかわからない場合です。一方 本件では、見るまでもなく おかしかったので、出典確認は不要です。なので「正しい記述を加筆する責は加筆側・記事を残したい側にあります」と申しました。--JapaneseA会話2015年7月3日 (金) 06:49 (UTC)
いやいや、そんな馬鹿な話はありませんよ。確かに見るまでもなくおかしい記述であれば出典確認は不要かもしれません。悪戯などがそのたぐいです。しかし、今回の記載は見るまでもなくおかしいとは客観的に断ずることのできないものです。ひょっとしたら書いてあるかもしれない、そしてそうであれば、あなたは出典を確認することなく出典付きの記述を消し去ったということになります。それは問題行為です。--IP58xv会話2015年7月3日 (金) 10:23 (UTC)
私は「見るまでもなくおかしいと判断し」、貴方は「そう判断しなかった」という事ですね。私はRvすると同時に自分の主張をノートで説明しています。それで貴方が納得されなかったのは、見解の相違でしょう。結果として、ダメだったのだから、これ以上は不毛な議論ですよ。--JapaneseA会話2015年7月3日 (金) 11:21 (UTC)
違うのですよ。わたしが言いたかったのは、あなたに今後、そのような主観的な判断に基づく行動を行って欲しくないということです。今回は、結果としてダメでした。結果オーライです。しかし、いつもいつもそうとは限りませんよね。他人が出典を付して記載を行った、それをあなたはおかしいと『主観』で判断し、出典を確認することなく削除した、しかし、実際は出典に記載は存在したとなれば、あなたは有意な記載を削除してしまったということになるのです。その責任はあなたが被らなければいけないということになってしまいます。--IP58xv会話2015年7月3日 (金) 11:34 (UTC)
私用で返信が遅れました。私が言いたいことはIP58xv会話)さんが書いてくださっているので、一言だけ。出典を論理的に検証するためには、主観を除いた客観性が必要だということを上記で言いたかっただけです。他に他意はありません。まあ、これで終わりにしましょう。--153.204.85.36 2015年7月3日 (金) 14:01 (UTC)
特に申し上げる事はございません。終わりにしましょう。--JapaneseA会話2015年7月4日 (土) 02:31 (UTC)
チェック 終了--IP58xv会話2015年7月5日 (日) 10:46 (UTC)

ヘイトクライム

突然、途中からヘイトクライムの話題も出てくるので、ひとまず、冒頭部を「日本のヘイトスピーチ(にほんのヘイトスピーチ)では、日本におけるヘイトスピーチ(憎悪表現)及びヘイトクライムについて述べる。」としておきました。しかし、本来は、ヘイトスピーチに限った内容を述べるほうが、わかりやすいと思われます。どのような犯罪をヘイトクライムと類型できるかの基準は定まっていないのに、独自な判断基準によりヘイトクライムに分類した上でこの記事に記されているものについてはWP:IINFOで除去とし、ここは、日本のヘイトスピーチのみに絞った方が良いと思います。--RXX-7979Ⅲ会話2015年7月30日 (木) 09:14 (UTC)

ヘイトクライムはヘイトスピーチの延長上にあるものでヘイトクライムにはヘイトスピーチと概念が重なるとされています。また、ヘイトクライムに関する事象では、出典にヘイトスピーチとの言及のあるものもあります。既に復しましたが、あなたはそういった出典に裏付けられた記載を移動をも行わず乱暴に削除しています。今後そういった編集は控えてください。--IP58xv会話2015年7月30日 (木) 09:49 (UTC)
それでしたら、ヘイトクライムにはヘイトスピーチと概念が重なる、ということを述べるべきです。いきなり、当然のようにヘイトクライムを出すべきではありません。また、冒頭部にヘイトクライムについて述べることさえ、書かれていませんでした。ただ、個人的には、ヘイトクライムの事例を、ヘイトスピーチの事例と同列で書くのはどうかと思います。そのあたりが、ごちゃごちゃしていますよね。--RXX-7979Ⅲ会話2015年7月30日 (木) 09:52 (UTC)
あなた、また削除しましたが良く出典を確認して下さい。最低限記載の内容を良く読んでください。もう繰り返さないでください。--IP58xv会話2015年7月30日 (木) 09:54 (UTC)
あなたが繰り返し削除されている記載の出典には「ヘイトスピーチ」と明記があります。--IP58xv会話2015年7月30日 (木) 09:55 (UTC)
「事実上のヘイトスピーチが横行している実態」は、この暴行事件を指していません。都合の良い解釈をせずに、落ち着いて文意を確認してください。また、代表的なヘイトスピーチの事例を記入してください。ささいな事例集をつくるのはやめてください。--RXX-7979Ⅲ会話2015年7月30日 (木) 09:59 (UTC)
文章を良く確認せねばならないのはあなたです。既に何度にもわたって警告を行っています。これ以上繰り返さないでください。--IP58xv会話2015年7月30日 (木) 10:07 (UTC)

ヘイトスピーチは言論、ヘイトクライムは暴力事件等です。ヘイトクライムについて、本記事で述べるのは適切ではないでしょう。概念が重なるのなら、それだけを記せばよく、ヘイトクライムの実例をここに書くなどのは余計な記述です。--126.158.20.157 2015年7月30日 (木) 16:14 (UTC)

  • 前田朗によればヘイトスピーチは欧州諸国では犯罪を構成しており「よってクライムである」ということです。人種偏見を元とした暴力行為を「ヘイトスピーチ」の項目に記述するのは不適切な編集になりますので注意してください。--大和屋敷会話2015年7月30日 (木) 22:24 (UTC)

節見出し

〜におけるヘイトスピーチ、とする必要はありません。いちいち、記事名と重複する見出しに戻さないでください。--RXX-7979Ⅲ会話2015年7月30日 (木) 09:35 (UTC)

いちいち、見出しに、「ヘイトスピーチと指摘された」などと書かないでください。たとえば、ヘイトスピーチに関する各所の見解・対応、と書かなくても、ヘイトスピーチに関することが書かれているのは当たり前です。--RXX-7979Ⅲ会話2015年7月30日 (木) 09:45 (UTC)
それには理由があります。本項にも触れられているように、ヘイトスピーチは曖昧模糊した概念であり明確な基準がないとされています。よって一部のメディアのみにヘイトスピーチと取り上げているケースでは、確実にヘイトスピーチであると言い切ることができず、Wikipediaの放心である特定観点の推進に抵触しないよう記述するには、「~によれば~とされている」と書かざるを得ません。--IP58xv会話2015年7月30日 (木) 11:31 (UTC)

あなたの編集された節名毎に個々に説明していきます。カッコ内はあなたが改めた節名です。

  • 日本においてヘイトスピーチとされた事例および様態 (日本における事例および様態)
上に述べた理由から明確にヘイトスピーチであるといいきることはできません。あくまでも「とされた事例」が正しい。
  • 慰安婦問題とヘイトスピーチ (慰安婦問題)
本記事は慰安婦問題ではありません。ヘイトスピーチに関わるもののみを扱います。単に「慰安婦問題」とだけするだけでなく「~とヘイトスピーチ」と付けたほうが分かりやすいのはあきらかでしょう。
  • ヘイトスピーチと指摘された報道など  (報道)
これも上記に述べた理由にあります。「指摘された」と入れなければなりません。
  • 沖縄在日米軍に係るヘイトスピーチ、ヘイトクライム (沖縄在日米軍に係るもの)
既に述べたとおり、単に「係るもの」で止めるのでなくきちんと述べたほうが望ましい。
  • 沖縄在日米軍に係るヘイトクライム (沖縄在日米軍に係るもの)
同上。

以上。--IP58xv会話2015年7月30日 (木) 11:31 (UTC)

出典を良く確認してください

自分の感覚で「これは、ヘイトスピーチだ」と決めつけて、なんでもかんでも事例を書き込むのはやめましょう。出典によりヘイトスピーチであると確認できる、代表的なヘイトスピーチの事例に限るべきです。--RXX-7979Ⅲ会話2015年7月30日 (木) 09:50 (UTC)

出典を良く確認するのはあなたです。あなたが繰り返し削除している記載の出典には「ヘイトスピーチ」と明記されています。--IP58xv会話2015年7月30日 (木) 09:57 (UTC)
「事実上のヘイトスピーチが横行している実態」は、この暴行事件を指していません。都合の良い解釈をせずに、落ち着いて文意を確認してください。--RXX-7979Ⅲ会話2015年7月30日 (木) 09:57 (UTC)
文を読めば「事実上のヘイトスピーチが横行している実態」のひとつとしてこの暴行事件が捉えられていることがあきらかなはずです。そうでなければ、暴行事件を述べている最中になぜ、関係のない<ヘイトスピーチの実態>の話が出てくるのでしょうか。滅茶苦茶なことを言って混乱を誘うようなことはお止めください。--IP58xv会話2015年7月30日 (木) 10:06 (UTC)
文を読めば「暴行事件=ヘイトスピーチではない」「暴行事件=米軍のはけ口かもしれない」が明らか。しかも述べたのは、単なる一個人。誰が見てもヘイトスピーチであるという代表例に限ってください。--RXX-7979Ⅲ会話2015年7月30日 (木) 10:29 (UTC)
であるとしても、出典に「事実上のヘイトスピーチが横行している実態」と述べられている事実に変わりはなく、記載に資するものであることに変わりはありません。--IP58xv会話2015年7月30日 (木) 10:38 (UTC)

コメント 各位様。出典は確認できませんが(御二方は確認できたのでしょうか?)、ちょっと整理します。

  • 争点1:記述内の「米軍基地に対する怒りかも知れない。平和運動ヘイトスピーチが横行している実態がある。」は、「米軍基地に対する怒りかも知れない。(次の話題として)平和運動ヘイトスピーチが横行している実態がある。」「米軍基地に対する怒りかも知れない、このように平和運動ヘイトスピーチが横行している実態がある。」のどちらか?
  • 争点2:記事で扱うものを「ヘイトクライム・ヘイトスピーチ」とするのか「ヘイトスピーチのみ」とするのか
  • 争点3:「単なる一個人」なのか、「沖縄教育オンブズマン協会会長」なので特別扱いするのか
  • 争点4:「単なる一個人」だとして、意見を掲載するのか、しないのか

といったところでしょうか?私見では、争点1は後者。争点2~4はノートで協議し、合意後に他の記述も含めて同様に扱うべき、です--JapaneseA会話2015年7月30日 (木) 10:44 (UTC)

まず出典には「ヘイトスピーチ」と明記されており、本記事に記載するのに問題のないのはあきらかです。現状、該記述は出典付きにも関わらず削除されてしまっているので議論を行うにしても復帰させるのが先でしょう。--IP58xv会話2015年7月30日 (木) 10:51 (UTC)
是非はともかく、この件に関しては出典付き記述ですので、復帰した状態で議論する事に賛成します。RXX-7979Ⅲ様より御異論なければ、復帰させます。IP58xv様には、RXX-7979Ⅲ様より御返事があるまで御自重下さるよう御願いします。--JapaneseA会話2015年7月30日 (木) 11:12 (UTC)
わかりました。返事を待ちましょう。--IP58xv会話2015年7月30日 (木) 11:19 (UTC)
報告Wikipedia:削除依頼/李玉善で生じたIP58xvさんとRXX-7979Ⅲさんとの個人的な軋轢が本項目へ持ち込まれているように見受けられます。一応報告。--Hyon Hyoro会話2015年7月30日 (木) 12:06 (UTC)
報告Wikipedia:コメント依頼/ジャコウネズミも同様の事態に陥っており、大きく主題を逸れてしまっています。これも一応報告。--Hyon Hyoro会話2015年7月30日 (木) 12:09 (UTC)
コメント 両者に対し、情報源である八重山日報を帰属化(「八重山日報」によれば、~~。等)の上、記述を表記することを提案します。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年7月30日 (木) 13:05 (UTC)

できましたら、記述(の復帰)前に、八重山新聞の全文を閲覧してから検討できればと思います。 JapaneseAさんの、争点について。争点1は八重山新聞の出典の確認をしてから返答します。争点2はヘイトスピーチのみ。(ヘイトクライムとヘイトスピーチの類似性があるということだが、日本のヘイトスピーチではなくヘイトスピーチへ記述)。争点3は特別扱いはしない。争点3は単なる一個人の意見は不要。--RXX-7979Ⅲ会話) 2015年7月31日 (金) 03:36 (UTC)、斜線部を補う--RXX-7979Ⅲ会話2015年7月31日 (金) 13:34 (UTC)

RXX-7979Ⅲ様の御意見内に特に御異存がなかったので、記述を復帰させました。各位様には、この版で議論を御願い致します。ジャコウネズミ様の御意見については、「八重山日報」と書いて悪い事はありませんが、今回の場合は書かずとも、問題ないかと思います。--JapaneseA会話2015年7月31日 (金) 09:26 (UTC)
すみません、出典[1]を確認したところ、八重山新聞により、ごく小さい扱いでした。いかなる観点から検討しても、この記事にそぐわない内容であると確信いたしましたので、コメントアウトの状態で議論の継続をお願いしたく存じます。まず、暴行事件は、大きな怪我のない小規模な事件であり、米軍基地反対派による暴行が強く疑われる模様です。基地反対派による暴行事件を、日本のヘイトスピーチに記述するのは不適当であります。また、「事実上のヘイトスピーチが横行している実態」については重要なトピックになる可能性はありますが、非常に小さな扱いである「沖縄教育オンブズマン協会会長」のコメントに頼らず、複数の信頼できる情報源による記述をするべきだと思います。--RXX-7979Ⅲ会話2015年7月31日 (金) 13:29 (UTC)
全体を構成する複数の文章が意味的に繋がっておらず、何を主張したいのかよくわかりかねるのですが、八重山日報は「男たちは「なんでこんなところにアメリカ人がおる?」と凄んだという。」という暴漢の排外的発言も併せて報じており、「ヘイトスピーチが横行している」という沖縄教育オンブズマン協会会長の証言まで取材しているわけです。それを指して「横行しているかもしれないが、オンブズマン協会会長は一般論を述べたと解釈するのが妥当であって、本件は特筆に値せぬ」というのは詭弁を通り越しています。--Hyon Hyoro会話2015年7月31日 (金) 15:08 (UTC)
Hyon Hyoro氏の見解に賛同します。RXX-7979氏の主張は趣旨が一貫しておらずちょっと良くわかりません。大きな怪我がなければ記載に値しないというのであれば本記事自体、主題はヘイトスピーチであり暴力行為を伴わない行為を対象としたものであることから本記事自体が記載に値しないということとなります。RXX-7979氏はこれ以外についても大胆な編集を継続していますが、一連の独自観点に立脚した恣意的な編集行為は最早記事破壊に該当すると思われます。--IP58xv会話2015年8月1日 (土) 02:22 (UTC)

この記事の問題点

この記事のもっと大きな問題点は、一部の具体的事例において、出典に書いていないことが、書き手の自己解釈により言葉が補われていて、書き手の主観混じりの記述となっているケースが多々見られることだろうと思います。まず、出典に「ヘイトスピーチ」と書いていないのに、ここに記述されている事例については見つかる限り除去いたしました。出典に「ヘイトスピーチ」という単語が確認できたものについては、出典を一つずつ確認し、書き手の解釈を除去していくことが、必須の作業であろうと思われます。非常によくまとまっている部分もありますので、この問題が改善されることを切望いたします。私も、気が付いた点については、順次対処していければと思っております。--RXX-7979Ⅲ会話2015年7月31日 (金) 14:08 (UTC)

まずRXX-7979Ⅲさんには、これまで本ノートで行われてきた議論の流れや、既参加者承知の問題点を一通りご確認いただきたいと思います。RXX-7979Ⅲさんが指摘されているような点は散々既出でありまして、擦った揉んだの末に現版で落ち着いているのが今の状況です。もちろんこのままで良いとは思っておりませんが、「見つかる限り除去」というのは私も既参加者の一人としていささか乱暴に過ぎるように感じるといいますか、突然の闖入者との印象を誰にとっても拭いきれないでしょう。
取り急ぎ一点。RXX-7979Ⅲさんが新たに議論に参加なさること自体には問題ありませんし、歓迎なのですが、「原状に回復した上で問題点を議論」するというJapaneseAさん、IP58xvさんお二人確認の方針に即座に反するような編集をおやめいただきたい。--Hyon Hyoro会話2015年7月31日 (金) 14:47 (UTC)
一通り確認した上での意見です。出典に書いていないことが、さも出典に書かれているかのように記述されている箇所について除去するのは当然のことです。一刻も早く出典に沿う内容に修正するべきです(でないと、虚偽になります)。この記事については、この議論に関わっていない利用者による査読を受けるほうが良いだろうと思います。自己解釈により主観混じりの記述をしてしまう方には、いったん、記事を離れて頂かないと、現版の問題が解決することはないでしょう。--RXX-7979Ⅲ会話2015年7月31日 (金) 14:55 (UTC)
まことに残念ながら、話が通じないとの印象を私も持ち始めています。あなたの方針によれば在特会がらみの相当数のケースが該当しないことになると思うのですが、私も、それから(多分)IP58xvさんもそちらには敢えて手を付けておりません。--Hyon Hyoro会話2015年7月31日 (金) 15:11 (UTC)

報告 議論のある項目にも関わらずRXX-7979Ⅲ氏による独善的な編集が継続しているため保護依頼を提出しました。--IP58xv会話2015年8月1日 (土) 01:40 (UTC)

(追記)RXX-7979Ⅲ氏の一連の編集は、出典突き記述を独自の観点から取捨選択する独自研究に抵触するもので氏のそうした編集は記事破壊にすら該当する行為であると思われます。こうした行為はノートで議論が持たれた後も継続されており由々しい問題であると認識しています。--IP58xv会話2015年8月1日 (土) 02:09 (UTC)

報告 アルトクール氏により保護されました[2]。関係諸氏にはご迷惑をお掛けしますが、やむを得ない措置であったことをご了承いただけますようお願いします。--IP58xv会話2015年8月1日 (土) 03:00 (UTC)

報告 Wikipedia:コメント依頼/IP58xvとHyon Hyoroを提出いたしました。IP58xv氏が出典に書いていない自己の視点を書く行為(もっと言うならば、出典に記されている価値のある情報をあえて削り、出典を拡大解釈してまでして価値のない情報を誇大表現にて記す編集)については、IP58xv氏が関わるほとんどの記事において問題視されています。それを指摘した人物へ、理解不能の反論を繰り返したり、オウム返しプラスαの暴言を相手に言い返したり、審議妨害である自覚を持てない等の問題が多数起こっていますので、より適切な場所での議論が適当であろうと思われます。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月1日 (土) 05:55 (UTC)

RXX-7979Ⅲさんがこのままでは保護解除に向けた議論すらできないように思われます。--Hyon Hyoro会話2015年8月1日 (土) 07:35 (UTC)

報告 Hyon Hyoro氏がRXX-7979Ⅲに対して個人攻撃を行ったため、KMT氏により1週間のブロック措置がとられました。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月2日 (日) 06:03 (UTC)

「(仮)第二版」に関した議論 記述の中立化および内容整理へ向けて

本節は中立的な観点の確立が急務での議論を承けたものです。中立的な観点の確立、および過剰な内容の整理へ向けて建設的に議論できればと存じます。

まずですが、本項目が例えば「日本の寺社」などであれば話は簡単でした。何が寺社であって、何が寺社でないかは至極はっきりしているからです。また仮に、例えば高度に専門的な知識を必要とする「日本の○○」であったとしても、厳密な○○の定義に照らし、何が該当し何が該当しないかを我々利用者が文献などを利用して判断することも原理的には一応可能であります。

ところがヘイトスピーチなるものに確たる定義・紛れのない判定基準はありません。換言すれば、語を使用する人ごとに意味が違うのです。

ですから、いち報道機関の「ヘイトスピーチ」記事をもってしてヘイトスピーチの事実とすることは根本的に不可能なのです。要するに、「在特会の会員何某が~なる発言を行った」ことは事実の報道として認め得ても、それを指して「ヘイトスピーチである」というのはその報道機関の(それなりに)偏向した意見に過ぎないのです。

ご承知のように、事実と意見は異なるレベルで扱う必要があります。誰かの意見をして他の誰かの意見より価値ありとするためには相当の根拠が必要ですが、おそらく現段階では無理でしょう。これが学術的な問題であれば、幾つかの学者の論文と、それらを比較して互いの優劣を論じた論文をもってして「~が代表的な意見である」とすることも可能ですが、本項は政治の問題です。

今更でもありますが、本項は非常に繊細な(ですが、だからといって事実と反する記載をしてよいというのでは勿論ありません)問題を取り扱うものでもあります。在日や左派の人にすれば在特会のデモは当然不愉快でしょうし、私のような普通の日本人にしても所謂従軍慰安婦が強制連行されたなどと主張する者がいれば同じく嬉しくありません。また、左派系のメディアが問題にするずっと以前から、沖縄の米軍基地周辺で彼らの仲間が同じような暴言を繰り返していたのにそちらは一向問題とされないのも、常識的に解せないところでありましょう。

一部の方から(在日への差別的発言を指して)「本来的な意味のヘイトスピーチ(に専ら限るべきだ)」というご意見を頂きました。ですが、これらは相互に密接に関連しあっているのです。韓国で行われている日本人に対する「ヘイトスピーチ」、また慰安婦強制連行という「ヘイトスピーチ」その他があって反韓感情が徐々に醸成され、大震災(「日本の大震災をお祝いします」)やフジテレビデモ(フジテレビのディスカウントジャパン)が契機となり在特会など行動保守系団体に一般人までが加わって「ヘイトスピーチ」を伴う過激なデモへと一気に発展した。この場合「本来的」とは何でしょうか。

従って、これらをどのようなバランスで収載し、いかに適切な文量に収めるか?Wikipedia:信頼できる情報源が誰かの発言に対してヘイトスピーチの認定をする都度、本項の記述が増えていくのを抑制しうるのか?という問題に対しては、感情が激しくぶつかり合う問題ですから、現行の記事の方針では、この際まず不可能であろうと言っておきます。

私案として、私が参加して間もない頃にも申し上げましたが、個別の事例(意見)を一切排除することを再度提案いたします。差し当たり時系列に沿った事実の簡単な記述に終始しておき、当面の政治的決着を見た段階で、左右両派の意見を中立的に取り上げ、かつ一連の騒動を歴史的文脈の中で論じた文献の構成に従い、第三版に作成し直すことでは如何でしょうか。--Hyon Hyoro会話2015年8月2日 (日) 01:45 (UTC)(署名しわすれ)

コメント私はそのようなことで本稿が程よく纏まるようには思えません。《「ヘイトスピーチである」というのはその報道機関の(それなりに)偏向した意見に過ぎないのです。》と仰るならば尚のこと、情報源を本文に帰属化し、「○○新聞は、~~をヘイトスピーチであるとした。」のように書き、各新聞等情報源の論調を明らかにすべきであって、現段階でそれ以上のことがこのメンバーにできるとは思えません。例えば、本項定義部で「(ヘイトスピーチの)紛れのない判定基準は存在しない。」というのも産経新聞に載った一個人の意見です。Hyon Hyoroさんの提案では、当然これも削除することになります。中立な新聞もなければ、中立なウィキペディアンもいないのです。我々はまず出典の内容に照らして中立に書くべき。意見の偏りは、情報源の帰属化によって代償すべきであると強く主張します。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月2日 (日) 04:42 (UTC)
コメント ここは、日本のヘイトスピーチを述べる場所でありますから、日本特有のヘイトスピーチの事例や対策などは、ある程度具体的に記してしかるべきであろうと思います。もし、日本特有のヘイトスピーチの事例を一切排除するということであれば、日本のヘイトスピーチという記事がいらなくなり、ヘイトスピーチに統合すれば良いという話になります。この記事においては、中立的な観点を論議する前の段階として、出典を自己解釈して記している記述を、出典に沿う内容に修正することから、行わなければならないだろうと思います。産経新聞に一個人の見解として一行引用されているだけであるのに、あたかも一般的に固定した概念であるかのように本文に記されているという点も、改善すべきでありましょう。出典がついているので非常に判別しにくいのですが、記事本文に書かれた内容の一部が、独自研究の固まり(出典を拡大解釈した書き手の主観が混じった記述)となっている箇所の修正を、第一に行うべきです。また、『夕刊フジ』のような情報源も見受けられますので、多少読みにくくなるかもしれませんが、ジャコウネズミ氏の提案のように、情報源を本文に帰属化する書き方に修正したほうがベターとなる記述も存在すると思います。そうした作業は、非常に細かな修正が膨大に発生しますので、気が付いた人が気が付いたところから記事に手を入れ、異議のある編集がされた場合はその編集に限ってあとから議論をするという作業手順が適当でしょう。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月2日 (日) 05:59 (UTC)
また、Hyon Hyoro氏が提案されている「本項の記述が増えていくのを抑制する必要性」については、とくにその必要性を感じません。しかるべき記述が増えることは、むしろ歓迎すべきでしょう。ところで、IP58xv氏により「中立的観点からの逸脱」ありという理由で、私の編集が差し戻しされていますが、この理由は不当(虚偽)であります。私は、出典に書かれている内容に添うように、出典に書かれていない自己解釈を排除する修正をしただけです。新たな事例を加筆するなどは行っておりません。Wikipedia:中立的な観点とは「すべての記事は特定の観点に偏らずあらゆる観点からの描写を平等に扱う」ということです。私の編集は、「あらゆる観点からの描写を妨げる」編集は一つもありません。ちょっとした要約欄の記載ミスであれば問題ないのですが、もし、本気で、IP58xv氏が「中立的観点からの逸脱」であると感じたならば、Wikipedia:中立的な観点とは異なる概念を、Wikipedia:中立的な観点であると思い込んでいる可能性があります。Hyon Hyoro氏も、上記の発言「当面の政治的決着を見た段階で、左右両派の意見を中立的に取り上げ、かつ一連の騒動を歴史的文脈の中で論じた文献の構成に従い、第三版に作成し直す」は、Wikipedia:中立的な観点とは異なる提案であります。政治的決着によりウィキペディアが左右されることはありません。また、左が多ければ左が多くなったり、右が多ければ右が多くなったりもするでしょう。あらゆる観点からの描写を行うことが、Wikipedia:中立的な観点による編集であり、あらゆる観点から左と右を書き手が取捨選択して中立的に取り上げるなどのフィルターをかけることは慎むべきことです。これを記す際に、ジャコウネズミ氏の提案のように、情報源を本文に帰属化する書き方であることが必須となると思います。ちなみに、オスプレイ配置に関する市民団体の反対運動の箇所は、すべての記載が出典を逸脱する内容となっておりました(なぜか、オスプレイ配置に対する抗議行動であるという主題が極力省かれ、米軍家族に対してひどいヘイトを行っているという具体例に過剰なスポットがあてられて、出典を逸脱するほどの記述がされています)。Hyon Hyoro氏は「左派系のメディアが問題にするずっと以前から、沖縄の米軍基地周辺で彼らの仲間が同じような暴言を繰り返していたのにそちらは一向問題とされないのも、常識的に解せない」などの個人的見解を、ウィキペディアに持ち込まないように、最新の注意をお願いいたします。Wikipedia:中立的な観点について論じようとしているのに、Wikipedia:中立的な観点を誤認されている方がおられると、議論が円滑にすすみません。この機会に、IP58xv氏とHyon Hyoro氏におかれましては、今一度、Wikipedia:中立的な観点の再読と概念の理解を強く求める次第です。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月2日 (日) 06:36 (UTC)

定義の見直しの提案

ヘイトスピーチにおいて、「紛れのない判定基準は存在しない」という定義の見直しを提案します。日本におけるヘイトスピーチの一つの基準としては、「人種や国籍を貶める差別的発言の一種」であるということは、最高裁判例からも確実に言えると思います[3]。また、公安調査庁が「排外主張を掲げ執拗な糾弾活動を展開する右派系グループ」と定義しているのも、一種の判定基準となります。最低限誰が見ても「これはヘイトスピーチ」という判定基準は、最高裁判決や公安調査庁の定義に従い、記述すべきであろうと思います。また、抗議行動の一環として、過度に差別的な発言が生まれたわけであり、なにもないところから発生したわけではありません。背景として、韓流ゴリ押しに対する反発が起こり、フジテレビ抗議デモに代表される反韓デモが盛んとなったことを書く必要があると思います。そして、もとはといえば、韓国が従軍慰安婦問題竹島問題日本海呼称問題等におけるロビー活動を海外で行う一方、国内では、在日特権により日本人以上の優遇措置を受けている在日韓国人が多数存在する等の事情により、それに抗議する活動(他の外国人と同じ待遇を求める活動)が盛んとなったことや、一部の過激な、在特会・主権会のような団体により、京都朝鮮学校公園占用抗議事件が起こり、ごく一部の人物により人種や国籍を憎悪する表現が使用されたという、日本のヘイトスピーチの起源も記す必要があると思います。現状の定義と様態については、多くはヘイトスピーチで記述してあれば十分といえる内容であり、日本のヘイトスピーチの起源と定義からは離れていると感じます。ちなみに、在日米軍へのヘイトスピーチについては、オスプレイ配置への抗議活動の一つとして始まったものであり、これをヘイトスピーチと表現するジャーナリストは存在しますが、ヘイトスピーチであると断言できる性質のものではありません。オスプレイ配置が決まってから、沖縄へプロ市民が出向いたり、選挙権を獲得するために移住したりするなどし、様々な嫌がらせを行っています[4]。沖縄については、プロ市民による嫌がらせの一つとして在日米軍に憎悪表現を向ける人が若干存在し、沖縄県知事はじめさまざまな人物が苦言を呈しているという全体像を記すべきでありましょう。現段階では、「ヘイトスピーチ」と確定しているものは、在特会・主権会の一部の人物の発言のみでしょう。その他については、「ヘイトスピーチ」であると批判を受けた発言が存在するとはいえ、法的な観点から「ヘイトスピーチ」と確定できる性質のものではないので、「ヘイトスピーチであると批判を受けた」等とするなど、書き直しが必要であろうと思います。日本のヘイトスピーチが生まれた背景があまり触れられていないような気がしますが、大事なところであると思います。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月3日 (月) 12:22 (UTC)

公安調査庁の意見は「排外主張を掲げ執拗な糾弾活動を展開する右派系グループ」を「「ヘイトスピーチ」(憎悪表現)と非難する勢力(対抗勢力)」がいる、と言っているだけで、公安調査庁はヘイトスピーチの定義を示していません。(http://www.moj.go.jp/content/000118002.pdf のp19)--砂手紙会話2015年8月3日 (月) 13:41 (UTC)
ご指摘、ありがとうございます。まだ、模索中の部分もありますので、いろいろご意見いただけますと有り難いです。今の定義ですと、「誹謗、中傷、差別」となっていますが、日本には表現の自由がありますから、事実に基づく批評であれば、言われた側が中傷であると感じたとしても、ヘイトスピーチと確定できないと思います。京都朝鮮学校公園占用抗議事件の最高裁判決に基づきますと、「公益を図る目的での表現行為や評論表現での違法性阻却による免責が適用されず、憲法第21条で保証される表現の自由とみなされない、人種差別に該当する発言」については、ヘイトスピーチと確定し、定義としても良かろうと思います。それに類する、人種・国籍・社会的立場・宗教等を差別する人権侵害に直結しうる表現一般について、一般的にヘイトスピーチと呼ばれる[5]ということであろうかと思います。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月3日 (月) 14:48 (UTC)
  • 都合のよい箇所の切り貼りをもって「紛れのない判定基準」定義をwikipedianが作成することは独自研究にあたりますので賛成できません。「紛れのない判定基準は存在しない」が信頼できる情報源に基づく記述であるかぎりそのように記述してあって問題ないと考えます。--大和屋敷会話) 2015年8月3日 (月) 17:47 (UTC)引用元に適切に記述するならば【何が「ヘイトスピーチ」となるのか、どのような憎悪や差別感情の表出を「ヘイトスピーチ」とみなすのかについて、紛れのない判定基準が存在するわけではない】ですので多少の修正は必要かと考えます。--大和屋敷会話2015年8月3日 (月) 17:51 (UTC)
ご指摘、ありがとうございます。主旨をまとめたものであったとしても、切り貼りとも言えるのですね、わかりました。とすると、現状の定義(ヘイトスピーチ日本のヘイトスピーチ)につきましても、多少切り貼りに近い内容であると思います。「紛れのない判定基準は存在しない」は、一人の方のご意見(「判定基準が存在するわけではない」)を若干強めた表現ですので、ほかに、変わる出典があれば良いのですが・・・。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月3日 (月) 18:14 (UTC)
ジャコウネズミ氏へ。コメント依頼読みました。確かに、書き間違いはあります、すみません。また、書き間違いについて言及をしなかった点については、IP58xv氏についてお詫びいたします。ただし、コメント依頼にて提出した主旨についてはなんら変わりません。また、上記の内容を出典に基づき書くことは可能でありましょうが、様々な方が閲覧する百科事典として相応しいかということもあるでしょう。まったく異なる意見でありましても、遠慮無くおっしゃっていただければと存じます。上記提案のような類の大幅な編集を、私の一存で行うようなことは考えておりません。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月3日 (月) 18:14 (UTC)
コメント 「紛れのない判定基準は存在しない」の引用元である産経ニュースの配信記事は、識者が個人的な意見を寄稿する趣旨のオピニオン欄『正論』コーナーであるため、"一つの見方"としての出典には使えるが、"定義づけ"の出典には向いていない。この点については、今年の3月20日にヘイトスピーチノートにおいて説明したことがあった。IP58xv氏がその後もこの表現にこだわっている(ヘイトスピーチの2015年8月4日現在の版(2015年8月3日 (月) 02:16 (UTC)時点でも導入部にこの記述がある)様子からすると、「紛れのない判定基準は存在しない」は、猪木武徳氏の見解である以上に、IP58xv氏自身の確信でもあるのだろう。--花蝶風月雪月花警部会話2015年8月4日 (火) 02:59 (UTC)
  1. 「紛れのない判断基準は存在しない」は定義部には不要です。ですが、これまでコミュニティの合意の形成上、「定義は人によってまちまちである」と言う意味で「紛れのない判断基準は存在しない」を援用することを私は容認してきました。Wikipedia:コメント依頼/ジャコウネズミIP58xvさんが「なお、ヘイトスピーチは明確な基準がない、曖昧な概念です。」と仰っています。《「紛れのない判定基準は存在しない」は、猪木武徳氏の見解である以上に、IP58xv氏自身の確信でもあるのだろう。》という見方は合っていると思います。
  2. コメント依頼の「2割の書き間違い」と申したのはIP58xv氏による「書き間違い」という意味です。RXX-7979Ⅲさんが虚偽を指摘した箇所が直っていなかったり、「沖縄在日米軍に係るもの」という節が2つあったりと、取りこぼしがあります。「虚偽記載を突き通した」という見方も可能ですが、ここでは善意に取っておきます。8割理があると申したのは八重山日報(記事の切り抜き写真 2chスレから)は残しておくべき、とか、琉球新報の要約の仕方(これは「地方自治体」節の首長等で既に適切に要約されていて、2度言及しているので現行版のような記述になっているものです。RXX-7979Ⅲさんの要約を「地方自治体」節に持ってきて、当該箇所と入れ替えるのがよいと思います)とか、「メディアや和人は」は残すべき、とかです。
  3. 全体的なこと、そしてIP58xv氏が主張しているであろう最大の論点はWikipedia:中立的な観点ということです。右派論者として「政治的中立」を右派寄りに持っていきたい、という意味と勘違いしやすいですが(実際に本音はそこにある可能性も否定できませんが)、「あらゆる観点を平等に扱え」ということです。例えば「首相を「安倍」と呼び捨てにするのがヘイトスピーチである」とか、常識から言ってヘイトスピーチじゃないだろ、と指摘されても「そういう観点があるのだから平等に扱え」ということであり、小さな記事で「米軍基地に対する怒りのはけ口がハーフの女の子に向けられたのかも知れない。平和運動の名のもとに事実上のヘイトスピーチが横行している実態がある。」とコメントする人がいたというだけの話でも、「そういう観点があるのだから平等に扱え」ということを仰っているのです。これはIP58xvさんに理があります。ヘイトスピーチにあたるかどうかは出典に任せ、ウィキペディアンが判断しない、ということでもありますが、これもIP58xvさんに理があります(なお記事量はコミュニティで調整する事項です)。
  4. 五野井郁夫が「さらにヘイトスピーチをわざと誤用し、便乗する政治家や新聞すら出てきた。」(出典)と言っていますが、誤用を排除したり、誤用と判断するのはWikipediaに反します。誤用であるという出典を持ってくるか、情報源を帰属化させ、「この新聞は誤用しているんだな」ということを読者に判断していただくほかありません。
  5. 話を定義に戻します。定義節を充実させる、ということも視野に入れています。「人種、宗教、性的指向、性別、思想、障害、職業、などを誹謗、中傷、差別などし、さらには他人をそのように煽動する言論である」(知恵蔵mini)に加え、野間易通の「穏健な口調で論理的に訴えようが、マイノリティへの憎悪感情に基づいたものであればいずれもヘイト・スピーチでありヘイト・クライムである。そして、むしろ実際には多くのヘイトはそのような態度を取るのだ。」(野間 2014, p. 7)も定義ですし、岩田温の「民族、宗教、性別、性的指向等によって区別されたある集団に属する全ての成員を同一視し、スティグマを押しつけ、偏見に基いた差別的な発言をすること」(出典)も定義です。「反ヘイトスピーチを掲げる一部論者は、ヘイトスピーチとなる要素として、マイノリティに向けられていること[1][2][3][4]、個人では変更困難な属性に基づくこと[3][5][4]、表現の暴力であること[3]といった点を挙げている。」も定義に入れられます。猪木武徳の「何が「ヘイトスピーチ」となるのか、どのような憎悪や差別感情の表出を「ヘイトスピーチ」とみなすのかについて、紛れのない判定基準が存在するわけではない。」(出典)もそこに入って来る話です。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月4日 (火) 05:23 (UTC)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月4日 (火) 05:27 (UTC)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月4日 (火) 05:39 (UTC)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月4日 (火) 06:23 (UTC)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月4日 (火) 08:32 (UTC)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月4日 (火) 12:02 (UTC)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月4日 (火) 12:04 (UTC)

脚注

  1. ^ 師岡 2013, p. ii.
  2. ^ 野間 2015, p. 7.
  3. ^ a b c 神原 2014, p. 49.
  4. ^ a b 安田 2015, pp. 77–78.
  5. ^ ブライシュ 2014, p. 282(訳者解説:明戸隆浩).
  • コメント 大和屋敷氏からご意見いただき、「紛れのない判定基準」定義を簡潔に記すのは難しいことを理解しましたので、判定基準などについては冒頭の定義部で述べずに、「概要節(定義と様態)」に当たる部分や本文に記すほうが良いのではないかと思うようになりました。冒頭の定義部は「ヘイトスピーチ(英: hate speech)とは、人種、宗教、性的指向、性別、思想、障害、職業などを誹謗、中傷、差別などし、さらには他人をそのように煽動する言論等の表現を指す[1][2]。」程度で、十分成り立つと思いますがいかがでしょうか。どの範囲の表現を指すのかは、人によって異なりますから、「概要節」や本文で様々な観点を述べれば良いと思います。「あらゆる差別表現」という判断基準を主張している人もいますし、表現の自由の範囲外とする人もいますし、「紛れもない判断基準は存在しない」という主張も含め、上記のジャコウネズミ氏の調査結果とあわせて、「概要節(定義と様態)」に当たる部分や本文で述べれば良いと思います。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月4日 (火) 07:16 (UTC)
冒頭の定義の出典は知恵蔵miniと、Dictionary.com程度でよろしいかと。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月4日 (火) 08:32 (UTC)
ジャコウネズミさん、ヘイトスピーチの定義の修正、ありがとうございました。上記の文案の方向性でさらなる修正を行うことにも賛成いたします。また、「定義と様態」節で一つ気になりましたのは、ヘイトスピーチ日本のヘイトスピーチが、ほぼ同種の内容であるように見受けられた点です。たとえば、ヘイトスピーチで詳細に説明し、日本のヘイトスピーチではもう少し簡便にしても良いかも知れないと思います。また、日本で「ヘイトスピーチ」の語が使用されるようになった経緯の説明はもう少し具体性をもたせても良いと思いました。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月4日 (火) 17:44 (UTC)

コメント 定義の次ぎにくる内容として、日本でヘイトスピーチという語句が使用されるようになった沿革(経緯? 歴史?)について、もう少し、具体的にしてみました。「ヘイトスピーチ」は2013年の一年間で、日本社会に認知されるようになった言葉なのですね・・・。時系列で言うと、マスコミによる反韓デモ報道→国会の質疑応答→在特会の事件の裁判判決報道→流行語大賞トップテンにランクイン、と認知が広まったようでした。

沿革の文案

日本で、ヘイトスピーチという語が新聞に掲載されたのは、2012年には書評記事中の1回であったという報告がある[1]。2013年になると、日本の代表的なコリア・タウンである新大久保鶴橋等で行われた反韓デモの際に、罵声とともに人種差別表現が用いられたことを、マスコミが「ヘイトスピーチ」という語を使用し、報じるようになった[2][3]。同年5月には、ヘイトスピーチの増加について国会で質疑応答がなされ[4][5][6][7]首相安倍晋三より「一部の国、民族を排除する言動があるのは極めて残念なことだ」という発言もあった[4]。同年10月7日には、京都地裁により、日本で初めて「ヘイトスピーチが、人種差別撤廃条約で禁止した人種差別に当たり、違法である」という主旨の判決が下され、マスコミで広く報じられた[8][9][10]。日本では、2013年の一年間でこの語句の社会的認知が広まり、2013年の新語・流行語大賞では、トップテンに選ばれた[1][11]

脚注

このような文章を加筆するのは、いかがでしょうか。ご意見頂けますと幸いです。--RXX-7979Ⅲ会話) 2015年8月4日 (火) 17:44 (UTC)、誤字等修正と出典加筆--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月4日 (火) 23:24 (UTC)

全体的によいと思います。京都地裁判決とその報道が抜けていたのは迂闊でした。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月4日 (火) 21:48 (UTC)--《2012年には1回であったという報告がある》を《2012年には書評記事中の1回であったという報告がある》に補足。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月6日 (木) 20:27 (UTC)

あと、あらゆる観点を平等に扱うという意味で、心理学や、社会学などの観点から書ける方どなたかいらっしゃいませんかね・・・。1ヶ月あるので、じっくり出典を探せると思うのですが。。。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月5日 (水) 14:13 (UTC)

定義部案文

ヘイトスピーチ: hate speech)とは、人種宗教性的指向性別思想障害職業などに基づいて個人または集団攻撃脅迫侮辱[1][2]、さらには他人をそのように煽動する言論であるとされる[2]日本語では「憎悪表現」[3][4][5]「憎悪宣伝」「差別的表現」「差別表現」[3][6]「差別言論」[6]「差別煽動」[7][8][9]、「差別煽動表現」[10][11][12]などと訳される。

各々の定義
  • 知恵蔵miniでは「人種や宗教、性別、性的指向など自ら能動的に変えることが不可能な、あるいは困難な特質を理由に、特定の個人や集団をおとしめ、暴力や差別をあおるような主張をすることが特徴である。」としている[2]
  • 朝日新聞は「特定の人種や民族への憎しみをあおるような差別的表現」であるとしている[13]
  • 猪木武徳は「何が「ヘイトスピーチ」となるのか、どのような憎悪や差別感情の表出を「ヘイトスピーチ」とみなすのかについて、紛れのない判定基準が存在するわけではない。」としている[14]
  • 岩田温は「民族、宗教、性別、性的指向等によって区別されたある集団に属する全ての成員を同一視し、スティグマを押しつけ、偏見に基いた差別的な発言をすること」としている[15]
  • 野間易通は「穏健な口調で論理的に訴えようが、マイノリティへの憎悪感情に基づいたものであればいずれもヘイト・スピーチでありヘイト・クライムである。そして、むしろ実際には多くのヘイトはそのような態度を取るのだ。」としている[16]

その他の反ヘイトスピーチを掲げる論者らも、ヘイトスピーチとなる要素として、マイノリティに向けられていること[17][18][19]、個人では変更困難な属性に基づくこと[17][18][20]、表現の暴力であること[17]といった点を挙げている。

脚注

  1. ^ hate speech”. Dictionary.com. 2015年4月閲覧。
  2. ^ a b c 知恵蔵mini朝日新聞出版コトバンク、2013年2月21日、2013年5月13日更新。ヘイトスピーチ
  3. ^ a b 小谷順子「Hate Speech規制をめぐる憲法論の展開―1970年代までのアメリカにおける議論」『静岡大学法政研究』第14巻1号 (2009)
  4. ^ 「憎悪表現とは何か」菊池久一(頸草書房2001)
  5. ^ 「ヘイト・スピーチと「表現」の境界」梶原健祐(九大法学2007.2.26) (PDF) P.67,脚注10,PDF-P.20
  6. ^ a b 明戸隆浩「アメリカにおけるヘイトスピーチ規制論の歴史的文脈」『アジア太平洋レビュー』第11号、大阪経済法科大学,2014年
  7. ^ 有田 2013, p. vi 師岡康子が提示した意訳。.
  8. ^ 安田 2015, p. 85.
  9. ^ 中村 2014, p. 75.
  10. ^ 前田 2013, p. 19.
  11. ^ 野間 2015, p. 205 「有田芳生などが提唱している」と記述。.
  12. ^ 林啓太「「アイヌ」ヘイト頻発 反「差別」声上げる時」、東京新聞。2014年12月24日11版20、21面。
  13. ^ “xxx”. 朝日新聞: p. 夕刊1面. (2013年10月7日) 
  14. ^ “雰囲気「迎合」が言論の衰退招く 青山学院大学特任教授・猪木武徳”. 産経新聞. (2015年2月12日). http://www.sankei.com/column/news/150212/clm1502120001-n1.html 
  15. ^ “在特会と大江健三郎 ~ヘイトスピーチを保守は認めない”. 産経新聞. (2014年12月17日). http://www.sankei.com/life/news/141217/lif1412170002-n3.html 
  16. ^ 野間 2015, p. 7.
  17. ^ a b c 神原 2014, p. 49.
  18. ^ a b 安田 2015, pp. 77–78.
  19. ^ 師岡 2013, p. ii.
  20. ^ ブライシュ 2014, p. 282(訳者解説:明戸隆浩).

このような記述でいかがでしょうか?--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月5日 (水) 20:27 (UTC)-(出典追加)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月5日 (水) 20:38 (UTC)--(言論を発言に修正)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月6日 (木) 08:57 (UTC)--(推敲)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月6日 (木) 09:33 (UTC)--(推敲)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月6日 (木) 09:41 (UTC)

よいと思います。一点だけ「そのように煽動する言論」のところですが、冒頭部では、「言論」としておいて、非言語による意思表示形態も含むと本文で補足するのが良いか、冒頭部で「そのように煽動する表現形態」(あるいは、表現の一形態、表現等)とした方がよいか、迷うところだと思います。ヘイトスピーチの大部分は、デモのスピーチ(言論)でありましょうが、行進やビラ配布までもを含める方もおられます。どこかで非言語による意思表示形態についても、当然、言及されるでしょうが、冒頭部で触れるべきかどうかは迷うところだと思いました。(冒頭部に、非言語による表現も含めるほうが良いか、付随するものとして本文で記すかは、どちらでも書いてあればよいと思っており、迷っている状態です。このままでもよいと思います。)--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月6日 (木) 07:32 (UTC)
出典以外のことは書けません。出典を見直したら「言論」でなく「発言」で、その方がよいと思って直しました。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月6日 (木) 08:57 (UTC)--知恵蔵miniでは「誹謗・中傷、貶す、差別するなどし」ですが、英語の方は、「attacks, threatens, or insults」ですね。「攻撃、脅迫、侮辱」。私はこちらのほうが単語として明快だと思います。「差別」って差別って何だ?とまた議論になりそうな気が。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月6日 (木) 09:11 (UTC)--(余談ながら「差別煽動」は「incite to discrimination」ですよね・・・)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月6日 (木) 09:33 (UTC)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月6日 (木) 09:44 (UTC)--(言論に戻す)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月6日 (木) 12:11 (UTC)
(各々の定義の曖昧さ回避のリンクつけかえ。)日本のヘイトスピーチであればとくに、「攻撃、脅迫、侮辱」のほうが明解ですね。脅迫罪侮辱罪との関連でわかりやすいと思います。差別だと国際条約との関連となり解釈の幅も出てきますから、各々の定義などに説明を委ねた方がよいかもしれません。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月6日 (木) 11:23 (UTC)
コメント すみません、堂々めぐりしてました。私は「言論」の中に表現行為一般を含意させていたほうがいいと思います。一般用語としてはhate speechはあくまでhate speechでしかなく、今のところ法の観点でしかそういう細かい定義に触れていないからです(ちなみにブライシュはひたすら判例法でヘイトスピーチの定義に立ち戻っていません)。ヘイトスピーチをわざわざ「差別煽動」(incite to discrimination)などど意訳する状態の中で、どう説明したらいいのやら、というのが私の所感です。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月6日 (木) 12:11 (UTC)
了解です。いろいろな意訳から揺れも感じて頂けるでしょうし、定義はよいと思います。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月6日 (木) 15:47 (UTC)
「様態」節の記事量の整理はRXX-7979Ⅲさんのセンスにお任せしたいと思います。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月6日 (木) 16:53 (UTC)
そりゃどうもです。一部、ネットで出典の確認が難しいものがありますが、本当に出典に書かれていることが確認できた内容に修正できればと存じます。あと、ヘイトスピーチと類似する記述は、日本のヘイトスピーチからはバッサリカットでと思っています。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月6日 (木) 17:48 (UTC)
ばっさり行きますか。「ジェンダー論の立場からは」云々はのりこえねっと共同代表の上野千鶴子らが、排外デモに参加する女性は「出ていってちょうだい」ではなく「出て行けーっ」などど叫んでおり「言語的トランスジェンダーです。」とか、「在特フェミニズムができたら面白い」とも言っていますし(のりこえねっと 2014, pp.87-92)、《日本の市民団体「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」によると、日本におけるヘイトスピーチの対象は在日、反原発運動、広島の平和運動、生活保護など多岐にわたるとする[27]。》は、「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」が「反ヘイトスピーチを掲げた活動」節にありますからそこに転記するのがいいと思います。その他、出典はせっかくあるのでpdfの論文から私が抽出してもいいですが、圧縮されすぎている文章を、大和屋敷さんにもっと具体的に展開していただけたら、と思います。あと「喧嘩言葉」ですが、ブライシュからもっと補足もできたりするので、スタブとして立ち上げても良いかもしれません。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月6日 (木) 21:24 (UTC)--(追記)私のイメージですが、現在の「様態」節の記述はばっさりいくとして、《人種宗教性的指向性別思想障害職業、などに基づいて個人または集団攻撃脅迫侮辱》することがなぜ差別とイコールなのか、社会的にどう不利益を与えるのかといったこと読者に読ませるような節にしていきたい、ということです。そのためには、いま「様態」にある節の出典等からもっと長文の引用、要約が必要だだろうと思う次第です。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月6日 (木) 22:05 (UTC)--(修正)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月6日 (木) 22:14 (UTC)
全体的には、「法規定」より上部あたりに、たとえば、新しく「各々の定義」「沿革」「影響(デメリット)」「背景」等、相応しい名前の節を新設するなどして、識者がそれぞれどう表現しているかなどを要約したり、引用を交えつつ紹介するようなかたちで、日本特有の事情がもっと具体的にわかるようにできればよいというイメージはもっていました。「様態」という名前ですと、多岐にわたる内容をまんべんなく掲載する必要性が出てくるので、結果的に、圧縮型になってしまうのもやむをえないという事情はあったように思います。いまの「様態」内の記述を引き継がないで、「様態」節の出典等からもっと長文の引用、要約、具体的な展開をして、様態の現象を表した節見出し内に掲載していくという方向性には賛成いたします。執筆作業は、是非、これまでの経緯も把握されておられる皆さんと協力しながら、共同で、おこなっていければと思います。
また、私が見付けた、のりこえねっとの出典にしたがうと、下記の通りには書けると思いますが、今の記述はなにが元か詳細をご存じでしょうか?
あと、前々から多少気になっていたのですが、ヘイトスピーチとして発言された汚い言葉は、引用する必要はありますでしょうか? 具体的にどんなヘイト表現であるかの引用は極力減らし、「暴言」「差別表現」を用いた、等でいかがかと思います。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月7日 (金) 05:02 (UTC)

とりあえず、「歴史節」を新設する前提で、たたき台として。在日以外のヘイトは起こりが不明なところもありますし、拾いきれないヘイトは、「日本における事例および様態」で詳細に触れることが出来ればよいかなあと思います。主にノートに記入するよりも、サンドボックスに直接記入したほうが良いでしょうか。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月7日 (金) 09:24 (UTC)

人権派の文脈

国際人権 NGO ヒューマンライツ・ナウは、ヘイトスピーチの歴史的文脈を以下のように纏めた。

ヘイトスピーチの語が広まる以前より長年において、全国各地で、暴言、暴行、嫌がらせ等の実態は存在していた。とくに、在日韓国・朝鮮人を対象とするものは、日韓併合等の歴史と関連し、日本社会での蔓延がみられる。戦後も、朝鮮半島に位置する国家との国際関係が悪化する度に、国内に在住する相手国の人種の人々を対象とした嫌がらせや事件が多発する傾向があった。1980年代以降、北朝鮮との国際関係が悪化すると、朝鮮学校学生へ暴言を向けたり、チマチョゴリ切り裂き事件等の嫌がらせが全国各地で発生した。2002年9月に、北朝鮮が日本人拉致への関与を認めた際には、その後半年間で、全国で1000件以上の嫌がらせ等の事件が起こった。[1]

ヘイト街宣の増加

インターネットが普及すると、差別的書き込みが匿名で発信されるケースが急速に増加した。また、2007年1月に、極端な民族主義排外主義的主張を掲げる市民団体である「在日特権を許さない市民の会(在特会)」が結成されると、インターネットで参加者を募り、数十人〜数百人規模で、反日的な姿勢をもつとみなした個人や団体を対象とした、排外主義を主張するヘイト街宣デモが開催されるようになった。その後、類似の活動を行う団体が複数設立され、2012年にヘイト街宣の数は増加をみせ、東京、大阪、神戸、京都、川崎、札幌などの都市で行われるようになった。[1]

語句の広まり

アメリカでは、1980年代後半以降、「ヘイト・スピーチ(hate speech)」という語句が一般的に用いられるようになり、2010年代に入ってから、その語や概念を輸入するかたちで、日本でも使用されるようになった[2]。日本で、ヘイトスピーチという語が新聞に掲載されたのは、2012年には書評記事中の1回であったという報告がある[3]。2013年になると、日本の代表的なコリア・タウンである新大久保鶴橋等で行われた反韓デモの際に、罵声とともに人種差別表現が用いられたことを、マスコミが「ヘイトスピーチ」という語を使用し、報じるようになった[4][5]。同年5月には、ヘイトスピーチの増加について国会で質疑応答がなされ[6][7][8][9]首相安倍晋三より「一部の国、民族を排除する言動があるのは極めて残念なことだ」という発言もあった[6]。同年10月7日には、京都地裁により、日本で初めて「ヘイトスピーチが、人種差別撤廃条約で禁止した人種差別に当たり、違法である」という主旨の判決が下され、マスコミで広く報じられた[10][11][12]。日本では、2013年の一年間でこの語句の社会的認知が広まり、2013年の新語・流行語大賞では、トップテンに選ばれた[3][13]

問題点案

ヘイトスピーチは多大な悪影響を及ぼすとして、様々な問題点が指摘されている。「互いの憎しみを煽る点」が最大の問題点であるという指摘や[14]、デモで行われると言論への責任感が希薄となって気持ちが刺激され「対象への憎悪感はさらに増幅しやすい」という指摘[15]、ヘイトスピーチが人種差別的な社会を構築してしまうという研究結果[16]等があげられる。

法制度の不備

ヘイトスピーチ規制は全世界的に広がっているが、先進国中においては、アメリカ日本を規制のない数少ない国であるとしている[17]。日本ではこれを取り締まる法律が存在しないことを問題視する声も広まり、法整備の実現を望む気運も高まっている[18][19]。その一方で慎重論も根強い。2014年の段階では政府や法務大臣も慎重な姿勢をみせており、議論が始まったばかりというところである[20][21]

修正--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月8日 (土) 05:12 (UTC)

ヘイトクライムとの関連

誹謗、中傷、差別などの思想に基づく犯罪行為は、ヘイトクライム(憎悪犯罪)と呼ばれ、問題となっている[22]。ヘイトスピーチを実行に移したヘイトクライムが行われることがある[1]


心理

のりこえねっと共同代表で精神科医の香山リカは、ヘイトスピーチを「反韓デモにおける在日韓国・朝鮮人への差別表現」に限って言えば、参加者らは陰謀論の犠牲者であり、心の「ケアの視点」が必要だが、彼らにその必要性を理解してもらう術がわからないとした[23]

東京新聞は極端な攻撃は、実は心の傷に由来するものであり、「仮想敵」を作り自分が上位でいることによってしか自分を保てない、いつもピリピリして攻撃的になっているとし、「ヘイトスピーチ」やネットの「炎上」は「つながり」がない社会において、「脅威を排除」するために起こるものだとする精神科医のコメントを掲載した[24]

安田浩一は在特会への取材を通し、排外デモ参加者は「仲間ができて楽しかった」など述べつつ、一種のカルトであるとした[25]

五野井郁夫も安田の書評で「差別の加害者は娯楽や憂さ晴らしのためにデマを拡散する」と述べている[26]

脚注

  1. ^ a b c ヘイト・スピーチ被害実態調査報告書” (PDF). 国際人権 NGO ヒューマンライツ・ナウ (2014年). 2015年8月7日閲覧。
  2. ^ 小谷順子. “憎悪表現(ヘイト・スピーチ)の規制の合憲性をめぐる議論”. SYNODOS.Inc. (JAPAN).. 2015年8月7日閲覧。
  3. ^ a b 野間 2015, p. 204.
  4. ^ “ヘイトスピーチ” 日韓友好の街で何が…”. NHK. (2013年5月31日). http://www.nhk.or.jp/ohayou/marugoto/2013/05/0531.html 
  5. ^ 鈴木邦男 (2014). 「右翼」と「左翼」の謎がわかる本. PHP研究所. pp. 69 
  6. ^ a b 安倍首相、ヘイトスピーチに「極めて残念」 参院予算委(朝日新聞) 2013年5月7日
  7. ^ 在日韓国人らをネット中傷・排斥、控えよ…首相(読売新聞) 2013年5月7日
  8. ^ ヘイトスピーチ「憂慮に堪えない」 谷垣法相(朝日新聞) 2013年5月9日
  9. ^ “ヘイトスピーチ「残念」 谷垣法相”. 産経新聞. (2013年5月10日). オリジナルの2013年5月12日時点におけるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20130512023602/http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130510/plc13051011430016-n1.htm 
  10. ^ 街宣禁止と賠償命じる、京都地裁 朝鮮学校周辺 共同通信2013年10月7日
  11. ^ ヘイトスピーチ」は人種差別 地裁が在特会に禁止命令 朝日新聞2013年10月7日
  12. ^ “ヘイトスピーチに賠償命令 京都地裁、初の判決”. 日本経済新聞. (2013年10月7日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0701D_X01C13A0CC0000/ 
  13. ^ 第30回 2013年 - 新語・流行語大賞”. 2015年4月閲覧。
  14. ^ 鈴木邦男 (2014). 「右翼」と「左翼」の謎がわかる本. PHP研究所. pp. 69 
  15. ^ 雰囲気「迎合」が言論の衰退招く 青山学院大学特任教授・猪木武徳 産経新聞 2015.2.12 05:01
  16. ^ 小谷順子「Hate Speech規制をめぐる憲法論の展開―1970年代までのアメリカにおける議論」『静岡大学法政研究』第14巻1号 (2009)
  17. ^ 引用エラー: 無効な <ref> タグです。「tiezoumini」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません
  18. ^ 拳骨拓史 (2014). 韓国が次に騒ぎ出す「歴史問題」. PHP研究所. pp. 187 
  19. ^ ヘイトスピーチ対策について法整備を含む強化策を求める意見書” (PDF). 伊田雅彦 (2015年). 2015年8月7日閲覧。
  20. ^ 古谷経衡 (2014). 知られざる台湾の「反韓」: 台湾と韓国が辿った数奇な戦後史. PHP研究所. pp. 251 
  21. ^ 「騒色公害と景観問題 ―実態と解決策―」『週刊東洋経済』2014年9月27日、59頁。 
  22. ^ 小林直樹「差別的表現の規制問題―日本・アメリカ合衆国の比較から―」『社会科学雑誌』創刊号、2008年12月、奈良産業大学社会科学学会 87-148頁
  23. ^ のりこえねっと 2014, pp. 165–172.
  24. ^ “ヘイトスピーチやる心理は? 「心の傷」から攻撃的に”. 東京新聞. (2014年2月24日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/kenkoubin/list/CK2014022402000149.html 
  25. ^ 安田 2015, pp. 44–50.
  26. ^ 引用エラー: 無効な <ref> タグです。「gonoi」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません

--RXX-7979Ⅲ会話) 2015年8月7日 (金) 09:21 (UTC)「影響」節の追加--(表題変更)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月7日 (金) 16:24 (UTC)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月7日 (金) 21:37 (UTC) 社会や個人に与える影響を記す、「影響」節を新設してみました。問題点はもっと具体例を足したいですが、とりあえず第一段階のたたき台として。被害感情はもっと大きな調査があると良いのですが・・・。--RXX-7979Ⅲ会話) 2015年8月7日 (金) 10:30 (UTC)、法制度の不備加筆--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月7日 (金) 11:21 (UTC)

そういう風にタグを使うなら、<ref group="注">を使いましょうか。大和屋敷さんの脚注も分量ありますし。細かい作業はやりますんで。
あと、加害者の心理のほうは、今抱えている出典だと、心の傷から発するもの(東京新聞香山リカのりこえねっと 編『ヘイトスピーチってなに? レイシズムってどんなこと?』七つ森書館、2014年4月26日。 ) というのと、娯楽ですらある(五野井郁夫安田浩一)と、両論あるんですよね。。。心理 と言う形で一つの節に持ってくるという発案についてはいかがでしょうか?--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月7日 (金) 12:14 (UTC)
ありがとうございます。心理的な考察は、それはそれで項目を設けたほうが良さそうですね。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月7日 (金) 12:46 (UTC)
意外と収まりが悪かったので、危害と加害者の心理としてみました。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月7日 (金) 16:24 (UTC)
  • 「被害=韓国朝鮮人」の事例ばかり採録されており中立性に問題があると思います。その方面にばかり外部に記事があるからといってそればかりを採録するのは読者に中立性に問題のある印象を与えるのでは。とくにNGOによる数名に対する聞き取り調査の件は「百科事典」の範囲を逸脱しています。NGOはその活動について傾向をもっており中立的な引用元ではありませんので、全面的に依拠するのは不適切です。--大和屋敷会話2015年8月7日 (金) 18:27 (UTC)
コメント 何度も申し上げますが、帰属化が必要だし、帰属化すれば書ける話だと思います。偏っていると言うなら、他の立場の出典をもってこいということ。ただし、原則論ばかりでなく、常識を発揮させる事も大事であり、大和屋敷さんの言うことも重要な指摘だと思います。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月7日 (金) 21:18 (UTC)
心身への危害については、[7] が使えると思います。
大和屋敷さん、ご指摘、ありがとうございました。読んだ方の印象を考えると、論争のある内容において、特定のNGOだけに頼った記述は避けたほうがベターでしたね。私も後から読んでみたら、個人的体験談が主で、ほぼ一次資料に近いなあと思いましたので、数名の証言にスポットをあてるなどは不要だったなと思いました。--RXX-7979Ⅲ会話) 2015年8月8日 (土) 03:01 (UTC)、修正--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月8日 (土) 03:17 (UTC)

両論併記

  • 提案  法規制にまつわる意見が賛否両論で多く見られるので、弁護士や有識者の見解から、法規制の推進論と慎重論を抽出して分類してはいかがでしょうか。たとえば、「議論」という項目を作成し、下位に「法理上の議論」と「法規制にまつわる議論」(その下位に、「推進論」「慎重論」)等の節を設けるなどはいかがかと思います。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月8日 (土) 04:36 (UTC)
基本的に賛成です。推進論はいいとして、慎重論なのか反対論なのかは吟味する必要があると思います。個人ブログになりますが、明確な反対論をsandboxに仮に追記しておきます。--(追記)--RXX-7979Ⅲさん、先程学識経験者の部分を数人分編集除去なさいましたが、人選を勝手に選ぶのはそれはご自身の感覚の押し付けになります。コメントアウトや、疑問点範囲等をつけて、議論で合意形成を図るべきものです。できれば除去は保護解除以降に本稿で行いたいと思います。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月9日 (日) 18:59 (UTC)--学識経験者から、「推進論」「慎重論」に切り分けただけでしたか。失礼しました。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月9日 (日) 19:07 (UTC)
コメント 仮に切り分けるとしたら、明確な推進論は前田朗くらいだと思います。一見推進論と見えても、運動論的な意図で(自分達の思い描くような法案が成立しないことが分かってても運動としてやる)推進している者もありますし(神原とか)、読み方は人それぞれ、出典からの要約にも何らかの文脈のずれは生じますし、読者に委ねるべきだと考えます。安易に推進、慎重などとつけると、リテラシーの高い読者に「分かってないなあ」と思われると思います。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月10日 (月) 01:55 (UTC)
なんとなく、法規制の肯定と否定がばらばらであるよりは、わかれていたほうが読みやすいかな、程度ではあるのですが。たとえば、「肯定」「否定」「その他」あたりの区分などはいかがでしょう。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月10日 (月) 07:18 (UTC)
私は、憲法学者、学識経験者、弁護士、という「立場」の観点で区分けしてみました。この区分けで少し可読性が増すのではないかと思い提案いたします。肯定と否定という見出しの括りは、見出しの括りによってウィキペディアンの特定の観点を推奨してしまうことに繋がると憂慮しています。また、法規正論ではない学識経験者のコメントについて、新しく作成した語句などの節に移動させて学識経験者という節自体を解消してみましたが、私のこういった「観点」についてもご意見いただければと存じます。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月11日 (火) 12:18 (UTC)
ありがとうございます。「肯定」「否定」など意見の内容による区分けのほうが読みやすいとは思います。しかし、今後、加筆する際には、立場による区分けのほうが間違いが生じにくいようにも思いました。今後のことを考えると、間違いを書かれるほうがデメリットが大きいでしょうか・・・。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月11日 (火) 14:28 (UTC)
間違いを書かれるデメリットというのは妙な話だと思います。持ってこられた出典と要約を他の人がチェックし、おかしければ厳しく追及するだけのことと思います。それよりも、肯定、否定、その他の区分自体が、振り分けに困る事態があるということです。例えば、ブライシュは肯定とも取れるし中立(その他、それぞれがそれぞれの立場で政治に訴えよ、という意味)とも取れる、ということです。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月11日 (火) 20:01 (UTC)

法規制論節の議論

立場による区分け

憲法学者

市川正人は、表現の自由が真に根づいたとは言い難い日本国において差別的表現処罰法が有する効果をも考慮に入れて慎重に検討すべきであると論じた[1]

長谷部恭男は、特定の民族や社会階層等に関する差別的言論への規制について、言論内容の外延を規定することの困難、従属的地位にあるとされる人々の表現活動が直接に抑圧されるわけではないこと、従属性の固定化という観念が不明確であること、差別的言論の範囲が拡大しかねない懸念等から一般的支持を得ていないと指摘している[2]

赤坂正浩は、明白かつ現在の危険の法理やブランデンバーグ原則を踏まえて、「犯罪や違法行為を煽動する表現を国家から妨害されない市民の権利」としての「煽動的表現の自由」、および「マイノリティに対する差別・排斥・憎悪・侮辱等を内容とする表現を国家から妨害されない市民の権利」としての「差別的表現の自由」を論じ、特に日本ではメディアの過度の自主規制が表現の自由に対して萎縮効果を及ぼす面があることにも注意すべきであると論じている[3]

学識経験者

東京造形大学教授(国際刑法)の前田朗は、国連の人権理事会や人種差別撤廃委員会が人種差別撤廃条約に基づきヘイトスピーチ禁止法の制定を勧告している、欧州ではほとんどの国が差別禁止法を持っている、とし、マイノリティーの尊厳と基本的人権を守るだけでなく、社会全体の自由や民主主義に関わるとして、法規制すべきだとした[4]

青山学院大学特任教授の猪木武徳は、ヘイトスピーチには紛れのない基準が存在せず、一般的に被害者とされる少数の暴力的な集団が多数の普通の社会生活を送る人々を脅す例もあり、ヘイトスピーチ規制による国家による言論統制も警戒する必要があるとしている。また、はっきり意識されないまま、社会が醸し出す「空気」によって言論の自由が侵される危険性を指摘。異論を唱えにくい雰囲気が、「正義」の装いをまとって国民を知らず知らずのうちに思わぬ方向へと誘い込んでしまうこともありうると述べている。さらに、「合法的な仮面をかぶった専制精神」により、「「世論」とそれに迎合するメディアが、いつの間にか「力ある立場の人」の意向を忖度し、その反応を事前に予想して、自ら進んで「自己検閲」をしてしまう」危険性をあげている[5]

青山学院大学教授の福井義高は、慰安婦南京事件で日本を擁護する歴史認識までがヘイトスピーチだとして処罰されうる欧州のようなヘイト規制を、日本で招いてはならないとした[6]

専修大学教授(言論法)の山田健太は、国会審議中の法案を足がかりとして、デモなどの表現を刑事的に規制する方向に向かい、治安立法につながる恐れも否定できず、慎重であるべきだ、とした[4]

九州大学准教授の施光恒は、国会における「ヘイトスピーチ」規制の議論は、移民推進の条件整備という側面があると推測した上で、本末転倒であるとしている[7]

ニューヨーク大学ロースクール教授のジェレミー・ウォルドロンは、ヘイトスピーチを法規制する根拠は、不快感からの保護にあるのではなく、人の尊厳を傷つけられることから保護することにあるとした[8]

バード大学教授でジャーナリストのイアン・ブルマはヘイトスピーチの規制は間違っていると主張、「法律で特定の意見を禁止することが賢明だろうか。特定の意見の表明を禁じても、その意見はなくならない。水面下で表現され続け、さらに有害なものになる。中東やほかの地域でテロの社会的・政治的基盤を成すものは、外国人差別的な言論を公的に禁じただけでは、決して消えない」とした[9]

ミルドベリー大学教授のエリック・ブライシュは「反マイノリティの発言を標的にして精緻に作られた法制度が、むしろ人種的・宗教的マジョリティの支配を批判するマイノリティに適用されてしまう、というものがある。(中略)しかし、最悪のシナリオは、最も可能性の高いシナリオというわけではない。」とし[10]、「どの程度の自由レイシストに与えるべきなのか。その最終的な答えはこれである。歴史を見て、文脈と影響に注意せよ。原則を練り上げ、友人を説得し、議員に訴えよ。そして、うまくつきあっていける価値とバランスとともに歩んで行くのだ。」と結論した[11]

弁護士

山口貴士は、「「集団的な人権」の「侵害」なるものは、表現の自由を「法的」に制約すべき根拠とはなりえない」との論を基調とし[12]、ヘイトスピーチ法規制は「「性」や「人種」、「民族」等の「属性」に対するヘイトスピーチについて網羅的に規制するものにならざるを得」ず、マイノリティからも表現の自由を奪うとして、法規制に反対している[13][信頼性要検証]

斉藤裕は正当な言論活動まで制限される危険があり、法規制は必要ないと述べた[14]

中川重徳は法規制は必要とし、慎重論はあるが「法律家だけでなく、教育者、政治家、マスコミ、市民も含めた幅広い参加者が、公の場で、事実に基づいた多角的な議論をする。そのプロセスこそが一番大事なポイントかも知れません」と述べている[14]

神原元は、日本弁護士連合会第47回人権擁護大会シンポジウム(2004年10月)基調報告書「多民族・多文化の共生する社会を目指して」にある「外国人・民族的少数者の人権基本法要綱試案」[15]を叩き台に[16]、日本におけるヘイトスピーチの法規制を模索しており[17]、「リベラル原則を堅持する我々の立場からは、「日本の誇り」はヘイト・スピーチ規制法の保護法益たり得ないことを強調」している[16]

「肯定」「否定」「その他」による区分け

肯定論

東京造形大学教授(国際刑法)の前田朗は、国連の人権理事会や人種差別撤廃委員会が人種差別撤廃条約に基づきヘイトスピーチ禁止法の制定を勧告している、欧州ではほとんどの国が差別禁止法を持っている、とし、マイノリティーの尊厳と基本的人権を守るだけでなく、社会全体の自由や民主主義に関わるとして、法規制すべきだとした[4]市川正人は、表現の自由が真に根づいたとは言い難い日本国において差別的表現処罰法が有する効果をも考慮に入れて慎重に検討すべきであると論じた[1]

ニューヨーク大学ロースクール教授のジェレミー・ウォルドロンは、ヘイトスピーチを法規制する根拠は、不快感からの保護にあるのではなく、人の尊厳を傷つけられることから保護することにあるとした[8]

弁護士の神原元は、日本弁護士連合会第47回人権擁護大会シンポジウム(2004年10月)基調報告書「多民族・多文化の共生する社会を目指して」にある「外国人・民族的少数者の人権基本法要綱試案」[18]を叩き台に[16]、日本におけるヘイトスピーチの法規制を模索しており[17]、「リベラル原則を堅持する我々の立場からは、「日本の誇り」はヘイト・スピーチ規制法の保護法益たり得ないことを強調」している[16]

ミルドベリー大学教授のエリック・ブライシュは「反マイノリティの発言を標的にして精緻に作られた法制度が、むしろ人種的・宗教的マジョリティの支配を批判するマイノリティに適用されてしまう、というものがある。(中略)しかし、最悪のシナリオは、最も可能性の高いシナリオというわけではない。」とし[10]、「どの程度の自由レイシストに与えるべきなのか。その最終的な答えはこれである。歴史を見て、文脈と影響に注意せよ。原則を練り上げ、友人を説得し、議員に訴えよ。そして、うまくつきあっていける価値とバランスとともに歩んで行くのだ。」と結論した[11]

弁護士の中川重徳は法規制は必要とし、慎重論はあるが「法律家だけでなく、教育者、政治家、マスコミ、市民も含めた幅広い参加者が、公の場で、事実に基づいた多角的な議論をする。そのプロセスこそが一番大事なポイントかも知れません」と述べている[14]

否定論

バード大学教授でジャーナリストのイアン・ブルマはヘイトスピーチの規制は間違っていると主張、「法律で特定の意見を禁止することが賢明だろうか。特定の意見の表明を禁じても、その意見はなくならない。水面下で表現され続け、さらに有害なものになる。中東やほかの地域でテロの社会的・政治的基盤を成すものは、外国人差別的な言論を公的に禁じただけでは、決して消えない」とした[19]

青山学院大学教授の福井義高は、慰安婦南京事件で日本を擁護する歴史認識までがヘイトスピーチだとして処罰されうる欧州のようなヘイト規制を、日本で招いてはならないとした[6]

弁護士の山口貴士は、「「集団的な人権」の「侵害」なるものは、表現の自由を「法的」に制約すべき根拠とはなりえない」との論を基調とし[20]、ヘイトスピーチ法規制は「「性」や「人種」、「民族」等の「属性」に対するヘイトスピーチについて網羅的に規制するものにならざるを得」ず、マイノリティからも表現の自由を奪うとして、法規制に反対している[21][信頼性要検証]

弁護士の斉藤裕は正当な言論活動まで制限される危険があり、法規制は必要ないと述べた[14]

その他

憲法学者の長谷部恭男は、特定の民族や社会階層等に関する差別的言論への規制について、言論内容の外延を規定することの困難、従属的地位にあるとされる人々の表現活動が直接に抑圧されるわけではないこと、従属性の固定化という観念が不明確であること、差別的言論の範囲が拡大しかねない懸念等から一般的支持を得ていないと指摘している[22]

憲法学者の赤坂正浩は、明白かつ現在の危険の法理やブランデンバーグ原則を踏まえて、「犯罪や違法行為を煽動する表現を国家から妨害されない市民の権利」としての「煽動的表現の自由」、および「マイノリティに対する差別・排斥・憎悪・侮辱等を内容とする表現を国家から妨害されない市民の権利」としての「差別的表現の自由」を論じ、特に日本ではメディアの過度の自主規制が表現の自由に対して萎縮効果を及ぼす面があることにも注意すべきであると論じている[23]

憲法学者の市川正人は、表現の自由が真に根づいたとは言い難い日本国において差別的表現処罰法が有する効果をも考慮に入れて慎重に検討すべきであると論じた[1]

専修大学教授(言論法)の山田健太は、国会審議中の法案を足がかりとして、デモなどの表現を刑事的に規制する方向に向かい、治安立法につながる恐れも否定できず、慎重であるべきだ、とした[4]

青山学院大学特任教授の猪木武徳は、ヘイトスピーチには紛れのない基準が存在せず、一般的に被害者とされる少数の暴力的な集団が多数の普通の社会生活を送る人々を脅す例もあり、ヘイトスピーチ規制による国家による言論統制も警戒する必要があるとしている。また、はっきり意識されないまま、社会が醸し出す「空気」によって言論の自由が侵される危険性を指摘。異論を唱えにくい雰囲気が、「正義」の装いをまとって国民を知らず知らずのうちに思わぬ方向へと誘い込んでしまうこともありうると述べている。さらに、「合法的な仮面をかぶった専制精神」により、「「世論」とそれに迎合するメディアが、いつの間にか「力ある立場の人」の意向を忖度し、その反応を事前に予想して、自ら進んで「自己検閲」をしてしまう」危険性をあげている[5]

九州大学准教授の施光恒は、国会における「ヘイトスピーチ」規制の議論は、移民推進の条件整備という側面があると推測した上で、本末転倒であるとしている[24]

より細かい区分け

肯定論

東京造形大学教授(国際刑法)の前田朗は、国連の人権理事会や人種差別撤廃委員会が人種差別撤廃条約に基づきヘイトスピーチ禁止法の制定を勧告している、欧州ではほとんどの国が差別禁止法を持っている、とし、マイノリティーの尊厳と基本的人権を守るだけでなく、社会全体の自由や民主主義に関わるとして、法規制すべきだとした[4]市川正人は、表現の自由が真に根づいたとは言い難い日本国において差別的表現処罰法が有する効果をも考慮に入れて慎重に検討すべきであると論じた[1]

ニューヨーク大学ロースクール教授のジェレミー・ウォルドロンは、ヘイトスピーチを法規制する根拠は、不快感からの保護にあるのではなく、人の尊厳を傷つけられることから保護することにあるとした[8]

弁護士の神原元は、日本弁護士連合会第47回人権擁護大会シンポジウム(2004年10月)基調報告書「多民族・多文化の共生する社会を目指して」にある「外国人・民族的少数者の人権基本法要綱試案」[25]を叩き台に[16]、日本におけるヘイトスピーチの法規制を模索しており[17]、「リベラル原則を堅持する我々の立場からは、「日本の誇り」はヘイト・スピーチ規制法の保護法益たり得ないことを強調」している[16]

プロセス肯定論

ミルドベリー大学教授のエリック・ブライシュは「反マイノリティの発言を標的にして精緻に作られた法制度が、むしろ人種的・宗教的マジョリティの支配を批判するマイノリティに適用されてしまう、というものがある。(中略)しかし、最悪のシナリオは、最も可能性の高いシナリオというわけではない。」とし[10]、「どの程度の自由レイシストに与えるべきなのか。その最終的な答えはこれである。歴史を見て、文脈と影響に注意せよ。原則を練り上げ、友人を説得し、議員に訴えよ。そして、うまくつきあっていける価値とバランスとともに歩んで行くのだ。」と結論した[11]

弁護士の中川重徳は法規制は必要とし、慎重論はあるが「法律家だけでなく、教育者、政治家、マスコミ、市民も含めた幅広い参加者が、公の場で、事実に基づいた多角的な議論をする。そのプロセスこそが一番大事なポイントかも知れません」と述べている[14]

慎重論

憲法学者の長谷部恭男は、特定の民族や社会階層等に関する差別的言論への規制について、言論内容の外延を規定することの困難、従属的地位にあるとされる人々の表現活動が直接に抑圧されるわけではないこと、従属性の固定化という観念が不明確であること、差別的言論の範囲が拡大しかねない懸念等から一般的支持を得ていないと指摘している[26]

憲法学者の赤坂正浩は、明白かつ現在の危険の法理やブランデンバーグ原則を踏まえて、「犯罪や違法行為を煽動する表現を国家から妨害されない市民の権利」としての「煽動的表現の自由」、および「マイノリティに対する差別・排斥・憎悪・侮辱等を内容とする表現を国家から妨害されない市民の権利」としての「差別的表現の自由」を論じ、特に日本ではメディアの過度の自主規制が表現の自由に対して萎縮効果を及ぼす面があることにも注意すべきであると論じている[27]

憲法学者の市川正人は、表現の自由が真に根づいたとは言い難い日本国において差別的表現処罰法が有する効果をも考慮に入れて慎重に検討すべきであると論じた[1]

専修大学教授(言論法)の山田健太は、国会審議中の法案を足がかりとして、デモなどの表現を刑事的に規制する方向に向かい、治安立法につながる恐れも否定できず、慎重であるべきだ、とした[4]

青山学院大学特任教授の猪木武徳は、ヘイトスピーチには紛れのない基準が存在せず、一般的に被害者とされる少数の暴力的な集団が多数の普通の社会生活を送る人々を脅す例もあり、ヘイトスピーチ規制による国家による言論統制も警戒する必要があるとしている。また、はっきり意識されないまま、社会が醸し出す「空気」によって言論の自由が侵される危険性を指摘。異論を唱えにくい雰囲気が、「正義」の装いをまとって国民を知らず知らずのうちに思わぬ方向へと誘い込んでしまうこともありうると述べている。さらに、「合法的な仮面をかぶった専制精神」により、「「世論」とそれに迎合するメディアが、いつの間にか「力ある立場の人」の意向を忖度し、その反応を事前に予想して、自ら進んで「自己検閲」をしてしまう」危険性をあげている[5]

否定論

バード大学教授でジャーナリストのイアン・ブルマはヘイトスピーチの規制は間違っていると主張、「法律で特定の意見を禁止することが賢明だろうか。特定の意見の表明を禁じても、その意見はなくならない。水面下で表現され続け、さらに有害なものになる。中東やほかの地域でテロの社会的・政治的基盤を成すものは、外国人差別的な言論を公的に禁じただけでは、決して消えない」とした[28]

青山学院大学教授の福井義高は、慰安婦南京事件で日本を擁護する歴史認識までがヘイトスピーチだとして処罰されうる欧州のようなヘイト規制を、日本で招いてはならないとした[6]

弁護士の山口貴士は、「「集団的な人権」の「侵害」なるものは、表現の自由を「法的」に制約すべき根拠とはなりえない」との論を基調とし[29]、ヘイトスピーチ法規制は「「性」や「人種」、「民族」等の「属性」に対するヘイトスピーチについて網羅的に規制するものにならざるを得」ず、マイノリティからも表現の自由を奪うとして、法規制に反対している[30][信頼性要検証]

弁護士の斉藤裕は正当な言論活動まで制限される危険があり、法規制は必要ないと述べた[14]

その他

九州大学准教授の施光恒は、国会における「ヘイトスピーチ」規制の議論は、移民推進の条件整備という側面があると推測した上で、本末転倒であるとしている[31]

脚注

  1. ^ a b c d e 市川正人『表現の自由の法理』日本評論社 2003,p58-63
  2. ^ 長谷部恭男『憲法・第五版』新世社、2011年p205-206
  3. ^ 赤坂正浩『憲法講義(人権)』信山社、2011年、p71-72
  4. ^ a b c d e f “ヘイトスピーチ規制、審議入り 人種差別撤廃法案 国に防止策責務・罰則なし”. (2015年8月5日). http://digital.asahi.com/articles/DA3S11898935.html 
  5. ^ a b c 引用エラー: 無効な <ref> タグです。「猪木武徳150212」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません
  6. ^ a b c “正論1月号 安易な法規制は許さない”. 産経ニュース. (2014年12月2日). http://www.sankei.com/column/news/141202/clm1412020008-n1.html 
  7. ^ 【施 光恒】ヘイトスピーチ規制の本末転倒 2015年1月23日 三橋貴明の「新」日本経済新聞
  8. ^ a b c ウォルドロン 2015, pp. 124–171.
  9. ^ ヘイトスピーチの法的規制は間違っている 「自由」という名の下の言論統制に過ぎない2015年2月28日 週刊東洋経済2015年2月28日号
  10. ^ a b c ブライシュ 2014, p. 53-54.
  11. ^ a b c ブライシュ 2014, p. 352.
  12. ^ 弁護士山口貴士大いに語る”. 2015年2月10日閲覧。
  13. ^ 弁護士山口貴士大いに語る”. 2015年2月10日閲覧。
  14. ^ a b c d e f “敵意をむき出しにした「ヘイトスピーチ」 新たな法律で規制すべきか?”. 弁護士ドットコム. (2013年5月23日). http://www.bengo4.com/c_1009/n_404/ 
  15. ^ 外国人人権法連絡会 (2006年5月29日). “「外国人人権法連絡会」結成に向けて 参考資料4 外国人・民族的少数者の人権基本法要綱試案”. 2015年2月閲覧。
  16. ^ a b c d e f 神原 2014, p. 128.
  17. ^ a b c 神原 2014, pp. 115–135.
  18. ^ 外国人人権法連絡会 (2006年5月29日). “「外国人人権法連絡会」結成に向けて 参考資料4 外国人・民族的少数者の人権基本法要綱試案”. 2015年2月閲覧。
  19. ^ ヘイトスピーチの法的規制は間違っている 「自由」という名の下の言論統制に過ぎない2015年2月28日 週刊東洋経済2015年2月28日号
  20. ^ 弁護士山口貴士大いに語る”. 2015年2月10日閲覧。
  21. ^ 弁護士山口貴士大いに語る”. 2015年2月10日閲覧。
  22. ^ 長谷部恭男『憲法・第五版』新世社、2011年p205-206
  23. ^ 赤坂正浩『憲法講義(人権)』信山社、2011年、p71-72
  24. ^ 【施 光恒】ヘイトスピーチ規制の本末転倒 2015年1月23日 三橋貴明の「新」日本経済新聞
  25. ^ 外国人人権法連絡会 (2006年5月29日). “「外国人人権法連絡会」結成に向けて 参考資料4 外国人・民族的少数者の人権基本法要綱試案”. 2015年2月閲覧。
  26. ^ 長谷部恭男『憲法・第五版』新世社、2011年p205-206
  27. ^ 赤坂正浩『憲法講義(人権)』信山社、2011年、p71-72
  28. ^ ヘイトスピーチの法的規制は間違っている 「自由」という名の下の言論統制に過ぎない2015年2月28日 週刊東洋経済2015年2月28日号
  29. ^ 弁護士山口貴士大いに語る”. 2015年2月10日閲覧。
  30. ^ 弁護士山口貴士大いに語る”. 2015年2月10日閲覧。
  31. ^ 【施 光恒】ヘイトスピーチ規制の本末転倒 2015年1月23日 三橋貴明の「新」日本経済新聞

--こんなところかと思います。私が運動論的肯定論と思うところも肯定論に入れました。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月11日 (火) 12:45 (UTC)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月11日 (火) 12:49 (UTC)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月11日 (火) 12:55 (UTC)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月11日 (火) 12:57 (UTC)--(推敲)--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月11日 (火) 20:22 (UTC)

推敲しました。これでよければ、立場で切り分けることを推奨する私としても一旦折れます。私としては、議論に終始せず、先に進みたい意識です。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録) 2015年8月11日 (火) 20:22 (UTC)--(追記)--肯定、否定、その他、に加え、より文脈に踏み込んだ区分けも作ってみました。RXX-7979Ⅲさん、敢えてこの3案に絞るとすればどれでしょうか?。私としては、RXX-7979Ⅲさんの意向に同調し、合意としたいと思います。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月11日 (火) 22:29 (UTC)
ありがとうございます。確かに肯定と否定で微妙な意見もあるので内容よりは立場による区分けのほうが簡便かもしれないと思いつつ、ジャコウネズミ様による、「プロレス肯定」までも含めた区分けを拝見して、改めてその読みやすさを感じました。法規制に関しては、肯定・否定等の内容による区分けとし、その他の発言に関しては立場による区分けであると、読みやすさとしてはベターであると思いました。もし、確固たる理由ともとに、他の意見を主張される方がおられるのでしたら、どうしてもということでもないのですが、読みやすさという点から、いちおうの希望ということでお伝えいたします。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月14日 (金) 22:50 (UTC)

虚偽記載の指摘

IP58xv様。夕刊フジ大高未貴による記事の記述ですが、現行版に《反韓デモが盛んになるにつれて「ヘイトスピーチ」という言葉はマスコミにより盛んに使用されるようになったが、その一方、それ以前からあった沖縄の米軍兵士やその家族・子供に対するヘイトスピーチやヘイトクライムについては、そういったマスコミが取り上げることはないと、その偏向ぶりを指摘している》とありますが、これは出典にはありません。出典では《京都地裁は今年10月、朝鮮学校周辺での街宣活動を「ヘイトスピーチ(憎悪表現)」と認定し、違法判決を下した。一部のメディアは、このニュースを喜々として取り上げ、まるで「多くの日本人がヘイトスピーチをしている」かのような印象操作を行った。一方で、こうしたメディアが決して取り上げない「ヘイトスピーチ」「ヘイトクライム(憎悪犯罪)」がある。沖縄の米軍普天間飛行場前で、自称・市民活動家らによる嫌がらせである。》です。編集者自身の作文が多すぎます。出典と文言を変えるのは、一義的に、著作権法を冒さないために引用、要約しているのであって、編集者の作文をねじ込んでよいというものでは決してありません。

なお、利用者:ジャコウネズミ/sandboxで推敲しています。他の方々も自由に編集していただいて構いません。履歴継承で引き継ぎます。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月6日 (木) 00:25 (UTC)

報告Wikipedia:保護解除依頼を提出しました。--ジャコウネズミ会話 | 投稿記録2015年8月6日 (木) 00:41 (UTC)

虚偽記載を修正しました。Hyon Hyoroさんの執筆でした。安倍政権がヘイトスピーチ規制を推進しているかのような、実態とはまるで異なる印象操作がなされていました。Hyon Hyoroさんが加筆された箇所にも、Hyon Hyoroさんの主張が混じっている箇所もあるかもしれません。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月8日 (土) 18:27 (UTC)
保護解除に同意しております。また、解除後、利用者:ジャコウネズミ/sandboxを反映させることに同意しております。--RXX-7979Ⅲ会話2015年8月14日 (金) 22:51 (UTC)

一つの団体だけをカテゴリすることについて

多くの団体が日本のヘイトスピーチで言及されています。一つの団体のみが行っているわけではないので、一つの団体のみをCategoryするのは適切ではないでしょう。--ぽてから会話2016年8月1日 (月) 05:08 (UTC)

  • ヘイトスピーチ(ないし日本のヘイトスピーチ)のカテゴリの下に在特会を含めるべきで、在特会のカテゴリに「(日本の)ヘイトスピーチ」を含めるのはツリー構造としておかしいと考えます。ぽてから氏の見解についても、現状の記事の状況においては賛同します。--大和屋敷会話2016年8月1日 (月) 05:14 (UTC)
横からすみません、私も大和屋敷様の仰る通りだと思います。--JapaneseA会話2016年8月1日 (月) 05:17 (UTC)
ツリー構造上ということで了解いたしました。極右カテゴリーの大量削除ということでないのであれば。--220.111.189.141 2016年8月1日 (月) 05:22 (UTC)